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変人シェフと美大生③
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進藤は激しく頭を左右に振った後、決意に満ちた目で四人を見据えた。
「いいかい君たち。特に一花君。この店でバイトをすると言うのなら……フランス料理の常識を学ぶ必要がある! いい機会だ、今日これから料理の事を説明しながら出していくから、存分にメモして覚えて帰っていくといいっ‼︎」
行って進藤は白ワインを一気に飲み干すと、空になったグラスを持って厨房へと引っ込み、次にサラダを運んで来た。
「前菜は、リヨン風サラダ。葉物野菜の上にポーチドエッグとベーコン、クルトンが乗ったリヨンで一般的なサラダだよ。本日はベビーリーフとルッコラを使っている。本当は鳥肝を入れるのが僕は好きなんだが……急な事で用意が出来なかった。代わりにドレッシングは僕の渾身の力作で、ワインビネガーと塩胡椒、はちみつ、それからハーブソルトを少々使っている。お腹が空いているだろうと、前菜から食べ応えのあるサラダを用意してみた」
流れるようなセリフとともに供されたサラダはなるほど確かに食べ応えがありそうだった。皿の底にはベビーリーフとルッコラが敷き詰められ、上にカリカリに焼かれた肉厚なベーコンとクルトン、そして四等分に切られたミニトマトが散らされている。トップに載ったポーチドエッグの存在感が抜群で、天辺からはドレッシングがゆっくりと流れ落ちていた。
一花たちはナイフとフォークを手に、この生まれて初めて見るリヨン風サラダとやらを食べる。まずはポーチドエッグにナイフを入れた。
ぷつっと確かな手応えとともに白身の薄い膜が破られると、中に潜んでいた半熟の黄身がとろりと溢れ出してくる。黄身を絡めてベーコン、クルトン、ベビーリーフをフォークに乗せて一口。
空腹の胃袋に濃厚なポーチドエッグの味わいと、ベーコンの油と塩気が降って来た。シャキッとしたベビーリーフとさっぱりしたドレッシングが効いている。食べ応えがあるサラダだった。
「おいし」
「おいしーね、一花ちゃん!」
一花と桃子が素直な感想を漏らし、圭人も頷く。流歌はサラダを食べながら何かを考えているようで、やおら進藤を振り仰いだ。
「なあ進藤さん。俺ずっと思ってたんすけど……ポーチドエッグって何すか? よく名前だけは聞くよな」
「ポーチドエッグというのは、卵の中身を酢の入った湯に入れて火を通した卵料理の一種だよ。ゆで卵よりも茹で時間が短く済むから調理時間が短縮できるんだ。日本語では落とし卵と言う」
「あー、味噌汁に入ってるやつ」
流歌が納得したように言うと、圭人がギョッとしたように流歌を見た。
「流歌の家では味噌汁に卵が入ってんのか?」
「え、圭人ん家は入ってねーの?」
「入ってないだろう普通……な、桃子?」
「桃子の家も時々出てくるよぉ」
「そうなのか⁉︎ 一花は⁉︎」
「おばあちゃんが作る味噌汁には入ってるかなぁ」
「えぇ……⁉︎ もしかして俺の家がマイノリティ? 進藤さんはどう?」
「僕の家では味噌汁に卵が入っていた事はないな」
「あー良かった。味方がいた」
ポーチドエッグから味噌汁へと話題が飛躍しながらも全員あっという間にサラダを食べ終える。
「次はスープ。ジャガイモのヴィシソワーズだ」
「ヴィシソワーズは知ってますよ。冷製スープでしょう」
「正解」
一花の回答に進藤が正解を出すと、トレーに乗ったヴィシソワーズが置かれていく。ガラスのカップに注がれた真っ白なスープの上にパセリが散らされていた。
「いただきまーす」
一花はスプーンを手にスープに口をつける。ジャガイモの甘みが溶け出した、クリーミーな一品だった。
「じっくり炒めて甘みを引き出した玉ねぎ、煮込んで柔らかくしたジャガイモ。そこに特製ブイヨンと牛乳を加えてから裏ごしをすれば出来上がりだ。さ、じゃあ、僕はメインを仕上げてくるからどうか食事を楽しんでいてくれ」
進藤は白ワインのお代わりを注ぎ、空いたサラダの皿を下げ、優雅に一礼すると厨房へ去っていく。長い足が桃子が磨き上げた床を叩き、実に堂々たる足取りだった。
その場に残された一花を除く三人は顔を見合わせた。
「何か進藤さん、雰囲気違くねえか?」
「流歌も思ったか。俺もだ。自己紹介ん時もホームセンターでも、ずっと居心地悪そうに縮こまってたよな。なー、桃子もそう思わないか?」
「んー? このスープ、美味しいね!」
桃子は圭人の問いにずれた回答を返し、圭人は「だよなー、美味しいよなこのスープ!」と速攻で話題を切り替えた。こんなんでいいのだろうかこの二人はと一花は思うが、本人たちが幸せそうなので野暮なツッコミは入れない事としよう。
「一花は、進藤さんどう思うよ」
豪快に大口を開けてスープを頬張りながら流歌が聞いて来た。
「料理の事になると別人になるのは知ってたけど、実際に見るのは二度目だから、やっぱりギャップに戸惑うよね」
「だよな」
スープをあっという間に飲み干した流歌は白ワインのグラスを手に取り、ふとグラスの中身を見つめながら思案を始めた。桃子と圭人が目の前で「あーん」でスープを食べさせ合うのに目もくれず、数秒黙りこくった後、おもむろに口を開いた。
「なあ一花……進藤さん、誘えば一緒にカラオケ行ってくれるかな」
「やめた方がいいと思うよ」
流歌の相談を一花は〇. 一秒で一蹴した。
しょうもないやり取りをしていると、厨房から今までとは比較にならないくらい魅惑的な音と香りが漂ってくる。ジュウウウウとフライパンが熱される音がし、肉の焼ける匂いがまだ空腹のままの胃袋を暴力的なまでに刺激した。
「いいかい君たち。特に一花君。この店でバイトをすると言うのなら……フランス料理の常識を学ぶ必要がある! いい機会だ、今日これから料理の事を説明しながら出していくから、存分にメモして覚えて帰っていくといいっ‼︎」
行って進藤は白ワインを一気に飲み干すと、空になったグラスを持って厨房へと引っ込み、次にサラダを運んで来た。
「前菜は、リヨン風サラダ。葉物野菜の上にポーチドエッグとベーコン、クルトンが乗ったリヨンで一般的なサラダだよ。本日はベビーリーフとルッコラを使っている。本当は鳥肝を入れるのが僕は好きなんだが……急な事で用意が出来なかった。代わりにドレッシングは僕の渾身の力作で、ワインビネガーと塩胡椒、はちみつ、それからハーブソルトを少々使っている。お腹が空いているだろうと、前菜から食べ応えのあるサラダを用意してみた」
流れるようなセリフとともに供されたサラダはなるほど確かに食べ応えがありそうだった。皿の底にはベビーリーフとルッコラが敷き詰められ、上にカリカリに焼かれた肉厚なベーコンとクルトン、そして四等分に切られたミニトマトが散らされている。トップに載ったポーチドエッグの存在感が抜群で、天辺からはドレッシングがゆっくりと流れ落ちていた。
一花たちはナイフとフォークを手に、この生まれて初めて見るリヨン風サラダとやらを食べる。まずはポーチドエッグにナイフを入れた。
ぷつっと確かな手応えとともに白身の薄い膜が破られると、中に潜んでいた半熟の黄身がとろりと溢れ出してくる。黄身を絡めてベーコン、クルトン、ベビーリーフをフォークに乗せて一口。
空腹の胃袋に濃厚なポーチドエッグの味わいと、ベーコンの油と塩気が降って来た。シャキッとしたベビーリーフとさっぱりしたドレッシングが効いている。食べ応えがあるサラダだった。
「おいし」
「おいしーね、一花ちゃん!」
一花と桃子が素直な感想を漏らし、圭人も頷く。流歌はサラダを食べながら何かを考えているようで、やおら進藤を振り仰いだ。
「なあ進藤さん。俺ずっと思ってたんすけど……ポーチドエッグって何すか? よく名前だけは聞くよな」
「ポーチドエッグというのは、卵の中身を酢の入った湯に入れて火を通した卵料理の一種だよ。ゆで卵よりも茹で時間が短く済むから調理時間が短縮できるんだ。日本語では落とし卵と言う」
「あー、味噌汁に入ってるやつ」
流歌が納得したように言うと、圭人がギョッとしたように流歌を見た。
「流歌の家では味噌汁に卵が入ってんのか?」
「え、圭人ん家は入ってねーの?」
「入ってないだろう普通……な、桃子?」
「桃子の家も時々出てくるよぉ」
「そうなのか⁉︎ 一花は⁉︎」
「おばあちゃんが作る味噌汁には入ってるかなぁ」
「えぇ……⁉︎ もしかして俺の家がマイノリティ? 進藤さんはどう?」
「僕の家では味噌汁に卵が入っていた事はないな」
「あー良かった。味方がいた」
ポーチドエッグから味噌汁へと話題が飛躍しながらも全員あっという間にサラダを食べ終える。
「次はスープ。ジャガイモのヴィシソワーズだ」
「ヴィシソワーズは知ってますよ。冷製スープでしょう」
「正解」
一花の回答に進藤が正解を出すと、トレーに乗ったヴィシソワーズが置かれていく。ガラスのカップに注がれた真っ白なスープの上にパセリが散らされていた。
「いただきまーす」
一花はスプーンを手にスープに口をつける。ジャガイモの甘みが溶け出した、クリーミーな一品だった。
「じっくり炒めて甘みを引き出した玉ねぎ、煮込んで柔らかくしたジャガイモ。そこに特製ブイヨンと牛乳を加えてから裏ごしをすれば出来上がりだ。さ、じゃあ、僕はメインを仕上げてくるからどうか食事を楽しんでいてくれ」
進藤は白ワインのお代わりを注ぎ、空いたサラダの皿を下げ、優雅に一礼すると厨房へ去っていく。長い足が桃子が磨き上げた床を叩き、実に堂々たる足取りだった。
その場に残された一花を除く三人は顔を見合わせた。
「何か進藤さん、雰囲気違くねえか?」
「流歌も思ったか。俺もだ。自己紹介ん時もホームセンターでも、ずっと居心地悪そうに縮こまってたよな。なー、桃子もそう思わないか?」
「んー? このスープ、美味しいね!」
桃子は圭人の問いにずれた回答を返し、圭人は「だよなー、美味しいよなこのスープ!」と速攻で話題を切り替えた。こんなんでいいのだろうかこの二人はと一花は思うが、本人たちが幸せそうなので野暮なツッコミは入れない事としよう。
「一花は、進藤さんどう思うよ」
豪快に大口を開けてスープを頬張りながら流歌が聞いて来た。
「料理の事になると別人になるのは知ってたけど、実際に見るのは二度目だから、やっぱりギャップに戸惑うよね」
「だよな」
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