幸せという呪縛

秋赤音

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風の旅

2.風の行く先

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暖かな日差しが降り注ぐ中、三人で自然が豊かな景色の道を歩く。

「楽しみだなー。美味しい食べ物があれば嬉しい」

「"水の街"、だよね!
貴重だから少しずつ使っているけど、水の街だと遠慮しなくていいのかね」

「大切な水に変わりありません。無駄遣いしないでください」

旅に出るため、友人に別れを告げた日。
二度と会えない覚悟で話すと、応えは予想外なことだった。

「私が考えているときに、フィリスが旅することになるとはね。
驚いたけど、嬉しいよ」

「俺もー。
シアンの護衛でついていく気だったけど、
フィリスまでとはなー」

楽しそうに笑う二人の後ろを歩く。
今日も風が心地よい。二人は調査会場で会った。
十三歳までの記憶がない私に驚くことなく、"記憶がないなら、新しく思い出を作ればいい"と、
明るく笑ってくれた。
それは、今でも救いになっている。
そして、今でも傍にいてくれていることが嬉しい。

「新しい場所に行ったら、記憶が戻るきっかけもあるかも?
家の庭で会った人がいるかもしれないし」

「確かになー。
あの国にいて会えてないってことは…だからなー」

「そんなに都合よく…声しかわからないのに」

記憶を思い出そうとしているが、"必ず迎えにくる"と言う男性の声しか分からないまま。
耳にある装飾品だけが探す頼りだ。
記憶がなくなった直後に行われた魔力調査では、魔力が無いと判断された。
諦めずに魔法の練習をしているが上達しないので、学んで手応えがあるのは武術だけ。
常に父親の親戚のレアさんと比べられ、家では気が休まることがない。
レアさんが養子になった後、母親とは別の女性の出入りが増えた。
今は屋敷に住んでいると聞くが、いつも遠目に見聞きするだけの人だ。
不安ばかりの毎日でも辛くないのは、何となく誰かに見守られているような温かな気配と、
友人と過ごす時間があるから。
最後の命令は、私にとって初めて得た制限つきの自由だ。

「大丈夫だよ!私も、運命の人を見つける!
フィリスも楽しもうよ。
家はご両親が言うように、レアさんに任せてさ」

「俺も、出会いたい!」

「そう、ですね。楽しまないと、損ですね」

「そうそう!歩くのもいいけど…空の旅へご案内ー、なんてね!」

シアンがそう言うと、同時に浮く体。
羽をまとったように軽く空を漂い進んでいる。

「二人とも、喉渇かないかー?」

リーンは三人分の水を出す。
その二つをシアンが動かしてくれた。

「ありがとう」

「いーえ!近接戦って意外と多いから助かってるよ」

「武器ならいくらでも作るからなー」

「ありがとう」

明るく笑う二人は、何かを見つけたようだ。
少し先には、隣国ウィードの国境を示す看板がある。
おそらく、それを見ているのだろう。
看板の手前で降りると、国境の向こうに紋のある馬車が現れた。

「え?さっきはなかったよね?」

「なかったー」

その紋に見覚えがある。
誰にも言っていないが、耳飾りを鏡ごしに見たときに見つけた極細い模様によく似ていた。

「お迎えにきました。
フィリスさん。ご友人の方もお連れするよう言われています。
どうぞ、乗ってください」

突然のことに戸惑っていると、先に乗っている友人たちが手振りで呼んでいる。

「どうぞ」

隣国の王族の従者の男性が出した手をとると、馬車に乗る。
流れに身を任せるしかない状況のまま、館の応接間に案内される。

「お待ちしておりました。
フィリスさん。二年ぶり、ですね」

「はい。久しぶりです」

王様の従者は、笑みを浮かべてそう言った。
二年前に一度遊んだことがあるだけの人。
あのときは、確か…王同士の会議だった。
そして目の前には、王様と王妃様、そして二人の王子とそれぞれの従者がいる。
この中の誰かに媚びなければいけないと思うと気が重い。
観察をしていると、私だけ移動を促された。

「ここに、従者の伴侶がいるようです。
魔力の共鳴を確認するため、移動をお願いします」

「わかりました」

困惑と感動が混じる声を背中ごしに聞きながら部屋を出た。
案内されたのは、同じような装飾の部屋。
長椅子には、すでに男性が座っている。
なぜか男性の隣に案内され、座るように促される。
この方も同じ紋があるので、言うとおりにすることにした。

「スレイヴ。お待たせしました」

「待っていた。この日を、ずっと。
俺はスレイヴ。あなたの"運命の伴侶"です。
フィリスさんを迎えにきました」

男性はそう言うと、私の手をとり甲に口づける。
ただの挨拶だと、思った。
が、急に頭へ激痛が走る。
思わず目を閉じた。

目を開けると、知らない天井がある。
動こうとすると頭に痛む。
重い体を無理やり起こして辺りを見ると、応接間と似た雰囲気をもつ部屋だと分かる。
そして、片手が動かせない。
みれば原因は、スレイヴと名乗った男性は大切そうに私の手を包むように繋いでいるからだと分かる。
どうして、ここまで親切にしてくれるのだろうか。

「目が覚めましたか」

「あ…はい。ご迷惑をかけて申し訳ありません」

「いえ。想定内でしたので、問題ありません」

従者の方は、朗らかに微笑んでいる。

「ん…?起きたのか、体の具合は?」

スレイヴと名乗ったその人は、私の手を握ったまま私を見てくる。
額を合わせて体温を確認すると安心したように距離感が戻る。
今の状況を両親が知れば嬉しくて歌い出しそうだ。
想定外の早さで、隣国の王族と接触できたのだから。

「頭が痛いです。いつもより、体が重い気がします」

「ゆっくり休めば、落ち着くとは思いますが辛いときは言ってください」

「はい。ありがとうございます」

スレイヴさんは、私の手の甲に口づけて、名残惜しむようにゆっくりと手を離す。
前にも、似たようなことがあったような気がする。
何かが脳裏をよぎる。掴めそうで遠いそれ。
ふと、スレイヴさんの耳に見覚えのある飾りがあるのを見つける。

「では、ゆっくりお休みくだ」

「あの」

「はい。なんですか?」

去ろうとする従者の方の言葉を遮ると、二人は足を止めた。

「よろしければ、ですが。お二人の耳飾りを、見せていただけますか?」

「……!」

「はい。フィリスさん。どうぞ。近くでよく見てください」

わざわざ見えやすいようにか、床に膝をついたスレイヴさんは髪をよけている。
スレイヴさんに名前を呼ばれるたび、心がざわめく。
どうしてだろう。

「従者の方の品も同じですか?」

「はい。フィリスさんの耳にも同じものがありますよ」

「どうして、ですか?」

「俺が眠るフィリスさんに、この手でつけたから、です」

じっと私を見る瞳が、柔らかな笑みが綺麗で、目が離せない。
久しぶりに見る気がしたそれに安堵感が溢れていく。
いつ知ったのだろう。
初めて会ったはずなのに、傍にいるだけで心が穏やかになる。

「私は、似たような状況を知っている気がします。
記憶はないのに。
スレイヴさんは、知っているんですね」

「はい。時を待ってください。
フィリスさんの求めるものを与えてくれます。
俺は、これからずっとフィリスさんの傍にいますから、何かあれば小さなことでも頼ってください」

「ありがとうございます」

「伴侶として、当然です。ゆっくり休んでください」

スレイヴさんはそう言うと、ゆっくりと立ち上がり音もなく部屋を出た。
外から施錠がされた音がする。
疲れているのか、ベッドへよこになると重い瞼に目を閉じた。

ふと体が軽くなり、目を開ける。
私は見慣れた庭に立っている。
空が高く、懐かしい若い母親の姿に夢だと分かる。
一緒にいるのは、おそらく従者の方だ。
初めて会ったときの記憶だろう。
私の最初の記憶。
しかし、何かが違った。
醒める気配がない懐かしい夢に身を任せていると、従者の方が持つ物が光輝いた。
現れた少年は、私の手をとり再会を誓う。
続きが気になるところで、意識が暗闇にのまれる。
怖い。
怖い。
誰か、この手をとってほしい。
感覚のない暗闇は生きているのかも分からなくなる。
ふと、足元を見ると穏やかな風が吹く。
それが線のように道を示す。
それを辿ってひたすら走る。
走って、走ってもがいていると、一筋の細い光がさしこんだ。
その温かさはスレイヴさんとよく似ている。
手を伸ばすと、柔らかな声で呼ばれた。

「スレイヴ、さん」

「はい。呼びましたか」

目を開けると、
嬉しそうに目を細めて微笑むスレイヴさんが見える。
手にはスレイヴさんの体温を感じる。
本当に、迎えにきてくれたのだと実感した。
体の違和感に意識が遠のく。
言わないと。
言いたいのに。

「ありがとう、ございます」

「伴侶ですから、当然です」

額におとされた口づけを最後に、意識は途切れた。
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