3 / 7
3話
しおりを挟む
アルトリウスは翌日、また試合の場に赴く。
そして、また、今度も白銀の剣を構えた。
「縁が、あったでござるなぁ!」
「そうかい」
異能を取り戻したアルトリウスは代わりに何かを置いてきたとでも言うかのように、虚ろな目をしていた。
「クラスA! 拙者もその域にいるのだろうかぁ?」
「さぁ―――」
昂るミチルとは対照的にアルトリウスは冷えていく。
昨日までの彼とは違う。やはり集まった衆人環視はそれを感じていた。
今、学園最強の座が決まろうとしている。関わらず、衆人は昂るどころか恐れていた。
力を隠しているアルトリウスか、力を伸ばしているミチルか。
少なくとも、この決着の末にどちらかがくたばる。
普段の学内試験とは明らかに異なる空気だった。
「ありがとクロイツァーさん」
「どういたしまして、委員長」
ベルタは昨日負傷した委員長を車椅子で押していた。
「どうして、私のお願いを聞いてくれたの?」
「白状するね」
ベルタはある真実を語った。
「私、彼と付き合ってるの」
その彼とはアルトリウスで、委員長は、その事実を咀嚼するまで、間を置いた。
「委員長は彼が好きなんでしょ? 解るの。そういう異能があるから」
「その事実を伝えて、どうするの」
「いや、卑怯じゃない? 彼を想ってくれるような優しい人にそれを黙ってるのは」
「想いかぁ。どうだろう。憧れはあったけど」
「その大切な想い出を勝手に覗いてしまったお詫びかな」
「そう」
「それにさ。私とは違う視点で彼を捉えて、違う面を好きになった貴女は面白かった」
「……貴女、悪魔みたいね」
「悪魔と罵られても」
(私は彼と添い遂げたい―――)
「始め!」
やはり肥満の教員によって、戦闘は始まった。
昨日のクラスC同士の一騎打ちとは異なる先端だった。
暫定クラスBのミチル・ミヤモトが突っ込み、暫定クラスCのアルトリウス・マーシャルが下がりながら剣を受ける。
「見事!」
「こちらの劣勢は明らか。ならばなるべく勢いを殺して受ける」
淡々と事実を述べるアルトリウス。
白の直剣と業物の太刀が幾度も交錯した。
「守ってばかりではじり貧だぞ!」
振り下ろし、返そうとした。強力な力が返す刀を押しつぶした。
「これが其方の異能かぁ!」
「ふっ!」
紙一重でミチルが躱す。
「だぁが! 遅い! 脆い!」
業物がアルトリウスの異能の腕を切り払った。
普段のアルトリウスなら、茶化した賛辞を送っていただろう。しかし、今のアルトリウスは冷えていた。
淡々といなす。終始押され気味でも的確に捌いていた。
「格上との戦いを心得ている?」
「違う! 天性のセンスだ!」
衆人たちは、両者の剣技に見惚れて思い思いの考察をする。
いつの間にか白熱していた。
「はははは!」
ミチルをいなしながら、冷徹なアルトリウスだった。
(やはり、遅い。どれだけ視点を変えても、クラスC程度の出力しか出ない)
頬に掠らせることすら許されない。だがいなせる。
(つまり、クラスAの力はないなこの女には)
クラスB。目の前の女は自分が理想通りに成長し、手に入れたであろう力には遠く及ばなかった。
(力に固執するようになったのはいつだった?)
剣を交えながら思考する。
身体は追いつかないが、思考の速度域は上がっていた。
ミチルも膨張するように、ギアを上げていくが、それ以上の速度で思考が加速していくから、いなせていた。代わりに思考に反比例して、身体は重くなっていった。
アルトリウスの身体能力の限界をミチルが超えた。
死の運命が迫る。そして、アルトリウスの思考だけが本来あるべき速度に追いついた。
世界がモノクロに変わった。
ナノ秒で自分は死ぬ。そこで世界の全てが止まった。
そして、彼の思考は、現在から、過去へ向かった。
俺は、アルトリウス・マーシャル。
俺は、本でも開くかのように過去を振り返っていた。
生まれたとき、初めは特別だった。
平凡な両親から俺は、超人、ソルジャーズの1人として生れ出た。
だから、物心がつき始めた時に、ソルジャーズの退役軍人の開く私塾に入れられたのだ。
初めは、どうして同じ塾の子供たちと遊んではいけないかわからなかった。
でも、近づこうとすると、先生が引き離したので結局同年代の子供と遊べないまま、その理由を理解するまで先生だけとの時間が過ぎていった。
俺の力は、同世代のソルジャーズの中でも飛びぬけていたのだ。
ソルジャーズは分別が着くまでは直接親とは会えない。それが、セオリーだ。
先生は語った。
「ごめん。君の力は大人のソルジャーズよりも強いんだ。今の君と触れ合えるのはソルジャーズでも上澄みの私たちだけ。君が力を制御できるまでは、外には連れ出せない」
お父さんとお母さんに直接会いたくて、俺は、必死に力の制御を学ぼうとした。
でも、日に日に力は大きくなっていって難航した。
「もうやだー!」
その言葉を先生が両親に伝えたのだろう。
1年くらい俺は、先生に反抗した。ストレスが最高潮に達した時だった。
先生を倒して、外に出ようした時だった。
両親が姿を現したのだった。強化ガラスの向こう側であったけど。
「お母さん! お父さん!」
駆け寄った。ぴと。
誰かが、強化ガラスに触れた。とても小さい手だった。
「この子ね。リリーって言うの! アーサーの妹だよ」
「あう!」
首の座り始めたばかりの彼女と触れたくて、俺は、必死になって制御を学んだ。
剣術はその一環だった。
先生は初めに俺に剣を渡すときに訊ねた。
「アルはどうして剣を覚えようと思ったんだっけ?」
「リリーを抱っこするため!」
「そうだね。でもそれだけじゃ理由として弱いわ」
「?」
「貴方が、リリーを守れるようになるために剣を覚えるの!」
「うん!」
その為に、俺は剣を覚えた。
全てはリリーと触れ合う為に! 全てはリリーを守る為に!
全ては、順調だった。偶に、壁越しに家族と面会して、剣を振るって、将来に相応しい勉強をして。
リリーはどんどん大きくなって。どんどん可愛くなっていった。
だから、少しずつ喋れるようになったリリーと約束した。
「リリー」
「にいに。なあに」
「俺、一番になるから! そしたら、優勝台の上で抱っこさせて!」
「いいよ」
今では呪いに変わった約束だった。
リリーが生まれてから、5年が経った。俺は、どんなクラスのソルジャーズが相手でも試合を演じられるようになっていた。
普通の子供の玩具で遊べるようになっていた。
犬を抱っこできるようになっていた。
「先生!」
「後は、優勝するだけね!」
そうして、俺は、クラスAのソルジャーズとして、共和国主催全星剣術大会に出場した。
色んな子たちと剣を通して触れ合った。
自分の剣を色んな人たちが美しいと称賛してくれた。
決勝の前に、眼鏡の女の子から花束を受け取った。
あと少しで、リリーを抱っこできる!
色んな正しい方向の感情で満たされて、僕は、舞台に上がった!
そして、決勝でもう1人の天才剣士と剣を通して語らい、称賛を浴びた。
でも、決勝台の前に妹は現れなかった。
表彰を張り付けた笑顔で終えて、僕は先生のいる控室に戻る。
「どうして?」
笑顔が張り付いて戻らなかった。
「どうして、リリーがいないの?」
先生は神妙な顔で俺に訊ねた。
「真実を知りたい?」
「……うん」
剣を通して、相手の考えを読むように、僕の手を先生が引っ張ったとき、そのオチがなんとなく読めてしまった。
リリーは病院に運ばれていた。
お父さんとお母さんに初めて直接会った。
「お父さん、お母さんリリーは?」
お母さんが泣いた。それでも僕は、知りたかった。
「後天性変異症候群」
先生の冷たい言葉を今でも憶えている。
チューブに繋がれた子供。
「産まれた後で、ソルジャーズに身体が作り替わろうとする、難病よ」
彼女は、ふっくらしていた彼女は、ミイラのようにやせ細っていた。
「子供のうちに発症すればまず助からない……」
僕が到着したのは、丁度今わの際だった。
発症から約2時間で彼女はそうなった。
初めて握った手は想像よりずっと軽かった。細かった。
「リリー」
あまりのショックで涙が出てこなかった。
それが、最後の会合だった。
その時、ふと、思った。彼女を治せる立場が欲しいと。けれど、自分はソルジャーズ。それも、クラスAだから、医者になる道は選べない。
リリーと一緒に進むために剣技を磨いたのに、リリーを守る為に剣技を磨いたのに。
か細い心拍数がゼロになるまで、優しく握った。
「リリー。にいに頑張ったよ」
返事はなかった。
「こんなに細い手だって、優しく握られるようになった」
笑ったって奇跡なんか起きやしない。
それから、俺は、立ち直る為に、僕を切り捨てた。
そして、それでも剣を握っていた。表舞台に出ることはなくなったけれど、それでも剣を握った。
妹を守れなかった自分が憎かった。
死のうにも死ねなかったし。努力は報われず、奇跡は起きやしないのがこの世界だと認識した。
空の向こうには天国はないし、死んでも人はお星様になれない。
死んだら、残るのは無だけだ。
力を制御できることが、妹の死によって証明されたことが辛かった。
両親たちと壁の隔たりなく、本当の家族になれたが、今更のことだった。
普通の学校の普通の子供たちは、皆真っ直ぐな目をしていて疎外感でいっぱいだった。
勉強もとっくの昔に習い終わっていることばかりで刺激がなかった。
夢は破れ、世界が灰色に見えた。
心はあの時で止まっていて、ふてくされながら、今更放り出された社会に順応する自分、俺と、あの日のままか細い妹という光に縋り付いて泣いている自分、僕がいた。
とっくに気がついていた。何故、ソルジャーズ能力の成長が停滞したか。心の深層で僕が立ち止まっていたからだ。あの日、最高潮の興奮の先を受け入れられないから、あの日を超えることができない。
ただ、今は、俺は、前に進みたい。
なぜなら、あの時得られなかった真の理解者がいるからだ。
「その光の根源はもうないよ」
「新しい光が見つかった?」
「そうかな。赤い光だよ」
過去を忘れることで心の傷が癒されていくことが、嫌だった。
俺とリリーをつなぐのは、この傷と出会う為に磨いた才能だけだ。
「今は、理解者がいる。俺は、俺を癒してくれた彼女に見せたいんだ。俺の姿を」
「君は、僕をここに閉じ込めた」
「だってさあ。死にたくないもん。あんなもの見たら」
「好きにすればいい」
「好きにしたいさ。でも身体が重いんだ」
だから
「昔の光を捨てろなんて言わない。それも、持っていって、前に進もう」
俺は、子供の姿のまま僕を自称する自分を抱きしめた。
「いい匂いがする」
「これが、俺たちの理解者の匂いだよ。俺の心に触れて優しく傷を撫でてくれる。今は、俺は、凄く現実を生きたいんだ」
目を閉じると一抹の赤色が見えた。
俺は、あの日の先生のように俺を引っ張った。僕が、かつての光を手放さいようにゆっくりと。
アルトリウスの思考は停止した時間に立ち戻る。
どこかで、赤い髪のあの子が見ていると周囲を見渡した。
それで、気がつく。止まったままの時間で自分がゆっくりだが動けることに、赤い、自分を照らす光を見つけて、世界が色づいていった。
白銀の剣が真ん中で切られ、共に盾とした左腕が吹き飛んだ。
「獲った!」
勝負ありとミチルは判断した。
油断した。それが、アルトリウスの自罰的な選択だったと飲み込めない時点で彼女の積みだ。白銀の剣が手放された。
代わりに黒い何かが回転しながら、アルトリウスの右腕に収まる。
「そ、れ、は」
今のアルトリウスにとって、彼女の言葉は遅すぎる。生きる速度帯が違うのだ。
だから、彼女のスピードに合わせてゆっくりと殊更にゆっくりと正体を告げた。
「お、ま、も、り」
アルトリウスはそれの電源を入れる。蓄えられたプラズマを放出するだけの代物だった。
それが、アルトリウスの念動力によって固定され刃となった。
そして、己の速度域で振るった。ミチルの左半身が焼けただれていく。
透かさず蹴る。
だが、まだ足りない。アルトリウスは自身の思いと向き合った。それは、正の感情だけではない。この世すべての幸運な者たちへの憎悪も持ってきた。
故に、滞空したまま混乱しているミチルに大技を喰らわせようとしていた。
「お前も、ソルジャーズなら生き残って見せろ」
踏み込む!
大地が沈む!
これは、大薙ぎではない。あれはランクC程度でも扱えるように調整された技だ。
(まだ、重い。けど!)
それは、最高位のソルジャーズが踏み込むことで起こる現象そのままの名前だった。
「激震!」
大勢が巻き込まれた。審判も観衆も皆が一瞬浮いた。それでも、冴えた剣筋によって衝撃波は、ミチルの上半身と下半身を綺麗に分けた。
そして、また、今度も白銀の剣を構えた。
「縁が、あったでござるなぁ!」
「そうかい」
異能を取り戻したアルトリウスは代わりに何かを置いてきたとでも言うかのように、虚ろな目をしていた。
「クラスA! 拙者もその域にいるのだろうかぁ?」
「さぁ―――」
昂るミチルとは対照的にアルトリウスは冷えていく。
昨日までの彼とは違う。やはり集まった衆人環視はそれを感じていた。
今、学園最強の座が決まろうとしている。関わらず、衆人は昂るどころか恐れていた。
力を隠しているアルトリウスか、力を伸ばしているミチルか。
少なくとも、この決着の末にどちらかがくたばる。
普段の学内試験とは明らかに異なる空気だった。
「ありがとクロイツァーさん」
「どういたしまして、委員長」
ベルタは昨日負傷した委員長を車椅子で押していた。
「どうして、私のお願いを聞いてくれたの?」
「白状するね」
ベルタはある真実を語った。
「私、彼と付き合ってるの」
その彼とはアルトリウスで、委員長は、その事実を咀嚼するまで、間を置いた。
「委員長は彼が好きなんでしょ? 解るの。そういう異能があるから」
「その事実を伝えて、どうするの」
「いや、卑怯じゃない? 彼を想ってくれるような優しい人にそれを黙ってるのは」
「想いかぁ。どうだろう。憧れはあったけど」
「その大切な想い出を勝手に覗いてしまったお詫びかな」
「そう」
「それにさ。私とは違う視点で彼を捉えて、違う面を好きになった貴女は面白かった」
「……貴女、悪魔みたいね」
「悪魔と罵られても」
(私は彼と添い遂げたい―――)
「始め!」
やはり肥満の教員によって、戦闘は始まった。
昨日のクラスC同士の一騎打ちとは異なる先端だった。
暫定クラスBのミチル・ミヤモトが突っ込み、暫定クラスCのアルトリウス・マーシャルが下がりながら剣を受ける。
「見事!」
「こちらの劣勢は明らか。ならばなるべく勢いを殺して受ける」
淡々と事実を述べるアルトリウス。
白の直剣と業物の太刀が幾度も交錯した。
「守ってばかりではじり貧だぞ!」
振り下ろし、返そうとした。強力な力が返す刀を押しつぶした。
「これが其方の異能かぁ!」
「ふっ!」
紙一重でミチルが躱す。
「だぁが! 遅い! 脆い!」
業物がアルトリウスの異能の腕を切り払った。
普段のアルトリウスなら、茶化した賛辞を送っていただろう。しかし、今のアルトリウスは冷えていた。
淡々といなす。終始押され気味でも的確に捌いていた。
「格上との戦いを心得ている?」
「違う! 天性のセンスだ!」
衆人たちは、両者の剣技に見惚れて思い思いの考察をする。
いつの間にか白熱していた。
「はははは!」
ミチルをいなしながら、冷徹なアルトリウスだった。
(やはり、遅い。どれだけ視点を変えても、クラスC程度の出力しか出ない)
頬に掠らせることすら許されない。だがいなせる。
(つまり、クラスAの力はないなこの女には)
クラスB。目の前の女は自分が理想通りに成長し、手に入れたであろう力には遠く及ばなかった。
(力に固執するようになったのはいつだった?)
剣を交えながら思考する。
身体は追いつかないが、思考の速度域は上がっていた。
ミチルも膨張するように、ギアを上げていくが、それ以上の速度で思考が加速していくから、いなせていた。代わりに思考に反比例して、身体は重くなっていった。
アルトリウスの身体能力の限界をミチルが超えた。
死の運命が迫る。そして、アルトリウスの思考だけが本来あるべき速度に追いついた。
世界がモノクロに変わった。
ナノ秒で自分は死ぬ。そこで世界の全てが止まった。
そして、彼の思考は、現在から、過去へ向かった。
俺は、アルトリウス・マーシャル。
俺は、本でも開くかのように過去を振り返っていた。
生まれたとき、初めは特別だった。
平凡な両親から俺は、超人、ソルジャーズの1人として生れ出た。
だから、物心がつき始めた時に、ソルジャーズの退役軍人の開く私塾に入れられたのだ。
初めは、どうして同じ塾の子供たちと遊んではいけないかわからなかった。
でも、近づこうとすると、先生が引き離したので結局同年代の子供と遊べないまま、その理由を理解するまで先生だけとの時間が過ぎていった。
俺の力は、同世代のソルジャーズの中でも飛びぬけていたのだ。
ソルジャーズは分別が着くまでは直接親とは会えない。それが、セオリーだ。
先生は語った。
「ごめん。君の力は大人のソルジャーズよりも強いんだ。今の君と触れ合えるのはソルジャーズでも上澄みの私たちだけ。君が力を制御できるまでは、外には連れ出せない」
お父さんとお母さんに直接会いたくて、俺は、必死に力の制御を学ぼうとした。
でも、日に日に力は大きくなっていって難航した。
「もうやだー!」
その言葉を先生が両親に伝えたのだろう。
1年くらい俺は、先生に反抗した。ストレスが最高潮に達した時だった。
先生を倒して、外に出ようした時だった。
両親が姿を現したのだった。強化ガラスの向こう側であったけど。
「お母さん! お父さん!」
駆け寄った。ぴと。
誰かが、強化ガラスに触れた。とても小さい手だった。
「この子ね。リリーって言うの! アーサーの妹だよ」
「あう!」
首の座り始めたばかりの彼女と触れたくて、俺は、必死になって制御を学んだ。
剣術はその一環だった。
先生は初めに俺に剣を渡すときに訊ねた。
「アルはどうして剣を覚えようと思ったんだっけ?」
「リリーを抱っこするため!」
「そうだね。でもそれだけじゃ理由として弱いわ」
「?」
「貴方が、リリーを守れるようになるために剣を覚えるの!」
「うん!」
その為に、俺は剣を覚えた。
全てはリリーと触れ合う為に! 全てはリリーを守る為に!
全ては、順調だった。偶に、壁越しに家族と面会して、剣を振るって、将来に相応しい勉強をして。
リリーはどんどん大きくなって。どんどん可愛くなっていった。
だから、少しずつ喋れるようになったリリーと約束した。
「リリー」
「にいに。なあに」
「俺、一番になるから! そしたら、優勝台の上で抱っこさせて!」
「いいよ」
今では呪いに変わった約束だった。
リリーが生まれてから、5年が経った。俺は、どんなクラスのソルジャーズが相手でも試合を演じられるようになっていた。
普通の子供の玩具で遊べるようになっていた。
犬を抱っこできるようになっていた。
「先生!」
「後は、優勝するだけね!」
そうして、俺は、クラスAのソルジャーズとして、共和国主催全星剣術大会に出場した。
色んな子たちと剣を通して触れ合った。
自分の剣を色んな人たちが美しいと称賛してくれた。
決勝の前に、眼鏡の女の子から花束を受け取った。
あと少しで、リリーを抱っこできる!
色んな正しい方向の感情で満たされて、僕は、舞台に上がった!
そして、決勝でもう1人の天才剣士と剣を通して語らい、称賛を浴びた。
でも、決勝台の前に妹は現れなかった。
表彰を張り付けた笑顔で終えて、僕は先生のいる控室に戻る。
「どうして?」
笑顔が張り付いて戻らなかった。
「どうして、リリーがいないの?」
先生は神妙な顔で俺に訊ねた。
「真実を知りたい?」
「……うん」
剣を通して、相手の考えを読むように、僕の手を先生が引っ張ったとき、そのオチがなんとなく読めてしまった。
リリーは病院に運ばれていた。
お父さんとお母さんに初めて直接会った。
「お父さん、お母さんリリーは?」
お母さんが泣いた。それでも僕は、知りたかった。
「後天性変異症候群」
先生の冷たい言葉を今でも憶えている。
チューブに繋がれた子供。
「産まれた後で、ソルジャーズに身体が作り替わろうとする、難病よ」
彼女は、ふっくらしていた彼女は、ミイラのようにやせ細っていた。
「子供のうちに発症すればまず助からない……」
僕が到着したのは、丁度今わの際だった。
発症から約2時間で彼女はそうなった。
初めて握った手は想像よりずっと軽かった。細かった。
「リリー」
あまりのショックで涙が出てこなかった。
それが、最後の会合だった。
その時、ふと、思った。彼女を治せる立場が欲しいと。けれど、自分はソルジャーズ。それも、クラスAだから、医者になる道は選べない。
リリーと一緒に進むために剣技を磨いたのに、リリーを守る為に剣技を磨いたのに。
か細い心拍数がゼロになるまで、優しく握った。
「リリー。にいに頑張ったよ」
返事はなかった。
「こんなに細い手だって、優しく握られるようになった」
笑ったって奇跡なんか起きやしない。
それから、俺は、立ち直る為に、僕を切り捨てた。
そして、それでも剣を握っていた。表舞台に出ることはなくなったけれど、それでも剣を握った。
妹を守れなかった自分が憎かった。
死のうにも死ねなかったし。努力は報われず、奇跡は起きやしないのがこの世界だと認識した。
空の向こうには天国はないし、死んでも人はお星様になれない。
死んだら、残るのは無だけだ。
力を制御できることが、妹の死によって証明されたことが辛かった。
両親たちと壁の隔たりなく、本当の家族になれたが、今更のことだった。
普通の学校の普通の子供たちは、皆真っ直ぐな目をしていて疎外感でいっぱいだった。
勉強もとっくの昔に習い終わっていることばかりで刺激がなかった。
夢は破れ、世界が灰色に見えた。
心はあの時で止まっていて、ふてくされながら、今更放り出された社会に順応する自分、俺と、あの日のままか細い妹という光に縋り付いて泣いている自分、僕がいた。
とっくに気がついていた。何故、ソルジャーズ能力の成長が停滞したか。心の深層で僕が立ち止まっていたからだ。あの日、最高潮の興奮の先を受け入れられないから、あの日を超えることができない。
ただ、今は、俺は、前に進みたい。
なぜなら、あの時得られなかった真の理解者がいるからだ。
「その光の根源はもうないよ」
「新しい光が見つかった?」
「そうかな。赤い光だよ」
過去を忘れることで心の傷が癒されていくことが、嫌だった。
俺とリリーをつなぐのは、この傷と出会う為に磨いた才能だけだ。
「今は、理解者がいる。俺は、俺を癒してくれた彼女に見せたいんだ。俺の姿を」
「君は、僕をここに閉じ込めた」
「だってさあ。死にたくないもん。あんなもの見たら」
「好きにすればいい」
「好きにしたいさ。でも身体が重いんだ」
だから
「昔の光を捨てろなんて言わない。それも、持っていって、前に進もう」
俺は、子供の姿のまま僕を自称する自分を抱きしめた。
「いい匂いがする」
「これが、俺たちの理解者の匂いだよ。俺の心に触れて優しく傷を撫でてくれる。今は、俺は、凄く現実を生きたいんだ」
目を閉じると一抹の赤色が見えた。
俺は、あの日の先生のように俺を引っ張った。僕が、かつての光を手放さいようにゆっくりと。
アルトリウスの思考は停止した時間に立ち戻る。
どこかで、赤い髪のあの子が見ていると周囲を見渡した。
それで、気がつく。止まったままの時間で自分がゆっくりだが動けることに、赤い、自分を照らす光を見つけて、世界が色づいていった。
白銀の剣が真ん中で切られ、共に盾とした左腕が吹き飛んだ。
「獲った!」
勝負ありとミチルは判断した。
油断した。それが、アルトリウスの自罰的な選択だったと飲み込めない時点で彼女の積みだ。白銀の剣が手放された。
代わりに黒い何かが回転しながら、アルトリウスの右腕に収まる。
「そ、れ、は」
今のアルトリウスにとって、彼女の言葉は遅すぎる。生きる速度帯が違うのだ。
だから、彼女のスピードに合わせてゆっくりと殊更にゆっくりと正体を告げた。
「お、ま、も、り」
アルトリウスはそれの電源を入れる。蓄えられたプラズマを放出するだけの代物だった。
それが、アルトリウスの念動力によって固定され刃となった。
そして、己の速度域で振るった。ミチルの左半身が焼けただれていく。
透かさず蹴る。
だが、まだ足りない。アルトリウスは自身の思いと向き合った。それは、正の感情だけではない。この世すべての幸運な者たちへの憎悪も持ってきた。
故に、滞空したまま混乱しているミチルに大技を喰らわせようとしていた。
「お前も、ソルジャーズなら生き残って見せろ」
踏み込む!
大地が沈む!
これは、大薙ぎではない。あれはランクC程度でも扱えるように調整された技だ。
(まだ、重い。けど!)
それは、最高位のソルジャーズが踏み込むことで起こる現象そのままの名前だった。
「激震!」
大勢が巻き込まれた。審判も観衆も皆が一瞬浮いた。それでも、冴えた剣筋によって衝撃波は、ミチルの上半身と下半身を綺麗に分けた。
0
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
続・冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
の続編です。
アンドリューもそこそこ頑張るけど、続編で苦労するのはその息子かな?
辺境から結局建国することになったので、事務処理ハンパねぇー‼ってのを息子に押しつける俺です。楽隠居を決め込むつもりだったのになぁ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる