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第二章 モモとダンジョン
第44話 モモ(3)
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9歳になると、私は父と兄の手伝いに山や海に行くことも多くなった。今日はお母さんが近所の人たちに、家で魔法を教える日だ。大人がたくさんくる日は、あまり家にいても面白くない。
そんな日に限って、マッシュはバギーとどこかに遊びに行ったようだった。
「モモ、どっか行くの?」
「うん。神父さんのところ」
「暗くなる前に帰ってくるのよ」
そう言って、母は笑顔で私を送り出してくれる。
学校の授業は週に一回程度受けることになっていた。だが、私は父と母がなるべく通うようにしてくれている。
兄がいて人手が足りないということもあまり無いのだろう。
夏は過ぎたというのに、教会の中は驚くほど暑かった。薄着で着てよかったと、本当に思う。
「おはようございます」
私は教室にいた、神父さんに挨拶をした。
「おはようございます。今日も来られたのですね」
「はい」
神父さんが私に丁寧に挨拶を返してくれる。教室に入ると今日授業を受けにきたのは私1人だけだった。
40歳ぐらいであろう。黒い祭服を着た神父さんは、今日もその優しそうな顔で迎えてくれた。
「私だけなんですね」
「はい」
バギーのようなお金持ちの家の子は、週に二、三回来ているみたい。だけど、今日はたまたま私一人だけみたいだった。
マックドナさんの事業も上手くいっているようで、最近は都会からくる人が増えてきた。
明らかにその人たちが、ドワーフのバッバおじさんや私たち家族を差別するようになってきている。
「本でも読みますか?」
「いいんですか!」
私が嬉しさで興奮気味にそう言った。久々に本を読んでても、バギーたちに「亜人が本なんか読んでどうするんだよ」と虐められなくて済むチャンスである。
「静かにお願いします。一応、祈りを捧げている人もいますので」
教室の隣にある礼拝堂のほうをちらと見ると、そう言って私をたしなめる神父さん。
「すみません」
私はそう返事をすると、少し浮かれ気味に本棚のところへと向かう。
そこには聖書と神話の本が5冊ほどならんでいた。この村にある自由に読める本はこれがすべてである。
「これにします」
私は神父さんのところに一冊の本を持っていく。
「いいですね。聖人アーネフ様の本ですか」
「はい」
聖人アーネフ様は聖女である。人々を分け隔てなく助け、神の教えを説いて世界を回った人だった。
その中で、いろいろな災害やトラブルを、神の導きによって解決していく。そんな物語だった。
「一つ聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」
神父さんに文字を教えてもらいながら、読み進めていくうちにある疑問が浮かんだ。
「なんでこの国は、男の人だけが仕事をしているのですか?」
物語に出てきた国は、男の人が主に仕事をしているようだった。
「うーん、この国だと男女平等が進んでますからね」
「男女平等……」
「わかりますか?」
私の顔をのぞき込むように見る神父様。私はなんか聞いたことあるような……じっと、その神父様の顔を見つめ返し、考えていた。
「どうかしましたか?」
私が答えを返さずに顔を見つめていることを不思議に思ったのだろう、神父様は私へとそう聞いていた。
「考えてました」
私がそう答えると、神父様は少し考えてから私に向かって言った。
「考える時は……女の子ですし、人差し指をこうした唇に当てて、『ええと』って言うといいかもしれません」
「うーんと、こうですか?」
私は下唇に人差し指を当てて見せる。
「そうですね。可愛いですよ」
「えっ……可愛いですか」
可愛いと言われて、女の子の私は過敏に反応してしまう。
「はい」
にっこりと笑う神父様の言葉に、私はこのポーズが気にいった。
そうか、可愛いのか。
「ええと」
私はそのポーズのまま、しばらく考える。その様子を優しい笑顔で見つめる神父様。
そして、私なりに一つの答えを出した。
「お母さんが魔法を近所の人に教えたり、パン屋の奥さんがお店をやってることですか?」
「偉いですね。よく考えました」
そう言って、私の頭を撫でてくれる神父さん。
少し照れくさいが、悪い気はしなかった。そして神父さんは私から手を放すと、宙を見上げながら話を続けた。
「他の国だと女性は職業に制限があったり、財産もすべて夫のものだったり。教育も男性しか受けられなかったりします」
「そ、そうなんですか」
「はい」
私は生まれも育ちもこの国なので分からなかったが、よその国の女性の扱いに目を丸くして驚く。
女の人が学校にもいけない国があるなんて、思わなかった。
「この国は初代皇帝が女性だったので、女性の権利が他の国よりもかなり強くなってます。現皇帝もそれを変えるつもりは無いようですしね」
「ええと、今の皇帝はヘリン・エチャノバ陛下ですよね」
「そうですね。ヘリン殿下は女神イスト様の信仰のためにも、女性の権利はこのままにしたいようです」
「そうなんですね」
女神イスト様、この世界を作ったとされる神様。
村の人々は女神様を信仰し、週に一度必ずお祈りに来ていた。
「女神様だけ特別って訳にもいかないですからね」
「でも、女神様は特別ですよね」
私が神父さんに聞くと、彼は部屋に飾ってある女神像を見る。その目は何か遠くを見るような目をすると、私へと視線を戻した。
そうしたところで、扉を突然開き、三人のシスターが入ってきたのだった。
そんな日に限って、マッシュはバギーとどこかに遊びに行ったようだった。
「モモ、どっか行くの?」
「うん。神父さんのところ」
「暗くなる前に帰ってくるのよ」
そう言って、母は笑顔で私を送り出してくれる。
学校の授業は週に一回程度受けることになっていた。だが、私は父と母がなるべく通うようにしてくれている。
兄がいて人手が足りないということもあまり無いのだろう。
夏は過ぎたというのに、教会の中は驚くほど暑かった。薄着で着てよかったと、本当に思う。
「おはようございます」
私は教室にいた、神父さんに挨拶をした。
「おはようございます。今日も来られたのですね」
「はい」
神父さんが私に丁寧に挨拶を返してくれる。教室に入ると今日授業を受けにきたのは私1人だけだった。
40歳ぐらいであろう。黒い祭服を着た神父さんは、今日もその優しそうな顔で迎えてくれた。
「私だけなんですね」
「はい」
バギーのようなお金持ちの家の子は、週に二、三回来ているみたい。だけど、今日はたまたま私一人だけみたいだった。
マックドナさんの事業も上手くいっているようで、最近は都会からくる人が増えてきた。
明らかにその人たちが、ドワーフのバッバおじさんや私たち家族を差別するようになってきている。
「本でも読みますか?」
「いいんですか!」
私が嬉しさで興奮気味にそう言った。久々に本を読んでても、バギーたちに「亜人が本なんか読んでどうするんだよ」と虐められなくて済むチャンスである。
「静かにお願いします。一応、祈りを捧げている人もいますので」
教室の隣にある礼拝堂のほうをちらと見ると、そう言って私をたしなめる神父さん。
「すみません」
私はそう返事をすると、少し浮かれ気味に本棚のところへと向かう。
そこには聖書と神話の本が5冊ほどならんでいた。この村にある自由に読める本はこれがすべてである。
「これにします」
私は神父さんのところに一冊の本を持っていく。
「いいですね。聖人アーネフ様の本ですか」
「はい」
聖人アーネフ様は聖女である。人々を分け隔てなく助け、神の教えを説いて世界を回った人だった。
その中で、いろいろな災害やトラブルを、神の導きによって解決していく。そんな物語だった。
「一つ聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」
神父さんに文字を教えてもらいながら、読み進めていくうちにある疑問が浮かんだ。
「なんでこの国は、男の人だけが仕事をしているのですか?」
物語に出てきた国は、男の人が主に仕事をしているようだった。
「うーん、この国だと男女平等が進んでますからね」
「男女平等……」
「わかりますか?」
私の顔をのぞき込むように見る神父様。私はなんか聞いたことあるような……じっと、その神父様の顔を見つめ返し、考えていた。
「どうかしましたか?」
私が答えを返さずに顔を見つめていることを不思議に思ったのだろう、神父様は私へとそう聞いていた。
「考えてました」
私がそう答えると、神父様は少し考えてから私に向かって言った。
「考える時は……女の子ですし、人差し指をこうした唇に当てて、『ええと』って言うといいかもしれません」
「うーんと、こうですか?」
私は下唇に人差し指を当てて見せる。
「そうですね。可愛いですよ」
「えっ……可愛いですか」
可愛いと言われて、女の子の私は過敏に反応してしまう。
「はい」
にっこりと笑う神父様の言葉に、私はこのポーズが気にいった。
そうか、可愛いのか。
「ええと」
私はそのポーズのまま、しばらく考える。その様子を優しい笑顔で見つめる神父様。
そして、私なりに一つの答えを出した。
「お母さんが魔法を近所の人に教えたり、パン屋の奥さんがお店をやってることですか?」
「偉いですね。よく考えました」
そう言って、私の頭を撫でてくれる神父さん。
少し照れくさいが、悪い気はしなかった。そして神父さんは私から手を放すと、宙を見上げながら話を続けた。
「他の国だと女性は職業に制限があったり、財産もすべて夫のものだったり。教育も男性しか受けられなかったりします」
「そ、そうなんですか」
「はい」
私は生まれも育ちもこの国なので分からなかったが、よその国の女性の扱いに目を丸くして驚く。
女の人が学校にもいけない国があるなんて、思わなかった。
「この国は初代皇帝が女性だったので、女性の権利が他の国よりもかなり強くなってます。現皇帝もそれを変えるつもりは無いようですしね」
「ええと、今の皇帝はヘリン・エチャノバ陛下ですよね」
「そうですね。ヘリン殿下は女神イスト様の信仰のためにも、女性の権利はこのままにしたいようです」
「そうなんですね」
女神イスト様、この世界を作ったとされる神様。
村の人々は女神様を信仰し、週に一度必ずお祈りに来ていた。
「女神様だけ特別って訳にもいかないですからね」
「でも、女神様は特別ですよね」
私が神父さんに聞くと、彼は部屋に飾ってある女神像を見る。その目は何か遠くを見るような目をすると、私へと視線を戻した。
そうしたところで、扉を突然開き、三人のシスターが入ってきたのだった。
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