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5話
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「アルトリウス・マーシャルには、天号の素質があると?」
「そう。素質がね。まだ、至ってはいないが。剣技だけなら、既に俺と変わらないレベルを身につけている」
カルム・アッシュフィールドは、金髪の美女とのピロートークで語った。
「天号に必要なのは、剣技などの自力と死を感じ取り死なないスキルそして、異能すら取り入れ独自の在り方を示すことだ。本物の戦場やそれに匹敵する場所でな」
「匹敵する?」
「俺の左肩にでっかい傷があるだろう?」
それは、普段灰色の衣装に隠れている。彼と関係を持った女性だけが知ることのできる傷だった。学長はそれを撫でた。
「閣下ですら、このような傷を負った経験があるのですか」
「白の剣聖」
「それは……」
「共和国の最強の座に位置するソルジャーズ。彼女との手合いで負った傷だよ」
「彼女との手合いは本物の戦場に匹敵する?」
「或いはそれ以上の経験。俺が天号を与えられたのは、彼女と試合をして敗れはしたものの生き残ったからだ」
「では、貴方と戦って生き残ったアルトリウス・マーシャルも天号の資格があるのでは?」
「お前は、俺のことを最高位のソルジャーズだと思っているけど、それは、違う」
カルムはあの時のことを思い出した。
「震えているのですか?」
「怖いんだよ。アルトリウス・マーシャルも完全に才能をものにしたって彼女には、敵いはしない」
灰の剣士と白の剣聖。それぞれの異名の通り、カルムと彼に傷跡を残した女性との間には、一介の剣士と剣の達人ほどの実力の開きがあった。
学長は、夜伽の相手として彼の頭を抱き寄せて撫でた。
「なぁ? 俺のところに来ないか? 冗談じゃなくてさ」
「……嬉しい限りですが、私には私の、貴方には貴方の仕事があります」
「俺は、軍のソルジャーズを率いて、お前は、若きソルジャーズたちを導くか」
「……そうです」
だから、彼らの逢瀬はこの束の間の奇跡だった。
学長は1人の女として、空港で灰色の男を見送った。
彼女と彼はすれ違って、それぞれの道を歩いていく。
灰色の男に軍服の女がとことことまた、ふざけながらついていく。
彼に寄り添える彼女に嫉妬しながら、学長は振り返った。
「騒がしい連中でしたな」
車の後部座席に座った時、運転手代わりの太った教師、アルトリウスの担任が切り出した。
「まったくだわ」
「学長も一緒になって街を滅茶苦茶にするとは思いませんでしたが」
「殆ど閣下のせいでしょ!」
学長は子供のように腕をばたつかせた。
「えぇ、街はそうでしたね。申し訳ございません。しかし、あの飲み屋での振る舞いはいかがなものかと」
「うぅ、うるさい!」
「それで? カルム閣下はマーシャルについてなんと?」
「やっと、本題ね」
カルムは、アルトリウスについて助言を残していた。
「予想通り。彼は、アルトリウス・マーシャルに専属の教官を付けるようにって」
「随分、閣下と距離を縮められましたね」
「セクハラで訴えるわよ! クビになりたい!?」
「では私はこちらの画像を警察に提出いたします」
アルトリウスの担任は携帯端末の画面を見せた。
そこには、グラスを投げて馬鹿笑いしている金髪の女性が写っている。
「マーシャルから回ってきましたよ」
「あのクソガキぃ!」
車がやっと走り出した。
「それにしても、専属の教官ですか。クラスAの教員となるとうちにはいませんね。第1教導院に1人在籍していましたか。彼を呼ぶのですか?」
「あちらも、生徒を抱えている。そのクラスAの教員は指導能力が高いらしく引き抜きとなると面倒なのよ」
「では、どうするのですか?」
「閣下から、紹介状を預かった」
「紹介状? クラスAの」
「度重なる失態から、天号を剝奪されたソルジャーズ」
「……大丈夫ですか? その人選」
「失態……彼女は単一の能力は天号に申し分ないらしいのだけど」
「だけど?」
「指揮能力に乏しいらしいの……。つまり、」
「馬鹿?」
「ええ」
以前、今の運転手代わりのデブの提案で、アルトリウス・マーシャルとミチル・ミヤモトをぶつけたが、また賭けかと学長は頭を抱える。
「閣下から、伝言はもう1つ」
「それは?」
「ベルタ・クロイツァー」
「彼女が何か?」
「彼女は将来、アルトリウスの従卒になるので、相応しい教育をするようにと」
「クロイツァー家の落ちこぼれと言われていた彼女が……」
「大出世もいいところね。そういう星の元なのかしらね」
「クラスIからクラスF。ネグレクトから天号のパートナーですか」
「羨ましい限りだわ」
それは、数々の功績を地道に積み上げて今の地位に着いた自分か、天号のパートナーに対する女としての嫉妬か。
いずれにせよ。学長と灰の剣士は互いの生活に戻っていく。
「は? 教官? 私が? でありますか?」
「そうだ。元、閃光の魔女殿? 天号を取り上げられたことは吞み込めたようだな」
先日までは、閃光の魔女と呼ばれていたその女は、先日までその司令官に溜口だった。
天号を持つソルジャーズは独自の裁量、1旅団に匹敵するものを持つ。
天号どころか彼女は、尉官の地位すら取り上げられたのだ。
「いやはや、敵拠点の制圧を命じれば拠点を消滅させ、拠点防衛を命じれば拠点を敵ごと消滅。事前探査を命じれば部下と共に迷子になるわ。そもそも、天号ともなれば普通は宇宙艦隊の総指揮を預かるような立場で、これら挙げた例は、君にとってはお使いのようなものだろうに。わかるかね! 君のような知略のないただ、若く剣技と異能に優れただけの無能に散々上から目線で居座られていた私の気持ちが!」
「……」
彼女レイナ・レバレッジとて、似た気持ちだ。先日まで、見下していた高々佐官の中年のクラスBごときに天号を持っていた自分が折檻されるなど。
「何か言いたいことでもあるのかね! レバレッジ曹長!」
「何もありません!」
「その調子で、しおらしくしておくことだ。それに、教官として着任する間、貴官の軍籍は剝奪される! がぁっはっはっはっは!」
「軍とは関係のない人間になったら、中佐殿を抹殺しても問題なくはありません?」
「そのような思考だから、歴代最短での天号剝奪などという不名誉を負うハメになるんだ!」
「……くそはげ」
まっるきり、大人と子供の口喧嘩であった。
ただ、中佐の方は身分にあった思考の持ち主で血が巡るのを抑えて、故に、強烈な罵倒を笑いながら吐いた。
「女は、子供が出来ると聡明になるものだ。大きい子供でも持った気になれば、マシになるでのはないか? きみぃ!」
「な、なんですってぇ!」
ここでブチ切れて暴れないあたりは彼女の優れた点だ。彼女の精神は安定している。
従卒が付いてなかったのもこの為で、だからこそ、彼女の出鱈目な軍事行動に口を出せるものがいなかった。よって、彼女は若き俊英から、未熟な問題一兵卒へと転落したのだ。
「カルム殿のように、個の能力だけでなく、しっかりと戦場の差し手となる教育教養智謀を持つのが普通の天号だ」
「何故アイツの名前がここで出るのですか」
「今の君には、彼をアイツ呼ばわりする資格はない! 此度の要請はカルム閣下から、第3教導院に打診された結果だからだよ」
「はぁ?」
「君は、本当に頭が回らんね。これを開きなさい」
レイナは茶封筒を開封し、書類を開いた。
「それが、君の担当する生徒のプロフィールだ。アルトリウス・マーシャル。君も耳にしたことはないかね?」
「……? どこかで聞いたことがあるような? 漫画?」
「馬鹿! 阿保! 愚鈍! かつて話題になっただろうが! 2人のクラスAの卵がぶつかる共和国主催全星剣術大会の決勝、その勝者だよ!」
「あーそんな大会もあったようなー」
「大会の存在すら認知していなかったのか! 無教養がぁ!」
「むぅ」
既に30代前半の彼女だが、50を超えるカルムや第3教導院学長が青年、妙齢と評されるように、まだあどけなさを残した風貌だった。
故に、彼女の態度は不貞腐れた様は家出を𠮟られる女学生のようであった。
「カルム閣下曰く。そのマーシャル君の潜在能力は閣下すら超えるらしい。また、力を相手に合わせてセーブする癖があるから、彼と同じ天号の素養を持ち実戦経験のある君が推薦された!」
「私の力を閣下は信頼なされて?」
「そのようなわけないだろうが! 数年単位で派遣できる暇な天号などおらん! 貴様の馬鹿さ加減の起こした奇跡だよ。第3教導院は未完の天才に指導者を付けられて、私たち軍は問題児を厄介払いできる! 閣下は考えられる限り最高の采配を採ったわけだよ!」
「……ぐぅ」
文字通り、ぐうの音をだしたレイナは、司令室を後にすると退役する準備を始めるのだった。
アルトリウスはまた、ベルタの面倒を見ていた。
「はぁ!」
今は、ベルタの剣筋を確認するだけであったが。
「や!」
アルトリウスは、カルムとの手合いの後から、他者と剣を交えることを恐れた。
もしも、あの、自分の想像を超える力をベルタに向けてしまったら。
そういった恐怖からだった。
(ベルタはクラスF。同格のソルジャーズと相対することが最も効率的な修練だけど)
今は、ベルタに出力を合わせてやる自信がなかった。
(委員長もミチルも俺と同じ曲芸は出来ないと言っていたし)
アルトリウスは、カルムに敗れ、自らの誇りである奇麗な剣技を曲芸と認めていた。
(いや、この思いを忘れれば、前のように戻ることができるはずだけど)
静かに、煮えたぎるものがあった。
「負けて悔しいってその気持ちは大事にするべきだよ。私にかまうよりも」
ベルタが剣を納めて言った。
「ずっと、いい気持ちだと思うよ。世の中いいことないなぁ。つまんないなぁって思ってるより」
「でもさ。俺と君の繋がりは剣技だろ? 寂しいよ。ベルタ」
「……いつか。そのうちさ。それ以外の絆ができるよ」
「……どんな?」
「家の外じゃ言えないかなー」
釈然としいアルトリウスの手をベルタが取った。
「大丈夫。君が力に苦悩しててもこうして、私の手をやさしく握ってくれる。もう足搔いたって、貴方が、誰かを無意識で傷つけるようなことは起きないよ」
「でも、この感覚があるとさ、カルム・アッシュフィールドに勝てないかもしれないって思っちゃう自分がいるんだよ」
「あの灰色の人言ってたよ?」
ベルタが更に指を絡めた。
「なんて?」
「アルちゃんの才能は自分以上だって。だから、アルちゃんは、優しさとそれを表現する剣技を持ったまま、いつかあの人に勝てるよ」
そうして、絡みあって、口づけを躱そうとした時だった。
「誰だ!」
アルトリウスは、雑木林に向かって一喝した。
「うわわわわわ!?」
「あれーーーー!?」
「また、お前らか」
アルトリウスは、落ちてきた2人組からベルタを庇うように前に出た。
「いやぁ、今日はどんなロマンスがあるのかなぁって」
「委員長に渡された漫画よりもずっと2人の絡みは濃いでござるからなぁ」
三つ編み眼鏡と眼帯侍だった。
「2人とも、見に来るならそう伝えてよ。拒まないんだから」
ベルタが、自分の横から覗き込むように言う。
「いやぁー、私たちがいると邪魔かなーって」
「でも、そんな2人が見たいんでござるよ!」
男の友人が欲しい。そして、そいつにこの野次馬の相手をしてもらいたいと、そう思ったアルトリウスだった。
「アルちゃん。2人を友達って認めてるんだ!」
「そ、そんなこと」
「「ないの!?」」
女性3人に人でなし呼ばわりされることは嫌だったし、ベルタの口にしたのは間違いなく自分の心を読心したものである。
「……。く!」
3人の笑顔が痛かった。
「悪いかよ! 友達だって思ってたら!」
言わないままの友情という青少年の美学をわかってくれない女友達たちだった。
後日。アルトリウスはベルタと共にあるレストランのテラスに呼ばれていた。
ある女性に面会するために。
「フルコースか。初めて食べるけど」
「アルちゃん、私が教えようか?」
「わかってるわよ。だから、好きなように食べなさいな」
とは学長からだった。
「ならベルタに教えてもらおうかな」
「うん! まずはね!」
姉に、作法を手取り足取り教えられている気分だった。
『恥ずかしい?』
『まぁ、でも楽しいかな』
2人はテレパシーで気持ちを伝えあった。
「仲睦まじいのね」
「先生だって、閣下と恋人なんでしょ?」
「枯れ始めた大人の恋愛と未熟な貴女たちの恋愛は異なるものよ」
アルトリウスには、大人の恋愛の方が自然で尊いものに思えた。
偶々の縁でお互いを好きになってそのまま発展した恋愛。ただの一時の衝動の恋愛。
アルトリウスとベルタのものはそれよりも、ずっと説明のいる裏事情で結ばれたものだ。
アルトリウスには妹を失った過去があって、妹と触れ合う為に剣技を磨いて力を掌握した過去があった。
ベルタには、名家の出身なのに平均以下の才能しかなく、他者の心に触れる異能があった。
きっかけが打算すぎやしないか? 学長の語る大人の恋愛とは異なって。
まず、互いの魅力から始まったカルムと理事長の恋愛は自分たちよりもよっぽど純的なものだった。
『アルちゃんは悲観的過ぎるよ』
『悲観?』
『今は、彼女の隣には灰色の人はいなくて、貴方の隣には私がいて、私の隣には貴方がいるんだから私たちの勝ちだよ』
『そうやって、委員長に勝利宣言したんだ』
ベルタの手が止まった。赤よりの瞳が自分を揺れながら捉えた。
『気が付いてたの? 委員長の気持ち』
『洞察力には自信があると、言いたいところだけど。今になってようやく気が付いた』
そうでなければ、ベルタはとっくの昔に気が付いていた。今のは、とっさの思いつきだったのだ。
『何度か、教練で手合わせしたとき俺の剣技と似てるなとは思ってたよ』
相手をリスペクトしているような、踊るように相手を測る剣技。
あの時の剣戟を思い出して、改めて剣技を思い起こせばあの裏には、確かに自分への好意があった。
当時はクラスCの力だったから、推し量れなかったが、カルムの薫陶によって自分の限界を意識しているカルムには洞察することができた。
『でもさ。憧れって一方的な好意だからさ。まず、俺を受け入れてくれるところから始まる君との恋愛の方が心地良いかな』
ベルタは、もう少しだけ手を止めて、食事を再開した。
デザートまで食べおえて、アルトリウスとベルタはジンジャーエ―ルを、学長はカクテルに手を伸ばした。
「結局、要件は何なんですか?」
「貴女は、交渉をするとき相手のペースに合わせるタイプなのね」
学長のそれは、用意された食事にありつかないことで、自分本位なペースに引き込んだ灰の剣士とアルトリウスの比較だった。
「これが、何かの交渉というのも今聞かされたんですけど。学生の自分たちは学長の貴女に呼ばれたから、逆らえずに来た。それだけです」
「無償のもてなしだとでも思って?」
「教師の呼び立てに答えたら、ご相伴に預かった。優しい先生ならあり得ないことでもないのでは?」
「残念ながら私は優しい美人教師じゃないの」
「そりゃそうだ。優しい教師はクラスCの生徒にクラスBの生徒をぶつけない。まして、天号のソルジャーズなんて」
「そういうこと。まぁ、大人同士の会話の真似事なんてやめましょうか」
アルトリウスの携帯端末が震えた。
「ファイルを送ったわ。読みなさい」
「はいはい」
ファイルの内容は
「アルトリウス・マ―シャルの個別指導について」
「先日の一件で、カルム閣下は貴女をクラスA、それも、天号を与えられる素質があるとお認めになられた」
「……そうですか」
「これを聞いて喜ばない辺り、本物ね。閣下は将来、君が天号を預かるにあたり足りない要素を剣の在り方と言い残した」
「在り方?」
「灰の騎士なら見るもの全てに淡いを想起させ、白の騎士なら自らに観の目から絶対的な未来予測を見せる。貴方は自らの剣でどのような在り方を示す?」
「それは……」
「つまり、天号の戦技にはそれぞれ独自の終着点があって、その終着点に至ったごく一部の才能を持つものだけが天号を与えられる」
「俺の剣技は、俺のカルムに引き出された全力に合っていない」
「そう。だから、閣下は貴方の手本となるソルジャーズを手配なされたのよ」
もう1つリンクが転送された。
「ネットニュース?」
内容は
「閃光の魔女、レイナ・レバレッジ女史、共和国史上最短で天号剝奪か?」
「天号は例えば、任された重要拠点の防衛失敗などの失態でない限り、基本的に剝奪されることはないわ」
「……つまり、俺の家庭教師は無能と?」
「話が早くて助かるわ」
学長は少し、酔ったのか熱い息を吐いた。胸に掛かった金髪が揺れた。
「ぐっは!」
ベルタがわき腹を突いた。
「ちょっといいなって思ったでしょ」
「思って……。思いました。ごめんなさい。嫌いにならないで~」
「……。許す」
「カルムの野郎の女になんか興味ないって」
「はぁ!?」
学長が頬を赤くして唸った。
「学長とカルムってねんごろなんでしょ? ベルタみたいに心の中が覗けなくってたってわかりますよ。というか、学長がアイツに抱き着いてるところ目撃してるんですから」
「あー! あー! うるさーい!」
「いいんじゃないですか? 大人だって恋愛したって」
「そんな可愛くない生徒には罰を与えるんですから!」
「罰?」
アルトリウスはコップをコースターの上に置いた。
「学長先生? それが、私とアルちゃんを呼んだ理由ですね?」
ベルタが学長の心を読んだのだろう。
「そう。貴方達には、私とレイナ・レバレッジを迎えに行ってもらいます!」
「迎えに行くですか。元とはいえ、天号への礼儀で、ですか?」
「いいえ」
「じゃあ、なんで」
「貴方自発的にはニュースを見ないでしょ」
「そうですね」
「じゃあまた1つ」
また、携帯端末が震えた。
「またネットニュース。はぁ? 宇宙船ホープ078便行方不明?」
「察しのいいマーシャル君? 先生の言いたいことはお分かりかなぁ?」
学長はいい色味の指先でグラスの結露をぬぐった。
アルトリウスはその熱ぽっさを振り切るように、咳払いをした。
「まさか、その宇宙船にレイナ何某が乗ってた?」
「ピンポーン♪ 出発は明日の朝よ」
「ベルタを呼んだ理由は何ですか? 天号クラスのソルジャーズが絡むことだ。クラスFの彼女が関わるのはおかしいでしょう。俺は、その人の生徒になるんだから、釈然としないけど、ついていくのはわかりますが」
学長はとろんとした視線のまま、ベルタを見た。
「ベルタさん。私の心を覗ける貴女ならわかるでしょう?」
ベルタにはもちろんわかっていた。その瞳の奥にある嫉妬や憂いも含めて。
「私を将来、アルちゃんの従卒にしようと」
「そう」
「……学長先生」
「何かしら?」
「ありがとうございます」
アルトリウスは混乱しつつ声を上げた。
「なんですって!? ベルタを俺の従卒に!? ふざけんな! 俺が天号の責務を負うのは了承できることです! でもそれって、将来、天号が赴くような任務に着いていかせるってことでしょう!? この子には、強力なソルジャーズ能力も異能もないんですよ!?」
「閣下から、聞いたでしょ? 天号の従卒は天号の精神の安定を図る存在だって。貴方にとってその役割はベルタさん以外いないでしょう?」
「この!」
アルトリウスは、立ち上がろうとした。見計らったようなタイミングで白い手が添えられて制される。そして、赤い髪が視界で踊る。
「ベルタ?」
「いいの。わかってる。天号の従卒の本当の意味も怖さも。だから」
アルトリウスは、鬼の形相でベルタの瞳を見つめ返した。
そして、覚悟を受け取って、折れた。
眉間にしわを寄せながら学長に視線を戻し、一息入れ、座った。
「いいでしょう。その無能な先生を探しにいきましょう」
「仮にも天号を授与された方だから、死んでるとは思えないの」
「でしょうね。というか。首輪で生存確認できるでしょうが」
「そう。そして、彼女の信号を追える軍からはその生存確認は取れている」
「では、何故軍ではなくて俺たちが探さないといけない?」
「彼女、相当軍に嫌われているらしくてね。彼女なら、無事に生存するでしょって乗り気じゃないの」
「乗り気も糞も。民主主義の軍隊が感情で判断を下すのかよ! 腐ってやがる!」
「そういう現実を知るときが貴方にも来たのよ」
「そう。素質がね。まだ、至ってはいないが。剣技だけなら、既に俺と変わらないレベルを身につけている」
カルム・アッシュフィールドは、金髪の美女とのピロートークで語った。
「天号に必要なのは、剣技などの自力と死を感じ取り死なないスキルそして、異能すら取り入れ独自の在り方を示すことだ。本物の戦場やそれに匹敵する場所でな」
「匹敵する?」
「俺の左肩にでっかい傷があるだろう?」
それは、普段灰色の衣装に隠れている。彼と関係を持った女性だけが知ることのできる傷だった。学長はそれを撫でた。
「閣下ですら、このような傷を負った経験があるのですか」
「白の剣聖」
「それは……」
「共和国の最強の座に位置するソルジャーズ。彼女との手合いで負った傷だよ」
「彼女との手合いは本物の戦場に匹敵する?」
「或いはそれ以上の経験。俺が天号を与えられたのは、彼女と試合をして敗れはしたものの生き残ったからだ」
「では、貴方と戦って生き残ったアルトリウス・マーシャルも天号の資格があるのでは?」
「お前は、俺のことを最高位のソルジャーズだと思っているけど、それは、違う」
カルムはあの時のことを思い出した。
「震えているのですか?」
「怖いんだよ。アルトリウス・マーシャルも完全に才能をものにしたって彼女には、敵いはしない」
灰の剣士と白の剣聖。それぞれの異名の通り、カルムと彼に傷跡を残した女性との間には、一介の剣士と剣の達人ほどの実力の開きがあった。
学長は、夜伽の相手として彼の頭を抱き寄せて撫でた。
「なぁ? 俺のところに来ないか? 冗談じゃなくてさ」
「……嬉しい限りですが、私には私の、貴方には貴方の仕事があります」
「俺は、軍のソルジャーズを率いて、お前は、若きソルジャーズたちを導くか」
「……そうです」
だから、彼らの逢瀬はこの束の間の奇跡だった。
学長は1人の女として、空港で灰色の男を見送った。
彼女と彼はすれ違って、それぞれの道を歩いていく。
灰色の男に軍服の女がとことことまた、ふざけながらついていく。
彼に寄り添える彼女に嫉妬しながら、学長は振り返った。
「騒がしい連中でしたな」
車の後部座席に座った時、運転手代わりの太った教師、アルトリウスの担任が切り出した。
「まったくだわ」
「学長も一緒になって街を滅茶苦茶にするとは思いませんでしたが」
「殆ど閣下のせいでしょ!」
学長は子供のように腕をばたつかせた。
「えぇ、街はそうでしたね。申し訳ございません。しかし、あの飲み屋での振る舞いはいかがなものかと」
「うぅ、うるさい!」
「それで? カルム閣下はマーシャルについてなんと?」
「やっと、本題ね」
カルムは、アルトリウスについて助言を残していた。
「予想通り。彼は、アルトリウス・マーシャルに専属の教官を付けるようにって」
「随分、閣下と距離を縮められましたね」
「セクハラで訴えるわよ! クビになりたい!?」
「では私はこちらの画像を警察に提出いたします」
アルトリウスの担任は携帯端末の画面を見せた。
そこには、グラスを投げて馬鹿笑いしている金髪の女性が写っている。
「マーシャルから回ってきましたよ」
「あのクソガキぃ!」
車がやっと走り出した。
「それにしても、専属の教官ですか。クラスAの教員となるとうちにはいませんね。第1教導院に1人在籍していましたか。彼を呼ぶのですか?」
「あちらも、生徒を抱えている。そのクラスAの教員は指導能力が高いらしく引き抜きとなると面倒なのよ」
「では、どうするのですか?」
「閣下から、紹介状を預かった」
「紹介状? クラスAの」
「度重なる失態から、天号を剝奪されたソルジャーズ」
「……大丈夫ですか? その人選」
「失態……彼女は単一の能力は天号に申し分ないらしいのだけど」
「だけど?」
「指揮能力に乏しいらしいの……。つまり、」
「馬鹿?」
「ええ」
以前、今の運転手代わりのデブの提案で、アルトリウス・マーシャルとミチル・ミヤモトをぶつけたが、また賭けかと学長は頭を抱える。
「閣下から、伝言はもう1つ」
「それは?」
「ベルタ・クロイツァー」
「彼女が何か?」
「彼女は将来、アルトリウスの従卒になるので、相応しい教育をするようにと」
「クロイツァー家の落ちこぼれと言われていた彼女が……」
「大出世もいいところね。そういう星の元なのかしらね」
「クラスIからクラスF。ネグレクトから天号のパートナーですか」
「羨ましい限りだわ」
それは、数々の功績を地道に積み上げて今の地位に着いた自分か、天号のパートナーに対する女としての嫉妬か。
いずれにせよ。学長と灰の剣士は互いの生活に戻っていく。
「は? 教官? 私が? でありますか?」
「そうだ。元、閃光の魔女殿? 天号を取り上げられたことは吞み込めたようだな」
先日までは、閃光の魔女と呼ばれていたその女は、先日までその司令官に溜口だった。
天号を持つソルジャーズは独自の裁量、1旅団に匹敵するものを持つ。
天号どころか彼女は、尉官の地位すら取り上げられたのだ。
「いやはや、敵拠点の制圧を命じれば拠点を消滅させ、拠点防衛を命じれば拠点を敵ごと消滅。事前探査を命じれば部下と共に迷子になるわ。そもそも、天号ともなれば普通は宇宙艦隊の総指揮を預かるような立場で、これら挙げた例は、君にとってはお使いのようなものだろうに。わかるかね! 君のような知略のないただ、若く剣技と異能に優れただけの無能に散々上から目線で居座られていた私の気持ちが!」
「……」
彼女レイナ・レバレッジとて、似た気持ちだ。先日まで、見下していた高々佐官の中年のクラスBごときに天号を持っていた自分が折檻されるなど。
「何か言いたいことでもあるのかね! レバレッジ曹長!」
「何もありません!」
「その調子で、しおらしくしておくことだ。それに、教官として着任する間、貴官の軍籍は剝奪される! がぁっはっはっはっは!」
「軍とは関係のない人間になったら、中佐殿を抹殺しても問題なくはありません?」
「そのような思考だから、歴代最短での天号剝奪などという不名誉を負うハメになるんだ!」
「……くそはげ」
まっるきり、大人と子供の口喧嘩であった。
ただ、中佐の方は身分にあった思考の持ち主で血が巡るのを抑えて、故に、強烈な罵倒を笑いながら吐いた。
「女は、子供が出来ると聡明になるものだ。大きい子供でも持った気になれば、マシになるでのはないか? きみぃ!」
「な、なんですってぇ!」
ここでブチ切れて暴れないあたりは彼女の優れた点だ。彼女の精神は安定している。
従卒が付いてなかったのもこの為で、だからこそ、彼女の出鱈目な軍事行動に口を出せるものがいなかった。よって、彼女は若き俊英から、未熟な問題一兵卒へと転落したのだ。
「カルム殿のように、個の能力だけでなく、しっかりと戦場の差し手となる教育教養智謀を持つのが普通の天号だ」
「何故アイツの名前がここで出るのですか」
「今の君には、彼をアイツ呼ばわりする資格はない! 此度の要請はカルム閣下から、第3教導院に打診された結果だからだよ」
「はぁ?」
「君は、本当に頭が回らんね。これを開きなさい」
レイナは茶封筒を開封し、書類を開いた。
「それが、君の担当する生徒のプロフィールだ。アルトリウス・マーシャル。君も耳にしたことはないかね?」
「……? どこかで聞いたことがあるような? 漫画?」
「馬鹿! 阿保! 愚鈍! かつて話題になっただろうが! 2人のクラスAの卵がぶつかる共和国主催全星剣術大会の決勝、その勝者だよ!」
「あーそんな大会もあったようなー」
「大会の存在すら認知していなかったのか! 無教養がぁ!」
「むぅ」
既に30代前半の彼女だが、50を超えるカルムや第3教導院学長が青年、妙齢と評されるように、まだあどけなさを残した風貌だった。
故に、彼女の態度は不貞腐れた様は家出を𠮟られる女学生のようであった。
「カルム閣下曰く。そのマーシャル君の潜在能力は閣下すら超えるらしい。また、力を相手に合わせてセーブする癖があるから、彼と同じ天号の素養を持ち実戦経験のある君が推薦された!」
「私の力を閣下は信頼なされて?」
「そのようなわけないだろうが! 数年単位で派遣できる暇な天号などおらん! 貴様の馬鹿さ加減の起こした奇跡だよ。第3教導院は未完の天才に指導者を付けられて、私たち軍は問題児を厄介払いできる! 閣下は考えられる限り最高の采配を採ったわけだよ!」
「……ぐぅ」
文字通り、ぐうの音をだしたレイナは、司令室を後にすると退役する準備を始めるのだった。
アルトリウスはまた、ベルタの面倒を見ていた。
「はぁ!」
今は、ベルタの剣筋を確認するだけであったが。
「や!」
アルトリウスは、カルムとの手合いの後から、他者と剣を交えることを恐れた。
もしも、あの、自分の想像を超える力をベルタに向けてしまったら。
そういった恐怖からだった。
(ベルタはクラスF。同格のソルジャーズと相対することが最も効率的な修練だけど)
今は、ベルタに出力を合わせてやる自信がなかった。
(委員長もミチルも俺と同じ曲芸は出来ないと言っていたし)
アルトリウスは、カルムに敗れ、自らの誇りである奇麗な剣技を曲芸と認めていた。
(いや、この思いを忘れれば、前のように戻ることができるはずだけど)
静かに、煮えたぎるものがあった。
「負けて悔しいってその気持ちは大事にするべきだよ。私にかまうよりも」
ベルタが剣を納めて言った。
「ずっと、いい気持ちだと思うよ。世の中いいことないなぁ。つまんないなぁって思ってるより」
「でもさ。俺と君の繋がりは剣技だろ? 寂しいよ。ベルタ」
「……いつか。そのうちさ。それ以外の絆ができるよ」
「……どんな?」
「家の外じゃ言えないかなー」
釈然としいアルトリウスの手をベルタが取った。
「大丈夫。君が力に苦悩しててもこうして、私の手をやさしく握ってくれる。もう足搔いたって、貴方が、誰かを無意識で傷つけるようなことは起きないよ」
「でも、この感覚があるとさ、カルム・アッシュフィールドに勝てないかもしれないって思っちゃう自分がいるんだよ」
「あの灰色の人言ってたよ?」
ベルタが更に指を絡めた。
「なんて?」
「アルちゃんの才能は自分以上だって。だから、アルちゃんは、優しさとそれを表現する剣技を持ったまま、いつかあの人に勝てるよ」
そうして、絡みあって、口づけを躱そうとした時だった。
「誰だ!」
アルトリウスは、雑木林に向かって一喝した。
「うわわわわわ!?」
「あれーーーー!?」
「また、お前らか」
アルトリウスは、落ちてきた2人組からベルタを庇うように前に出た。
「いやぁ、今日はどんなロマンスがあるのかなぁって」
「委員長に渡された漫画よりもずっと2人の絡みは濃いでござるからなぁ」
三つ編み眼鏡と眼帯侍だった。
「2人とも、見に来るならそう伝えてよ。拒まないんだから」
ベルタが、自分の横から覗き込むように言う。
「いやぁー、私たちがいると邪魔かなーって」
「でも、そんな2人が見たいんでござるよ!」
男の友人が欲しい。そして、そいつにこの野次馬の相手をしてもらいたいと、そう思ったアルトリウスだった。
「アルちゃん。2人を友達って認めてるんだ!」
「そ、そんなこと」
「「ないの!?」」
女性3人に人でなし呼ばわりされることは嫌だったし、ベルタの口にしたのは間違いなく自分の心を読心したものである。
「……。く!」
3人の笑顔が痛かった。
「悪いかよ! 友達だって思ってたら!」
言わないままの友情という青少年の美学をわかってくれない女友達たちだった。
後日。アルトリウスはベルタと共にあるレストランのテラスに呼ばれていた。
ある女性に面会するために。
「フルコースか。初めて食べるけど」
「アルちゃん、私が教えようか?」
「わかってるわよ。だから、好きなように食べなさいな」
とは学長からだった。
「ならベルタに教えてもらおうかな」
「うん! まずはね!」
姉に、作法を手取り足取り教えられている気分だった。
『恥ずかしい?』
『まぁ、でも楽しいかな』
2人はテレパシーで気持ちを伝えあった。
「仲睦まじいのね」
「先生だって、閣下と恋人なんでしょ?」
「枯れ始めた大人の恋愛と未熟な貴女たちの恋愛は異なるものよ」
アルトリウスには、大人の恋愛の方が自然で尊いものに思えた。
偶々の縁でお互いを好きになってそのまま発展した恋愛。ただの一時の衝動の恋愛。
アルトリウスとベルタのものはそれよりも、ずっと説明のいる裏事情で結ばれたものだ。
アルトリウスには妹を失った過去があって、妹と触れ合う為に剣技を磨いて力を掌握した過去があった。
ベルタには、名家の出身なのに平均以下の才能しかなく、他者の心に触れる異能があった。
きっかけが打算すぎやしないか? 学長の語る大人の恋愛とは異なって。
まず、互いの魅力から始まったカルムと理事長の恋愛は自分たちよりもよっぽど純的なものだった。
『アルちゃんは悲観的過ぎるよ』
『悲観?』
『今は、彼女の隣には灰色の人はいなくて、貴方の隣には私がいて、私の隣には貴方がいるんだから私たちの勝ちだよ』
『そうやって、委員長に勝利宣言したんだ』
ベルタの手が止まった。赤よりの瞳が自分を揺れながら捉えた。
『気が付いてたの? 委員長の気持ち』
『洞察力には自信があると、言いたいところだけど。今になってようやく気が付いた』
そうでなければ、ベルタはとっくの昔に気が付いていた。今のは、とっさの思いつきだったのだ。
『何度か、教練で手合わせしたとき俺の剣技と似てるなとは思ってたよ』
相手をリスペクトしているような、踊るように相手を測る剣技。
あの時の剣戟を思い出して、改めて剣技を思い起こせばあの裏には、確かに自分への好意があった。
当時はクラスCの力だったから、推し量れなかったが、カルムの薫陶によって自分の限界を意識しているカルムには洞察することができた。
『でもさ。憧れって一方的な好意だからさ。まず、俺を受け入れてくれるところから始まる君との恋愛の方が心地良いかな』
ベルタは、もう少しだけ手を止めて、食事を再開した。
デザートまで食べおえて、アルトリウスとベルタはジンジャーエ―ルを、学長はカクテルに手を伸ばした。
「結局、要件は何なんですか?」
「貴女は、交渉をするとき相手のペースに合わせるタイプなのね」
学長のそれは、用意された食事にありつかないことで、自分本位なペースに引き込んだ灰の剣士とアルトリウスの比較だった。
「これが、何かの交渉というのも今聞かされたんですけど。学生の自分たちは学長の貴女に呼ばれたから、逆らえずに来た。それだけです」
「無償のもてなしだとでも思って?」
「教師の呼び立てに答えたら、ご相伴に預かった。優しい先生ならあり得ないことでもないのでは?」
「残念ながら私は優しい美人教師じゃないの」
「そりゃそうだ。優しい教師はクラスCの生徒にクラスBの生徒をぶつけない。まして、天号のソルジャーズなんて」
「そういうこと。まぁ、大人同士の会話の真似事なんてやめましょうか」
アルトリウスの携帯端末が震えた。
「ファイルを送ったわ。読みなさい」
「はいはい」
ファイルの内容は
「アルトリウス・マ―シャルの個別指導について」
「先日の一件で、カルム閣下は貴女をクラスA、それも、天号を与えられる素質があるとお認めになられた」
「……そうですか」
「これを聞いて喜ばない辺り、本物ね。閣下は将来、君が天号を預かるにあたり足りない要素を剣の在り方と言い残した」
「在り方?」
「灰の騎士なら見るもの全てに淡いを想起させ、白の騎士なら自らに観の目から絶対的な未来予測を見せる。貴方は自らの剣でどのような在り方を示す?」
「それは……」
「つまり、天号の戦技にはそれぞれ独自の終着点があって、その終着点に至ったごく一部の才能を持つものだけが天号を与えられる」
「俺の剣技は、俺のカルムに引き出された全力に合っていない」
「そう。だから、閣下は貴方の手本となるソルジャーズを手配なされたのよ」
もう1つリンクが転送された。
「ネットニュース?」
内容は
「閃光の魔女、レイナ・レバレッジ女史、共和国史上最短で天号剝奪か?」
「天号は例えば、任された重要拠点の防衛失敗などの失態でない限り、基本的に剝奪されることはないわ」
「……つまり、俺の家庭教師は無能と?」
「話が早くて助かるわ」
学長は少し、酔ったのか熱い息を吐いた。胸に掛かった金髪が揺れた。
「ぐっは!」
ベルタがわき腹を突いた。
「ちょっといいなって思ったでしょ」
「思って……。思いました。ごめんなさい。嫌いにならないで~」
「……。許す」
「カルムの野郎の女になんか興味ないって」
「はぁ!?」
学長が頬を赤くして唸った。
「学長とカルムってねんごろなんでしょ? ベルタみたいに心の中が覗けなくってたってわかりますよ。というか、学長がアイツに抱き着いてるところ目撃してるんですから」
「あー! あー! うるさーい!」
「いいんじゃないですか? 大人だって恋愛したって」
「そんな可愛くない生徒には罰を与えるんですから!」
「罰?」
アルトリウスはコップをコースターの上に置いた。
「学長先生? それが、私とアルちゃんを呼んだ理由ですね?」
ベルタが学長の心を読んだのだろう。
「そう。貴方達には、私とレイナ・レバレッジを迎えに行ってもらいます!」
「迎えに行くですか。元とはいえ、天号への礼儀で、ですか?」
「いいえ」
「じゃあ、なんで」
「貴方自発的にはニュースを見ないでしょ」
「そうですね」
「じゃあまた1つ」
また、携帯端末が震えた。
「またネットニュース。はぁ? 宇宙船ホープ078便行方不明?」
「察しのいいマーシャル君? 先生の言いたいことはお分かりかなぁ?」
学長はいい色味の指先でグラスの結露をぬぐった。
アルトリウスはその熱ぽっさを振り切るように、咳払いをした。
「まさか、その宇宙船にレイナ何某が乗ってた?」
「ピンポーン♪ 出発は明日の朝よ」
「ベルタを呼んだ理由は何ですか? 天号クラスのソルジャーズが絡むことだ。クラスFの彼女が関わるのはおかしいでしょう。俺は、その人の生徒になるんだから、釈然としないけど、ついていくのはわかりますが」
学長はとろんとした視線のまま、ベルタを見た。
「ベルタさん。私の心を覗ける貴女ならわかるでしょう?」
ベルタにはもちろんわかっていた。その瞳の奥にある嫉妬や憂いも含めて。
「私を将来、アルちゃんの従卒にしようと」
「そう」
「……学長先生」
「何かしら?」
「ありがとうございます」
アルトリウスは混乱しつつ声を上げた。
「なんですって!? ベルタを俺の従卒に!? ふざけんな! 俺が天号の責務を負うのは了承できることです! でもそれって、将来、天号が赴くような任務に着いていかせるってことでしょう!? この子には、強力なソルジャーズ能力も異能もないんですよ!?」
「閣下から、聞いたでしょ? 天号の従卒は天号の精神の安定を図る存在だって。貴方にとってその役割はベルタさん以外いないでしょう?」
「この!」
アルトリウスは、立ち上がろうとした。見計らったようなタイミングで白い手が添えられて制される。そして、赤い髪が視界で踊る。
「ベルタ?」
「いいの。わかってる。天号の従卒の本当の意味も怖さも。だから」
アルトリウスは、鬼の形相でベルタの瞳を見つめ返した。
そして、覚悟を受け取って、折れた。
眉間にしわを寄せながら学長に視線を戻し、一息入れ、座った。
「いいでしょう。その無能な先生を探しにいきましょう」
「仮にも天号を授与された方だから、死んでるとは思えないの」
「でしょうね。というか。首輪で生存確認できるでしょうが」
「そう。そして、彼女の信号を追える軍からはその生存確認は取れている」
「では、何故軍ではなくて俺たちが探さないといけない?」
「彼女、相当軍に嫌われているらしくてね。彼女なら、無事に生存するでしょって乗り気じゃないの」
「乗り気も糞も。民主主義の軍隊が感情で判断を下すのかよ! 腐ってやがる!」
「そういう現実を知るときが貴方にも来たのよ」
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