墓から生まれた少女

米騒動

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日常

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「わ、四月一日さん!?」



 なぜこんな所に転校生が居るのか?

 日向は自分の置かれた状況がいよいよ理解不能の域までに達していた。

 日向の驚きはよそに、四月一日柑奈は得意気な笑みを浮かべて日向の前に出て、覆面の男と向き合った。



「あ、あの~」

「話は後で、まずはあの変態を退治しないとね」



 そう告げると柑奈はポケットに手を入れて試験管を取り出す。先程の爆発物は試験管だったのだろうか?どちらにせよ、試験管の中味が塩酸硫酸の類いだとすると、男はこれを侮ることは出来ない。



「へぇ、なるほど。君が居るんだね……」

「何知ったふうな口を。あんたと私は初対面。でしょ?」

「……ふふっ。そうだね。その通りだ」



 男は相変わらずの余裕の笑みを浮かべる。

 数秒間。二人は睨み合いを続け、辺りが静寂に包まれる。



「ここは一旦出直すとするよ。収穫は得た。それに痛い目を見るのは嫌だしね」



 と、男が言う。



「賢明な判断ね」

「では、時が来たらまたその子を迎えに来るとするよ。」

 男は不敵な笑みを浮かべそう言い残すと、マントをなびかせて闇夜に消えていった。

「あの、なぜ四月一日さんがここに?」

「ん? まぁ色々とね。それより――」

「名前。四月一日じゃなく下の名前で呼んでくれると嬉しいな。そっちの方が見やすいし。」



 四月一日柑奈は顔を近づけて言う。そのちょっとした仕草にドキリとしてしまう。日向は質問を上手く躱されてしまい、次の言葉が出て来なかった。



「わ、分かりました。柑奈さん」

「うん、幸希君」

「あ、それはそうとこの子どうする?」



 柑奈は少女に目線を移す。



「えっと、警察に届けようかとも思ったんですけど……嫌がってるので一旦家に連れてってあげようかなと」

「うん、私も賛成」



 そう言うと柑奈は少女のもとに行き、頭を撫でてやる。



「君もこのお兄さんと一緒がいいのかな?」



 と、柑奈が言うと、



「……うん」



 少女は確かに頷いく。先ほどの震えはもう止まっていた。



「さて、夜も遅いし早く帰ろう」



 柑奈の言葉に気がついて時計を見ると、すでに21時を回っていた。



「そうですね、でも……」

「詳しい話はまた今度にしよう、幸希君」

「は、はい……」



 再び、躱される。



「じゃあ、また明日学校で」

「うん、また明日」



 そう言い残し日向は柑奈と別れた。



「落ちないように捕まっててね」



 日向は自転車の後部座席に少女を乗せ、夜を切って進む。進む。少女は両腕を日向の腰に回す。大きな双眸は夜空の星々を捉えて離さない。

 日向たちが家に着いたのは22時を回っていた。

 そして、幽霊探しに行ったはず兄がいたいけな少女を連れて帰ってきたその姿を見た妹の悲鳴は、夜の空に高らかに響いていた。







 午前六時三十分。

 日向は目覚ましの音を聞いて目を覚ます。

 朝だ。いつも通りの時間、いつも通りの部屋だ。

 カーテンからは陽光が漏れ、スズメは朝の到来を祝福している。

 そう意識すると、日向はまるで、昨日の出来事は夏風邪で変な夢を見ただけな気がしてくる。

 日向は立ち上がる。

 いつもの日向ならば、ここから五分十分とベットでだらだら過ごすはずだ。しかし、今はそれよりも確かめなければならないことがある。



 八時間前。 



「苺、とりあえずこの子を風呂に入れてやってくれ。」

「とりあえずも何もどういう状況? なんでお兄ちゃんが幼女を連れて帰ってきたの? まさか拉致? 拉致なの? ばか。ばかばか。この変態! 鬼畜! ロリコン魔~!」

「違う! これはその、向日葵畑に行ったらな、この子が倒れてて、えーと、聞いたら家族も帰る家もないって言うから、家に来るかって話になって、そのー」



 日向は錯乱気味に話す。



「そんな話信じる訳ないでしょ!? お兄ちゃんとうとう頭おかしくなっちゃったの?」

「あーもう! それはこの際どうでもいいから!一晩だけ!一晩だけ泊まらせるだけだから!」

「一晩って何!? 一晩で何する気なの!? まさかこの子に新しい家族を作らせる気!? 今の妹には飽きたから次の妹ってか! ばかばか。この変態鬼畜シスコン魔ー!!!」

「お前は一回落ち着けー!!!」



 苺との会話を聞いていた少女が口を開く。



「……わたし、めいわく?」



 少女が日向の袖を掴み上目遣いで見つめてくる。

 無表情には変わりなかったが、日向は目の奥に秘める心配の色を汲み取った。



「大丈夫、こいつは俺の家族で名前は苺。お前の味方だ」



 日向は頭を撫でて説明する。その様子を見て、苺も悟ってくれたようだった。



「あなた、名前はなんて言うの?」



 苺が優しい口調で話しかける



「……知らない」

「そう、ここには温かいお風呂と温かい食事があるから心配は要らないよ。さっきは大声出してごめんね」



 少女は無表情に頷く。



「そうだ! どうせなら一緒にお風呂入らない?」



 苺は少女の手を握る。少女は日向を一瞥した後、静かに頷く。



「よし! 決まりね」



 苺は少女と手を繋いで風呂場へ行ったのだった。



「で、この子は一体なんなの?」



 日向が中学生の頃に着ていた運動服をぶかぶかに着た少女は、一心不乱に食べ物を口に放り込んでいる。少女の横に座った妹と対面した日向は事の次第を説明する。柑奈と覆面男の話はしなかった。話すことで妹を巻き込む訳にはいかなかった。



「それで、幽霊の正体はこの子だったわけね」

「まぁ、十中八九そうだろうな」

「それで、この子どうするの?まさか家に住まわす気?」



 それは――



「……なぁ」



 日向は少女に話しかける。少女は箸を止めて日向を見る。



「君は、ここに居たい?それとも、本当の家族のもとに戻りたいとは思わない?」

「……」



 日向は少女の判断に任せることにした。家族のもとに帰りたいなら、児童相談所に連絡して親を探してもらおう。だけれど、もし――



「……ここ。が……いい」



 少女がそう言うのなら……



「ああ、今日からここはお前の家だ」



 少女は微かに微笑んだ。



「じゃあ、私、今晩この子と一緒に寝るね!だって、この子ちっちゃくて可愛いんだもん~」

 苺は少女に抱きつき頬ずえしながら言う。少女は何処吹く風といった感じで、表情を崩さない。

「とりま、お兄ちゃんはお風呂入ってきたら?」

「ああ、そうするよ」



 その後、日向は風呂から上がり一直線にベッドで横になった。疲れからか、そこからの記憶はプツリと切れている。



 そして、現在。

 日向はすぐさま部屋を出て階段を下る。下る。ゆっくりと。確かめるように。

 扉の前。少しの緊張。きっと開けたらいつものように妹がおはようと言って、皿を運べと言って、二人で朝ご飯を食べるんだ……そんな日常だ。

 あの子は……居ないんだ。日向はドアノブに目を落とし、ゆっくりと扉を開ける。



「おはよう、お兄ちゃん」



 妹の苺がキッチンで朝ご飯を作っていた。

 いつも通り景色……………………………………

……………………………………………………………………………………ではなかった。



「こうき……おはよう」

「ああ、二人ともおはよう」

「お兄ちゃん、お皿運ぶの手伝ってー」

「分かったよ」



 これからは、これが日常だ。









「あ、」

 日向が学校に着いて下駄箱を見ると、一通の手紙が入っていた。手紙と言ってもルーズリーフが二つ折りにされているだけで、残念ながら告白の手紙ではなさそうだ。右。左。後ろ。確認完了。

 日向はルーズリーフをさっと鞄に隠し、男子トイレの個室に入り、手紙の内容を見る。

 ――日向幸希君へ。

 放課後、屋上で待ってます。

 四月一日柑奈より――

 たったこの一文。

 内容はどう考えても告白だが、もちろんそうではなく、昨日の出来事を説明してくれるということだろう。日向は手紙を鞄に入れ直し、教室に向かった。



「それで、一緒に住むことになったの?」



 昼休み。

 いつも通り栞と弁当を食べながら昨日の話をした。柑奈と覆面男の話を除いて。



「今日の放課後、家にお邪魔していいかな?その子どんな感じか見てみたいし」



 放課後!?それはダメだ。



「放課後? あ~また今度にしてくれ。あいつもあんまり人と会うの苦手にしてるし。俺も少し用事があるんだ」

「用事って何?」



 まずった、正直に言いすぎた。



「あ、そうだな、あいつの服とか色々買わなきゃだし……」

「服なら私のお古があるよ!」

「いや、そのそれ以外にも色々と……」



 日向の煮え切らない態度を感じで栞の目つきが変わった。



「女」



 へ?

「女女女女女女女女女女女女女女」



 ヒィィィィィィィ!!!怖!怖い怖い!



「女が用事?」

「ちゃ、ちゃいます」

「あんた関西人じゃないでしょうが」



 栞は右手に持っていた箸を真っ二つに折ってしまう。日向は涙目。



「す、すまない。さっきのは嘘、です。だけど、言えません……」



 もう、逃げ場はないので開き直る。

 ……沈黙。



「……分かった。誰かは聞かないよ」



 正直に話すと、栞は静かになる。先程のギラついた目は何処へやら。いつもの慈愛に溢れた目に戻っていた。



 放課後。日向は担当の掃除を終え、屋上へ向かう。

 廊下は生徒たちの活気で溢れていた。ある者は立ち話に花を咲かせ、ある者はノートの束を両手に抱え、ある者は待ち人が来るのをそわそわしながら待っている。その廊下端の教室から五メートルほど歩いた所に屋上階段が現れる。廊下からの距離は離れてないはずだが、屋上階段では異空間の様な静けさがあった。日向は屋上の階段を登る。微かに感じる光は屋上の扉が空いてることを示していた。

 そのまま屋上に出る。何よりも先に目に入るもの。

 そこには街を見渡す柑奈の姿があった。美しいながらもそれはどこか虚ろで、彼女は内に秘める想いの行き場を探してる様であった。



「す、すいません。待ちました?」



 日向は柑奈に話しかける。



「ん? 大丈夫、大丈夫。じゃあ、行こうか幸希君」

「へ? 行くってどこに?」

「とりあえずついてきて」

「……はぁ」



 言われるがままについて行く。何処に行くのか皆目見当もつかない。



 歩くこと数分。柑奈と日向は学校裏の雑木林にある古井戸の前に着いた。どうやらここが目的地みたいだが、至って普通の古井戸だ。そもそも、二年ちょっと学校に通っている日向だがここに井戸があるなんて全然知らなかった。



「あの、ここに何かあるんでしょうか?」

「今から、人と会います」



 ここが待ち合わせ場所ということか。にしても辺鄙な場所だなどと考えていると、柑奈はいきなり井戸の中に吊るされたロープを掴み、するすると下に降りて行ってしまった。



「ちょ、ちょっと何してるんですか!?」

「だからぁ! 人と会うんだよぉー!」



 井戸の下から声が響いてくる。下から辛うじて柑奈が手招きする様子が見て取れた。どうやら行くしかないようだ。日向は柑奈と同じ要領で井戸を降りていく。そして、柑奈のいる所に足を下ろした。

 何故井戸なのに水が入ってないのかはさておき、柑奈の目線の先に人一人が入れる程度の穴があることに気づいた。



「じゃあ、行くから私に付いてきて」



 そう言うと、柑奈は躊躇なく四つん這いで穴に入っていった。

 置いてかれまいと日向も後に続く。前を見ると柑奈のお尻が目に入るので、真下を見て進む。

 自分の気の小ささに少し嫌気がさした。

 進むこと数分。微かな明かりが漏れているのに気づく。



「到着」



 柑奈は四つん這いの姿勢から脚を前に出し、穴から脱出する。その瞬間目に入る、光の正体。

 日向も穴から脱出する。

 ――するとそこは、洞窟だった。

 丸い机に置かれたオレンジ色のランプは洞窟内を照らし、洞窟の奥にある闇をより一層強調している。

 棚とベッドが壁の端に置かれており、もうひとつの机には分厚い学術書が幾つも積み上げられている。

 暗闇とランプが支配するこの空間は否応なく夜を感じさせる。外はまだ太陽が出てるというのに。



「やぁ、来たね。待っていたよ」



 突然、奥から誰かの声。

 日向は驚きで肩をブルつかせてしまう。



「あっ、ご無沙汰しております。先生」



 と、柑奈が返事をする。

 そして、闇のシルエットがランプに照らされ、その人物の顔を映し出す。

 長く伸びた髭と白髪。丸眼鏡をかけ、夏だというのに厚着をした初老の男性が姿を現した。



「日向幸希君だね? 話には聞いているよ。宜しくね」



 初老の男性はゆったりとした口調でそう言った。
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