悪役令嬢グラッセは婚約破棄を「請求」する!

恋の箱庭

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「……君は、本当に面白いな」

揺れる馬車の中、向かいに座るシリル・ヴァン・ノワール公爵が、喉を鳴らして笑った。

王城から私の屋敷へと戻る道中だ。

私たちの後ろには、差し押さえ品を満載した荷馬車が列をなして続いている。その中には、先ほど奪ってきたばかりの国王の玉座も含まれていた。

「面白い? 最高の褒め言葉ですね。私の『商品価値』を認めていただけたようで光栄です」

私は電卓を叩きながら、シリルに契約書を差し出した。

「では、こちらが玉座の売買契約書になります。輸送費込みで金貨三千万枚。お支払いは小切手で?」

「ああ。即金で払おう」

シリルは懐から取り出した小切手帳に、躊躇なく莫大な金額を書き込み、サインをした。

それを指先で挟み、私の目の前にちらつかせる。

「だが、一つ条件がある」

「……なんでしょう?」

私が警戒して目を細めると、シリルはニヤリと笑った。

「私と手を組まないか?」

「手を組む? ビジネスパートナーとして、ですか?」

「そうだ。君のその、常識にとらわれない回収能力と、金に対する異常な執着心……私の国でも高く売れそうだ」

シリルが身を乗り出し、蒼(あお)い瞳で私を射抜くように見つめてくる。

顔が近い。整いすぎた美貌が目の前にあるが、私の心拍数は平常通りだ。

それよりも、彼が提示してきた話の「利益率」の方が気になる。

「具体的には? 私に何のメリットが?」

「私の国――ノワール帝国は、鉱物資源が豊富だが、商業ギルドの流通網が弱い。君の商才で、それを改革してほしい。報酬は、事業利益の三割でどうだ?」

「三割……悪くない数字ですね」

私は素早く計算した。ノワール帝国の市場規模を考えれば、三割でも莫大な利益になる。

だが、即決はしない。安売りは商売の禁じ手だ。

「検討します。ただし、私は現在、この国の経営再建(という名の乗っ取り)で忙しいので。まずは目の前の不良債権を処理してからですね」

私は小切手を彼の指からひったくるように受け取り、懐にしまった。

「つれないな。まあいい、気長に待つとしよう。……ところで」

シリルが窓の外に視線を向ける。馬車はちょうど、ラズベリー公爵邸の敷地に入ったところだった。

「あの山はなんだ?」

屋敷の前庭には、先ほど王城から運び出した家具や調度品が、小山のように積み上げられていた。

「ああ、あれですか。これから開催するオークションの商品です」

「オークション?」

「ええ。玉座以外にも、壺やら絵画やら、金になりそうなものは根こそぎ持ってきましたから。さっさと現金化しないと、保管場所にも困りますし」

馬車を降りると、使用人たちが慌ただしく商品の仕分け作業をしていた。

「お嬢様! こちらの『国王陛下の寝室にあった変な形の壺』は、どう分類しましょうか!?」

「『王家秘蔵の芸術品』カテゴリーに入れなさい。開始価格は金貨五十枚から!」

「お嬢様! 『アラン殿下が子供の頃に使っていた木馬』が出てきました!」

「『王子の愛用品(幼少期レア物)』として出品して。マニアが高値で買うわ!」

私が次々と指示を飛ばす様子を、シリルが腕組みをして眺めている。

「……王家の私物を、こうも堂々と売りさばくとは。君には『畏敬の念』というものがないのか?」

「畏敬? ああ、ありますよ。現金に対しては、常に深い畏敬の念を抱いております」

私が真顔で答えると、シリルはまたしても吹き出した。

「くくくッ……! 最高だ。君は本当にブレないな」

「褒めているなら、何か買っていってください。あちらの『王妃様が一度だけ使ったという噂のティーセット』などいかがです?」

「遠慮しておこう。私の趣味ではない。……それより」

シリルが私の隣に並び立ち、積み上げられたガラクタの山を見上げた。

「君自身は、売りに出さないのか?」

「……はい?」

私が首をかしげると、彼は真剣な眼差しを向けてきた。

「君という才能そのものを、私が買い取りたいと言っている。私の国に来て、私の専属にならないか? 値段なら言い値で構わない」

これは……プロポーズだろうか?

いいえ、違う。これは間違いなくヘッドハンティングだ。

それも、かなり好条件の。

「専属契約、ですか。魅力的なオファーですが、残念ながら私は『誰かの所有物』になる趣味はありません」

「ほう?」

「私は私のために稼ぎます。誰かに雇われるのではなく、私が誰かを雇う側でいたいのです。……それに」

私は彼に向かってニッコリと微笑んだ。

「シリル閣下。あなたとは、雇用関係よりも『商売敵(ライバル)』でいる方が、面白そうではありませんか?」

シリルは少し驚いた顔をした後、満足げに口角を上げた。

「……なるほど。確かにその通りかもしれないな。私の下につくには、君は少しばかり『牙』が鋭すぎる」

彼は私の手を取り、その甲に恭しく口づけを落とした。

「いいだろう、グラッセ。君を対等なビジネスパートナーとして認めよう。――だが、覚えておきたまえ」

顔を上げた彼の瞳は、獲物を狙う肉食獣の色をしていた。

「私は欲しいと思ったものは、手段を選ばず手に入れる主義だ。それが金であれ、土地であれ……あるいは、女であれ」

「奇遇ですね。私もですわ」

私は負けじと彼の目を真っ直ぐに見つめ返した。

「私の利益を阻む者は、たとえ国王だろうと神だろうと、請求書を叩きつけて差し押さえます。――あなたも、私の邪魔をするなら覚悟してくださいね?」

二人の間に、バチバチとした火花が散る。

それは恋の火花ではなく、互いのエゴと欲望がぶつかり合う、商戦の合図だった。

「さて、無駄話はここまでです。そろそろお客様がいらっしゃる時間だわ」

私は彼の手を離し、屋敷の門の方を向いた。

噂を聞きつけた貴族たちの馬車が、続々と集まってきているのが見える。

「さあ、皆様! 本日は王家直々の放出品オークションへようこそ! どれもこれも由緒正しき品々ばかり! お支払いは現金一括のみとなっております!」

私は扇を広げ、高らかに声を上げた。

シリルはその横で、「やれやれ」といった風情で肩をすくめながらも、その目は楽しそうに輝いていた。

こうして、前代未聞の「王家差し押さえ品オークション」の幕が上がったのである。
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