うらぶれビストロ料理店、美大生四人組が手伝います

佐倉涼

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変人シェフと美大生⑧

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 数日後には二度の外壁の上塗りが終わり、木枠を塗り直す段階になった。
 本日、圭人は製作課題のために学校に行っており、桃子はキャスターの仕事の方で来られないとの事だった。なので流歌と一花の二人での作業となる。
 本日も絶好調に鳴り響く蝉の声を聴きながら、軍手をはめた流歌がきりりとした顔で言った。

「よーし、今日も張り切ってやるぜ」
「やる気なのはいいんだけどさ、流歌……」

 一花はちらりと隅っこの日陰に用意されている塗料を見た。木枠を塗るのに全く無関係な、流歌の髪色を彷彿とさせるカラフルな塗料がそこには用意されている。木枠はダークブラウンだ。だから濃い茶色の塗料だけあればいいはずなのに、なぜ、かけ離れた色合いがこんなにも用意されているのだろう。
 一花は視線を塗料に注いだまま流歌に話しかけた。

「流歌」
「なんだ?」
「あんたこの塗料、何に使うつもり?」

 一花の視線の先を追った流歌は顔を上げるとニカッと歯を見せて笑った。この数日間で流歌は恐ろしく日焼けしており、真っ黒な顔の中で開いた口からは白い歯が浮いて見える。

「秘密だ」

 流歌を白い目でみると、慌てたように弁解をしてくる。

「だってよ一花。こんな機会滅多にないじゃん⁉︎ 言ってみればこれは、壁画だぞ。アートウォール。ただ塗り直すだけなんてもったいねーって思う気持ち、同じ美大生のお前にならわかるだろ⁉︎」
「それはまあ、わからないでもないけど……」

 一花とて美大生の端くれだ。そこに壁があったのなら、そして自由にしていいと言われたなら、自分の思い描くアートを思い切りぶつけてみたいという気持ちはある。しかしそれはそれ。流歌の絵は極彩色で描かれる、非常に賑やかなものなので、この店のコンセプトにとてもではないがマッチしない。勝手にそんなものを描いてしまってはたまったものではない。今度こそ進藤のテンションを地獄の底へと叩き落とし、やる気を完全にへし折ってしまうかもしれない。
 一花の気持ちが通じたのか流歌は弁明を重ねた。

「そんなに派手な事はしねーって。ちょっと、このロゴを塗り直すのに使うだけだから。俺、調べたんだけどさ。店名、日本語で『陽気な人々』って意味なんだろ。その名前にふさわしい、見ただけで心躍るような色合いにしようと思ってさ。本当、ここだけしかやんねーから。進藤さんが気に入らなければ上から塗り直したっていいし!」
「本当?」
「本当だ!」

 いまいち信じられない。流歌は一度火がつくと夢中になりすぎる傾向にあるため、「ちょっとやろうと思っただけ」がとんでもない結果になることがある。

「……見張ってるからね」
「おう、大丈夫だ! 本当に‼︎」

 言いながら流歌はいそいそと黄色い塗料の缶を掴むと豪快に刷毛を突っ込んだ。非常に不安な気持ちになりながらも、一花は木枠を塗り直すべくダークブラウンの塗料缶を手に取る。流歌の塗ったロゴに進藤が絶望したら速攻塗り直そうと心に誓って。
 店には窓が二つある。大正通りに面した表に大きなアーチ型の窓が一つ、小道に面する腰高窓が一つ。
 それから店の入り口になっている扉も同じ色で塗り直す。一花は塗料が滴らないように丁寧に拭うと、ぺたりと扉に刷毛を塗りつけた。ダークブラウンの色合いが、色あせた扉に新しい命を吹き込んでいく。幸いにもしっかりとした材質の扉なので塗り直しだけで済むが、それにしたって色あせすぎだった。

 一花の記憶の中の店はこんなに汚れていたっけ、と考える。
 レトロで趣のある、おしゃれな店のイメージだったのだがこうして見ると随分違う。だからこそ塗り直しを敢行したわけなのだが。
 扉を塗りながら横をちらりと見ると、流歌が真剣そのものの顔でロゴを塗っていた。壁や木枠に比べて細いので、絵筆を使って丹念に塗っている。これはよく流歌が大学のアトリエで見せる表情だ。こうなった以上、流歌は何時間でもぶっ続けで作業するだろう。
 一花は本日の天気予報を思い出した。画面の中で見慣れた桃子がテレビ向けの化粧を施し、にっこり笑顔を浮かべていた。

「朝から気温は二十七度に達しています。本日も東京は十三時には最高気温三十五度を記録する予定の猛暑日となるでしょう。外で活動する皆さん、水分補給と適度な休息を忘れないで下さいねっ‼︎」

 そう言って掲げたフリップには、非常に写実的な女の人が水筒を傾けつつ日傘を差し、ギラつく太陽から身を守ろうとしている絵が描かれている。
 桃子の絵は、桃子自身の可愛らしい見た目と言動に反して実にリアリティに富んでいて、そして若干のホラー味がある。
 この凄まじいギャップに初めて彼女の絵を見た時は驚いたが、「どうかな? 可愛く描けてると思うんだけど!」と言っていたあたり本人はこの絵に可愛らしさを感じているらしい。

 どこか心に闇を抱えているのかと考えた時もあったがそうではないらしい。
 素で描いてこれならば、それはもう桃子自身の個性という他無い。
 ちなみに桃子の絵は一部のファンに人気があるらしく、缶バッジやキーホルダーなどにしてネットで売りに出されていた。すでに芸術家としての第一歩を踏み出している桃子を友人として応援するとともに、若干の羨ましさを感じている事を一花は自分でもわかっていた。
 それはともかく。流歌はきっと自分の体調なんて気にしないだろうから、適度なところで声をかけようと思った。 
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