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後編 A bouquet of flowers for dearest you
とびきりの花束を、貴方へ
しおりを挟む「……あの、紫葉さん」
ポインセチアの包みと併せて、注文された花束も紫葉さんに渡した後、僕は普段と同じように入口まで付いて行き、彼を呼び止めるよう、その名前を口にした。
開いた扉の前でこちらを振り返った紫葉さんは、なんだ、と首を傾げる。その声に促されるように僕は目線を上げ、真っ直ぐに紫葉さんの目を見つめ、それから、今までにも幾度と言い続けた言葉を紡いだ。
「……また、今日みたいにお花、買いに来てくださいね。どんな些細な事でも良いですから。……僕、紫葉さんとはこれからも長くお付き合いをしていきたいんです」
折角仲良くなれたから、と締めくくり、そう告げる。
その結果、この店に、紫葉さんが恋人を連れてくることになったとしても。それでもやっぱり僕は、この人に会いたいと……そう思ったから。
だから、少しでも紫葉さんとの繋がりを残したい。もうこの恋が実って欲しいとは思わないから、だからせめて、また会うことを約束して欲しい。
そんな、臆病な癖して未練がましい僕の願いを込めた言葉を、紫葉さんはどう捉えたのだろう。それは分からなかったけれど、彼はどうしてか、すぐに返事はせず、おかげでしばらくの間沈黙が続いた。
実際には、数秒だったのかもしれない。けれど、それがなんだか長い時間に感じて、おかげで途轍もなく耐え難くて。自然、ゆるゆると目線が下がっていく。
やっぱり、迷惑だっただろうか。……それか、流石に気持ち悪いと、思われただろうか。
それもそうか、と、それならやっぱり気にしないでくれと、そう言おうとした矢先だった。
「……そう、だな。また来る」
何処か歯切れの悪い、そんな返事が落とされた。
「……っ!」
返ってきたその言葉が、否定じゃないその返事が嬉しくて、僕はすぐに弾かれたように顔を上げた。
けれど、既に紫葉さんは背を向けてしまっていて、彼がどんな表情でそうと告げたのかは分からなかった。
「紫葉さ――」
「あー……、閉店後に邪魔して悪かった。それじゃあ、また」
声を掛けようと口を開くと、どういう訳か紫葉さんは、少しそわそわと気が急いた様子で僕の声にそう被せてきた。
「え、」
次いで紫葉さんは、僕に目もくれずに、そそくさと店の外へと足を踏み出す始末。おかげで、さよならも何も、僕が声を掛ける暇はなかった。
一人店に取り残された僕は、暫くの間呆然とその場に佇み、もうすでに見えなくなった彼の背中を探すよう、ぼんやりと外を見つめる。
「…………そんなに、急いで出て行かなくてもいいのに……」
誰も居なくなった店内でぽつり、またも女々しい言葉が零れ落ちる。僕しかいない店内は吃驚するくらい静かで、おかげで声がよく響き、それが余計に胸の奥で燻る虚しさを助長させる。
紫葉さんは、今から、あの花束を渡す相手のところに行くのだろうか。……行くんだろうな。そうじゃないと、あんなに急ぐ必要はないし。どんな女性だろうか。……紫葉さん、格好良いから、きっと綺麗な人なんだろうな。
「…………いいなぁ」
思わず、口からそんな言葉が溢れ出た、その時。不意に一滴、温かい何かが頬を伝った。
「……ん、……あれ」
何だろう、そう思って左目を擦ってみると、そこは微かに濡れていて。それを認識した途端、目元がじわじわと熱くてなってきて、急速に視界が歪みだした。
――――……ああ、嫌だ。
「……っ、ぅう……っ」
次いで、漏れ出そうになる嗚咽を堪え、唇を噛み締める。けれど、気付けば一滴どころじゃない涙がぼろぼろ零れ落ちてきて、拭っても拭っても止まらない。医療用眼帯の下でも涙が滲んでいるのが分かり、脇目も振らずごしごし擦る。
嫌だ、泣く資格なんて自分にはない。……そう思うのに、一度堰を切ったように溢れでた涙は、やっぱりどうしたって抑えられそうになくって。結局最後には堪え切れず、嗚咽が漏れ出てしまった。
「っう、……っ、ぅあ……っ、……っふ……っ」
上手くいくだろうか。失敗すればいい。でも、彼には幸せになって欲しい。嫌だ、僕以外見て欲しくない。苦しい、もう会いたくない。……やっぱり、会いたい。
一人冷静になった頭の中では、さっきまで堪えていたその反動からか、色んな感情が鬩ぎ合う。おかげで、胸は締め付けられるわ、嗚咽で息も上手く吸えないわで、苦しくて仕方がない。
後悔したってもう遅いことは分かっている。それでも僕は、つい先程までの自分の行動すべてを悔やんだ。結局最後まで素直に自分の気持ちを伝えられず、また別れの言葉も碌に告げないままさよならしてしまった事が悲しくて、零れる嗚咽を必死に噛み殺した。
「……、っ、……うぅ……しばさん…………」
返事が返ってこないと分かっていても、彼の名前を呼ばずにはいられなかった。
***
そうして何分経ったのだろう。
紫葉さんが店を離れてからは、正直何もする気になれなくて。涙を拭うのも億劫で、僕はただ、ぼうっと立ち尽くしていた。
今ばかりは、仕事も外聞も、どうでも良かった。
けれどふと頭の片隅で、そういえば閉店作業の途中だったなぁ、なんてことを思い出す。閉店の看板は立っているけれど、電気はまだ煌々とついている。
こんな時間に来るお客様なんていないだろうとは思うけれど、それでも、今日はクリスマスイブだから。それこそ、駆け込みでやってくる人が、もしかしたらいるかもしれない。
そこまで考えてから、流石にこんな姿を誰かに見られるのは嫌だな、と、そう思い、ごし、と最後にもう一度目元を擦る。
「……作業、しなきゃ」
乱雑に涙を拭ったせいか、目尻がヒリヒリと痛む。それがまた虚しさを助長させ、思わずハハ、と乾いた笑いが溢れた。
これは明日腫れるだろうなぁ、なんて呑気なことを考える間も、涙はほろほろと留めどなく溢れて止まらない。まったく、己の身体だというのに、なんて儘ならないものだろう。
ああ、今まで自分が経験してきた恋愛って、一体なんだったんだろう。そう思うくらいには、今の僕の心はズタズタだった。
「――――一ノ瀬……っ⁉︎」
その時だ。滲んだ視界の中、そんな声が、聞こえたのは。
「…………え?」
不意に、肌に微かな冷気を感じる。きっと、お店のドアが開いたからだろう。ひんやりと冷え切った外気が、熱くなった目元を冷やす。
飛んできたその声は、今まで聞いたことがないくらいに、酷く焦った声音だったけれど。その声を――彼の声を、僕が、聞き間違える筈がない。
「しば、さん?」
滲む視界の中でも、僕はしっかりと、彼の姿を捉えられた。
ピシリと着こなしたグレーのスーツに、コツ、と品良く地面を鳴らす革靴。さっきまで店にいた姿のままの彼に、ああ、本当に紫葉さんだ。そう理解する。
つい先程、急足で帰っていったはずの彼がどうして……。その事実に、正直僕は、驚きが隠せなかったけれど。彼自身はそんなこちらの心情なんて気付いていないのか、ただ僕の様子に、焦った表情を浮かべていた。
「お前、なんで泣いて……っ⁉︎ さっきまで何とも……この五分足らずで一体何があった⁉︎」
すぐさま僕に駆け寄りながら、紫葉さんは強い力で僕の右肩を掴み、頻りにどうした、何があったと問いかけてくる。
けれど、未だ状況を上手く掴めていない僕は、ただ目を白黒させてしまうばかりで、上手く言葉を発することすらできない。
そうやって何も発しない僕に焦れたのか、最終的に紫葉さんは一つため息を吐きだすと、僕の肩から手を離し、かと思いきやゆっくりと僕の目尻を指の背で撫ぜた。
「……頼むから、泣くな」
涙を拭ってくれるその手がすごく優しくて、また、ようやく鮮明になった視界の中、僕を捉える瞳がやさしくて。……そのせいで、胸が切なく軋む。
「……紫葉さん、どうして? 帰ったんじゃ……」
そこでやっと気持ちも落ち着いてきて、何故、と紫葉さんに問い掛ける。その声が隠しようもなく震えているものだから、我ながらその事実に情けなさを覚える。
それでもどうにか疑問を口にすると、紫葉さんはあからさまに狼狽えた。
「あ、いや、……その、だな……」
そんな、要領を得ない言葉を呟きながら、彼は視線をあちらこちらへと向ける。その姿に、今度は沸々と、先程まで抱いていた暗い感情が湧き起ってくる。
――――なんなんだ、一体。さっきは脇目もふらず出て行ったくせに……なんだっていうんだ。
そう思ったら、止められなかった。
「なんですか……。紫葉さん、これから大事な用があるんじゃなかったんですか? ならその人の所に早く行ってくださいよ。……ただの花屋の店員のことなんか、放っておいたらいいじゃないか」
瞬間、気付いた時には、ひどく棘のある言葉が口から溢れ出ていた。
その事実にしまったと思ってももう遅く、けれど、もうこの想いが実る事もないのだから、だったらもういいじゃないか、なんてことも半ば投げやりに思う。
すると、狼狽していた紫葉さんは僕の言葉に少しだけ目を瞠った。
「……気付いてたのか」
きっと幻滅されたに違いない、そう身構えていたのに、零されたその言葉を聞いて呆れた。
驚くところはそこなのか。そもそも、あそこまであからさまだったのだから、気付かない方が難しいだろうに。そんなことを思う。
まったく、本当につくづく不器用で、隠し事が苦手な人だろう。……でも、だからこそ僕は、彼のそんな誠実さに惹かれたのだ。
「……気付きますよ。あんな、花の指定をされれば」
「そ、そうか……それもそうだよな」
僕の言葉に、紫葉さんは『花については、お前の方が断然よく知っているもんな』なんてことを呟き、ぽり、と頬を掻く。
そうだよ、だから、早くその人の所に行ってよ。と、あと少しで喉から出かかった言葉を飲み込む。
このままではもっと悪態をついてしまう、と、なんとかこの場をやり過ごす方法を考えていると……不意に、彼の揺れていた藤の瞳が、真っ直ぐ僕の目を捉えた。
――――え?
その視線に、思わずびくり、と肩が跳ねる。
なにせ、その目が、強く強く僕を捉えて離さなくて。どうしたのかと、そう尋ねようとした刹那。
「――――お前の言うとおり」
そう、紫葉さんは続けた。
「……俺は今日、一世一代の告白をするつもりだった。……だから、戻ってきた」
「…………え?」
そう告げた紫葉さんの言葉の意味がよく分からなくて、首を傾げる。
すると、紫葉さんは降ろしたままだった右腕を、ゆっくりと持ち上げた。その右手の先に握られるのは、疑う余地もなく、先程僕が彼の注文を受けて作った花束である。
……それを、紫葉さんはどういう訳か、眼前の僕へと向けて差し出した。
「紫葉さん? 一体どう――――」
「――――お前が好きだ、一ノ瀬」
彼の告げた、その言葉に。僕は大きく目を見開いた。
「…………え、?」
彼が何と言ったのか、僕は一瞬分からなかった。それは決して、言葉が聞こえなかったわけじゃない。言っている意味が分からなかった。
僕が予想だにしなかった言葉を言ってのけた紫葉さんは、混乱する僕を前に、けれども逃がさないと言うかのように、未だ真っ直ぐ瞳を捉えている。
「なん……、え、……?」
上手く思考が纏まらない。え? 誰が誰を好きだって?
そんな僕を他所に、紫葉さんはなおも続けた。
「本当は、すぐにその場で渡したかったんだが……。どうしても、取りに行かないといけないものがあってな。だから、こんな変なタイミングになってしまった。……すまない」
「え……取りに?」
その言葉を聞いた後、すぐにはその意味を理解できなかった。けれど、彼の手元へと視線を落としたその時、その言葉の意味を理解する。
その手に握られている花束の、その中央。彼の注文から、少しだけ間隔を空けて束ねていたその空間に、見覚えのない……けれど、非常に見慣れたものが鎮座していた。
「……真っ赤な、薔薇?」
そう、花束の中央に添えられているのは、一本でも十分にその存在を主張する、大輪の赤い薔薇だった。
先程まではなかったそれは、見た所生花ではなさそうだった。けれどその子は、一輪でも花束の中で一際己の存在を主張していて。どうしても、その姿に目が引き寄せられる。
「……正直、作ってもらった本人にコレを渡すのもどうかとは思ったんだ。だが、他の花屋に行くのも何か違う気がした。……俺は、言葉が上手くはないから、こうするのが一番、お前に伝わると思ってな」
僕の視線を感じてか、紫葉さんは、そんなことを零す。
赤いアネモネに、マーガレットが五本、青いスターチスに、ナズナとガーベラ。形を纏めるために工夫したアイビーも、当たり前だけど、つい先程僕が仕上げた姿そのままだ。その、一輪の薔薇を除いて。
「……これ、って」
「……プリザーブドフラワー、だったか。どうしても、その薔薇を渡したくてな。事前に用意した。形を崩さないよう、細心の注意を払ってな」
取りに出ている間、お前が帰ってしまわないことだけが心配だったが……間に合って良かった。そう話す紫葉さんの言葉に、そこでようやく、さっき彼が言っていた『取りに行かないと』の理由を知る。
「な、……なんで……?」
理解が追いつかない。こんなの、あまりに自分に都合が良すぎる。そう思ったから、彼にそう尋ねた。
すると、紫葉さんは一度目を緩く瞠った後、ふ、と笑った。
「……分からないか?」
そう言って、眉尻を下げて笑うその表情が。その瞳が。僕が聞きたい問いの答えを、雄弁に語る。――――お前が好きなんだと、そう、訴える。
瞬間、ようやく彼の言葉を認識して、ぶわりと急速に頬に熱が籠った。
「初めは生花にしようかとも思っていたんだが、これ自身の意味を知ったら、正直、お前に贈るにはこれしかないと思った」
そこで、ようやく僕が理解したと紫葉さんも気付いたようで、続けて『永遠の愛と言うのだろう』なんて追い打ちをかけてきて。胸がきゅうっ、と締め付けられる。
そして、続けて彼が自分で調べ、選んだ花の、その花言葉を思い出す。つまり、僕が嫉妬してしかたなかったあれは、全部、全部、僕への想いだったということ?
「一ノ瀬」
「ぅえっ⁉︎ はっはい!」
思考に耽っていると突然名を呼ばれ、場違いな程外れた声が零れる。けれど、紫葉さんはそんな事を気にした様子はなく、ただ真っ直ぐに僕を見つめてきた。
その瞳の力強さに、また言葉が詰まってしまう。
「その……もし、自惚れてもいいのなら。お前の言葉を聞くところだと、さっきお前が泣いていた理由は、俺が他の誰かの所に行くのが嫌だったから……ということだと感じたんだが……」
「ヘぁっ⁉︎」
合っているか、と、問いというよりも確認するように首を傾げる紫葉さんに、僕はまた声が裏返った。
バレていた、そう思うと、顔から火が出そうなくらい恥ずかしい。
「あああいやそのっ! さっ、さっきのはもうほんと忘れて欲しいというか! あの、そのっ」
そんな僕の姿を肯定と捉えたのだろう。紫葉さんは一度大きく目を見開いたあと、ぐっと何かを堪えるように目を細め、そうなのか、と呟いた。
「……なぁ、一ノ瀬。……好きだ。好きなんだ、お前の事が誰よりも。だから……どうか、返事を聞かせてくれないか」
お願いだと、まるで縋るようなその瞳に、ぅぐっ、と声が漏れる。
なんだよそれ。……ここまで気障な事しておいて、最後にはそんな、不安そうな顔をしないでよ。――――僕の気持ちなんて、とっくに気付いてるんじゃないの?
逸る気持ちを抑えつつ、ゆっくりと、震える手を持ち上げる。
「…………ずるいですよ、紫葉さん。もう、僕の気持ち、気付いてるでしょう」
ばくばくと、いつになく心臓が煩い。手だけじゃない、声も震えて格好悪い。……それでも今回は、建前じゃない、僕自身の本当の気持ちを言わないと。そう思い、意を決して口を開いた。
「僕も。……僕だって、紫葉さんが好きです。ずっと、ずっと好きでした」
彼の手に添えるよう花束に触れ、受け取りながら、そう告げる。
やっと言えた、そう思ったら途端に嬉しくなって、折角止まっていた涙がじんわりと滲みだしてきた。口元なんて、緩みきってふにゃふにゃで、きっとものすごく格好悪い。けど、でも、これは紫葉さんのせいだから、今だけはいいよねと、隠すことはしなかった。
「……本当、か?」
僕の言葉を聞いて、紫葉さんが、なんだか僕以上に今にも泣きだしそうな顔を浮かべるものだから。思わずくすりと笑みが零れる。
「流石に、こんなことで嘘なんて吐きませんよ」
そう言ってあげると、紫葉さんは、『そうか』と零しながら、へにゃりと眉尻を下げ、あからさまなくらいほっと表情を緩めたものだから。その表情に、胸がきゅうっと締め付けられる。
ああ、なんだ。紫葉さんも、僕と同じ気持ちだったんだ。そう、今更なことに気付いて、嬉しいような恥ずかしいような心地になる。
それをどうにか逸らそうと、受け取った花束へ視線を落とす。作ったのは自分自身だっていうのに、紫葉さんが選んだっていうだけで、どうにもにやけが止まらない。
「……やっぱり、好きな人から貰う花束ほど嬉しいものはないんですね。花屋のくせに、今初めて体験しました。……いやだなぁ、いい年して涙が止まらなくなるくらい、すごい嬉しい。……ありがとう、紫葉さん」
ぎゅうと胸に花束を抱き締めて、彼へと微笑みかける。すると、ようやく僕の言葉を上手く飲み込めたのか、紫葉さんの顔が益々くしゃりと歪みだしてしまった。
「良いのか……? 本当に、俺で……」
返ってきた言葉に、まだそんな事を言うのかと、流石に呆れてしまう。
ああ本当、貴方って人は……。そんな思いが込み上げてきて、僕もくしゃくしゃな顔で笑った。
「ばかだなぁ、紫葉さん。貴方が良いんだ。他でもない、貴方が好きなんです」
そう僕が言い切るのとほぼ同時に、僕は、気付けば勢いよく、紫葉さんに抱き寄せられていた。
花束を置く間もなく、胸に抱いたまま抱き締め合ったものだから。紫葉さんが僕を解放してくれた頃には、彼から貰った花たちは、所々散っていたり拉げていたりと不格好なものへと変貌してしまっていて。離れた拍子に、紫葉さんは頻りに謝ってくれた。因みにその中でも、あの、真っ赤な薔薇の一輪だけは綺麗な姿のままだった。
正直なところ、僕は、紫葉さんが僕にくれたという事の方が大切で、だから少し不格好でも全然気にならなかったのだけれど。それ自体は伝えてみたのだが、紫葉さんはどこかまだ腑に落ちない顔を浮かべるものだから、『それなら今度は、正真正銘貴方が僕に作ってくれませんか?』そう言ってみた。そうしたら紫葉さん、何だか嬉しそうに顔を綻ばせながら『お前程器用には出来んがな』そう言って、本当に幸せそうに笑ってくれて。その表情を見たら、ああ、幸せだなぁって、そう思った。
「ねぇ、紫葉さん」
「ん、なんだ?」
彼の名前を呼ぶ。そうすると、返ってくる優しい声と、柔らかい表情に、胸の奥がむずむずした。
どうしたってへにゃりと緩んでしまう顔そのままに、僕は彼へと言葉を続けた。
「これからも、よろしくお願いします」
僕の言葉に、途端、紫葉さんは目を瞠った。けれどそれも一瞬で、すぐにその表情は優しくなる。
「……ああ、こちらこそよろしく頼む」
その言葉に、僕は嬉しくなって、今度は僕から紫葉さんに抱き付いたのだった。
* * *
◇後編花言葉◇
・アネモネ『儚い恋、あなたを愛している(赤)』
・マーガレット『心に秘めた愛、真実の愛(桃)』→五本『あなたに出会えたことが、心からの喜びです』
・スターチス『変わらぬ心、愛の喜び(黄)』
・ナズナ『あなたにすべてを捧げます』
・ガーベラ『希望』
・アイビー『永遠の愛』
・ポインセチア『幸運を祈る、貴方の祝福を祈る(白)』
・薔薇『あなたを愛してます(赤)』→一本『貴方しかいない』
応援ありがとうございます!
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