悪役令嬢(演技)の卒業公演が、婚約破棄だった件について

恋の箱庭

文字の大きさ
18 / 28

18

しおりを挟む
「皆様、ご覧なさい! これが神に選ばれし乙女だけが放つ、聖なる癒やしの光ですわ!」

王都の大聖堂前。
セラフィーナが両手を広げると、彼女の体からまばゆいばかりの白い光が溢れ出しました。
集まった民衆からは「おおっ!」「やはり本物の聖女様だ!」と、感嘆の声が上がります。

私は観客席の最前列で、レオナード様から借りた特注のオペラグラスを構え、冷静にその光を分析していました。

「……リゼ、あそこ。彼女の背後のステンドグラスの角度がおかしいわね」

「左様でございますね、お師匠様。太陽光を反射させるための凹面鏡が仕込まれているようです。……それに、あの足元から立ち上る白い煙。あれ、以前隣国の芝居小屋で見た『発光キノコの粉末』じゃありませんこと?」

リゼが手帳に素早くメモを取ります。
私たちの隣では、レオナード様が不機嫌そうに鼻を鳴らしていました。

「……素人芸だ。あんなに露骨に光源を意識した立ち位置(バミリ)では、観客の視線誘導も台無しだよ。光の強弱にメリハリがないし、何より彼女の表情に『光を背負う覚悟』が感じられない。ただの電飾スタンドじゃないか」

「レオナード様、言い過ぎですわ。……でも、確かにあの『光に包まれて恍惚とする表情』、三秒以上キープできていませんものね。瞬きが多いのは、粉末が目に入っている証拠ですわ」

私は溜息をつき、立ち上がりました。
これ以上、この低レベルな演目を見せられるのは役者としての苦行です。

「ヨレン! どこへ行くんだ? まさか、あの偽りの光に当てられて気分を悪くしたのか!? 今すぐ私がマントで君を包んで……!」

アリスター殿下が慌てて私の肩を抱こうとしますが、私はそれを扇でピシャリと制しました。

「殿下、違いますわ。……あまりに舞台演出が稚拙なので、プロとして『公開ダメ出し』をしに行くのです。……セラフィーナさん!」

私の声が広場に響き渡ると、光り輝いていたセラフィーナがびくりと肩を揺らしました。

「な、なんですのヨレン様! 今、私は神と交信している最中ですのよ! 不浄な貴女は近づかないで……」

「神と交信? あら、その神様は『背後の鏡を調整しろ』と仰っていませんの? ほら、雲が動いて光の焦点がズレたせいで、貴女の鼻の下だけが異常に光っていますわよ」

「……えっ?」

セラフィーナが慌てて鼻の下を押さえました。
その瞬間、彼女の袖口から反射用の小さな水晶がポロリと床に転がりました。

「……あら、奇跡の欠片かしら? 随分と工業製品に近い形をしていますわね」

私はそれを拾い上げ、民衆に見えるように高く掲げました。

「皆様、これこそが彼女の『奇跡』の正体。……光を操る技術(演出)としては評価いたしますけれど、物語としての誠実さが欠けていますわ。……レオナード様、プロの演出家として、彼女に引導を渡して差し上げて」

レオナード様が優雅に歩み寄り、冷徹な声で宣告しました。

「セラフィーナ君。君の致命的なミスは、観客を『馬鹿』だと決めつけたことだ。本物の感動は、小細工ではなく、演者の魂の削り出しから生まれる。……君のこれは、ただの『安っぽい手品』だ。今すぐ舞台から降りたまえ」

「そ、そんな……! 私は、私はただ、皆に希望を……」

セラフィーナが泣き崩れようとしましたが、今度はアリスター殿下が冷ややかな視線を送りました。

「セラフィーナ。……君の涙、今の私にはちっとも響かないんだ。ヨレンの『絶望の演技』を100回見てから出直しなさい」

「(……殿下、それはそれで私の生活が地獄ですわよ)」

私は心の中でツッコミを入れつつ、呆然とする民衆に向かって優雅に一礼しました。

「皆様。本物の『奇跡』が見たいのであれば、後日、私の劇場へお越しなさい。……そこには鏡も粉末もございませんが、貴方たちの心を震わせる『真実の嘘』をお見せいたしますわ」

私の言葉に、広場は静まり返った後、先ほど以上の爆発的な大喝采に包まれました。
もはや、どちらが聖女でどちらが悪女か、誰も気にしていないようでした。

「おのれぇ……! ヨレン、覚えてなさい! 私にはまだ、教会という後ろ盾が……!」

セラフィーナは、鼻を赤くしながら再び逃走していきました。
どうやら、彼女を「掃除番」にするには、もう少し教育が必要なようです。

「さて、リゼ。次の演目のタイトルを書き換えなさい。……『光の聖女、舞台装置の故障により本日休演』。……これで行きましょう」

「承知いたしましたわ、お師匠様!」

私は沈みゆく夕日を背に、高笑いを上げながら大聖堂を後にしました。
プロの役者に喧嘩を売るのがどれほど恐ろしいことか、彼女も身をもって知ったことでしょう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

婚約破棄寸前だった令嬢が殺されかけて眠り姫となり意識を取り戻したら世界が変わっていた話

ひよこ麺
恋愛
シルビア・ベアトリス侯爵令嬢は何もかも完璧なご令嬢だった。婚約者であるリベリオンとの関係を除いては。 リベリオンは公爵家の嫡男で完璧だけれどとても冷たい人だった。それでも彼の幼馴染みで病弱な男爵令嬢のリリアにはとても優しくしていた。 婚約者のシルビアには笑顔ひとつ向けてくれないのに。 どんなに尽くしても努力しても完璧な立ち振る舞いをしても振り返らないリベリオンに疲れてしまったシルビア。その日も舞踏会でエスコートだけしてリリアと居なくなってしまったリベリオンを見ているのが悲しくなりテラスでひとり夜風に当たっていたところ、いきなり何者かに後ろから押されて転落してしまう。 死は免れたが、テラスから転落した際に頭を強く打ったシルビアはそのまま意識を失い、昏睡状態となってしまう。それから3年の月日が流れ、目覚めたシルビアを取り巻く世界は変っていて…… ※正常な人があまりいない話です。

英雄一家は国を去る【一話完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
婚約者との舞踏会中、火急の知らせにより領地へ帰り、3年かけて魔物大発生を収めたテレジア。3年振りに王都へ戻ったが、国の一大事から護った一家へ言い渡されたのは、テレジアの婚約破棄だった。 - - - - - - - - - - - - - ただいま後日談の加筆を計画中です。 2025/06/22

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします

ほーみ
恋愛
 その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。  そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。  冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。  誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。  それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。  だが、彼の言葉は、決定的だった。 「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」

王太子に婚約破棄されてから一年、今更何の用ですか?

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しいます。 ゴードン公爵家の長女ノヴァは、辺境の冒険者街で薬屋を開業していた。ちょうど一年前、婚約者だった王太子が平民娘相手に恋の熱病にかかり、婚約を破棄されてしまっていた。王太子の恋愛問題が王位継承問題に発展するくらいの大問題となり、平民娘に負けて社交界に残れないほどの大恥をかかされ、理不尽にも公爵家を追放されてしまったのだ。ようやく傷心が癒えたノヴァのところに、やつれた王太子が現れた。

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...