悪役令嬢グラッセは婚約破棄を「請求」する!

恋の箱庭

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「……もう嫌だ。パンダは嫌だ……!」

ラズベリー・ランド(旧王城)の裏庭。

休憩時間中、ベンチに座り込んでいたアラン王子は、パンダの頭を脱ぎ捨てて叫んだ。

汗だくの顔には、疲労と絶望の色が濃い。

「僕は王子だぞ……? 次期国王だったんだぞ……? なんで子供に石を投げられて、『中の人などいない!』とか言い張らなきゃいけないんだ!」

「サボりですか、アラン殿下。時給から天引きしますよ?」

見回りに来たミナ(秘書官モード)が、冷ややかに手帳を開く。

「うっ……ミナ! 君まで僕を見下して!」

「見下してませんよ。ただの『勤怠管理』です。さあ、午後のパレードの時間です。頭を被ってください」

ミナがパンダの頭を突き出す。

アラン王子はそれを振り払った。

「嫌だ! もう我慢ならない! 僕は……僕は王権を取り戻すんだ!」

彼は立ち上がり、懐からボロボロの古文書を取り出した。

「昨日、城の地下書庫で見つけたんだ! 建国当初の『王家特別法』を!」

「……はぁ?」

「ここにはこう書いてある! 『王家を脅かす魔女が現れし時、王族はこれを拘束し、全財産を没収できる』とな!」

アラン王子の目が血走っている。

「グラッセは魔女だ! 人の心を金で操る『強欲の魔女』だ! この法律を適用すれば、あいつを捕まえて、国を取り戻せる!」

ミナは呆れてため息をついた。

「殿下……そんな数百年前のカビの生えた法律、通用するわけないでしょう? 今の法律を作っているのは社長(グラッセ)ですよ?」

「うるさい! 正義は勝つんだ! 見てろよ!」

アラン王子はパンダの着ぐるみを脱ぎ捨て(下はステテコ姿だった)、城の本館へと走り出した。

「あ、ちょっと! 衣装を脱ぎ捨てないで! クリーニング代かさむんですから!」

***

社長室(旧玉座の間)。

私はシリルと共に、今後の「監獄のリゾートホテル化計画」について話し合っていた。

「……牢屋の鉄格子をチョコレートに変えれば、観光客に受けるんじゃないか?」

「衛生面に問題がありますわ。それより『独房体験宿泊プラン』はどうでしょう? 一泊銀貨五枚で、粗食付き」

「物好きしか来ないな……」

そんな平和な会議を打ち破るように、扉がバン! と開かれた。

「そこまでだ、悪徳社長グラッセ!」

入ってきたのは、ステテコ姿のアラン王子だ。手には古文書を握りしめている。

「……あら、パンダ殿下。休憩時間は終わりですよ? その格好は新しいショーの衣装ですか?」

「違う! これは王族の正装……の下着だ!」

王子はビシッと私を指差した。

「グラッセ・ド・ラズベリー! 貴様を『国家転覆罪』および『大規模詐欺罪』、さらに『王家特別法違反』で逮捕する!」

「逮捕?」

私が首をかしげると、シリルが吹き出した。

「くく……。ステテコ姿で逮捕宣言とは、斬新な余興だな」

「笑うな! おい、近衛兵! こやつを捕らえろ!」

王子が大声を上げると、廊下に控えていたガストン団長と数名の兵士が入ってきた。

しかし、彼らは困惑した顔をしている。

「あー、殿下。……その、正気ですか?」

ガストン団長が気まずそうに尋ねる。

「正気だ! この古文書を見ろ! 王族の命令は絶対なんだぞ! 逆らえば貴様らも反逆罪だ!」

王子が古文書を振りかざす。

ガストン団長たちは顔を見合わせた。

そして、チラリと私を見る。その目は「どうしましょう、社長?」と問いかけていた。

彼らにとって、王家の権威など犬に食わせるほどのものでしかない。彼らの忠誠心は、私の支払う給料(と肉)にのみ捧げられているのだから。

私は電卓を指で弾きながら、少し考えた。

(……ここで王子を警備員につまみ出させるのは簡単。でも、それじゃあ面白くないわね)

王族が反乱を起こし、実権を取り戻そうとするドラマ。

これは、国民(という名の観客)にとって最高のエンターテイメントになるかもしれない。

それに……。

(監獄の視察に行きたいと思っていたところなのよね。囚人服の着心地や、牢屋の湿気対策もチェックしたいし)

私はニヤリと笑った。

そして、ガストン団長に目配せをした。

(乗ってあげなさい)

ガストン団長は一瞬キョトンとし、すぐに察して頷いた。

「……はっ! しょ、承知いたしました! 王家のご命令とあらば、逆らえません!」

ガストン団長はわざとらしい大声で叫び、私の方へ向き直った。

「ぐ、グラッセ社長! 逮捕させていただきます!」

「なっ! 本気かガストン!」

隣でシリルが目を丸くする。

「お戯れが過ぎるぞ、グラッセ。逮捕などされたら、株価に影響が……」

「大丈夫です。これは『演出』です」

私は小声でシリルに囁いた。

「『悲劇のヒロイン』として投獄されれば、同情が集まります。その隙に監獄の内部調査を行い、出所後に『冤罪キャンペーン』を行って、王子の評判を地に落とす……完璧なシナリオです」

「……君は、自分の逮捕すら商機に変えるのか」

シリルは呆れつつも、面白そうにニヤリと笑った。

「いいだろう。私は弁護士団を編成して、外から援護射撃をするとしよう」

「お願いします。あ、差し入れは高級マカロンで」

私は立ち上がり、両手を差し出した。

「わかりました。逮捕されましょう。……ですがアラン殿下、覚えておいてくださいね?」

「な、なんだ!?」

ステテコ王子がビクリとする。

「私の時間は高いですよ? 拘束時間一分につき、金貨百枚の損害賠償を請求させていただきますから」

「ふ、ふん! 全財産没収すれば、そんな請求書も無効だ!」

王子は勝ち誇ったように笑った。

「やった……やったぞ! ついに勝ったんだ! ミナ、見たか! 僕は王権を取り戻したぞ!」

廊下の陰から見ていたミナが、顔を手で覆って首を振っているのが見えた。

(あーあ、殿下……。社長が素直に従う時は、もっと酷い罠がある時だって、まだ学習してないのね……)

ガストン団長が、申し訳なさそうに私の手に手錠(プラスチック製のオモチャ)をかけた。

「社長、失礼します。……あの、手加減してくださいね?」

「ええ。演技指導料は後で請求するわ」

こうして。

私はアラン王子の「最後のあがき」に付き合ってあげる形で、あえて囚われの身となった。

連行されていく私を見て、従業員(元メイドたち)がヒソヒソと話している。

「社長、楽しそうですね」

「新しいアトラクションのテストかしら?」

「きっと『脱獄ゲーム』の予行演習ですよ」

誰も心配していない。

ラズベリー・ランドの日常は、今日も平常運転(金儲け最優先)だった。

さあ、監獄(という名の新しい物件)が私を待っている。
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