†我の血族†

如月統哉

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†歪んだ光†

予想外の異能

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「──事実だからだ」

フェンネルが静かに、ただその一言のみを落とす。
それにシンは、頭から冷水を浴びせかけられたかのように立ち竦んだ。

…シンがここまで動揺したのは、答えた相手がフェンネルだからこそだ。
精の黒瞑界の誰もが知っていることだが、フェンネルはレイヴァンと並んで、既存六魔将のひとりでありながら、“前・六魔将”のうちのひとりでもある。

だからこそ。
経験や体験の多さは、シンの比ではない。
加えて、あの性格。普段からして冗談など、凡そ言わないようなタイプであるのに、このような時に、質の悪い冗談など、それこそ言うはずもない──…

…そして、“事実だからだ”と。
そう、たったひと言しか答えなかったことで、その“事実”は、より深刻さと重みを増す。
それは…ひいては、このままではサリアを助けることが不可能であるという、無慈悲な現実に直結する。


…嘘や冗談などではないのだ。
このフェンネルが、今、この時に…
“このように言うからには”。


「──…嘘だろ…」

シンは譫言のように言葉を洩らした。
呆然(ボウゼン)と…、というよりは、それこそ茫然(ホウゼン)と。

それによってほんの一時ながら、サリアに対しての、鋼の魔力の注入が緩む。
…途端に、再び激しく咳き込み、勢い良く跳ね上がるサリアの体。

「!」

茫然としている暇すらありはしない。
シンは、それこそ心臓を貫かれたような、鋭い痛みを胸に覚えて我に返ると、慌てて自らの両の手の魔力の規模を維持した。

しかしそんな中でもサリアの体調は、ますます悪化の一途を辿ってゆく。
これでシンとフェンネル、二人の魔力が無ければ、もうこの時点でとうに息絶えているであろうことが判りきっているだけに、二人の魔力が今のサリアにとって、どれ程に価値のあるものかが分かる。

だがそれでも、現段階で二人に出来るのは、こうしてサリアの命の火を繋ぎ、引き止めておくことだけ。
現在では好転の機がまるで窺えないだけに、時と共に二人の感情には、それに比例した乱れが混じり、表れる。

「…フェンネル、サリアを助ける方法…
本当に無いのか? それとも…それはお前にすら思い付かないことなのか!?」

サリアの、辛うじて保っていた顔色さえ、青白くなりかけて来たことに気付いたシンは、胸に湧き上がる思いの丈の全てを声に変えて、フェンネルへとぶつけた。

「あるいは俺らじゃ不可能なことなのか?
…なあ、教えてくれフェンネル!
例えそれが結果的に、自分たちの力が及ばないことだったとしても、それすらも聞かずに、ただこうしているだけじゃ…
このままじゃ現状維持が精一杯で、結局は…何の解決にもならないんだ!」

「!シン…」

シンの心の叫び…
言うなれば魂の慟哭を、声という形で直接耳にしたフェンネルは、厳しくも切なげに目を細める。
…自らの心を打たれ、その言からも…
シンの精神的な強さと、ある種の覚悟をも充分過ぎるほどに理解したフェンネルは、先程の自らの考えを、かいつまんで話した。


サリアを救う為には、シンの鋼の魔力と、自分の氷の魔力を、継続してその身体に送り込む必要があること。
そして、サリアの今現在の症状や体調からしても、ルファイア・ルウィンド両名の、例の強力な複合攻撃には、強い毒性が含まれていたらしいこと。
更に、それを解毒するためには、敵2名の魔力の属性と、こちらの能力を鑑みても、絶対的に炎の魔力が足りないこと──


「…炎の…魔力って…」

恐らくは脳内で、先程のフェンネルと同じ結論に行き着いたのだろう。
シンは炎の魔力を持つ者が、六魔将内にいない“事実”…
そして頼みの綱の皇族すらもが、現状ではこちらに手を回せる状態ではなく、また、すぐ近くにすら居ない非情な“現実”を直視させられ、ただ、複雑化した表情を伏せる。


「──…炎の魔力…」


フェンネルとシン、二人の傍にいるが故、その会話が聞こえたらしい凛が、不意にぽつりと呟いた。
その表情は何故か青ざめ、何事かを迷い、葛藤するように、整った眉が根の方に寄せられている。

凛は刹那、そんな自らの気持ちを振り切るべく、きつく唇を噛んだ。
…が、やがてそれは静かに繙(ヒモト)かれ、はっきりとした意思が、口をついて出る言葉そのものを支配する。


「フェンネルさん」


「…?」

凛の呼びかけに、フェンネルは集中力を切らすことなく、ただ一瞥のみで、その存在を認識した。

「何だ? 何か用があるなら──」

この状況だ、後にしてくれ、と言いかけたフェンネルは、不意に異様なものが目についた気がして、その言葉を絶句という形で途切らせた。
その隣で、それを不思議に思ったシンが、フェンネルの視線の先を追った時。

二人はあまりの驚きに動じ、その目を大きく見開いていた。


…凛の特徴であるはずの、緋髪緋眼。
全てにおいて赤いはずだった外見は、いつの間にか精の黒瞑界の皇族のそれにも近い、銀髪黒眼に変化していたからだ。

髪は完全な銀髪。そして、瞳は黒銀に艶のある紫が溶け込んだような、まさに至上の宝石と見紛うばかりの美しさ──

「…な」

その、あまりに唐突な外見の変化に、やはりというべきかシンが絶句する。
すると凛は、その両の手のひらを緩やかに、何かを集中させるかのように…
指を広げた形で、静かに向かい合わせた。

「…貴方がたが魔力と呼んでいるものとは違うかも知れませんが、同列系統の、この炎の力…
何かの役には立てませんか?」

…瞬間、以前の凛の外見の色合いが宿ったかの如く、その手には傍目にも分かる、緋の…
強力な“火”の能力が集中する。

「!…」

一方、これに“らしくもなく”正直な程の驚きを見せたのはフェンネルだった。

…思い返せば確かに、凛の外見は、あちらの世界に住まう人間のそれとは、明らかに違っていた。

だが、人間にも血脈的に…
国や大陸そのものが隔てられていることによって、その系譜自体に違いがある。
…髪や目、その全ての色が黒で構成されている訳ではない。
万人が同じ色ではない。それは精の黒瞑界でも然りだ…

だからこそ今の今まで、何の疑いも持ちはしなかった。
ただの… 何の力も持たない、弱くも脆い人間であると信じて疑わなかった。

だがその両の手に宿る力は、間違いなく炎のそれだ。
しかもただの、火に値するレベルの“炎”ではなく、あのルファイアにも匹敵するかのような、煉獄の…
まさしく獄炎の、強大な能力。

「…お前…」

シンが我知らず呟いた。
…その頬に流れるのは、ひと筋の冷や汗。


…六魔将であるという立場に溺れ、そして精の黒瞑界の住民であるという事実に甘んじ、決して凛を軽視していた訳ではない。
しかし心の何処かで、人間なのだ… 否、“人間なのだから”と、頭ごなしに思い込んでいたことは事実だ。


驚きが先で、既存六魔将内において、炎の力を持つ者が不在であることを、愁う時間はほとんど無かったが。
…それでも意識としてあるのは、思いも掛けない人材が、思いもよらぬ力を持っていたこと。

「…ごめんなさい。力を隠すつもりは無かったのだけど…」

凛は不意に、その双眸に影を落とした。
その両眼には、払拭しきれぬ過去を、今だ背負い続けている者特有の昏さがある。
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