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「待たせたな、ヨレン! そして我が愛すべき国民たちよ! 真実の愛の物語を完成させるために、私は地獄(地下室)の底から舞い戻ったぞ!」
高らかに叫びながらパーティー会場の中央に躍り出たのは、王太子アリスター殿下でした。
……いえ、正確には「王太子の顔をした、全身埃とクモの巣まみれの不審者」です。
会場の令嬢たちから「ひっ……!」「殿下……なの?」という、困惑と恐怖が入り混じった悲鳴が上がります。
私は扇を握りしめる手に力がこもるのを感じました。
(……殿下。貴方、隠しキャラとしての『神秘性』をドブに捨てましたわね?)
私の完璧なシナリオでは、彼は物語の中盤で、洗練された正装に身を包み、悔恨の涙を流しながら現れるはずでした。
それがどうして、煤けた顔でドヤ顔を決めているのでしょうか。
「ヨレン! 君が私を地下に……いや、孤独の闇に追いやったのは分かっている! だが、その冷たさこそが私への愛の裏返し! 私は今、そのすべてを理解した!」
殿下は大股で私に近づき、あろうことか、煤だらけの手で私の白い手袋を掴もうとしました。
「止まりなさい、その薄汚れた足音を!」
私は鋭い声で制止し、一歩退きました。
これは演技ではありません。本気でドレスが汚れるのを阻止したかっただけです。
「……おやおや、皆様。この滑稽な喜劇役者はどなたかしら? 我が家の地下室に、いつの間にこのような大根役者が住み着いていたのかしらね」
私は周囲の観客(令嬢たち)に向けて、呆れたような溜息をついてみせました。
ここで彼を「殿下」として認めてしまっては、私の「悪役令嬢としての威厳」が台無しです。
「なっ、ヨレン! 私だ、アリスターだ! 君の唯一無二の婚約者……だった男だ!」
「あら、アリスター殿下はもっとこう……シュッとしていて、少なくともクモの巣を髪飾りにするような趣味はございませんでしたわ。……セバス、この不審者を速やかにつまみ出しなさい」
私が冷たく言い放つと、会場からは「流石はヨレン様!」「王太子殿下すらも『不審者』扱いだなんて……!」と、謎の称賛が湧き起こりました。
「待て、待つんだ! 私は本気だ! ヨレン、君がいない王宮は、台詞のない演劇のように虚無だった! 君の毒舌がないと、私は朝のコーヒーの味すら分からないんだ!」
「……それは単なる味覚障害ですわ。お医者様を呼びましょうか?」
私が冷笑を浮かべると、二階のバルコニーから「ククク……」という低い笑い声が響きました。
「……ブラボーだ、ヨレン君。今の『味覚障害』という切り返し、まさに現代劇的なシュールレアリスムを感じるよ。……殿下、君の演技は相変わらず『説明過多』だね。もっと背中で語りたまえ」
レオナード様が、優雅にワイングラスを掲げながらダメ出しを飛ばしました。
アリスター殿下は顔を真っ赤にしてバルコニーを見上げます。
「デトモルト! 貴様は黙っていろ! これは私とヨレンの、魂のアンサンブルなんだ!」
「アンサンブル? 片方が泥まみれで、片方が心底嫌がっている状態をそう呼ぶのは、芸術への冒涜(ぼうとく)だな。……ヨレン君、どうだろう。この『邪魔者』を舞台から降ろすための新しい演出を、今ここで即興で加えてみないか?」
レオナード様は楽しげに提案してきます。
私は一度目を閉じ、深く呼吸を整えました。
……脚本はすでに崩壊しました。ならば、ここからはアドリブの嵐で、この会場をさらに熱狂の渦に叩き込むしかありません。
「……よろしいわ。メルバさん、そして皆様。ご覧なさい」
私はあえて、煤だらけの殿下の前にゆっくりと歩み寄りました。
そして、彼が最も美しく見える角度(左斜め四十五度)を計算し、その頬にそっと手を添えるフリ……をしながら、耳元で囁きました。
「(……殿下。もし、今の醜態をこれ以上続けるつもりなら、私、本当に貴方の『出番』を永久にカットしますわよ?)」
殿下の体が、ビクンと震えました。
「(さあ、今すぐ跪いて、私の靴に口づけするくらいの勢いで『私は王座よりも貴女の毒を愛している!』と叫びなさい。……それが、貴方に残された唯一のリカバリー・ショットですわ)」
私の「悪魔の囁き」を聞いた瞬間、アリスター殿下の瞳に、役者としての(?)覚悟が宿りました。
「……ヨレン! ああ、ヨレン! 私は、私は……王冠も、名誉も、何もいらない! ただ、君が私を蔑む、その冷ややかな瞳の檻の中で、一生を終えたいんだーーっ!!」
ドサリ、と殿下は劇的な膝つきを披露しました。
埃が舞い上がり、夕日に照らされてキラキラと輝きます。
……結果的に、最高のエフェクトになりました。
「……っ!!」
会場の令嬢たちが、一斉に息を呑みました。
「王太子が……あの誇り高い殿下が、ヨレン様の足元で愛を乞うている……!」「なんて……なんて美しいディストピアなの……!」
私は心の中でガッツポーズを決めました。
よし、客席の空気は掴みました。
「……ふふ。少しはマシな台詞が吐けるようになったみたいですわね、殿下」
私は殿下を見下し、扇で彼の顎をくいっと持ち上げました。
そして、バルコニーのレオナード様に向かって、最高のドヤ顔を披露します。
「レオナード様。この『駄犬』の調教、貴方の国でも上演して差し上げてもよろしいですわよ?」
「最高だ、ヨレン君! 今すぐ専属契約の書類を書き換えよう! タイトルは『王太子を飼い慣らす毒婦~愛の鞭はティータイムの後に~』で決まりだ!」
「タイトルが下品ですわ!!」
私のツッコミと共に、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれました。
復帰公演の初日は、脚本不在のカオスの中で、空前絶後の大成功を収めたのでした。
……まあ、その夜、煤だらけの顔を洗った殿下が「ヨレン、今のシーン、もう一回練習しないか?」と部屋に押しかけてきた時は、本気でドアに鍵をかけましたけれど。
高らかに叫びながらパーティー会場の中央に躍り出たのは、王太子アリスター殿下でした。
……いえ、正確には「王太子の顔をした、全身埃とクモの巣まみれの不審者」です。
会場の令嬢たちから「ひっ……!」「殿下……なの?」という、困惑と恐怖が入り混じった悲鳴が上がります。
私は扇を握りしめる手に力がこもるのを感じました。
(……殿下。貴方、隠しキャラとしての『神秘性』をドブに捨てましたわね?)
私の完璧なシナリオでは、彼は物語の中盤で、洗練された正装に身を包み、悔恨の涙を流しながら現れるはずでした。
それがどうして、煤けた顔でドヤ顔を決めているのでしょうか。
「ヨレン! 君が私を地下に……いや、孤独の闇に追いやったのは分かっている! だが、その冷たさこそが私への愛の裏返し! 私は今、そのすべてを理解した!」
殿下は大股で私に近づき、あろうことか、煤だらけの手で私の白い手袋を掴もうとしました。
「止まりなさい、その薄汚れた足音を!」
私は鋭い声で制止し、一歩退きました。
これは演技ではありません。本気でドレスが汚れるのを阻止したかっただけです。
「……おやおや、皆様。この滑稽な喜劇役者はどなたかしら? 我が家の地下室に、いつの間にこのような大根役者が住み着いていたのかしらね」
私は周囲の観客(令嬢たち)に向けて、呆れたような溜息をついてみせました。
ここで彼を「殿下」として認めてしまっては、私の「悪役令嬢としての威厳」が台無しです。
「なっ、ヨレン! 私だ、アリスターだ! 君の唯一無二の婚約者……だった男だ!」
「あら、アリスター殿下はもっとこう……シュッとしていて、少なくともクモの巣を髪飾りにするような趣味はございませんでしたわ。……セバス、この不審者を速やかにつまみ出しなさい」
私が冷たく言い放つと、会場からは「流石はヨレン様!」「王太子殿下すらも『不審者』扱いだなんて……!」と、謎の称賛が湧き起こりました。
「待て、待つんだ! 私は本気だ! ヨレン、君がいない王宮は、台詞のない演劇のように虚無だった! 君の毒舌がないと、私は朝のコーヒーの味すら分からないんだ!」
「……それは単なる味覚障害ですわ。お医者様を呼びましょうか?」
私が冷笑を浮かべると、二階のバルコニーから「ククク……」という低い笑い声が響きました。
「……ブラボーだ、ヨレン君。今の『味覚障害』という切り返し、まさに現代劇的なシュールレアリスムを感じるよ。……殿下、君の演技は相変わらず『説明過多』だね。もっと背中で語りたまえ」
レオナード様が、優雅にワイングラスを掲げながらダメ出しを飛ばしました。
アリスター殿下は顔を真っ赤にしてバルコニーを見上げます。
「デトモルト! 貴様は黙っていろ! これは私とヨレンの、魂のアンサンブルなんだ!」
「アンサンブル? 片方が泥まみれで、片方が心底嫌がっている状態をそう呼ぶのは、芸術への冒涜(ぼうとく)だな。……ヨレン君、どうだろう。この『邪魔者』を舞台から降ろすための新しい演出を、今ここで即興で加えてみないか?」
レオナード様は楽しげに提案してきます。
私は一度目を閉じ、深く呼吸を整えました。
……脚本はすでに崩壊しました。ならば、ここからはアドリブの嵐で、この会場をさらに熱狂の渦に叩き込むしかありません。
「……よろしいわ。メルバさん、そして皆様。ご覧なさい」
私はあえて、煤だらけの殿下の前にゆっくりと歩み寄りました。
そして、彼が最も美しく見える角度(左斜め四十五度)を計算し、その頬にそっと手を添えるフリ……をしながら、耳元で囁きました。
「(……殿下。もし、今の醜態をこれ以上続けるつもりなら、私、本当に貴方の『出番』を永久にカットしますわよ?)」
殿下の体が、ビクンと震えました。
「(さあ、今すぐ跪いて、私の靴に口づけするくらいの勢いで『私は王座よりも貴女の毒を愛している!』と叫びなさい。……それが、貴方に残された唯一のリカバリー・ショットですわ)」
私の「悪魔の囁き」を聞いた瞬間、アリスター殿下の瞳に、役者としての(?)覚悟が宿りました。
「……ヨレン! ああ、ヨレン! 私は、私は……王冠も、名誉も、何もいらない! ただ、君が私を蔑む、その冷ややかな瞳の檻の中で、一生を終えたいんだーーっ!!」
ドサリ、と殿下は劇的な膝つきを披露しました。
埃が舞い上がり、夕日に照らされてキラキラと輝きます。
……結果的に、最高のエフェクトになりました。
「……っ!!」
会場の令嬢たちが、一斉に息を呑みました。
「王太子が……あの誇り高い殿下が、ヨレン様の足元で愛を乞うている……!」「なんて……なんて美しいディストピアなの……!」
私は心の中でガッツポーズを決めました。
よし、客席の空気は掴みました。
「……ふふ。少しはマシな台詞が吐けるようになったみたいですわね、殿下」
私は殿下を見下し、扇で彼の顎をくいっと持ち上げました。
そして、バルコニーのレオナード様に向かって、最高のドヤ顔を披露します。
「レオナード様。この『駄犬』の調教、貴方の国でも上演して差し上げてもよろしいですわよ?」
「最高だ、ヨレン君! 今すぐ専属契約の書類を書き換えよう! タイトルは『王太子を飼い慣らす毒婦~愛の鞭はティータイムの後に~』で決まりだ!」
「タイトルが下品ですわ!!」
私のツッコミと共に、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれました。
復帰公演の初日は、脚本不在のカオスの中で、空前絶後の大成功を収めたのでした。
……まあ、その夜、煤だらけの顔を洗った殿下が「ヨレン、今のシーン、もう一回練習しないか?」と部屋に押しかけてきた時は、本気でドアに鍵をかけましたけれど。
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