悪役令嬢(演技)の卒業公演が、婚約破棄だった件について

恋の箱庭

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王宮の大広間は、かつてない熱気に包まれていました。

中央に設けられた仮設舞台の周囲には、腕組みをして眉をひそめるグレイバーグ侯爵をはじめとする保守派の重鎮たちが、まるで裁判官のような顔で居並んでいます。

「ふん、小娘の悪あがきよ。三日で何ができるというのだ」

侯爵の冷ややかな呟きを合図にするかのように、照明がふっと落とされました。
静寂。
次の瞬間、けたたましい喇叭(らっぱ)の音と共に、金色のマントを翻したアリスター殿下が舞台に躍り出ました。

「ひれ伏せ! この国の法は私だ! 私の言葉こそが、太陽の運行すらも決める真理なのだ!」

(……殿下、いいわ。その『根拠のない自信に満ち溢れた傲慢さ』、素質がありますわ!)

私は舞台袖で、扇を握りしめて満足げに頷きました。
殿下はこれまでの「生真面目な王子」という殻を脱ぎ捨て、ノリノリで独裁者を演じています。
そして、その足元で鎖に繋がれ(という演出の紐をつけられ)、ボロ布を纏っているのはレオナード様です。

「ああ……。独裁者の暴政により、私の自由は奪われた。だが、魂だけは汚せない。……誰か、この闇に光を……」

レオナード様が、わざとらしく前髪をかき上げ、憂いに満ちた表情で客席を見つめます。
そのあまりの美しさに、保守派の爺様たちの後ろにいた若い侍女や文官たちが「きゃっ……!」と小さな悲鳴を上げました。

「ええい、やかましい! この美しい青年を、今すぐ私の庭の石像にしてしまえ!」

アリスター殿下が、無茶苦茶な命令を下します。
客席からは「なんて非道な……」「でも殿下の悪役っぷり、意外と様になっているわ」というヒソヒソ声が漏れ始めました。

そこへ、重厚なドラムの音が響き渡ります。

「そこまでですわ、この三流役者たち!」

私は、純白と黄金のドレスを纏い、まるで天から舞い降りた審判者のような装いで舞台中央へと歩み出ました。
照明(魔石の光)を一身に浴び、私は最高に高慢な、しかしどこか神々しい微笑を浮かべます。

「ヨ、ヨレン……!? 貴様、何奴だ!」

「私は、貴方たちの傲慢が生み出した『正義の悪女』。……殿下、貴方の独裁はここで終わり。そしてレオナード様、貴方のその『悲劇のヒロイン気取り』も、見ていて吐き気がいたしますわ」

私は二人の間に立ち、二人を同時に扇で指し示しました。

「国を統べるのは力ではない。ましてや美貌でもない。……それは、観客を、いえ、民衆を退屈させない『圧倒的なカリスマ』ですわ!」

ここからは、私の独壇場です。
私は舞台上を優雅に歩きながら、客席の保守派貴族たち一人一人の目を射抜くように見つめました。

「グレイバーグ侯爵。貴方は伝統を守ると仰った。ですが、貴方が守っているのは伝統ではなく、単なる『沈黙』ではありませんか? 民の心が離れた王宮に、何の価値があるというのです!」

私の激しい台詞(脚本)に、会場全体が静まり返りました。
これは単なる演劇ではありません。
彼らの図星を突く、エンターテインメントという名の「説教」です。

「ご覧なさい。今日、この場にいる者たちの目を。……彼らは怯えているのではありません。……楽しんでいるのですわ!」

私が大きく手を広げると、アリスター殿下とレオナード様が、私の左右で膝をつきました。
独裁者も犠牲者も、最後には「悪役令嬢」の足元に屈するという、究極の支配の構図です。

「さあ、拍手をなさい。……この国に、新しい風が吹く音を聴かせてくださるかしら?」

沈黙。
数秒の後、一人の若い騎士が、堪えきれないといった様子で手を叩きました。
それをきっかけに、拍手は波のように広がり、やがて大広間全体を揺らすほどの喝采へと変わりました。

「……負けた」

グレイバーグ侯爵が、がっくりと肩を落として呟きました。

「伝統、伝統と口酸っぱく言ってきたが……。まさか、これほどまでに心を揺さぶられるとは。……アリスター殿下があんなに楽しそうに叫んでいる姿、初めて見たわい」

侯爵は立ち上がり、私に向かって深く頭を下げました。

「ヨレン嬢。……約束だ。我が邸宅を貴殿に譲ろう。……あんなもの、これからの時代には広すぎる。せいぜい、素晴らしい劇場に作り変えるがいい」

「あら。ありがとうございますわ、侯爵様。……でも、貴方にも『端役』として舞台に立っていただきますから、覚悟しておいてくださいね?」

「な、何だと……っ!?」

私は最高の「悪女の微笑」で勝利を飾りました。

舞台袖に戻ると、興奮冷めやらぬアリスター殿下が抱きついてこようとしましたが、レオナード様が冷静にそれをブロックしました。

「ヨレン君! 今のラストシーン、全宇宙が震撼したね! 私の国でも絶対に再演しよう。今度は私が『君に踏まれる石畳』の役をやるよ!」

「レオナード様、役作りの方向性がどんどんおかしくなっていますわよ」

私は呆れながらも、心地よい疲れを感じていました。
劇場を手に入れ、国王からも認められ、保守派も味方につけた。
私の「悪役令嬢としてのセカンドライフ」は、いよいよ本格的な興行へと突入しようとしていました。

しかし、この成功が、さらなる「厄介な観客」を呼び寄せることになるとは……。
そう、王都に近づく謎の黒い馬車。
その中に乗っているのは、かつてヨレンを「本物の悪女」として追放した、冷酷なはずの聖女候補だったのです。
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