平凡顔のせいで神子なのに疎まれています

小実そしる

文字の大きさ
6 / 21

貴方の知らない涙

しおりを挟む
 勉強の休憩がてら、何の気なしに窓の外を眺めていると、風に揺れる木々の間から身知った姿が顔を出した。すぐに緑の壁に隠されてしまったその姿に、いてもたってもいられずに駆け出していた。

「神子様! お待ちください。どちらに行かれるのですか?」
「ごめんなさい、メリーさん! すぐ帰ります!」
「お待ちください、神子様っ!」

 普段の俺だったら、こんな風にメリーさんの言葉を無視したりしない。でも、今は考えるよりも先に体が動いていた。
 一秒でも早く、あの人のところへ行きたい。あの優しい笑顔を、一目でいいから見たいと思った。

「はぁ、は……っ」

 朝露に濡れる草を踏みしめて、林の中をひたすらに走った。
 窓から見えたなんとなくの場所しか分からないし、もしかしたらもうここにはいないかもしれない。
 それでも、ほんの一瞬垣間見えた優しげな面立ちが忘れられずに、当てもなく林の中を彷徨った。
 一体どれだけ走っただろうか。いい加減に体力が限界で、縺れる脚を立て直すこともできずにその場に尻餅をついてしまった。

「うあっ……はっ、はぁ……アラン、さん」

 意味はないとわかっていても、縋るようにその名前を呼んでいた。
 その直後、すぐそばで地面を踏みしめる音がした。ハッとした時にはもう遅い。背後から伸びてきた手のひらに、口を塞がれ、強い力で後ろに引っ張られた。

「んぐ!?」

 ジタバタと抵抗するも、相手の力には全く歯が立たない。気付けば、大きく空いた木のうろに引き摺り込まれていた。

「むぅっ、うむぅ、む~っ!」

 久しぶりの全力疾走で体力は殆ど使い果たしてしまった。そんな俺が必死になって暴れてみたところで、大した意味をなさない。それでも無抵抗よりはマシだと、拘束された体を捻ってなんとか脱出を試みる。
 無様にもがく俺が哀れになったのか。不意に、拘束が緩んで、耳元に密やかな吐息が触れた。

「ケンイチ様、私です。アランです」

 ずっと求め続けたその声に、安心感からなのか喜びからなのか、ぶわっと熱い涙が込み上げた。

「っ……アラン、さん」

 相手がアランさんだとわかると同時に、全身の強張りが解けた。弛緩した体を支えることもできずに、逞しい胸板に凭れかかってしまう。きっと重いはずなのに、アランさんはしっかりと俺の体を抱きとめてくれた。
 口元を覆っていた手が外されて、その手が目尻に滲んだ涙を拭った。

「ケンイチ様、突然のご無礼をお許しください」
「いえ……っ! ちょっとびっくりしただけなので、全然大丈夫です」

 へにょりと眉を垂らして笑えば、アランさんの整った顔がくしゃりと歪んだ。

「誠に申し訳ありません。他の者に見られては、私と密会していたなどとあらぬ噂を流されてしまうと思い……ケンイチ様をお守りするはずが、涙を流させてしまった」

 切なげに言って、もう一度優しく目尻を撫でられた。
 壊れ物に触れるような繊細な手つきに、なんとも言えずむず痒い気持ちになる。
 アランさんの綺麗な顔を見ていられなくて、視線を膝に落とした。

「本当に、大丈夫です! 俺こそ泣いちゃってすみません。びっくりしただけで、全然平気ですので!」
「ケンイチ様……」
「それに、こうして会えましたし。実は、部屋からアランさんが見えて、つい追いかけて来ちゃったんです。ストーカーみたいですみません」
「ストーカーだなんて、滅相もないことです。こうしてまたケンイチ様とお会いできて光栄です」
「あはは、光栄だなんて大げさですよ」
「紛れもない本心です。ケンイチ様とお会いした日からずっと、もう一度お会いしたいと願っておりました」
「っ……あ、はは……俺も、です」

 あんなに会いたかったのに、いざ対面すると緊張してうまく話せない。
 曖昧に笑って、もじもじと膝の上で指を擦り合わせる俺をどう思ったのか。お腹に回された手に、僅かに力がこもった。

「ケンイチ様」
「は、はい」
「少し窮屈ではありますが、よろしければもうしばらく私と共に過ごしていただけませんか」
「こ、ここで、ですか?」
「はい」

 すぐ近くで聞こえるアランさんの声に、心臓が少しずつ早鐘を打っていくのがわかった。
 同じ男同士なのに、アランさんみたいな絶世の美男子相手だと、嘘みたいに緊張してしまう。こんなところにしばらく二人きりでいるなんて、弱々の俺の心臓じゃきっと耐え切れない。

「ケンイチ様、いかがでしょうか」
「っ……」

 やっぱり、これ以上は心臓が持たない。
 せっかくの申し出だけど、今回ばかりは断ろう。そう思った直後に、ドクン、と心臓が一際強く鼓動して、左胸の紋様が暗闇に浮かび上がった。

「あ……っ」

 いるんだ。王様が、近くにいる。
 その姿を追い求めるように、自然と体が動いていた。けれどすぐに、背後から伸びてきたアランさんの腕によって、引き戻されていた。

「行かないでください。貴方の傷つく顔は、見たくない」

 どういう意味だろうか。その真意を探る前に、草を踏む二つの足音に意識の全てが集中した。

「王様……」

 ぽっかりと空いたうろの向こう側に、その姿を見つけた。たったそれだけで、不思議なほどに気分が高揚した。
 それも束の間、その隣に立つ明彦の姿を目にした途端、嘘のように心が冷え切った。
 ここからでは二人がどんな会話をしているのかまではわからない。それでも、明彦に触れる王様の手が、ただひたすらに優しいことだけは確かだった。

「なんで……」

 なんで、俺じゃないんだろうか。
 それは、俺自身の気持ちだったのか、神子としての気持ちだったのかわからない。
 隣り合う二人の体がゆっくりと重なっていく。その様をスローモーションのようにしてただ眺めていることしかできない自分が、ひどく惨めで滑稽に思えた。

「っ……」

 もう、これ以上は見たくない。そう思うのに、体が言うことを聞いてくれなかった。
 涙が一筋、頬を伝った。それを受け止めてくれたのは、優しくて温かな手のひらだった。

「見ないでください」

 切実な声と共に、アランさんは俺の視界を遮った。
 この手の向こう側で、果たして二人はキスをしたのだろうか。
 容易に想像できるその姿に、涙が後からあとから零れ落ちた。俺が泣き止むまでの間、アランさんは何も言わずに涙を受け止め続けてくれた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話

須宮りんこ
BL
【あらすじ】 高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。 二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。 そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。 青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。 けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――? ※本編完結済み。後日談連載中。

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

夜が明けなければいいのに(洋風)

万里
BL
大国の第三皇子・ルシアンは、幼い頃から「王位には縁のない皇子」として育てられてきた。輝く金髪と碧眼を持つその美貌は、まるで人形のように完璧だが、どこか冷ややかで近寄りがたい。 しかしその裏には、誰よりも繊細で、愛されたいと願う幼い心が隠されている。 そんなルシアンに、ある日突然、国の命運を背負う役目が降りかかる。 長年対立してきた隣国との和平の証として、敵国の大公令嬢への婿入り――実質的な“人質”としての政略結婚が正式に決まったのだ。 「名誉ある生贄」。 それが自分に与えられた役割だと、ルシアンは理解していた。 部屋に戻ると、いつものように従者のカイルが静かに迎える。 黒髪の護衛騎士――幼い頃からずっと傍にいてくれた唯一の存在。 本当は、別れが怖くてたまらない。 けれど、その弱さを見せることができない。 「やっとこの退屈な城から出られる。せいせいする」 心にもない言葉を吐き捨てる。 カイルが引き止めてくれることを、どこかで期待しながら。 だがカイルは、いつもと変わらぬ落ち着いた声で告げる。 「……おめでとうございます、殿下」 恭しく頭を下げるその姿は、あまりにも遠い。 その淡々とした態度が、ルシアンの胸に鋭く突き刺さる。 ――おめでとうなんて、言わないでほしかった。 ――本当は、行きたくなんてないのに。 和風と洋風はどちらも大筋は同じようにしようかと。ところどころ違うかもしれませんが。 お楽しみいただければ幸いです。

入社1ヶ月のワンコ系男子が、知らずのうちに射止めたのはイケメン社長!?

monteri
BL
CM制作会社の新入社員、藤白純太は入社1ヶ月で教育係の先輩が過労で倒れたため、特別なクライアントの担当を引き継ぐことになる。 そのクライアントは、女子禁制ミーハー厳禁の芸能事務所だった。 主人公の無知で純なところに、翻弄されたり、骨抜きにされるイケメン社長と、何も知らない純太がドキドキするお話です。 ※今回の表紙はAI生成です

生まれ変わりは嫌われ者

青ムギ
BL
無数の矢が俺の体に突き刺さる。 「ケイラ…っ!!」 王子(グレン)の悲痛な声に胸が痛む。口から大量の血が噴きその場に倒れ込む。意識が朦朧とする中、王子に最後の別れを告げる。 「グレン……。愛してる。」 「あぁ。俺も愛してるケイラ。」 壊れ物を大切に包み込むような動作のキス。 ━━━━━━━━━━━━━━━ あの時のグレン王子はとても優しく、名前を持たなかった俺にかっこいい名前をつけてくれた。いっぱい話しをしてくれた。一緒に寝たりもした。 なのにー、 運命というのは時に残酷なものだ。 俺は王子を……グレンを愛しているのに、貴方は俺を嫌い他の人を見ている。 一途に慕い続けてきたこの気持ちは諦めきれない。 ★表紙のイラストは、Picrew様の[見上げる男子]ぐんま様からお借りしました。ありがとうございます!

【8話完結】強制力に負けて死に戻ったら、幼馴染の様子がおかしいのですが、バグですか?

キノア9g
BL
目が覚めたら、大好きだったRPGの世界に転生していた。 知識チートでなんとか死亡フラグを回避した……はずだったのに、あっさり死んで、気づけば一年前に逆戻り。 今度こそ生き残ってみせる。そう思っていたんだけど—— 「お前、ちょっと俺に執着しすぎじゃない……?」 幼馴染が、なんかおかしい。妙に優しいし、距離が近いし、俺の行動にやたら詳しい。 しかも、その笑顔の奥に見える“何か”が、最近ちょっと怖い。 これは、運命を変えようと足掻く俺と、俺だけを見つめ続ける幼馴染の、ちょっと(だいぶ?)危険な異世界BL。 全8話。

男だって愛されたい!

朝顔
BL
レオンは雑貨店を営みながら、真面目にひっそりと暮らしていた。 仕事と家のことで忙しく、恋とは無縁の日々を送ってきた。 ある日父に呼び出されて、妹に王立学園への入学の誘いが届いたことを知らされる。 自分には関係のないことだと思ったのに、なぜだか、父に関係あると言われてしまう。 それには、ある事情があった。 そしてその事から、レオンが妹の代わりとなって学園に入学して、しかも貴族の男性を落として、婚約にまで持ちこまないといけないはめに。 父の言うとおりの相手を見つけようとするが、全然対象外の人に振り回されて、困りながらもなぜだか気になってしまい…。 苦労人レオンが、愛と幸せを見つけるために奮闘するお話です。

好きで好きで苦しいので、出ていこうと思います

ooo
BL
君に愛されたくて苦しかった。目が合うと、そっぽを向かれて辛かった。 結婚した2人がすれ違う話。

処理中です...