悪役令嬢グラッセは婚約破棄を「請求」する!

恋の箱庭

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「おい、聞いたか? アラン王子の支持率、ついに一桁を切ったらしいぞ」

「ああ。先日のパレードでも、沿道の市民から花束じゃなくて『腐ったトマト』が投げられたって話だ」

「なんでも、王室の財政難で『増税』を発表しようとしたらしいな。自分の贅沢のツケを国民に払わせる気かよ」

王都の目抜き通り。

カフェテラスで優雅に(経費で)ランチを楽しんでいた私の耳に、そんな噂話が飛び込んできた。

向かいに座るシリルが、新聞を読みながらクククと笑う。

「……ひどい言われようだ。一国の王子が『トマトの的(マト)』とはな」

「あら、もったいない。私ならそのトマトを回収して、ケチャップにして売りさばきますわ。『王子の涙味』としてプレミアをつけて」

私がサーモンサンドイッチを頬張っていると、カフェの店員が血相を変えて飛んできた。

「ぐ、グラッセ様! た、大変です! 裏口に……!」

「裏口? 納品業者なら裏口で合っていますよ」

「違うんです! その……浮浪者みたいな格好をした男が、『グラッセに会わせろ』と暴れていて……!」

浮浪者?

私が首をかしげていると、裏口の方から「離せ! 僕は王子だぞ!」という聞き覚えのある情けない声が聞こえてきた。

「……ああ、なるほど。ある意味『粗大ゴミ』の納品ね」

私はナプキンで口を拭い、席を立った。

「シリル閣下、少し席を外します。商談(クレーム処理)ですので」

「行ってらっしゃい。面白い見世物になりそうだ」

***

カフェの裏路地。

ゴミ箱の横に、薄汚れたマントを被り、帽子を目深に被った男がうずくまっていた。

アラン王子だ。

かつての煌びやかな姿は見る影もない。

頬はこけ、目は落ち窪み、着ている服はシワだらけ。

「……アラン殿下。こんな場所で『隠れんぼ』ですか? 見つかっても賞金は出ませんよ?」

私が声をかけると、王子はガバッと顔を上げた。

「ぐ、グラッセ……!」

彼は私の足元に這いずり寄ってきた。

「助けてくれ! もう……もうおしまいだ!」

「おしまい? 何がです?」

「全部だ! 国民は僕を見ると石を投げるし、貴族たちは『貧乏神』と呼んでパーティーに呼んでくれない! ミナも『こんな貧しい暮らし、耐えられない!』って、毎日ヒステリーを起こして皿を割るんだ!」

王子は鼻水をすすりながら訴える。

「城の食事も、ついに『パンの耳』だけになった……。昨日は鳩の餌を奪い合って喧嘩したんだぞ!? 王子である僕が!」

「それは逞しいサバイバル能力ですね。無人島でも生きていけそうですわ」

「茶化さないでくれ! 頼む、グラッセ! 知恵を貸してくれ!」

アラン王子は私のスカートの裾を掴もうとした。

私はサッと避ける。クリーニング代が惜しい。

「知恵、ですか。つまり『コンサルティング』をご希望と?」

「そ、そうだ! 君ならわかるだろう!? どうすれば金が手に入るか、どうすれば国民の人気を取り戻せるか!」

王子は必死だ。

「僕だって、このままじゃダメだと思っている! でも、どうすればいいかわからないんだ! 側近たちは皆、金がないとわかった瞬間に逃げていったし……頼れるのは君しかいないんだ!」

かつて私を「守銭奴」と罵り、婚約破棄した男が、今やその守銭奴に縋り付いている。

皮肉なものだ。

しかし、私はビジネスマン(ウーマン)である。

需要があるなら、供給するのが商売の鉄則。

「……よろしいでしょう」

「ほ、本当か!?」

「ただし」

私は懐から、携帯用の砂時計を取り出した。

ゴトッ、とゴミ箱の上に置く。

「私のコンサルティングは有料です。しかも、あなたは『超・高リスク顧客』に分類されていますので、特別料金になります」

「金か……? いくらだ? 出世払いで……」

「前払いです。――30分、金貨五十万枚」

「ご、五十万ッ!?!?」

王子の目が飛び出る。

「ふ、ふざけるな! そんな大金、あるわけないだろう!」

「ならば、お帰りください。あちらの残飯の中に、まだ食べられそうな魚の骨がありましたよ?」

「うぐっ……!」

王子は屈辱に唇を噛み締めた。

「ま、待ってくれ。現金はない……だが、担保ならある!」

「担保?」

王子は震える手で、懐から一枚の書類を取り出した。

それは、王家の紋章が入った『直轄領の権利書』の一部だった。

「こ、これを……担保に入れる。王家の夏の離宮がある土地だ。これなら文句ないだろう!」

「……ほう」

私は書類を受け取り、素早く目を通した。

(立地は最高。リゾート開発すれば、元手の十倍……いや百倍は稼げるわね)

「よろしいでしょう。査定額、金貨五十万枚とします」

「うぅ……僕の思い出の別荘が……」

「では、コンサルティングを開始します。砂時計をひっくり返しますよ」

サラサラと砂が落ち始める。

私は腕組みをして、王子を見下ろした。

「まず、現状の支持率低下の原因ですが……殿下、ご自身の『市場価値』を理解されていますか?」

「し、市場価値? 僕は王子だぞ? プライスレスだろう?」

「いいえ。現在のあなたの価値は『不良債権』以下です。無能、浪費家、女を見る目がない、の三拍子が揃った『事故物件』です」

「ぐふっ!」

私の言葉のナイフが王子の胸に突き刺さる。

「人気を取り戻したいなら、まずは『イメージ戦略』の刷新が必要です。手っ取り早いのは……『悲劇のヒーロー』を演じることですね」

「悲劇のヒーロー?」

「ええ。『悪女ミナに騙され、財産を奪われた哀れな王子』として売り出すのです。そして、ボロボロの服で街頭に立ち、涙ながらに謝罪会見を開く。これなら多少の同情票は集まります」

「そ、そんな恥ずかしいことできるか! ミナのせいにするなんて、男として……」

「では、死にますか? 餓死か、暴動で吊るされるか、二つに一つですが」

「うっ……」

「プライドで腹は膨れません。生き残りたければ、プライドを切り売りしなさい。それこそが、今のあなたに残された唯一の『資産』です」

王子は呆然としていた。

自分の置かれた状況の深刻さを、ようやく理解し始めたようだ。

「……わかった。やろう。謝罪会見でも、土下座でも何でもやる」

「結構。では、具体的なプランですが……」

私はさらに畳み掛けようとしたが、そこで砂時計の砂が落ちきった。

「はい、終了です。30分経過しました」

「は!? ま、まだ具体的な話を聞いていないぞ!」

「ここからは延長料金が発生します。次は10分につき金貨十万枚ですが?」

「あ、悪魔だ……!」

王子はガクリと項垂れた。

もう彼に差し出せる資産はない。

「くそっ……! 今日は帰る! だが、今の話……絶対に忘れないからな!」

王子は捨て台詞を吐き、よろよろと立ち上がった。

そして、また帽子を目深に被り、裏路地の闇へと消えていった。

「……ふぅ。世話の焼ける元婚約者だこと」

私は権利書を懐にしまい、表通りへと戻った。

席に戻ると、シリルがニヤニヤしながら待っていた。

「どうだった? 元カレとの復縁話は」

「まさか。ただの『不用品回収』ですよ。……でも、少し面白いネタが手に入りました」

「ネタ?」

「王子が謝罪会見を開けば、世間の注目が集まります。そのタイミングで……私が『王子救済チャリティーグッズ』を販売すれば、爆発的に売れると思いません?」

「……君の商魂には、もはや恐怖すら覚えるよ」

シリルは呆れつつも、楽しそうに笑った。

王子の没落。

それは国にとっては悲劇だが、私にとっては格好のエンターテイメントであり、ビジネスチャンスなのだ。

だが、この時の私はまだ知らなかった。

追い詰められたミナが、さらなる悪あがきとして、とんでもないデマを流そうとしていることを。

それは、私の商売だけでなく、王都全体を混乱に陥れる『疫病騒ぎ』へと発展していくのだった。

「さて、シリル閣下。ランチの後は、製薬会社の株価チェックに行きましょうか。なんとなく、薬が売れる予感がしますので」

私は空を見上げた。

雲行きが怪しい。

嵐の予感――いや、大儲けの予感がしていた。
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