17 / 28
17
しおりを挟む
「……お師匠様、大変ですわ。とんでもない『大根』が王都に上陸いたしました!」
劇場建設の打ち合わせをしていた私の元に、リゼが息を切らして飛び込んできました。
彼女の手に握られているのは、金粉がまぶされた悪趣味なほどキラキラした招待状です。
「リゼ、落ち着きなさい。大根なら昨日、レオナード様が『悲劇の宰相』に見立てて抱きしめていたでしょう?」
「違いますわ! もっと質の悪い、自称・清純派の大根です! かつてお師匠様を『悪女』だと告発して王宮から追い出した立役者……聖女候補のセラフィーナ様が、隣国から戻られたのです!」
私は扇を動かす手を、ぴたりと止めました。
セラフィーナ。
ああ、思い出しましたわ。
私が「悪役令嬢」を演じ始めた初期の頃、私の稚拙な(当時はまだ修行中でしたから)嫌がらせ演技を真に受けて、大袈裟に泣き喚いて殿下に縋り付いた、あの「計算高い聖女(自称)」です。
「あら。懐かしい名前ですわね。彼女、まだあの『震えながら上目遣いで涙を浮かべる』という古臭いヒロイン演技を続けていらっしゃるのかしら?」
「ええ! 今、広場の中央で『ヨレン様の悪評を聞いて、心を痛めて戻って参りましたわ……』なんて、ハンカチを噛み締めながら演説していますわよ。観客……いえ、民衆はすっかり騙されています!」
私はふっと口角を上げました。
退屈していたところに、向こうから「獲物」が飛び込んできたようです。
「面白いですわね。今の私の舞台に、彼女のような『テンプレな悪女(自称・聖女)』がどう絡んでくるのか。……レオナード様、出番ですわよ」
影からスッと現れたのは、真っ黒な衣装に身を包んだレオナード様でした。
「呼んだかい、ヨレン君。……聖女、か。宗教的な神秘性を利用した、古典的な演出だね。だが、今の時代にそんな薄っぺらな『清純さ』が通用すると思っているなら、プロデューサーとして黙っていられないな」
レオナード様は、すでにオペラグラスを構えて遠くを見据えています。
「殿下、貴方も来なさい。貴方の『元・浮気相手(という噂)』の再登場ですわよ」
廊下の隅で台詞を暗唱していたアリスター殿下が、慌てて駆け寄ってきました。
「なっ、セラフィーナか!? ヨレン、信じてくれ! あの頃の私は、彼女の演技……いや、言葉に惑わされていただけで、今は君の毒にしか興味がないんだ!」
「分かっていますわ。……さあ、皆様。王都の広場まで、最高峰の『抜き打ち演技査定』に行きましょうか」
私たちが広場に到着すると、そこには真っ白なドレスを纏い、神々しい(ふりをした)光を背負ったセラフィーナが、民衆に囲まれていました。
「……皆様、悲しまないで。ヨレン様が戻られたことで、この国に再び闇が訪れようとしています。でも、私が戻ったからにはもう大丈夫。私の祈りで、あの呪われた悪女を浄化してみせますわ!」
彼女は両手を胸の前で組み、天を仰ぎました。
その瞳には、絶妙なタイミングで溜められた涙。
……が、私から見れば、その涙を溜めるために瞬きを我慢しすぎたせいで、目の下が少し充血しています。
「……四十分点」
私がぽつりと呟くと、広場が静まり返りました。
民衆が割れ、私が中央へと歩み出ます。
「ヨ、ヨレン様……! なんて恐ろしい……その禍々しいオーラ、まるで地獄の蓋が開いたようですわ!」
セラフィーナは、わざとらしく震えて後退りしました。
「あら、セラフィーナさん。お久しぶりですわね。……今の台詞、声が上ずっていますわよ。もっと腹式呼吸を意識しなさい。それと、震え方が規則正しすぎて、まるで寒冷地の小動物のようですわ。もっと『魂から来る戦慄』を表現できないのかしら?」
「な、何ですって……!? 私、貴女のために祈ってあげようと……」
「祈り? そんな静止画のような演技、今の王都の観客は満足しませんわ。……レオナード様、彼女の演出について、専門的な意見をお願いします」
レオナード様が、冷徹な批評家の顔で一歩前に出ました。
「……酷いな。衣装の白がレフ板代わりになって顔を飛ばそうとしているが、首筋に厚塗りの跡が見える。それに、その『天を仰ぐポーズ』。首の角度が鋭角すぎて、敬虔(けいけん)さよりも頸椎(けいつい)への負担が心配になるよ。……退屈だ。実に見るに堪えない」
「貴方、どなたですの!? 聖女である私に、なんて無礼な……!」
「私はただの観客……いや、この国の演劇顧問(仮)だ。……殿下、貴方の意見は?」
アリスター殿下が、少し困ったように眉を下げて、セラフィーナを見つめました。
「セラフィーナ……。済まないが、今の君の言葉には『重み』がないんだ。ヨレンのように、一言で私の心臓を射抜くような鋭いナイフ……いや、愛の毒が足りない。……君、もっとしっかり練習してきた方がいい」
「な……な……っ!!」
セラフィーナは顔を真っ赤にしました。
聖女として崇められるはずが、現れたプロフェッショナルな変態たちに、徹底的なダメ出しを食らってしまったのです。
「……セラフィーナさん。一つ教えてあげますわ」
私は彼女の耳元まで近づき、扇で彼女の視界を遮りました。
「聖女を演じるなら、まず『自分すらも騙すほどの狂気』を持ちなさい。貴女のそれは、単なる『保身のための小細工』。……私の舞台に立ちたいなら、まずは地下劇場の掃除番から出直しなさいな」
私は最高の「悪女の高笑い」を広場に響かせました。
民衆は、聖女の陳腐な祈りよりも、私の圧倒的なパフォーマンスに、再び酔いしれ始めていました。
「覚えていらっしゃい! 近いうちに、私の『本物の奇跡』で、貴女の化けの皮を剥いでみせますわ!」
セラフィーナは捨て台詞を吐いて、馬車へと逃げ帰っていきました。
「……ふふ。リゼ、新しい演目が決まりましたわ。タイトルは『偽聖女の断罪劇 ~お掃除当番から始める聖域生活~』。……配役は、もちろん彼女が主演ですわよ?」
「承知いたしました、お師匠様! すぐに衣装(ボロ布)の手配をいたしますわ!」
私の周りには、もはや常識的な人間は一人もいないようでした。
ですが、これでいいのです。
人生という名の舞台は、狂っていればいるほど面白いのですから。
劇場建設の打ち合わせをしていた私の元に、リゼが息を切らして飛び込んできました。
彼女の手に握られているのは、金粉がまぶされた悪趣味なほどキラキラした招待状です。
「リゼ、落ち着きなさい。大根なら昨日、レオナード様が『悲劇の宰相』に見立てて抱きしめていたでしょう?」
「違いますわ! もっと質の悪い、自称・清純派の大根です! かつてお師匠様を『悪女』だと告発して王宮から追い出した立役者……聖女候補のセラフィーナ様が、隣国から戻られたのです!」
私は扇を動かす手を、ぴたりと止めました。
セラフィーナ。
ああ、思い出しましたわ。
私が「悪役令嬢」を演じ始めた初期の頃、私の稚拙な(当時はまだ修行中でしたから)嫌がらせ演技を真に受けて、大袈裟に泣き喚いて殿下に縋り付いた、あの「計算高い聖女(自称)」です。
「あら。懐かしい名前ですわね。彼女、まだあの『震えながら上目遣いで涙を浮かべる』という古臭いヒロイン演技を続けていらっしゃるのかしら?」
「ええ! 今、広場の中央で『ヨレン様の悪評を聞いて、心を痛めて戻って参りましたわ……』なんて、ハンカチを噛み締めながら演説していますわよ。観客……いえ、民衆はすっかり騙されています!」
私はふっと口角を上げました。
退屈していたところに、向こうから「獲物」が飛び込んできたようです。
「面白いですわね。今の私の舞台に、彼女のような『テンプレな悪女(自称・聖女)』がどう絡んでくるのか。……レオナード様、出番ですわよ」
影からスッと現れたのは、真っ黒な衣装に身を包んだレオナード様でした。
「呼んだかい、ヨレン君。……聖女、か。宗教的な神秘性を利用した、古典的な演出だね。だが、今の時代にそんな薄っぺらな『清純さ』が通用すると思っているなら、プロデューサーとして黙っていられないな」
レオナード様は、すでにオペラグラスを構えて遠くを見据えています。
「殿下、貴方も来なさい。貴方の『元・浮気相手(という噂)』の再登場ですわよ」
廊下の隅で台詞を暗唱していたアリスター殿下が、慌てて駆け寄ってきました。
「なっ、セラフィーナか!? ヨレン、信じてくれ! あの頃の私は、彼女の演技……いや、言葉に惑わされていただけで、今は君の毒にしか興味がないんだ!」
「分かっていますわ。……さあ、皆様。王都の広場まで、最高峰の『抜き打ち演技査定』に行きましょうか」
私たちが広場に到着すると、そこには真っ白なドレスを纏い、神々しい(ふりをした)光を背負ったセラフィーナが、民衆に囲まれていました。
「……皆様、悲しまないで。ヨレン様が戻られたことで、この国に再び闇が訪れようとしています。でも、私が戻ったからにはもう大丈夫。私の祈りで、あの呪われた悪女を浄化してみせますわ!」
彼女は両手を胸の前で組み、天を仰ぎました。
その瞳には、絶妙なタイミングで溜められた涙。
……が、私から見れば、その涙を溜めるために瞬きを我慢しすぎたせいで、目の下が少し充血しています。
「……四十分点」
私がぽつりと呟くと、広場が静まり返りました。
民衆が割れ、私が中央へと歩み出ます。
「ヨ、ヨレン様……! なんて恐ろしい……その禍々しいオーラ、まるで地獄の蓋が開いたようですわ!」
セラフィーナは、わざとらしく震えて後退りしました。
「あら、セラフィーナさん。お久しぶりですわね。……今の台詞、声が上ずっていますわよ。もっと腹式呼吸を意識しなさい。それと、震え方が規則正しすぎて、まるで寒冷地の小動物のようですわ。もっと『魂から来る戦慄』を表現できないのかしら?」
「な、何ですって……!? 私、貴女のために祈ってあげようと……」
「祈り? そんな静止画のような演技、今の王都の観客は満足しませんわ。……レオナード様、彼女の演出について、専門的な意見をお願いします」
レオナード様が、冷徹な批評家の顔で一歩前に出ました。
「……酷いな。衣装の白がレフ板代わりになって顔を飛ばそうとしているが、首筋に厚塗りの跡が見える。それに、その『天を仰ぐポーズ』。首の角度が鋭角すぎて、敬虔(けいけん)さよりも頸椎(けいつい)への負担が心配になるよ。……退屈だ。実に見るに堪えない」
「貴方、どなたですの!? 聖女である私に、なんて無礼な……!」
「私はただの観客……いや、この国の演劇顧問(仮)だ。……殿下、貴方の意見は?」
アリスター殿下が、少し困ったように眉を下げて、セラフィーナを見つめました。
「セラフィーナ……。済まないが、今の君の言葉には『重み』がないんだ。ヨレンのように、一言で私の心臓を射抜くような鋭いナイフ……いや、愛の毒が足りない。……君、もっとしっかり練習してきた方がいい」
「な……な……っ!!」
セラフィーナは顔を真っ赤にしました。
聖女として崇められるはずが、現れたプロフェッショナルな変態たちに、徹底的なダメ出しを食らってしまったのです。
「……セラフィーナさん。一つ教えてあげますわ」
私は彼女の耳元まで近づき、扇で彼女の視界を遮りました。
「聖女を演じるなら、まず『自分すらも騙すほどの狂気』を持ちなさい。貴女のそれは、単なる『保身のための小細工』。……私の舞台に立ちたいなら、まずは地下劇場の掃除番から出直しなさいな」
私は最高の「悪女の高笑い」を広場に響かせました。
民衆は、聖女の陳腐な祈りよりも、私の圧倒的なパフォーマンスに、再び酔いしれ始めていました。
「覚えていらっしゃい! 近いうちに、私の『本物の奇跡』で、貴女の化けの皮を剥いでみせますわ!」
セラフィーナは捨て台詞を吐いて、馬車へと逃げ帰っていきました。
「……ふふ。リゼ、新しい演目が決まりましたわ。タイトルは『偽聖女の断罪劇 ~お掃除当番から始める聖域生活~』。……配役は、もちろん彼女が主演ですわよ?」
「承知いたしました、お師匠様! すぐに衣装(ボロ布)の手配をいたしますわ!」
私の周りには、もはや常識的な人間は一人もいないようでした。
ですが、これでいいのです。
人生という名の舞台は、狂っていればいるほど面白いのですから。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話
ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。
リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。
婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。
どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。
死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて……
※正常な人があまりいない話です。
英雄一家は国を去る【一話完結】
青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。
- - - - - - - - - - - - -
ただいま後日談の加筆を計画中です。
2025/06/22
私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします
ほーみ
恋愛
その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。
そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。
冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。
誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。
それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。
だが、彼の言葉は、決定的だった。
「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」
冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
王太子に婚約破棄されてから一年、今更何の用ですか?
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しいます。
ゴードン公爵家の長女ノヴァは、辺境の冒険者街で薬屋を開業していた。ちょうど一年前、婚約者だった王太子が平民娘相手に恋の熱病にかかり、婚約を破棄されてしまっていた。王太子の恋愛問題が王位継承問題に発展するくらいの大問題となり、平民娘に負けて社交界に残れないほどの大恥をかかされ、理不尽にも公爵家を追放されてしまったのだ。ようやく傷心が癒えたノヴァのところに、やつれた王太子が現れた。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる