†我の血族†

如月統哉

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†禍月の誘い†

監視と密談

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…一方、そんなやり取りをしている彼らを監視するかの如く、同じ敷地内に立つ、別な校舎の屋根から、彼らを見下ろす2つの鋭い視線があった。

「…ほう…、あの御方がルイセ様か。
成る程、あの美麗なる外見に、かの皇族の高貴さを持ち合わせるとは…、御身内であるカミュ様やライセ様に、とてもよく似ておられる」
「…待てよフェンネル。言われなくても分かってるんだろうが、今はそんな当たり前なことに感心してる場合じゃないんだぜ?」

溜め息混じりにその肩を竦めたのは、六魔将が一人・カイネル=ザインだった。
…あの一件から17年もの月日が経っているというのに、その容貌は、以前と全く変わっていない。
恐らくは、彼の体に流れる魔の力、ひいては魔の血が…ほぼ完璧に近い形で、老化を阻むのではないかと考えられる。

「血は水よりも濃しとはよく言ったもんだな。…17年も離れて暮らしてたってのに、あの容姿は、まさにライセ様そのものだ…!」
「…ああ。まるでライセ様本人が、あの場におられるようだ…」

フェンネルが目を細めると、カイネルはそんなフェンネルを窘めるように指摘した。

「でもよ、フェンネル。ライセ様は…この事実を知らないんだろう?」
「ああ」

フェンネルはあっさりと頷いた。

「ルイセ様同様、ライセ様も、ご自分が双子であるなどとは、塵ほども思ってはいない」
「…だよな」

カイネルは釈然としない様子で、風に煽られる髪を押さえた。

「で、こんなとこに張り付いて監視ってわけか」
「…まあ、そう言うな。サヴァイス様は、ライセ様のみならず、ルイセ様にも非常に興味を示しておられる。
例え人間界でお育ちになられたとはいえ、ルイセ様は紛れもなくカミュ様の御子息…
サヴァイス様が、ルイセ様の可能性に興味を持たれるのは、当然の成り行きだろう?」
「…それは分からんでもないが…」

まだまだ納得のいかないカイネルが、しきりに首を捻る。

「それなら、どうしてルイセ様を今まで放っておいたんだ?」
「…お前にしては稀なる勘の良さだな」

フェンネルの、心底から感心したような口調に、さすがにカイネルが引っかかるものを覚えた。

「おいちょっと待てフェンネル」
「冗談だ。だが、いい視点に気付いたな、カイネル」
「どういうことだよ?」
「分からないか?」

フェンネルが、確信を帯びた光をその目に宿す。

「今、このタイミングで我々を動かさなければならない理由は、あらゆる点から考えても、ひとつしかない。
サヴァイス様は、元々… 否、始めからこの時期を狙っておられたのだ」
「サヴァイス様が…!?」

カイネルが疑心に眉を顰めると、フェンネルは微笑した。

「そう、恐らくは… ん?」

先を続けようとしたフェンネルは、ふと、何かに気付いて会話を止めた。
カイネルがそちらを見やると、ルイセがいる教室の窓の近くに、蒼い、長い髪を風に靡かせた少女が、空中から…じっと室内の様子を窺っていた。

「…何だ? あの女は」

体格からも、その人物は間違いなく少女であることは分かる。だが、後ろ姿なので、顔立ちまでは分からない。
カイネルが注意深くその少女を見ようと目を凝らした時、その気配に気付いたらしい少女の姿は、いつの間にかその場から消えていた。

「一体…何だったんだ? ありゃあ」

カイネルが不満げにごちると、フェンネルも今の少女が気になるのか、珍しく彼に同意した。

「俺にはどうも、ルイセ様を見ていたように見受けられたが」
「…けどよ、ルイセ様のことは、俺たち精の黒瞑界の者しか知らないはずだよな?」
「阿呆か、お前は」

フェンネルが呆れ顔で言ってのけると、カイネルは目に見えて膨れた。

「阿呆って何だよ?」
「ライセ様に似た“人間”がいたら、誰しもが興味を持つのは必至ではないか?」
「!あ…、そうか」

カイネルはようやく納得したように胸をなで下ろしたが、今度は釈然としないのは、フェンネルの方だった。

陰鬱に、彼の心を占めていたもの。
それは…

(事態が、どこから漏れたのか…)

精の黒瞑界の皇家直属の自分たちですらが、皇族であるルイセを監視することになったのは、ごく最近のことだ。

だとすれば、あの少女は…
それまで、完全にトップシークレットだったはずの【ルイセの存在】を、一体どこから嗅ぎつけたのか。

内部にスパイがいるなどという、下卑た邪推はしたくない。
とすれば、あくまでその少女は、外部から情報を得、動いたと判断するのが妥当だろうが…

…、それにしても、このタイミングでとは──

(…何かがおかしい)

…ルイセに少なからず興味を示した…
それは突き詰めれば、相手側が既に、ライセの容姿を含めた、それなりの情報を得ているということになる。

でなければ、あの少女がルイセに接触する意味はない。
だが…

(気にはなるが…それを今、考えても詮無きことだな)

そう気付いたフェンネルは、再びルイセの方を窺った。
…同じような服装をしている集団が、個々にその狭い部屋からいなくなり始める。
その時、タイミングを測ったかのように、高らかにチャイムが鳴り響き、その、チャイムには稀なる澄んだ音色は、フェンネルたちの鼓膜を心地良く震わせた。
学生たちが待ちかねる、放課の時間だ。

「やれやれ、これでやっと放免らしいな。だが、よくもまぁあんな狭い空間で、勉強なんか出来るもんだ…」
「同感だ。あれがこの世界での未成年の義務のようなものだと、話には聞いてはいたが…
実際に目の当たりにすると、効率は悪そうだな」
「…ま、個人的に教わる訳じゃねぇから、致し方ないんだろうよ」

カイネルの自嘲めいた言葉に、フェンネルは僅かに目を細めた。

「…ともかく、我々以外にもルイセ様を見ている者がいることははっきりした。
カイネル、俺は一度戻って、サヴァイス様に今の件を報告する。お前は引き続き、ルイセ様の監視にあたれ」
「え、俺ひとりでか!?」

カイネルの絶句に、フェンネルは空間移動する為にか、魔力で体を浮かせながらカイネルを見る。

「…そうだな、お前ひとりでは荷が重いか…
ならば、サリアをつけてやろう」
「ぅえっ!?」

カイネルは、まるで蛙でも潰されたような、変な悲鳴をあげた。
…蛙は蛙でも、サリアが相手では、蛇に睨まれた蛙という表現が、一番適切なのだが…

そこまで考えて、はっと我に返ったカイネルは、自分でも悲しいくらいに慌てふためいた。

「…さ、サリアと…!? じょ、冗談じゃない!
こんな気を使う任務の他に、それ以上に気を使わなきゃならない奴が近くにいたら──」
「どうだというの? カイネル」

いつの間にかその場に現れたサリアが、低い声でカイネルに囁いた。

「!」

途端に、カイネルの動きが凍りつく。
それを見たフェンネルは、これから起きるであろう惨状から、目を逸らさずにはいられなかった。
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