うらぶれビストロ料理店、美大生四人組が手伝います

佐倉涼

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変人シェフと美大生⑨

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 一時間ほど作業したところで、本日は店内にいた進藤が半開きになった扉から顔を覗かせて声をかけてきた。

「おおい、二人とも。スイカのグラニテを作ったから休憩しないか」
「ありがとうございます。流歌ー」

 壁にものすごい至近距離に顔を近づけ、緑色の塗料でグイグイとロゴを塗る流歌に声をかけるが、全く気づいてもらえない。一花は流歌の側まで寄り、背中を叩いて大声を出す。

「流歌、流歌。流歌っ‼︎」

 しかし一度集中し出した流歌をこちら側に引き戻すのは至難の技である。一花は流歌の耳元で、思いっきり叫んだ。

「流歌ー休憩しよう、きゅ・う・け・い‼︎」
「んっ⁉︎ あ、ああ。一花か」

 ようやく我に返った流歌が筆を止める。そして流歌が塗っている店名を見て、進藤が驚きの声をあげた。

「流歌くん⁉︎ こ、この色合いは一体……?」
「店の名前の『陽気な人々』を色で表現しているところっす。どうです? まだBistroのBisまでしか塗れてないけど、なかなかいいと思いませんか」
「いや、これは……⁉︎」

 流歌の塗った『Bis』は彼の髪色を彷彿とさせる、非常に賑々しい色合いに塗られていた。
 全体的に落ち着いた色合いの店の作りの中、ここだけが派手な色のせいでとてつもなく目立っている。だがそれが下品なのかと言えばそうではなく、カラフルではあるがどことなく品のある仕上がりになっている。その辺りが流歌の凄さだろう。

 普通の人がこれをやると、ただただ色同士が反発し合うか子供の落書きみたいになりそうなところ、絶妙に色同士が喧嘩しないようなバランスで塗っている。
 進藤はこのロゴを見て明らかにコメントに困っていた。流歌は胸を叩き、得意げに言う。

「やっぱ今の時代、店にも個性が必要だと思うんすよ。だからロゴくらい遊び心があってもいいんじゃないかなと俺は思ったわけです。まだ三文字ですけど、これからいい感じに仕上げていくんで期待して待ってて下さい」

 自信満々に言う流歌に進藤はなんと声をかけるべきか迷い、口を開き、閉じ、再び口を開くと小さな声で言った。

「……あ、あまりやりすぎないように……」
「はい! 最高の仕上がりにしますんで‼︎」

 非常にいい笑顔を浮かべる流歌に進藤が情けない笑顔を送ると、「じゃあ、休憩でも」と言って店内へ促す。
 空調が程よく効いた店内は外仕事の後に入ると特にありがたく、生き返るようだった。
 すっかり綺麗になった店の中、手近なテーブルに腰を下ろすと、進藤が早速水とともに足つきグラスに盛り付けられた薄い赤のシャーベットを出してくれる。グラスに手を添えると、ひんやりと冷たかった。

「いただきまーす」
「いただきまっす」

 二人でスプーンを手に、グラニテをすくった。口に入れるとシャリッとした氷の感覚。それからスイカのほのかな甘み。雪のようにあっという間に溶けてしまうけれど、後味が爽やかに甘い。続けて食べるとキンとした氷独特の感覚が一花を襲う。

「どうだろう?」
「美味いっす」
「うん、美味しいです」
「よかった」

 進藤が破顔する。

「グラニテは本来、肉料理と魚料理の間の口直しとして提供されるんだけどね。こうも暑いとデザートとして食べるのもいいかと思って。だから本来よりも多めの量を盛ってみた。ほら、この間君達が買ってきてくれたガリガリ君が美味しかったからさ」
「気に入りましたか? ガリガリ君」
「子供の頃以来、十年ぶりくらいに食べたかなぁ。懐かしい味がして美味しかったよ」

 進藤がガリガリ君を気に入ってくれて何よりだ。暑い日にはさっぱりとした食べ物が美味しいが、このグラニテもその部類に入るだろう。シロップをかけたかき氷とは違い、このグラニテはスイカそのものを凍らせてから細かく削ってあるようでスイカの甘みがそのまま感じられる。シャリシャリと食べ進めながら一花は問いかけた。

「これもこのあたりの農家さんから買い付けたスイカを使ってるんですか?」
「ああ。これは須藤農園さんから買ったものだ」
「東京とはいえ結構なんでも栽培してるんですね」

 確かこの間はキウイフルーツも買い付けてデザートにしていた。トマトやナス、ピーマンといったごく普通の野菜だけでなく果物までもを栽培している事に一花は驚いた記憶がある。

「そうなんだよ。どんな人がどんな野菜を作っているのか実際に目の当たりに出来るから、料理をする時にもより一層心がこもる。親父の代から世話になっている農園さんもあるし、つながりというのは大切にしなければいけないと思っているよ」
「つながりといえば」

 一花はふとある事を思い出した。

「店が営業再開する事を、常連さんにハガキでお知らせしたらどうです? 確かクリスマスには毎年、ハガキ出してましたよね」

 ポストに入っていたハガキを父と母が嬉しそうに見ながら、そろそろ予約をしようかと相談していた記憶が脳裏をよぎる。あの頃はこの店に家族で来るのが楽しみで仕方がなかった。

「ずっとお店閉めていたんならもう営業しないと思っている方もいるだろうし、一言お知らせしたらきっとまた来てくれるんじゃないでしょうか」

 ふむ、と進藤が顎に指を添えて考えるそぶりを見せた。

「確かにそうだな……二階に顧客リストがあったはずだから、探しておくよ」
「じゃあ一花、ハガキのデザイン考えたらいいんじゃね?」
「は?」

 横から唐突な提案をして来た流歌に思わず一花は間抜けな声をあげてしまった。

「だってよ、常連へのDMだろ? 店に合う感じのイラストと文言を載せたハガキの方が印象に残っていいだろ」
「いい考えだね」

 流歌の思いつきに進藤までもが乗って来た。

「え、だけど」
「一花の描くイラストなら店の雰囲気にも合いそうだし、何より店の手伝いを言い始めたのは一花なんだから、ぴったりじゃん」
「僕としても、一花君の絵を見て見たい気持ちがある」
「何種類か描いてみれば? 一花は字も綺麗だし」
「僕は絵心はゼロだから、引き受けてもらえると有難いよ」

 勝手に話を進めながらにこにことこちらを見てくる進藤と流歌。
 二人の顔を見ながら今スランプだから、とか、私才能ないから、という言葉がぐるぐると渦を巻く。
 最近少し、芸術面に関してはネガティブだ。
 店の手伝いだって半ば現実逃避みたいなものだ。目の前にやる事を作って、そっちに意識を集中して、やるべき事から逃げ出している。そんなの、とっくに自分でも気がついていた。

 けど。
 やってみたい、という気持ちが少しずつ胸の内から出て来る。
 制作課題と違ってコンセプトは決まっているのだ。ならばきっと、自分にも描けるのではないか。何よりも大好きなこの店を自分なりに表現できるなら、それほど嬉しい事はない。
 一花はゆっくりと頷いた。

「……やって、みます」
「ありがとう、助かるよ」
「そうこなくっちゃな」
「うん」

 ハガキのデザイン。どんなイラストでどんな雰囲気の絵にしようか。一花は久々に、心が躍るのを感じた。
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