『恋のアラカルト:BL・超短編集』~どの恋が好き?~

るみ乃。

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『Café月夜 ― 月の鏡が映す、あなたへの想い ―』

「再会と赦し ― 月の欠片の夜」

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 夜の終わりが近づくにつれ、世界はゆっくりと静まり返っていく……
 カフェを出た俺は、まだ半分夢の中にいた。
 月は雲に覆われ、さっきまで店の窓を満たしていた銀光が、まるで遠い昔の出来事のように薄れていく。
 
 “影の遼”の声が耳の奥で反響していた。
 ――「僕は、あなたが好きでした。」

 その言葉を、何度も何度も噛み締めながら歩いた。
 胸の奥に残るのは、痛みではなく、不思議な温かさだった。
 彼がどんな気持ちで隣にいたのか。
 それを知ったことで、ようやく自分の心の形を見つけた気がした。

 夜風が頬を撫で、視界の端に小さな光が揺れた。
 月明かりに照らされて、石畳の先に影が動いた。
 誰かが、そこに立っていた。

 「……及川さん?」

 声を聞いた瞬間、息が詰まった。
 街灯の下、見慣れた姿が立っている。
 長い前髪を風に揺らし、少しだけ眠そうな目をして――遼だった。
 本物の、現実の遼。

 「なんで……ここに?」

 彼は少し困ったように笑った。
 「さっき、あなたが通った気がして。気のせいかと思ったけど……やっぱり、そうだったんですね。」

 胸の奥が痛む。
 現実の彼は、何も知らないはずだ。あの“影”が語った本音も、涙も。
 それでも、何かが変わっていた。
 遼の瞳の奥に、あの夜の“影”と同じ光が宿っていた。

 「久しぶりだね。」
 「……はい。」
 短い言葉のあいだに、いくつもの想いが流れた。
 半年分の沈黙が、やっと音になった気がした。

 遼がふと、空を見上げた。
 「今夜、月が欠けるんですよ。満月の次の夜って、好きなんです。
  少し欠けてる方が、なんだか優しいから。」

 その横顔が、あまりに穏やかで、僕は何も言えなくなった。
 ――そうか。
 影が語った“好き”という言葉は、もう消えたのではなく、彼の中で静かに“形”を変えて残っているのだ。

 「なあ、遼。」
 呼びかけると、彼は小さく首を傾げた。
 その仕草に、胸の奥の氷が少しずつ溶けていく。

 「お前がいなくなってから、ずっと探してた。」
 「僕を、ですか?」
 「……いや。俺自身を、かもしれない。」

 遼は少しだけ笑った。
 その笑みが、あの夜の“影”と重なって見えた。

 「変ですね。僕も同じなんです。」
 「同じ?」
 「離れてから、やっと気づいたんです。
  あなたの隣にいる時間が、僕の中の“居場所”だったんだって。」

 その言葉が、静かに心を満たす。
 夜が深くなるにつれて、街灯の光が遠のいていく。
 世界が二人だけになったように感じた。

 遼がふと手を伸ばした。
 その指先が、僕のコートの袖に触れる。
 ほんのわずかな接触。けれど、それだけで息が乱れる。

 ――影が言えなかった言葉を、今、現実の彼が紡ごうとしている。

 俺は、その手をそっと包みこんだ……
 指先が重なる音がしないほど優しく。
 でもそれは、告白でも、約束でもなくて。
 ただ“いま”を確かめるための、最も小さな祈りだった。

 「及川さん。」
 「……うん。」
 「また、会えますか。」

 その問いは、まるで月に向かって放たれた言葉のように淡かった。
 俺は、ゆっくり頷いた。

 「満月の夜じゃなくても、会えるさ。」
 「……ほんとに?」
 「ああ。影に頼らなくても、俺たちは、もう――同じ光の下にいる。」

 遼はその言葉を聞くと、少し泣きそうな笑みを浮かべた。
 それはあの夜の“影”が最後に見せた笑顔と、まったく同じだった。

 空を見上げると、満月が夜雲の間から顔を出した。
 白銀の輪郭の中に、淡い影が揺れている。
 ――あの影はもう、僕たちの中にあるのだ。

 風が吹き抜け、二人の間の空気が透明になっていく。
 やがて遼が口を開いた。

 「あの、及川さん。もし、またあのカフェが開いたら――今度は、一緒に行きませんか?」

 俺は、笑って頷いた。
 「もちろん。あの月の下で、もう一度。」

 その夜、帰り道でふと振り返ると、
 路地の奥に、あのカフェの扉が見えた気がした。
 けれど、月明かりに照らされた看板はもう、風に溶けて消えていた。

 ――満月が欠けはじめ、夜が終わる。
 影はもう、どこにもいない。
 それでも、俺の掌の温もりの中に、
 確かに“彼”は残っていた。それだけで、俺の心は満たされた……

 
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