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「……異端審問、ですって?」
マニエール公爵邸のサロンに届けられたのは、教会の紋章が刻印された、どす黒い赤の封書でした。
送り主は教会の枢機卿。内容は、私の「悪徳な振る舞い」と「聖女への不敬」を罪に問うというものです。
「お師匠様、これはマズいですわ! 異端審問なんて、一度かけられたら最後、物語の中盤で退場させられる悲劇のヒロイン決定ルートですわよ!」
リゼが顔を真っ赤にして叫びます。
しかし、私の心は恐怖ではなく、ある種の「高揚」に包まれていました。
「……ふふ、リゼ。貴女、役者としての経験がまだ浅いわね。法廷というのは、役者にとって最高に美味しい『独白(モノローグ)』の舞台なのよ?」
私は優雅に扇を畳み、机をトンと叩きました。
そこへ、窓から(やはり窓からです)レオナード様が、今度は法服のような黒いコートを纏って現れました。
「聞いたよ、ヨレン君! ついにリーガル・サスペンスの開幕だね。密室での舌戦、沈黙の重圧、そして最後に暴かれる真実……! 私の脳内ではすでにチェロの重厚なBGMが流れているよ」
「レオナード様、素晴らしいわ。……審問会場の音響はどうかしら?」
「最高だよ。あの大聖堂の地下ホールは石造りで、囁き声一つでも隅々まで美しく反響する。君の『断罪の言葉』を響かせるには、これ以上の舞台はない」
二人の変態……いえ、演劇愛好家の会話に、アリスター殿下が涙目で割って入りました。
「二人とも、不謹慎すぎるぞ! ヨレン、私が父上に頼んで……」
「いいえ、殿下。これは私が一人で受けるべき『公演』ですわ。貴方はせいぜい、傍聴席で私の演技に感動して、絶妙なタイミングで『異議あり!』と叫ぶ練習でもしておいてくださいな」
「えっ、あ、ああ! 分かった、喉を鍛えておくよ!!」
数日後。私は冷たい空気が漂う大聖堂の審問場に立っていました。
高い壇上には、厳格な顔をした枢機卿と、その隣で「可哀想な被害者」の顔を作ったセラフィーナが座っています。
彼女は、わざとボロボロの服を着て、手には包帯まで巻いています。……演出が露骨すぎますわね。
「ヨレン・ド・マニエール! 貴様は聖女セラフィーナの奇跡を否定し、民衆を惑わした。これは神への冒涜であり、魔女の所業に他ならない!」
枢機卿の声が、レオナード様の言葉通り、美しくホールに反響しました。
私はわざとらしく、片手で顔を覆い、肩を微かに震わせました。
「……あら。私の行為が魔女の所業……? ク、クフフ……アッハッハッハ!!」
私は低く、そして次第に高らかに笑い声を響かせました。
これぞ、悪役が絶体絶命の時に見せる『狂気の笑い』です。
「何がおかしい!」
「枢機卿様。貴方のその『断罪の台詞』、あまりにテンプレすぎて、欠伸(あくび)が出てしまいますわ。……セラフィーナさん、貴女もよ。その包帯、巻き方が雑ですわね。小指が隠れていないせいで、不自由さが全く伝わってきませんわ」
「な、何ですって……!? 私、貴女に突き飛ばされて、こんなに深く傷ついて……」
セラフィーナが上目遣いで涙を流します。
私は一歩、壇上の彼女に近づきました。
「突き飛ばした? あら、私の台本にはそんな記述はございませんわ。……皆様、ご覧なさい。彼女のその涙。目薬ではなく、鼻の奥を刺激して無理やり出しているものですわね。だから鼻先が不自然に赤い。……三流ですわ」
私は冷徹に言い放ち、傍聴席を見渡しました。
そこには、心配そうなふりをして私の名演を見守る貴族たちの姿が。
「魔女ですって? 結構ですわ。もし、人の心を動かす『演出』を魔術と呼ぶのであれば、私は喜んで火炙りにでもなりましょう。……ですが、その前に教えて差し上げますわ。本物の『絶望』とは、こういう表情(カオ)を言うのです!」
私は一瞬で笑みを消し、瞳から全ての光を失わせました。
そして、今にも消え入りそうな、しかし会場の全員の鼓膜を震わせる「呪いの囁き」を発したのです。
「……枢機卿様。貴方の椅子、裏側が腐っていますわよ。……嘘(演技)を支えるための土台が、もう限界だと言っていますわ」
その瞬間、会場は静まり返りました。
枢機卿は恐怖で椅子から転げ落ちそうになり、セラフィーナはあまりの迫力に、巻いていた包帯を自ら引きちぎって逃げ出そうとしました。
「あ、ありえない……! この女、本当に呪いを……!」
「いいえ、これは『圧』ですわ」
私は再び優雅に微笑み、姿勢を正しました。
「さて、枢機卿様。このまま審問を続けます? それとも、私の劇団に『悪徳僧侶』の役でスカウトされたいかしら? 貴方のその震える声、小物感を出すには最高ですわよ?」
傍聴席から、レオナード様の「ブラボー!!」という叫び声が響き渡りました。
アリスター殿下も、負けじと「異議なし! 完璧だ!!」と叫び、審問場は一気に『ヨレン独演会』の会場と化したのでした。
異端審問という名の舞台は、主演女優の圧倒的な実力によって、またしても大喝采のうちに幕を閉じたのです。
マニエール公爵邸のサロンに届けられたのは、教会の紋章が刻印された、どす黒い赤の封書でした。
送り主は教会の枢機卿。内容は、私の「悪徳な振る舞い」と「聖女への不敬」を罪に問うというものです。
「お師匠様、これはマズいですわ! 異端審問なんて、一度かけられたら最後、物語の中盤で退場させられる悲劇のヒロイン決定ルートですわよ!」
リゼが顔を真っ赤にして叫びます。
しかし、私の心は恐怖ではなく、ある種の「高揚」に包まれていました。
「……ふふ、リゼ。貴女、役者としての経験がまだ浅いわね。法廷というのは、役者にとって最高に美味しい『独白(モノローグ)』の舞台なのよ?」
私は優雅に扇を畳み、机をトンと叩きました。
そこへ、窓から(やはり窓からです)レオナード様が、今度は法服のような黒いコートを纏って現れました。
「聞いたよ、ヨレン君! ついにリーガル・サスペンスの開幕だね。密室での舌戦、沈黙の重圧、そして最後に暴かれる真実……! 私の脳内ではすでにチェロの重厚なBGMが流れているよ」
「レオナード様、素晴らしいわ。……審問会場の音響はどうかしら?」
「最高だよ。あの大聖堂の地下ホールは石造りで、囁き声一つでも隅々まで美しく反響する。君の『断罪の言葉』を響かせるには、これ以上の舞台はない」
二人の変態……いえ、演劇愛好家の会話に、アリスター殿下が涙目で割って入りました。
「二人とも、不謹慎すぎるぞ! ヨレン、私が父上に頼んで……」
「いいえ、殿下。これは私が一人で受けるべき『公演』ですわ。貴方はせいぜい、傍聴席で私の演技に感動して、絶妙なタイミングで『異議あり!』と叫ぶ練習でもしておいてくださいな」
「えっ、あ、ああ! 分かった、喉を鍛えておくよ!!」
数日後。私は冷たい空気が漂う大聖堂の審問場に立っていました。
高い壇上には、厳格な顔をした枢機卿と、その隣で「可哀想な被害者」の顔を作ったセラフィーナが座っています。
彼女は、わざとボロボロの服を着て、手には包帯まで巻いています。……演出が露骨すぎますわね。
「ヨレン・ド・マニエール! 貴様は聖女セラフィーナの奇跡を否定し、民衆を惑わした。これは神への冒涜であり、魔女の所業に他ならない!」
枢機卿の声が、レオナード様の言葉通り、美しくホールに反響しました。
私はわざとらしく、片手で顔を覆い、肩を微かに震わせました。
「……あら。私の行為が魔女の所業……? ク、クフフ……アッハッハッハ!!」
私は低く、そして次第に高らかに笑い声を響かせました。
これぞ、悪役が絶体絶命の時に見せる『狂気の笑い』です。
「何がおかしい!」
「枢機卿様。貴方のその『断罪の台詞』、あまりにテンプレすぎて、欠伸(あくび)が出てしまいますわ。……セラフィーナさん、貴女もよ。その包帯、巻き方が雑ですわね。小指が隠れていないせいで、不自由さが全く伝わってきませんわ」
「な、何ですって……!? 私、貴女に突き飛ばされて、こんなに深く傷ついて……」
セラフィーナが上目遣いで涙を流します。
私は一歩、壇上の彼女に近づきました。
「突き飛ばした? あら、私の台本にはそんな記述はございませんわ。……皆様、ご覧なさい。彼女のその涙。目薬ではなく、鼻の奥を刺激して無理やり出しているものですわね。だから鼻先が不自然に赤い。……三流ですわ」
私は冷徹に言い放ち、傍聴席を見渡しました。
そこには、心配そうなふりをして私の名演を見守る貴族たちの姿が。
「魔女ですって? 結構ですわ。もし、人の心を動かす『演出』を魔術と呼ぶのであれば、私は喜んで火炙りにでもなりましょう。……ですが、その前に教えて差し上げますわ。本物の『絶望』とは、こういう表情(カオ)を言うのです!」
私は一瞬で笑みを消し、瞳から全ての光を失わせました。
そして、今にも消え入りそうな、しかし会場の全員の鼓膜を震わせる「呪いの囁き」を発したのです。
「……枢機卿様。貴方の椅子、裏側が腐っていますわよ。……嘘(演技)を支えるための土台が、もう限界だと言っていますわ」
その瞬間、会場は静まり返りました。
枢機卿は恐怖で椅子から転げ落ちそうになり、セラフィーナはあまりの迫力に、巻いていた包帯を自ら引きちぎって逃げ出そうとしました。
「あ、ありえない……! この女、本当に呪いを……!」
「いいえ、これは『圧』ですわ」
私は再び優雅に微笑み、姿勢を正しました。
「さて、枢機卿様。このまま審問を続けます? それとも、私の劇団に『悪徳僧侶』の役でスカウトされたいかしら? 貴方のその震える声、小物感を出すには最高ですわよ?」
傍聴席から、レオナード様の「ブラボー!!」という叫び声が響き渡りました。
アリスター殿下も、負けじと「異議なし! 完璧だ!!」と叫び、審問場は一気に『ヨレン独演会』の会場と化したのでした。
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