66 / 214
†禍月の誘い†
監視と密談
しおりを挟む
…一方、そんなやり取りをしている彼らを監視するかの如く、同じ敷地内に立つ、別な校舎の屋根から、彼らを見下ろす2つの鋭い視線があった。
「…ほう…、あの御方がルイセ様か。
成る程、あの美麗なる外見に、かの皇族の高貴さを持ち合わせるとは…、御身内であるカミュ様やライセ様に、とてもよく似ておられる」
「…待てよフェンネル。言われなくても分かってるんだろうが、今はそんな当たり前なことに感心してる場合じゃないんだぜ?」
溜め息混じりにその肩を竦めたのは、六魔将が一人・カイネル=ザインだった。
…あの一件から17年もの月日が経っているというのに、その容貌は、以前と全く変わっていない。
恐らくは、彼の体に流れる魔の力、ひいては魔の血が…ほぼ完璧に近い形で、老化を阻むのではないかと考えられる。
「血は水よりも濃しとはよく言ったもんだな。…17年も離れて暮らしてたってのに、あの容姿は、まさにライセ様そのものだ…!」
「…ああ。まるでライセ様本人が、あの場におられるようだ…」
フェンネルが目を細めると、カイネルはそんなフェンネルを窘めるように指摘した。
「でもよ、フェンネル。ライセ様は…この事実を知らないんだろう?」
「ああ」
フェンネルはあっさりと頷いた。
「ルイセ様同様、ライセ様も、ご自分が双子であるなどとは、塵ほども思ってはいない」
「…だよな」
カイネルは釈然としない様子で、風に煽られる髪を押さえた。
「で、こんなとこに張り付いて監視ってわけか」
「…まあ、そう言うな。サヴァイス様は、ライセ様のみならず、ルイセ様にも非常に興味を示しておられる。
例え人間界でお育ちになられたとはいえ、ルイセ様は紛れもなくカミュ様の御子息…
サヴァイス様が、ルイセ様の可能性に興味を持たれるのは、当然の成り行きだろう?」
「…それは分からんでもないが…」
まだまだ納得のいかないカイネルが、しきりに首を捻る。
「それなら、どうしてルイセ様を今まで放っておいたんだ?」
「…お前にしては稀なる勘の良さだな」
フェンネルの、心底から感心したような口調に、さすがにカイネルが引っかかるものを覚えた。
「おいちょっと待てフェンネル」
「冗談だ。だが、いい視点に気付いたな、カイネル」
「どういうことだよ?」
「分からないか?」
フェンネルが、確信を帯びた光をその目に宿す。
「今、このタイミングで我々を動かさなければならない理由は、あらゆる点から考えても、ひとつしかない。
サヴァイス様は、元々… 否、始めからこの時期を狙っておられたのだ」
「サヴァイス様が…!?」
カイネルが疑心に眉を顰めると、フェンネルは微笑した。
「そう、恐らくは… ん?」
先を続けようとしたフェンネルは、ふと、何かに気付いて会話を止めた。
カイネルがそちらを見やると、ルイセがいる教室の窓の近くに、蒼い、長い髪を風に靡かせた少女が、空中から…じっと室内の様子を窺っていた。
「…何だ? あの女は」
体格からも、その人物は間違いなく少女であることは分かる。だが、後ろ姿なので、顔立ちまでは分からない。
カイネルが注意深くその少女を見ようと目を凝らした時、その気配に気付いたらしい少女の姿は、いつの間にかその場から消えていた。
「一体…何だったんだ? ありゃあ」
カイネルが不満げにごちると、フェンネルも今の少女が気になるのか、珍しく彼に同意した。
「俺にはどうも、ルイセ様を見ていたように見受けられたが」
「…けどよ、ルイセ様のことは、俺たち精の黒瞑界の者しか知らないはずだよな?」
「阿呆か、お前は」
フェンネルが呆れ顔で言ってのけると、カイネルは目に見えて膨れた。
「阿呆って何だよ?」
「ライセ様に似た“人間”がいたら、誰しもが興味を持つのは必至ではないか?」
「!あ…、そうか」
カイネルはようやく納得したように胸をなで下ろしたが、今度は釈然としないのは、フェンネルの方だった。
陰鬱に、彼の心を占めていたもの。
それは…
(事態が、どこから漏れたのか…)
精の黒瞑界の皇家直属の自分たちですらが、皇族であるルイセを監視することになったのは、ごく最近のことだ。
だとすれば、あの少女は…
それまで、完全にトップシークレットだったはずの【ルイセの存在】を、一体どこから嗅ぎつけたのか。
内部にスパイがいるなどという、下卑た邪推はしたくない。
とすれば、あくまでその少女は、外部から情報を得、動いたと判断するのが妥当だろうが…
…、それにしても、このタイミングでとは──
(…何かがおかしい)
…ルイセに少なからず興味を示した…
それは突き詰めれば、相手側が既に、ライセの容姿を含めた、それなりの情報を得ているということになる。
でなければ、あの少女がルイセに接触する意味はない。
だが…
(気にはなるが…それを今、考えても詮無きことだな)
そう気付いたフェンネルは、再びルイセの方を窺った。
…同じような服装をしている集団が、個々にその狭い部屋からいなくなり始める。
その時、タイミングを測ったかのように、高らかにチャイムが鳴り響き、その、チャイムには稀なる澄んだ音色は、フェンネルたちの鼓膜を心地良く震わせた。
学生たちが待ちかねる、放課の時間だ。
「やれやれ、これでやっと放免らしいな。だが、よくもまぁあんな狭い空間で、勉強なんか出来るもんだ…」
「同感だ。あれがこの世界での未成年の義務のようなものだと、話には聞いてはいたが…
実際に目の当たりにすると、効率は悪そうだな」
「…ま、個人的に教わる訳じゃねぇから、致し方ないんだろうよ」
カイネルの自嘲めいた言葉に、フェンネルは僅かに目を細めた。
「…ともかく、我々以外にもルイセ様を見ている者がいることははっきりした。
カイネル、俺は一度戻って、サヴァイス様に今の件を報告する。お前は引き続き、ルイセ様の監視にあたれ」
「え、俺ひとりでか!?」
カイネルの絶句に、フェンネルは空間移動する為にか、魔力で体を浮かせながらカイネルを見る。
「…そうだな、お前ひとりでは荷が重いか…
ならば、サリアをつけてやろう」
「ぅえっ!?」
カイネルは、まるで蛙でも潰されたような、変な悲鳴をあげた。
…蛙は蛙でも、サリアが相手では、蛇に睨まれた蛙という表現が、一番適切なのだが…
そこまで考えて、はっと我に返ったカイネルは、自分でも悲しいくらいに慌てふためいた。
「…さ、サリアと…!? じょ、冗談じゃない!
こんな気を使う任務の他に、それ以上に気を使わなきゃならない奴が近くにいたら──」
「どうだというの? カイネル」
いつの間にかその場に現れたサリアが、低い声でカイネルに囁いた。
「!」
途端に、カイネルの動きが凍りつく。
それを見たフェンネルは、これから起きるであろう惨状から、目を逸らさずにはいられなかった。
「…ほう…、あの御方がルイセ様か。
成る程、あの美麗なる外見に、かの皇族の高貴さを持ち合わせるとは…、御身内であるカミュ様やライセ様に、とてもよく似ておられる」
「…待てよフェンネル。言われなくても分かってるんだろうが、今はそんな当たり前なことに感心してる場合じゃないんだぜ?」
溜め息混じりにその肩を竦めたのは、六魔将が一人・カイネル=ザインだった。
…あの一件から17年もの月日が経っているというのに、その容貌は、以前と全く変わっていない。
恐らくは、彼の体に流れる魔の力、ひいては魔の血が…ほぼ完璧に近い形で、老化を阻むのではないかと考えられる。
「血は水よりも濃しとはよく言ったもんだな。…17年も離れて暮らしてたってのに、あの容姿は、まさにライセ様そのものだ…!」
「…ああ。まるでライセ様本人が、あの場におられるようだ…」
フェンネルが目を細めると、カイネルはそんなフェンネルを窘めるように指摘した。
「でもよ、フェンネル。ライセ様は…この事実を知らないんだろう?」
「ああ」
フェンネルはあっさりと頷いた。
「ルイセ様同様、ライセ様も、ご自分が双子であるなどとは、塵ほども思ってはいない」
「…だよな」
カイネルは釈然としない様子で、風に煽られる髪を押さえた。
「で、こんなとこに張り付いて監視ってわけか」
「…まあ、そう言うな。サヴァイス様は、ライセ様のみならず、ルイセ様にも非常に興味を示しておられる。
例え人間界でお育ちになられたとはいえ、ルイセ様は紛れもなくカミュ様の御子息…
サヴァイス様が、ルイセ様の可能性に興味を持たれるのは、当然の成り行きだろう?」
「…それは分からんでもないが…」
まだまだ納得のいかないカイネルが、しきりに首を捻る。
「それなら、どうしてルイセ様を今まで放っておいたんだ?」
「…お前にしては稀なる勘の良さだな」
フェンネルの、心底から感心したような口調に、さすがにカイネルが引っかかるものを覚えた。
「おいちょっと待てフェンネル」
「冗談だ。だが、いい視点に気付いたな、カイネル」
「どういうことだよ?」
「分からないか?」
フェンネルが、確信を帯びた光をその目に宿す。
「今、このタイミングで我々を動かさなければならない理由は、あらゆる点から考えても、ひとつしかない。
サヴァイス様は、元々… 否、始めからこの時期を狙っておられたのだ」
「サヴァイス様が…!?」
カイネルが疑心に眉を顰めると、フェンネルは微笑した。
「そう、恐らくは… ん?」
先を続けようとしたフェンネルは、ふと、何かに気付いて会話を止めた。
カイネルがそちらを見やると、ルイセがいる教室の窓の近くに、蒼い、長い髪を風に靡かせた少女が、空中から…じっと室内の様子を窺っていた。
「…何だ? あの女は」
体格からも、その人物は間違いなく少女であることは分かる。だが、後ろ姿なので、顔立ちまでは分からない。
カイネルが注意深くその少女を見ようと目を凝らした時、その気配に気付いたらしい少女の姿は、いつの間にかその場から消えていた。
「一体…何だったんだ? ありゃあ」
カイネルが不満げにごちると、フェンネルも今の少女が気になるのか、珍しく彼に同意した。
「俺にはどうも、ルイセ様を見ていたように見受けられたが」
「…けどよ、ルイセ様のことは、俺たち精の黒瞑界の者しか知らないはずだよな?」
「阿呆か、お前は」
フェンネルが呆れ顔で言ってのけると、カイネルは目に見えて膨れた。
「阿呆って何だよ?」
「ライセ様に似た“人間”がいたら、誰しもが興味を持つのは必至ではないか?」
「!あ…、そうか」
カイネルはようやく納得したように胸をなで下ろしたが、今度は釈然としないのは、フェンネルの方だった。
陰鬱に、彼の心を占めていたもの。
それは…
(事態が、どこから漏れたのか…)
精の黒瞑界の皇家直属の自分たちですらが、皇族であるルイセを監視することになったのは、ごく最近のことだ。
だとすれば、あの少女は…
それまで、完全にトップシークレットだったはずの【ルイセの存在】を、一体どこから嗅ぎつけたのか。
内部にスパイがいるなどという、下卑た邪推はしたくない。
とすれば、あくまでその少女は、外部から情報を得、動いたと判断するのが妥当だろうが…
…、それにしても、このタイミングでとは──
(…何かがおかしい)
…ルイセに少なからず興味を示した…
それは突き詰めれば、相手側が既に、ライセの容姿を含めた、それなりの情報を得ているということになる。
でなければ、あの少女がルイセに接触する意味はない。
だが…
(気にはなるが…それを今、考えても詮無きことだな)
そう気付いたフェンネルは、再びルイセの方を窺った。
…同じような服装をしている集団が、個々にその狭い部屋からいなくなり始める。
その時、タイミングを測ったかのように、高らかにチャイムが鳴り響き、その、チャイムには稀なる澄んだ音色は、フェンネルたちの鼓膜を心地良く震わせた。
学生たちが待ちかねる、放課の時間だ。
「やれやれ、これでやっと放免らしいな。だが、よくもまぁあんな狭い空間で、勉強なんか出来るもんだ…」
「同感だ。あれがこの世界での未成年の義務のようなものだと、話には聞いてはいたが…
実際に目の当たりにすると、効率は悪そうだな」
「…ま、個人的に教わる訳じゃねぇから、致し方ないんだろうよ」
カイネルの自嘲めいた言葉に、フェンネルは僅かに目を細めた。
「…ともかく、我々以外にもルイセ様を見ている者がいることははっきりした。
カイネル、俺は一度戻って、サヴァイス様に今の件を報告する。お前は引き続き、ルイセ様の監視にあたれ」
「え、俺ひとりでか!?」
カイネルの絶句に、フェンネルは空間移動する為にか、魔力で体を浮かせながらカイネルを見る。
「…そうだな、お前ひとりでは荷が重いか…
ならば、サリアをつけてやろう」
「ぅえっ!?」
カイネルは、まるで蛙でも潰されたような、変な悲鳴をあげた。
…蛙は蛙でも、サリアが相手では、蛇に睨まれた蛙という表現が、一番適切なのだが…
そこまで考えて、はっと我に返ったカイネルは、自分でも悲しいくらいに慌てふためいた。
「…さ、サリアと…!? じょ、冗談じゃない!
こんな気を使う任務の他に、それ以上に気を使わなきゃならない奴が近くにいたら──」
「どうだというの? カイネル」
いつの間にかその場に現れたサリアが、低い声でカイネルに囁いた。
「!」
途端に、カイネルの動きが凍りつく。
それを見たフェンネルは、これから起きるであろう惨状から、目を逸らさずにはいられなかった。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる