悪役令嬢(演技)の卒業公演が、婚約破棄だった件について

恋の箱庭

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「……お嬢様。大変申し上げにくいのですが、王宮より『至急、国王陛下がお呼びである』との召喚状が届きました」

翌朝、セバスが盆に乗せて持ってきたのは、金縁の恐ろしく重厚な封書でした。
私は優雅にトーストを齧りながら、それを横目で睨みつけます。

「まあ。昨夜の公演、そんなに早く陛下の耳に届きましたの?」

「ええ。何しろ『王太子が泥まみれで元婚約者の靴に跪き、飼い犬宣言をした』という特大のニュースですから。王都中の伝書鳩が過労で倒れるほどの騒ぎだったようです」

(……やりすぎたかしら。いえ、役者として中途半端な演技は死を意味するわ)

私は最後の一口を飲み込み、ナプキンで口元を拭いました。
すると、食堂の窓からまたしても「不法侵入」してきた銀髪の男が、拍手をしながら現れました。

「素晴らしいじゃないか、ヨレン君! ついにこの国の『最高権力者』という名の審査員が動き出したわけだ。これは最終決戦(ファイナル・アクト)の幕開けにふさわしい!」

「レオナード様、門を、門を通ってくださいと何度言えば……。それに、これは決戦ではなく、ただの事情聴取ですわ」

「いいや、違うね。国王の前でどう振る舞うか……。これは『悪役令嬢』としての真価が問われる、一世一代の独白(モノローグ)シーンだ。私も隣国の使節として同行させてもらおう。特等席で君の演技を査定したい」

レオナード様は、なぜか自分の衣装(一番高いやつ)を整え始めました。
そこへ、廊下からドタドタと騒がしい足音が聞こえてきました。

「ヨレン! 父上から呼び出しがあったそうだな! 安心しろ、私が全力で君を庇ってやる! 『彼女は悪くない、私が彼女の毒を求めたのだ!』と、父上の前で朗々と宣言してくるぞ!」

「……殿下。お願いですから、貴方は余計なアドリブを一切挟まないでください。これ以上、脚本をややこしくしないでいただけます?」

私はアリスター殿下を冷たい目で見据えました。
しかし、殿下はその視線すら「ああっ、その拒絶がたまらない!」と、悦びに浸っている様子です。
……ダメだ、この人。本当に手遅れだわ。

数時間後。
私は王宮の謁見の間に立っていました。

今回の私の「役どころ」は、『王家への未練を断ち切り、一人の独立した女として誇り高く散る準備のある、悲劇のヒロイン(悪役風味)』です。
衣装は、あえて装飾を抑えた漆黒のドレス。
しかし、その仕立ては最高級。
「言葉では謝罪しても、その魂は決して屈していない」という矛盾を視覚的に表現しました。

「マニエール公爵令嬢、ヨレン。……面を上げよ」

玉座に座る国王陛下は、眉間に深いシワを刻み、重苦しい声を上げました。
周囲を囲む重臣たちからも、針のむしろのような視線が注がれます。

「はっ」

私はゆっくりと顔を上げました。
瞳には、わずかな絶望と、それを塗りつぶすほどの強い意志を宿らせて。

「ヨレンよ。昨夜の騒ぎは聞いた。我が息子を衆人環視の中で跪かせ、辱めたというのは真実か?」

「……陛下の仰る通りにございます。ですが、それは辱めではなく、殿下が自ら望まれた『真実への回帰』に過ぎませんわ」

私はあえて、不遜とも取れる微笑を浮かべました。
ここでしおらしく謝るのは二流の役者です。
悪役令嬢は、最後まで自分の美学を曲げてはならないのです。

「ほう。真実への回帰、とな」

国王陛下が身を乗り出しました。
その時、隣にいたアリスター殿下が、待機命令を無視して前に飛び出しました。

「父上! ヨレンを責めないでください! 私が、彼女の靴に口づけしたいと懇願したのです! 彼女は、私の腐りきった魂を救うために、あえて冷酷な女神を演じて……!」

(……殿下、台詞が長すぎますわ! あと、跪き方が美しくない!)

私が内心でダメ出しをしていると、今度はレオナード様が優雅に進み出ました。

「陛下。隣国のデトモルト公爵として一言。彼女の昨夜の振る舞いは、芸術の域に達しておりました。あれを不敬と呼ぶのは、太陽が眩しいと文句を言うようなものです。……むしろ、我が国では彼女を『国家守護の巫女』として迎えたいほどでして」

「デトモルトよ、貴公まで何を……」

国王陛下は、頭を抱えて深いため息をつきました。
そして、しばらくの沈黙の後、意外な言葉を口にしたのです。

「……ヨレン。実を言うとな。……私も最近、この王宮が退屈で仕方がなかったのだ」

「えっ?」

私は思わず、役作りを忘れて目を見開きました。

「アリスターは真面目すぎて面白みがなく、大臣たちは顔色を伺うばかり。……昨夜の報告を聞いた時、私は久しぶりに笑ったよ。……そこで提案だ。ヨレン、貴様。……これから定期的に、私の前で『教育的指導(と銘打った寸劇)』を披露してはくれぬか?」

「「……はい!?」」

私とアリスター殿下、そしてレオナード様の声が重なりました。

「貴様のその、人を食ったような演技。……それがこの退屈な国に、一番必要な刺激かもしれん。……不問に処す。それどころか、今後も存分にアリスターを転がすがよい」

国王陛下は、どこか楽しげに口角を上げました。
どうやら、この国のトップもまた、相当な「観客体質」だったようです。

(……なんてこと。お仕置きされるどころか、公式に『王太子の調教役』に任命されてしまったわ……)

私は呆然としながらも、役者の本能で「謹んでお引き受けいたしますわ」と、最高に優雅な一礼を返しました。

私のセカンドライフ、もはやどこへ向かっているのか誰にも分かりません。
ただ一つ確かなのは、次回の公演場所は「王宮の広間」になる、ということです。
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