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ついにこの日がやってきました。
没落……ではなく、私の熱意(と脅し)に負けてグレイバーグ侯爵が譲ってくれた邸宅。
そこを大改築して完成した『マニエール国立大劇場』のこけら落とし公演当日です。
「お師匠様、外は長蛇の列ですわ! チケットは完売、ダフ屋まで出る騒ぎです。……あ、不審な動きをする黒装束の集団も数名確認いたしました」
楽屋で鏡に向かっていた私は、リゼの報告に不敵な笑みを浮かべました。
「黒装束? あら、セラフィーナさんも粋な計らいをしてくださるわね。こけら落としに『本物の刺客』をエキストラとして準備してくれるなんて、演出家冥利に尽きますわ」
私は紅い口紅を引き直し、立ち上がりました。
今日の演目は、私の実体験を大幅に脚色した超大作『悪役令嬢の逆襲 ~愛と断罪のカーテンコール~』です。
そこへ、レオナード様が舞台装置の最終確認を終えて戻ってきました。
彼はなぜか、黒い革手袋をはめ、腰には見栄えの良すぎる細剣を佩いています。
「ヨレン君、舞台裏の『掃除』は任せておいてくれ。隣国から雇われたという暗殺者たちだが、ステップが軽やかで実に見どころがある。……ただ、殺気が少しばかり単調だね。もっと『復讐に燃える孤独な狼』といった情緒が欲しいところだ」
「レオナード様、彼らをあまりいじめないであげてくださいね? 一応、第二幕の乱闘シーンで舞台に飛び込んできてもらう手はずになっていますから」
「分かっているとも。彼らには最高の『散り際』を用意してある」
私たちの会話を、出番を待つアリスター殿下が震えながら聞いていました。
彼は今回、情けない王子役として「本物の王子」が演じるという、メタ的な配役で出演します。
「ヨ、ヨレン……。本当に大丈夫なのか? 本物の暗殺者が来るんだろう? 私が、私が命に代えても君を守るからな!」
「殿下、その台詞は舞台上でお願いします。今はまだ、その『震える子鹿のような未熟さ』をキープしておいてくださいな」
やがて、開演を告げるベルが重厚に響き渡りました。
幕が上がると、そこには豪華絢爛な夜会のセット。
観客席には、国王陛下や保守派の貴族たち、そして最前列で苦虫を噛み潰したような顔をしているセラフィーナの姿が見えます。
物語は順調に進み、ついに最大の見せ場――私が偽聖女を糾弾するシーンへと差し掛かりました。
「さあ、セラフィーナ! 貴女の罪を、この光の下で晒すがいいわ!」
私が叫んだ瞬間、天井から「待てい!」という、台本にない……いや、ある意味予定通りの野太い声が響きました。
三人の黒装束の男たちが、ワイヤーアクション顔負けの動きで舞台中央へと降り立ちます。
客席からは「演出!?」「本物!?」というどよめきが上がります。
「死ね、ヨレン・ド・マニエール! 雇い主の命により、その命、貰い受ける!」
暗殺者が鋭い短剣を突き出しました。
私は一歩も引かず、むしろ彼らの衣装の質感を至近距離で確認しながら、扇を優雅に広げました。
「あら。声の通りは合格点ですわね。ですが、その突進のフォーム、少し左に傾いていますわよ? もっと体幹を意識して、観客に『死の恐怖』を視覚的に伝えなさいな」
「な……何を言っているんだ、貴様……!」
暗殺者が戸惑った隙に、舞台袖からレオナード様が風のように現れました。
「カット! 今の入り、タイミングがコンマ五秒遅い! やり直しだ!」
レオナード様は、剣の腹で暗殺者の鳩尾を軽く突き上げました。
「ぐはっ!?」と悶絶する暗殺者。
それを見た観客席からは、凄まじい拍手が巻き起こりました。
「おおお! なんてリアルな殺陣(たて)だ!」「流石はヨレン様の劇団、暗殺者役の演技力が半端じゃないぞ!」
「……ち、違う、俺たちは本物の……!」
「喋るな、エキストラ! 今は君たちが『圧倒的な力に屈する』シーンだ!」
レオナード様が華麗な剣捌きで、次々と暗殺者たちの武器を弾き飛ばし、彼らを舞台の隅へと追い詰めます。
最後には、アリスター殿下が(腰が引けながらも)前に出て、見得を切りました。
「よ、よくもヨレンを……! この私が、愛の力で成敗してくれる!」
殿下が適当に振り回した剣が、運良く(レオナード様の誘導で)暗殺者の服の裾を捉えました。
暗殺者たちは、もはや恐怖ではなく「この連中、頭がおかしい」という絶望の表情で、舞台から這うように逃げ出していきました。
「……逃がしたか。だが、彼らの『敗北の背中』、なかなか哀愁があって良かったわね」
私は高らかに笑い、観客席に一礼しました。
劇場内は、これまでにないスタンディングオベーションに包まれました。
最前列で、セラフィーナが白目を剥いて失神しているのが見えました。
どうやら、彼女が精一杯の予算を投じて雇った「本物の恐怖」は、私たちの「最高の演出」の一部として消費されてしまったようです。
「……お師匠様、大成功ですわ! 暗殺者の方々、裏でレオナード様の部下によって『再教育(演技指導)』という名の捕縛が完了いたしました!」
リゼが耳打ちしてきます。
「よろしい。……さて、皆様! 物語はまだ終わりませんわよ! 真の悪女が誰なのか、その眼に焼き付けなさい!」
私の声が響き、舞台はさらなる熱狂へと加速していきます。
暗殺すらもエンターテインメントに変えてしまう。
それが、悪役令嬢ヨレンの、血の通った「復讐」の形なのでした。
没落……ではなく、私の熱意(と脅し)に負けてグレイバーグ侯爵が譲ってくれた邸宅。
そこを大改築して完成した『マニエール国立大劇場』のこけら落とし公演当日です。
「お師匠様、外は長蛇の列ですわ! チケットは完売、ダフ屋まで出る騒ぎです。……あ、不審な動きをする黒装束の集団も数名確認いたしました」
楽屋で鏡に向かっていた私は、リゼの報告に不敵な笑みを浮かべました。
「黒装束? あら、セラフィーナさんも粋な計らいをしてくださるわね。こけら落としに『本物の刺客』をエキストラとして準備してくれるなんて、演出家冥利に尽きますわ」
私は紅い口紅を引き直し、立ち上がりました。
今日の演目は、私の実体験を大幅に脚色した超大作『悪役令嬢の逆襲 ~愛と断罪のカーテンコール~』です。
そこへ、レオナード様が舞台装置の最終確認を終えて戻ってきました。
彼はなぜか、黒い革手袋をはめ、腰には見栄えの良すぎる細剣を佩いています。
「ヨレン君、舞台裏の『掃除』は任せておいてくれ。隣国から雇われたという暗殺者たちだが、ステップが軽やかで実に見どころがある。……ただ、殺気が少しばかり単調だね。もっと『復讐に燃える孤独な狼』といった情緒が欲しいところだ」
「レオナード様、彼らをあまりいじめないであげてくださいね? 一応、第二幕の乱闘シーンで舞台に飛び込んできてもらう手はずになっていますから」
「分かっているとも。彼らには最高の『散り際』を用意してある」
私たちの会話を、出番を待つアリスター殿下が震えながら聞いていました。
彼は今回、情けない王子役として「本物の王子」が演じるという、メタ的な配役で出演します。
「ヨ、ヨレン……。本当に大丈夫なのか? 本物の暗殺者が来るんだろう? 私が、私が命に代えても君を守るからな!」
「殿下、その台詞は舞台上でお願いします。今はまだ、その『震える子鹿のような未熟さ』をキープしておいてくださいな」
やがて、開演を告げるベルが重厚に響き渡りました。
幕が上がると、そこには豪華絢爛な夜会のセット。
観客席には、国王陛下や保守派の貴族たち、そして最前列で苦虫を噛み潰したような顔をしているセラフィーナの姿が見えます。
物語は順調に進み、ついに最大の見せ場――私が偽聖女を糾弾するシーンへと差し掛かりました。
「さあ、セラフィーナ! 貴女の罪を、この光の下で晒すがいいわ!」
私が叫んだ瞬間、天井から「待てい!」という、台本にない……いや、ある意味予定通りの野太い声が響きました。
三人の黒装束の男たちが、ワイヤーアクション顔負けの動きで舞台中央へと降り立ちます。
客席からは「演出!?」「本物!?」というどよめきが上がります。
「死ね、ヨレン・ド・マニエール! 雇い主の命により、その命、貰い受ける!」
暗殺者が鋭い短剣を突き出しました。
私は一歩も引かず、むしろ彼らの衣装の質感を至近距離で確認しながら、扇を優雅に広げました。
「あら。声の通りは合格点ですわね。ですが、その突進のフォーム、少し左に傾いていますわよ? もっと体幹を意識して、観客に『死の恐怖』を視覚的に伝えなさいな」
「な……何を言っているんだ、貴様……!」
暗殺者が戸惑った隙に、舞台袖からレオナード様が風のように現れました。
「カット! 今の入り、タイミングがコンマ五秒遅い! やり直しだ!」
レオナード様は、剣の腹で暗殺者の鳩尾を軽く突き上げました。
「ぐはっ!?」と悶絶する暗殺者。
それを見た観客席からは、凄まじい拍手が巻き起こりました。
「おおお! なんてリアルな殺陣(たて)だ!」「流石はヨレン様の劇団、暗殺者役の演技力が半端じゃないぞ!」
「……ち、違う、俺たちは本物の……!」
「喋るな、エキストラ! 今は君たちが『圧倒的な力に屈する』シーンだ!」
レオナード様が華麗な剣捌きで、次々と暗殺者たちの武器を弾き飛ばし、彼らを舞台の隅へと追い詰めます。
最後には、アリスター殿下が(腰が引けながらも)前に出て、見得を切りました。
「よ、よくもヨレンを……! この私が、愛の力で成敗してくれる!」
殿下が適当に振り回した剣が、運良く(レオナード様の誘導で)暗殺者の服の裾を捉えました。
暗殺者たちは、もはや恐怖ではなく「この連中、頭がおかしい」という絶望の表情で、舞台から這うように逃げ出していきました。
「……逃がしたか。だが、彼らの『敗北の背中』、なかなか哀愁があって良かったわね」
私は高らかに笑い、観客席に一礼しました。
劇場内は、これまでにないスタンディングオベーションに包まれました。
最前列で、セラフィーナが白目を剥いて失神しているのが見えました。
どうやら、彼女が精一杯の予算を投じて雇った「本物の恐怖」は、私たちの「最高の演出」の一部として消費されてしまったようです。
「……お師匠様、大成功ですわ! 暗殺者の方々、裏でレオナード様の部下によって『再教育(演技指導)』という名の捕縛が完了いたしました!」
リゼが耳打ちしてきます。
「よろしい。……さて、皆様! 物語はまだ終わりませんわよ! 真の悪女が誰なのか、その眼に焼き付けなさい!」
私の声が響き、舞台はさらなる熱狂へと加速していきます。
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