3 / 43
出会いはビーフシチューの味わいと共に②
しおりを挟む
梅雨の終わり、夏の気配を含んだ七月の空気が頬にまとわりつく。もうすぐ夏休みだ。
ガタンガタンと揺れる電車に身を預けながら一花は暇つぶしにスマホをスクロールする。
ニュースの中にある見出しを何気なく眺めながら少し気になるものをタップした。写真には白シャツに黒いエプロンを締め、黒髪を前髪まで全てひとまとめにして後ろで結んだとんでもない美人が写っている。見出しはこうだ。
<新進気鋭の女性シェフ、中目黒にビストロ料理店をオープン>
先日フランスより料理修行を終えて帰国した若き女性シェフ、西黒 明美が中目黒の路地裏にビストロ店Sept étoiles(七つ星)をオープンした。早速店を訪れてみると、昼を過ぎた時間にもかかわらず店内は満員、外には女性客の長蛇の列が出来ていた。記者が話を聞いてみると、皆一様に「名物のビーフシチューを食べに来ました」と口にしている。店の看板料理であるとのことだ。
記者も三十分ほど並んだ後、ようやく席へと通された。
店内はこぢんまりとしていながらもセンスを感じるインテリアが配置され、座席と座席の間はしっかりと空間が確保されている。記者も並んでいた女性客にならってビーフシチュー(2980円)を注文する。ついでにランチ限定のグラスワインも。十分ほど待ってから提供されたそれは、グツグツと表面が煮え立ち湯気が立ち上るビーフシチューだ。
高揚する気分でスプーンを手に取り早速一口。
濃密なデミグラスソースの味わいが広がり、口内に幸せが訪れた。
続いてグラスの赤ワインを一口。
ビーフシチューの濃厚な味わいに負けないどっしりとした赤のワインは、まさに完璧なマリアージュ。なるほどこれなら人気が出るのも頷ける。
記者は忙しく立ち働く西黒シェフに少しインタビューを試みた。と言っても二、三言だ。
「看板メニューのビーフシチューは西黒さんのオリジナルレシピですか?」
「はい、そうです。フランス修行中に出会った料理を元に、自分なりのアレンジを加えて作りました」
「客層は若い女性が多いんですか?」
「ランチタイムはそうですね。けど、夜には仕事帰りのビジネスマンやデートで使用されるお客様も多いですよ。クリスマスには限定のコースを用意したり、アペリティフも数多く取り揃えています」
新進気鋭の若手シェフが営むビストロ店、是非一度訪れていただきたい。至福の一皿が貴方を待っている。
「はーん」
一花は記事を読み終えてスマホをポケットにしまった。新進気鋭の若手シェフ。
才能を持った人間というのはどこの世界にでもいるものだ。おまけにこの人、すごい綺麗。
天はこの西黒 明美に一物だけでなく二物も三物も与えたもうたらしい。全く羨ましい限りだ。
にしても。ビストロ店、ね。最近は全然行かなくなったなぁと一花はぼんやりと思う。昔は家族でよく行っていた。父か母か私の誕生日、クリスマス、卒園、入学祝い。多分残っている記憶では、小学校三年生くらいまでは頻繁に訪れていた。
吉祥寺は大正通の路地裏にあるビストロ店、名前は確か……何だっけ、覚えていないや。何かフランス語だった気がするけど。
行くたびに注文して食べたビーフシチューの味わいは、今でも一花の胸に残っている。小洒落た店は当然その辺のファミレスとは一線を画していて、少しいいワンピースを着て店の扉をくぐるのは一花にとって特別なひと時であった。
「ビストロ店ね……」
ポツリと声に出してみると、思った以上に暗いトーンになった。行かなくなったのには、理由がある。
窓の外を見てみると、猛スピードで流れる景色の中に井の頭公園が見えた。春が過ぎて夏が近づく季節、緑の濃ゆい公園は住宅街の中で一際目を惹く存在だ。家族でビストロ店に行く前、決まって寄っていた公園である。小さい時には併設する動物園で象の花子を見て、レトロな遊具に乗ってはしゃいでいた。小学生になってからは、三人でボートに乗った記憶がある。
————今となっては懐かしく、もう二度と叶う事のない出来事だ。
ガタンガタンと揺れる電車に身を預けながら一花は暇つぶしにスマホをスクロールする。
ニュースの中にある見出しを何気なく眺めながら少し気になるものをタップした。写真には白シャツに黒いエプロンを締め、黒髪を前髪まで全てひとまとめにして後ろで結んだとんでもない美人が写っている。見出しはこうだ。
<新進気鋭の女性シェフ、中目黒にビストロ料理店をオープン>
先日フランスより料理修行を終えて帰国した若き女性シェフ、西黒 明美が中目黒の路地裏にビストロ店Sept étoiles(七つ星)をオープンした。早速店を訪れてみると、昼を過ぎた時間にもかかわらず店内は満員、外には女性客の長蛇の列が出来ていた。記者が話を聞いてみると、皆一様に「名物のビーフシチューを食べに来ました」と口にしている。店の看板料理であるとのことだ。
記者も三十分ほど並んだ後、ようやく席へと通された。
店内はこぢんまりとしていながらもセンスを感じるインテリアが配置され、座席と座席の間はしっかりと空間が確保されている。記者も並んでいた女性客にならってビーフシチュー(2980円)を注文する。ついでにランチ限定のグラスワインも。十分ほど待ってから提供されたそれは、グツグツと表面が煮え立ち湯気が立ち上るビーフシチューだ。
高揚する気分でスプーンを手に取り早速一口。
濃密なデミグラスソースの味わいが広がり、口内に幸せが訪れた。
続いてグラスの赤ワインを一口。
ビーフシチューの濃厚な味わいに負けないどっしりとした赤のワインは、まさに完璧なマリアージュ。なるほどこれなら人気が出るのも頷ける。
記者は忙しく立ち働く西黒シェフに少しインタビューを試みた。と言っても二、三言だ。
「看板メニューのビーフシチューは西黒さんのオリジナルレシピですか?」
「はい、そうです。フランス修行中に出会った料理を元に、自分なりのアレンジを加えて作りました」
「客層は若い女性が多いんですか?」
「ランチタイムはそうですね。けど、夜には仕事帰りのビジネスマンやデートで使用されるお客様も多いですよ。クリスマスには限定のコースを用意したり、アペリティフも数多く取り揃えています」
新進気鋭の若手シェフが営むビストロ店、是非一度訪れていただきたい。至福の一皿が貴方を待っている。
「はーん」
一花は記事を読み終えてスマホをポケットにしまった。新進気鋭の若手シェフ。
才能を持った人間というのはどこの世界にでもいるものだ。おまけにこの人、すごい綺麗。
天はこの西黒 明美に一物だけでなく二物も三物も与えたもうたらしい。全く羨ましい限りだ。
にしても。ビストロ店、ね。最近は全然行かなくなったなぁと一花はぼんやりと思う。昔は家族でよく行っていた。父か母か私の誕生日、クリスマス、卒園、入学祝い。多分残っている記憶では、小学校三年生くらいまでは頻繁に訪れていた。
吉祥寺は大正通の路地裏にあるビストロ店、名前は確か……何だっけ、覚えていないや。何かフランス語だった気がするけど。
行くたびに注文して食べたビーフシチューの味わいは、今でも一花の胸に残っている。小洒落た店は当然その辺のファミレスとは一線を画していて、少しいいワンピースを着て店の扉をくぐるのは一花にとって特別なひと時であった。
「ビストロ店ね……」
ポツリと声に出してみると、思った以上に暗いトーンになった。行かなくなったのには、理由がある。
窓の外を見てみると、猛スピードで流れる景色の中に井の頭公園が見えた。春が過ぎて夏が近づく季節、緑の濃ゆい公園は住宅街の中で一際目を惹く存在だ。家族でビストロ店に行く前、決まって寄っていた公園である。小さい時には併設する動物園で象の花子を見て、レトロな遊具に乗ってはしゃいでいた。小学生になってからは、三人でボートに乗った記憶がある。
————今となっては懐かしく、もう二度と叶う事のない出来事だ。
0
あなたにおすすめの小説
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ブラック企業で倒れた私を、ネトゲ仲間の社長が強制保護して溺愛しています
紅 与一
恋愛
過労で倒れた私を救ったのは、
ネトゲ仲間――そしてIT企業の若き社長。
「もう君は、僕の管理下だよ」
退院と同時に退職手続きは完了。
住む場所も、生活も、すべて彼に囲われた。
外出制限、健康管理、過保護な独占欲。
甘くて危険な“保護生活”の中で、
私は少しずつ彼に心を奪われていく――。
元社畜OL×執着気味の溺愛社長
囲い込み同棲ラブストーリー。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
道化たちの末路
希臘楽園
ファンタジー
母亡き後、継承権もない父と愛人母娘が公爵家を狙い始めた。でも私には王太子という切り札がいる。半年間、道化たちが踊るのを、私たちは静かに楽しんで見ていた。AIに書かせてみた第3弾。今回も3000文字程度のお気楽な作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる