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出会いはビーフシチューの味わいと共に④
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「お待たせいたしました。桃シロップのかき氷と黒蜜きな粉抹茶かき氷でございます」
「あっ、は~い」
店員が運んできたかき氷をテーブルに置くと、流れるような動作で桃子がスマホを手にとってかき氷にグッと近づいた。カシャ、カシャ、と音がして写真が撮られていく。そして写りを確認した桃子は満足そうに頷き、画面を一花に見せてきた。
「ど~お、一花。可愛く撮れてる?」
そこにはキメ顔の桃子とかき氷、そして背景にチラリと映る井の頭公園が見事なバランスで収まった渾身の一枚が。
「いんじゃない?」
「んふふ。じゃ、アップしよ~っと」
桃子はかき氷に目もくれずにスマホをいじりだした。手慣れた操作でタタタ、と親指でタップをした後、満足そうにスマホをテーブルの上に置く。それからようやくスプーンを手にとった。とっくに食べ始めていた一花は、キーンと冷たいかき氷に舌鼓を打ちつつ桃子に尋ねる。
「終わったの?」
「うん」
「その写真一枚にどのくらいの『いいね』がつくの?」
「ん~、多分、千件くらいかな?」
「はぁ? あんな何の変哲も無い写真に?」
「うん。皆、褒めてくれるんだ~」
ぶりっこポーズを天然でする桃子の言葉に一花は「あっそ……」と呆れ半分で返事をする。桃子は昨年の学祭でミスコンのグランプリを獲得した後、その愛嬌の良さを生かしてお天気キャスターというものをやっている。テレビに出る桃子はちょっとした芸能人のようなものであり、SNSには数万のフォロワーがいた。桃子は身近な女子にはその性格によって誤解を招き、凄まじく嫌われているのだが、なぜか画面を通すと異性のみならず同性からも絶大な人気を得る事ができた。
桃子が自撮りしてアップした写真にはたちどころに数千の『いいね!』が付くし、わんさかとコメントが寄せられる。この現象を目の当たりにしている一花はネット社会は謎だな、と常々思っている。
「アイス、溶けるよ」
「あ、大変~」
言って桃子はスプーンを手にして慌ててアイスをすくって食べた。
「おいし♡」
至福の顔で食べる桃子を見て、思う。桃子のネットを介した人心掌握術は凄まじいなと。
私の描く絵は誰の心も動かせないけど、桃子の写真は千件の『いいね』をたった一日で稼げるほどの威力を持っているのだ。この力を活かせば将来デザイナーとして生きる道筋だってつけられるだろう。
すでに描いた絵をお天気コーナーで披露して、一部グッズにして売りに出しているのを知っていた。
芸能界にコネがあるというのは将来クリエイターとして働く上で強力なアドバンテージになる。
「はぁ……」
「どしたの、一花。あ、かき氷が苦かった? 抹茶だもんねえ。桃子のかき氷、一口食べる?」
言って桃子は自分のかき氷をすくって差し出してきた。
「はい、あ~ん」
「…………」
目の前に突き出されるスプーンにパクリとかじりつく。冷たい氷とともに口に桃の甘酸っぱい味わいが広がったのは一瞬で、すぐに溶けてなくなる。
「どう?」
「美味しい」
「ウンウン。やっぱり甘いもの食べると、幸せな気持ちになるよね~! もし一花が気に入ったなら交換しようか? 私が抹茶かき氷を食べるよ!」
「大丈夫。こっちも美味しいから」
「そうなの? てっきり苦いから険しい顔してるのかと思ったけど」
こてんと首を傾げながら桃子が言うので一花は思わず苦笑した。桃子の心配は若干ズレてるけど、こうした天然な面が一花は好きだった。皆誤解しているが、桃子は男の前でだけぶりっ子しているわけではない。生来の性格がこうなのだ。話してみるといい子だし、裏表がない分他の女子より付き合いやすい。いくらそれを説こうとも、理解してくれる同級生は皆無だったけど。
そのあとは他愛もない会話をしながらかき氷をつつきつつ時間を過ごしていたら、あっという間に二時間が過ぎた。桃子がスマホをチェックして、「あ」と声を上げた。
「いっけない。そろそろ圭人くんと待ち合わせの時間っ」
「じゃ、出ようか」
ガタリと席を立ち、お会計をすませる。エレベータで下へ降りると、横断歩道の前で別れた。
「ありがとうね、一花! また遊んでね!」
「うん。じゃ、またね」
「大好きよ~、一花!!」
大声で愛を叫んだ桃子は、ひらりとワンピースの裾を翻して軽やかな足取りで駅へと消えて行った。
姿が人混みに紛れたのを確認した後、一花は息をついて空を見上げる。
夏の気配を含んだ空気が漂う、夕暮れ時。
吉祥寺の街は子連れや一花と同じくらいの年齢の男女、高校生といった人種で溢れていた。この渋谷や新宿とは異なる吉祥寺特有の街並みが一花は好きだ。
一花はそのまままっすぐ歩いて横断歩道を渡り、迷いのない足取りでとある場所を目指す。
PARCOを素通りし、東急百貨店の横を通って『大正通り』と書かれた看板の道を行く。その先は小ぢんまりとした店が軒を連ね、だんだんと住宅も増えてくるような場所だ。人通りも減ってきた。
「えーと、確かこの辺り……」
一花はおぼろげな記憶を頼りに道を進む。目的は小学三年生まで年に五回は訪れていた、あの店。
ビストロ店の記事を読んだせいか、それとも心が少し疲れているせいなのか、いずれにせよ一花はもう二度と訪れることはないだろうと思っていたその場所に足を運んでみたい気分になっていた。
潰れていないといいんだけど。
新陳代謝の激しいこの街で、十年以上前に訪れたっきりの店がまだ存在しているかどうか。もしまだ営業していたらついでに食事をしていくのもいいだろう。たまには感傷に浸ってみたい。どうせ今日はバイトも無いことだし。
「あ、あった。これだ」
潰れていたらどうしようという心配は杞憂に終わり、店はまだ存在していた。
クリーム色の色あせた外壁に割れた木枠のアーチ型の窓が一つ、そして壁には窓と同じ木枠で店名が縁取られていた。
「あっ、は~い」
店員が運んできたかき氷をテーブルに置くと、流れるような動作で桃子がスマホを手にとってかき氷にグッと近づいた。カシャ、カシャ、と音がして写真が撮られていく。そして写りを確認した桃子は満足そうに頷き、画面を一花に見せてきた。
「ど~お、一花。可愛く撮れてる?」
そこにはキメ顔の桃子とかき氷、そして背景にチラリと映る井の頭公園が見事なバランスで収まった渾身の一枚が。
「いんじゃない?」
「んふふ。じゃ、アップしよ~っと」
桃子はかき氷に目もくれずにスマホをいじりだした。手慣れた操作でタタタ、と親指でタップをした後、満足そうにスマホをテーブルの上に置く。それからようやくスプーンを手にとった。とっくに食べ始めていた一花は、キーンと冷たいかき氷に舌鼓を打ちつつ桃子に尋ねる。
「終わったの?」
「うん」
「その写真一枚にどのくらいの『いいね』がつくの?」
「ん~、多分、千件くらいかな?」
「はぁ? あんな何の変哲も無い写真に?」
「うん。皆、褒めてくれるんだ~」
ぶりっこポーズを天然でする桃子の言葉に一花は「あっそ……」と呆れ半分で返事をする。桃子は昨年の学祭でミスコンのグランプリを獲得した後、その愛嬌の良さを生かしてお天気キャスターというものをやっている。テレビに出る桃子はちょっとした芸能人のようなものであり、SNSには数万のフォロワーがいた。桃子は身近な女子にはその性格によって誤解を招き、凄まじく嫌われているのだが、なぜか画面を通すと異性のみならず同性からも絶大な人気を得る事ができた。
桃子が自撮りしてアップした写真にはたちどころに数千の『いいね!』が付くし、わんさかとコメントが寄せられる。この現象を目の当たりにしている一花はネット社会は謎だな、と常々思っている。
「アイス、溶けるよ」
「あ、大変~」
言って桃子はスプーンを手にして慌ててアイスをすくって食べた。
「おいし♡」
至福の顔で食べる桃子を見て、思う。桃子のネットを介した人心掌握術は凄まじいなと。
私の描く絵は誰の心も動かせないけど、桃子の写真は千件の『いいね』をたった一日で稼げるほどの威力を持っているのだ。この力を活かせば将来デザイナーとして生きる道筋だってつけられるだろう。
すでに描いた絵をお天気コーナーで披露して、一部グッズにして売りに出しているのを知っていた。
芸能界にコネがあるというのは将来クリエイターとして働く上で強力なアドバンテージになる。
「はぁ……」
「どしたの、一花。あ、かき氷が苦かった? 抹茶だもんねえ。桃子のかき氷、一口食べる?」
言って桃子は自分のかき氷をすくって差し出してきた。
「はい、あ~ん」
「…………」
目の前に突き出されるスプーンにパクリとかじりつく。冷たい氷とともに口に桃の甘酸っぱい味わいが広がったのは一瞬で、すぐに溶けてなくなる。
「どう?」
「美味しい」
「ウンウン。やっぱり甘いもの食べると、幸せな気持ちになるよね~! もし一花が気に入ったなら交換しようか? 私が抹茶かき氷を食べるよ!」
「大丈夫。こっちも美味しいから」
「そうなの? てっきり苦いから険しい顔してるのかと思ったけど」
こてんと首を傾げながら桃子が言うので一花は思わず苦笑した。桃子の心配は若干ズレてるけど、こうした天然な面が一花は好きだった。皆誤解しているが、桃子は男の前でだけぶりっ子しているわけではない。生来の性格がこうなのだ。話してみるといい子だし、裏表がない分他の女子より付き合いやすい。いくらそれを説こうとも、理解してくれる同級生は皆無だったけど。
そのあとは他愛もない会話をしながらかき氷をつつきつつ時間を過ごしていたら、あっという間に二時間が過ぎた。桃子がスマホをチェックして、「あ」と声を上げた。
「いっけない。そろそろ圭人くんと待ち合わせの時間っ」
「じゃ、出ようか」
ガタリと席を立ち、お会計をすませる。エレベータで下へ降りると、横断歩道の前で別れた。
「ありがとうね、一花! また遊んでね!」
「うん。じゃ、またね」
「大好きよ~、一花!!」
大声で愛を叫んだ桃子は、ひらりとワンピースの裾を翻して軽やかな足取りで駅へと消えて行った。
姿が人混みに紛れたのを確認した後、一花は息をついて空を見上げる。
夏の気配を含んだ空気が漂う、夕暮れ時。
吉祥寺の街は子連れや一花と同じくらいの年齢の男女、高校生といった人種で溢れていた。この渋谷や新宿とは異なる吉祥寺特有の街並みが一花は好きだ。
一花はそのまままっすぐ歩いて横断歩道を渡り、迷いのない足取りでとある場所を目指す。
PARCOを素通りし、東急百貨店の横を通って『大正通り』と書かれた看板の道を行く。その先は小ぢんまりとした店が軒を連ね、だんだんと住宅も増えてくるような場所だ。人通りも減ってきた。
「えーと、確かこの辺り……」
一花はおぼろげな記憶を頼りに道を進む。目的は小学三年生まで年に五回は訪れていた、あの店。
ビストロ店の記事を読んだせいか、それとも心が少し疲れているせいなのか、いずれにせよ一花はもう二度と訪れることはないだろうと思っていたその場所に足を運んでみたい気分になっていた。
潰れていないといいんだけど。
新陳代謝の激しいこの街で、十年以上前に訪れたっきりの店がまだ存在しているかどうか。もしまだ営業していたらついでに食事をしていくのもいいだろう。たまには感傷に浸ってみたい。どうせ今日はバイトも無いことだし。
「あ、あった。これだ」
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