幸せという呪縛

秋赤音

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どうぞ、幸せでいてください

5.幸せでいてください

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開いた本を渡した後、今日も鏡の前に座る。

「肖、お願いします」

私が言えば、肖は楽しみが許されていた。
初めは怖かったが、分かってしまえば何も怖くなかった。
目指す進路を変えられた兄に自分ができることも同じだと思った。

「よく見て、よく聞け」

「分かってるよ」

「今度は自分でしろよ」

実は教えられたことを覚えていて、甘えているだけ。
友人との外出では自分でするが、これは兄の美容教育の成果だ。
誉められる度に、つい、兄の自慢をしてしまう。
『仲が良いよね』と笑みを返してくれる旧友には感謝しかない。
妹を大切にする恋人には肖の行動に共感され、容認されている。

「兄さん、楽しい?」

「瞑が楽しそうだからな」

呆れた声で、仕方がないなって顔で、少しだけ嬉しそうに微笑む兄が。
私が楽しそうだと言う兄の嬉しそうな笑顔を見るのも、楽しみの一つだと。
いつか、兄に伝えたい。


出来上がったデート仕様で、今日も会う。
静かな公演を散策していると、恋人は真剣な顔で私を見た。

「そろそろ結婚しようか?」

「そうだね。まずは兄に報告したいな」

「ヘアメイクはぜひお願いしたいから、よろしく」

学生の頃からつき合っている恋人と結婚する。
恋人の背を見送った後の帰り道。
順番も考えたが、一番に伝えたのは、やはり兄だった。
嬉しそうな兄は、行動が早かった。
翌日には挙式向きの髪型と化粧の参考本を見せてきた。
ドレスが決まってから、と目を輝かせる兄を落ち着かせた。
持込料はかかったが、予定通り兄にヘアメイク依頼した。
最後だからな、と少しだけ寂しそうに笑っていた。

「肖の腕で仕事にしないのはもったいない」

両親が今さらに言う言葉に苛立つ。
花婿までの介添えを肖に頼むが押し退けてしたがる父親を断り、
私の中では予定通りに兄を指名した。
控室でのベールダウンは、戸惑う兄を説得してお願いした。
そして、花嫁の準備室で最後のヘアメイク講義が始まった。

「肖、お願いします」

「よく見て、よく聞け」

静かに過ぎる特別な時間。
鏡越しに見えるのは、いつも以上に真剣な表情の兄。

「今度は自分でしろよ」

「わかってるよ」

仕上げの紅をぬってもらった後、
馴染みの声で告げられる馴染みの言葉。
とても嬉しそうな笑みの兄がいる。
もう見聞きできない寂しさと、
生き生きと輝く兄の姿に涙をこらえていつものように言う。

挙式の後、
一緒に移動中の兄は、近くで転けた朋ちゃんに手を差し伸べた。
私の後で朋ちゃんの化粧崩れを直す兄。

「朋絵さん、確認してください」

「わ、綺麗です…」

「楽しそうでなによりです」

鏡越しに煌めく笑顔を浮かべた朋ちゃんを見て兄は微笑む。

「お兄さんが楽しそうだから、
してもらう人も楽しいんです」

「わかる!
楽しそうな肖だから、この化粧ができると思う」

感動する朋ちゃんと改めて意気投合した。

「俺だから、できる…?」

「はい。お兄さんだからできることがあります」

細い呟きに応える朋ちゃんは真っすぐに兄を見た。
その視線へ揺らぐ瞳を返す兄。
ふと、足音がした。
控えめなノックに了承の返事をする。

「失礼します。花嫁様、準備はいい?」

「できたよ。可愛い?」

「とっても可愛い。ありがとう、お義兄さん」

夫と兄は爽やかな笑顔を交わしている。

「では、行こうか?」

「はい」

差し出された手をとると、先導され歩き始める。
視界の隅で楽しそうに朋ちゃんと兄が手をとり歩く姿は、
微笑ましい光景だった。

「新郎新婦の入場です」

司会者の声と共に扉が開く。
お披露目式の始まりだ。
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