幸せという呪縛

秋赤音

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自己中心 ― 箱庭の遊び

3.大切な時間

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両親は何かを話し終えるときに必ず言った。
「お兄さんだからね」
だからなんだ、と思ったことを言う機会はなかった。
兄弟が結婚すると、両親は夫婦で旅に出た。
両親が望む長男として見送った。
少しだけ自由になった気分で戻った日常は、予想以上に息がしやすい。
いただいた作業部屋で、有栖川家の当主から受ける縫製の仕事を黙々と終わらせる。
里栖川 灯莉がいなければ、今の幸せは実現しなかった。

座ったまま作業をしてどれくらい過ぎたのだろうか。
背後から聞きなれた愛しい足音がする。
甘い香りと共に部屋にきた来客に思わず頬が緩む。

「雅十。休憩にしましょう」

「早苗。ありがとう」

戸籍上は妻の香苗とよく似た妹の早苗は、今日も可愛い。
近くにある何も置いていない机にお茶をおいて歩み寄る早苗を抱き寄せ、
膝の上に乗せる。
甘えるように俺の肩に頭を預ける早苗は心地よさそうに目を細めている。

本人いわく、両親にすらいつも姉か妹か確認されたらしい。
確かに似てはいるが、俺には別人にしか見えないので確認する人の気持ちは分からない。
初めて早苗と会ったのは、幼い彼女たちが他者を欺き楽しんでいた頃だった。
両親に連れられた長女の香苗と名乗った早苗に会っていた。
当時は香苗だと思っていた。
事実を知ったのは会ってしばらく時間が過ぎた頃だった。
後日、また会った日には違和感があったので改めて名を聞いた。
「香苗が香苗として会いにきた」と微笑んでいた。
香苗は、「どうして分かったのです?」と聞いてきた。
「全然違う」と答えると、泣きそうな顔で笑っていた。
さらに後日、再び初めて会った香苗に名を聞いた。
早苗と名乗った彼女は嬉しそうに微笑んでいた。
表情に似た部分をみつけて姉妹らしい、と思った。
鏡写しの容姿で間違われることは、我が身にも覚えはある。
自分を自分だと見てくれる嬉しさがあるとすれば、感情を共有できる自信がある。
話をする機会が増え、
双子同士で気が合うことも多く、互いに気を許すのに時間はかからなかった。
幼馴染と皆は言っていた。
でも、俺は早苗のことを幼馴染としてではなく初めから女性として見ていた。
しかし、男女交際となれば過保護な両親が何を言うか分からないので胸に秘めていた。
弟は香苗に想いを告げると言った。
後日に弟たちが両想いだと知り、俺は早苗に惹かれる自分を解放した。
想いを告げ、想い合っていることを自覚した俺たちは学び舎で穏やかな日々を過ごした。
里栖川 灯莉は、いつも少し離れた傍から俺たちを穏やかな眼差しで見守っていた。


穏やかな日々に影をおとしたのは、両親が決めた婚姻だった。
早苗が来栖川家の跡継ぎに決まり、有栖川家に香苗を嫁入りさせると知らされた。
同時に、弟が来栖川家へ婿入りすることも決まっていた。
俺たちは嘆いた。
しかし、思いついた。
友人の家に住まわせてもらい、匿ってもらおうと。
表向きは親の希望を叶えて、暮らしだけは想い人と過ごせるかもしれないと。
里栖川 灯莉という存在は、俺たちの無理を快諾し、穏やかな日々を守ってくれている。


撫で心地の良い髪をすいていると、早苗が俺を見上げた。
首をかしげる様が可愛く、じっと見る。

「雅十?」

「早苗。愛してる」

「私も、雅十を愛してる」

頬に触れた柔らかな感触に口元が緩んだ。
募る想いを隠さないまま告げられる。
幸せだ。
受け止めて、受け入れて、同じものをくれる。
幸せだ。
当たり前のように傍にいられて、
互いの温度を交わせることは、当たり前ではない。
幸せだ。

「私たち、双子でよかったね」

「そうだな」

早苗は、晴れ晴れとした笑みで告げる。
俺も、きっと同じ顔をしている。
俺たちを見分けられる人物は、今のところいないらしい。
あるいは、仕事さえできればどちらでもいいのだろう。
外で奏十を名乗り早苗の隣を歩いて困ったことは無い。
同じように弟が俺になって香苗と外出しても、困りごとは無いと聞く。
香苗と早苗は、かつて行った入れ替わり生活を再び楽しんでいるようだ。
得た箱庭の中で過ごす穏やかな時間を守るため、
俺たちは親を騙し、他者を騙して息をする。
それもでいい。
こうするしか、幸せになる方法がないのだから。

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