絵本作家は砂糖菓子の夢を見る

宮野愛理

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第三十二話

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「あ、えっと……佐藤匠弥と言います。交番に届けて入れ違いになったらどうしようと思っていたので、そう言っていただけて恐縮です」

 佐藤が名乗ると高松がきょとりと呆けた顔をする。またしても言葉の選び方を間違えたかと慌ててしまうと、高松が「やだ、ごめんなさいね」と笑い始めた。

「最近よく見掛けるお名前と一緒だったからビックリしちゃったのよ。佐藤さんは知ってるかしら? 〝からくちうさぎのロッティ〟って絵本なんだけど、最初はうちの孫のために買ったのに今は私が……って、あら?」

 続く高松の説明に、佐藤の顔に朱が走る。「どうしたの?」と重ねて心配をさせてしまい、気恥ずかしく思いながら自分がその作者だと伝えると高松から「えぇ!?」と歓声が上がった。

「まぁまぁ、ご近所さんだったのね。すごい偶然……でも、そうなの……あなたが……」
「?」
「これも何かの縁だと思って、ちょっと私の昔話に付き合ってくれないかしら? ずぅっと前に出会った人の話よ」

 ティーポットからお代わりのお茶を注いだ高松が、少しだけ遠くを見た。その顔に浮かぶのは郷愁だろうか。

「このお話はね、死んだ主人しか知らないの。娘にも、孫にも、話したことはないわ」

 ぽつり、ぽつり、と高松が話し始める。
 はっきりと年齢は言わなかったが、まだまだ家父長制度が幅を利かせていた頃が高松の少女時代にあたり、女性は高校卒業同時に就職し成人の前後で結婚をするような時代でもあったようだ。たぶん、短期大学への進学率が上がったのは高松よりも更に下の世代だろう。そんな時代でも四年制大学はあったし、女性への門扉も開かれてはいた。とはいえ、父親が反対しているような家庭では進学なんてどだい無理な話で……。

「家を出てまで突き進むことは出来なかったわ。だから図書館で本を読んで、自主勉強をするのが関の山。今みたいに若い女の子が一人暮らしをするなんて、考えられなかったもの」
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