悪役令嬢グラッセは婚約破棄を「請求」する!

恋の箱庭

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「これより、被告人アラン・ド・ロイヤルおよび、原告グラッセ・ド・ラズベリーの裁判を開廷する!」

木槌の音がカーン! と響き渡る。

王都の最高裁判所。

その傍聴席は、溢れんばかりの民衆で埋め尽くされていた。

「おい、チケット持ってるか?」

「ああ。S席で金貨五枚もしたけど、悪徳王子の最後が見られるなら安いもんだ」

「ポップコーンとコーラはいかがですかー! 裁判観戦のお供にどうぞー!」

売り子が通路を練り歩く中、法廷の空気は熱気に包まれている。

当然、この興行(裁判)の主催者は私だ。

原告席に座る私は、優雅に脚を組み、隣のシリルと共に余裕の笑みを浮かべていた。

対する被告人席には、手錠をかけられたステテコ姿のアラン王子と、小さくなっているミナ。

「し、静粛に! 静粛に願う!」

裁判長が声を張り上げる。

彼もまた、私の息のかかった(というか借金のある)人物だ。

「では、被告人アラン。君の主張を述べたまえ」

アラン王子がガタッと立ち上がった。

「異議あり! この裁判自体が無効だ! 僕は王子だぞ! 王族を裁けるのは神のみだ!」

王子は懐から、あのボロボロの古文書を取り出した。

「この『王家特別法』を見ろ! 『王家に仇なす者は、裁判なしで処刑できる』とある! グラッセは即刻死刑だ!」

会場がざわめく。

裁判長が困ったように私を見た。

「……とのことですが、原告代理人?」

すかさず、私の隣に立つシリルが立ち上がった。

「裁判長。その法律は、第305条『優先劣後規定』により無効です」

「な、なんだと?」

シリルはアタッシュケースから一枚の書類を取り出し、法廷の巨大スクリーンに投影した。

それは、先日アラン王子自身がサインした『国家再建に関する包括的業務提携契約書』だった。

「この契約書の第1条。『本契約締結以降、王国の全権限はラズベリー商会に委譲される。なお、過去のいかなる法律・慣習よりも本契約が優先される』」

シリルが読み上げる。

「つまり、アラン被告がサインした時点で、あの古文書はただの『紙屑』になったということです」

「そ、そんな馬鹿な! 僕はサインなんて……」

「筆跡鑑定書もご用意しております。さらに、サイン時の映像も」

スクリーンに、アラン王子が泣きながら「助けてくれぇ!」とサインする無様な姿が大写しにされた。

会場中が大爆笑に包まれる。

「あはは! パンダ王子、ダッセェ!」

「自分で自分の首絞めてるじゃねーか!」

アラン王子は顔を真っ赤にして叫んだ。

「ぐぬぬ……! だ、だが! グラッセは国を乗っ取った悪党だ! 王家の財産を不当に奪った罪は消えないぞ!」

「不当? 心外ですわね」

ここで、私が立ち上がった。

扇をパチリと閉じ、裁判長席の前まで歩み出る。

「裁判長、および陪審員の皆様。私は国を奪ったのではありません。『不良債権』を処理したのです」

私はスクリーンに、次なる資料を投影した。

『アラン王子の無駄遣いリスト(過去10年分)』。

「ご覧ください。これは被告が王子の地位を利用して浪費した金額の推移です」

棒グラフが天井を突き破る勢いで伸びている。

「カジノでの負け分、金貨一億枚。愛人(ミナ以外にも多数)への貢ぎ物、金貨八千万枚。そして……『自分をカッコよく描かせた肖像画』の制作費、金貨五千万枚」

「ぷっ……」

会場のどこかで吹き出す音がした。

スクリーンには、美化されすぎて誰だかわからないキラキラした王子の肖像画が映し出されている。

「き、貴様! それはプライバシーの侵害だ!」

「公人の支出にプライバシーはありません。――さて、計算してみましょう」

私は電卓を取り出し、マイクに向けて音を響かせた。

パチパチパチパチッ!

高速で指が動く。

「被告が浪費した総額は、国家予算の三年分。これにより、道路整備は遅れ、病院は閉鎖され、国民の皆様の『今日のご飯』が奪われました」

私は陪審員席(選ばれた市民たち)に向かって問いかけた。

「皆様。この男は、あなたたちの税金で『自分の肖像画』を描かせていたのです。これを『横領』と言わずして何と言いますか?」

陪審員たちの目が、怒りの炎で燃え上がった。

「有罪だ! ふざけるな!」

「俺たちの血税を返しやがれ!」

「ギロチンだ! ギロチンにかけろ!」

怒号が飛び交う。

アラン王子が怯えて後ずさりする。

「ひぃっ! ち、違う! 僕は王族として、威厳を保つために……」

「威厳? ステテコ姿で?」

私が冷たくツッコミを入れると、王子は言葉を詰まらせた。

「さらに!」

私は畳み掛ける。

「被告は、経営権譲渡後も『パンダの着ぐるみ業務』をサボり、職場放棄を繰り返しました。これは明らかな契約違反です」

私はビシッと王子を指差した。

「よって、私は以下の判決を求めます!」

1.被告に対し、横領した公金の全額返還(金貨三億枚)を命じる。
2.契約違反に対する違約金(金貨一億枚)の支払いを命じる。
3.支払いが不可能な場合……

私はニヤリと笑った。

「『身体』をもって償っていただきます」

「し、身体……!?」

王子が自分の体を抱きしめる。

「まさか、臓器を売る気か!?」

「いいえ。そんな一度きりの回収(換金)では足りません」

私はシリルに合図を送った。

シリルが新たな契約書を提示する。

「『終身労働契約書』だ」

「しゅ、終身労働……?」

「北方の極寒の地にある『カニ漁船』、もしくは南方の『マグロ漁船』、あるいは地下深くの『魔導石鉱山』……。君が死ぬまで、24時間365日、休みなしで働いてもらう」

「な、なんだってぇぇぇ!?」

「給料は全額、借金の返済に充てられる。計算上、君が不老不死になって1000年働けば完済できる予定だ」

シリルが淡々と告げると、アラン王子は白目を剥いて倒れそうになった。

「そ、そんな……殺してくれ! いっそ殺してくれぇ!」

「死ぬことは許可しません。あなたは『王家の負債』という名の資産ですから」

私は裁判長に向き直った。

「以上が原告の主張です。判決を」

裁判長は額の汗を拭い、震える手で木槌を持った。

「えー、判決を言い渡す! 被告人アラン! 原告の主張を全面的に認める!」

カーン!

「主文! 被告に対し、金貨四億枚の支払いを命じる! 支払えない場合は、ラズベリー商会の所有物として、身柄を拘束するものとする!」

カーン! カーン!

決定的な音が法廷に響いた。

「わぁぁぁぁっ!」

傍聴席から割れんばかりの拍手と歓声が上がる。

「正義は勝った!」

「グラッセ様万歳!」

紙吹雪が舞い、ファンファーレが鳴り響く。

「う、嘘だ……。僕の人生が……マグロ漁船……」

アラン王子は灰になって崩れ落ちた。

隣にいたミナが、そっと彼から距離を取る。

「……あの、裁判長。私は?」

ミナが恐る恐る手を挙げた。

私は彼女を見て微笑んだ。

「ミナ様は『司法取引』に応じましたので、罪は不問とします」

「えっ? 本当!?」

「ええ。その代わり、引き続き私の秘書として、死ぬ気で働いていただきますけどね。……借金、まだ残ってますから」

「……はい、喜んで(涙)」

ミナは安堵と諦めが入り混じった顔で敬礼した。

こうして。

アラン王子の野望も、王家の権威も、すべて私の計算通りに精算された。

法廷の出口で、シリルが私に囁く。

「……見事な手際だ。国も、王族も、法律さえも君の道具か」

「道具ではありません。『商品』ですわ」

私は記者たちのカメラのフラッシュを浴びながら、最高の笑顔を作った。

「さあ、次のビジネスに行きましょうか。……アラン王子の『マグロ漁船ドキュメンタリー』、放映権が高く売れそうですから」

私の商売(復讐劇)は、これにて一件落着――いや、大団円(黒字決算)を迎えたのである。
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