悪役令嬢(演技)の卒業公演が、婚約破棄だった件について

恋の箱庭

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「……皆様、本日は歴史の目撃者となりますわよ。瞬き一つ、許しませんわ」

私は舞台袖で、漆黒のドレスのコルセットを限界まで締め上げ、気合を入れ直しました。
劇場の空気は、観客の期待と王族たちの放つ威圧感で、肌がひりつくほどに濃密です。

演目は、私が書き下ろした新作『双王の審判 ~玉座を継ぐのは愛か毒か~』。
物語は、老いた皇帝が二人の愚かな後継者に引導を渡すという、現実を皮肉ったブラックコメディです。

「ヨレン君、準備はいいかい? 私の心臓は、今や舞台装置のドラムよりも激しくビートを刻んでいるよ。……父上と君が並び立つ、この構図……最高のカタルシスだ」

隣で「没落した第一王子」を演じるレオナード様が、恍惚とした表情で囁きます。
彼はすでに役に入り込んでおり、その瞳には退廃的な色気が漂っていました。

「レオナード様、鼻血が出ていますわよ。……拭きなさい。さあ、開演ですわ!」

私が扇を振り下ろすと、オーケストラが地を這うような重厚な旋律を奏で始めました。

幕が上がると、そこには玉座に深く腰掛けた「老王」フレデリック陛下の姿がありました。
……流石は一国の王。ただ座っているだけで、舞台全体を支配する圧倒的な覇気。
これは演出ではなく、本物のカリスマ性です。

「……退屈だ。この国の未来を、あの軟弱な息子たちに任せねばならぬとは、神の悪戯にも程があるわ」

陛下が吐き捨てるように言いました。
その声は会場の最後列まで、物理的な衝撃を伴って響き渡ります。
客席からは「ひっ……!」という、役柄ではなく本物の恐怖の溜息が漏れました。

そこへ、私の合図でアリスター殿下とレオナード様が左右から現れました。

「父上! 私こそが正当な後継者です! この愛の詰まった(迷走した)政策こそが、国を救うのです!」

アリスター殿下が、必死の形相で叫びます。
……今の彼は、皮肉にも「認められたい息子」としてのリアルな感情を役にぶつけていました。

「いいえ、父上。必要なのは美学です。退屈な平和よりも、美しき混沌を!」

レオナード様が、大袈裟なポーズで反論します。
すると、陛下が台本にない……いえ、おそらく半分本気の「アドリブ」を始めました。

「黙れ、三流役者ども! 貴様らのような青二才に、この重責が務まると思うか! ……特にアリスターよ、貴様はさっきからヨレンの方ばかり見ているではないか! 舞台に集中しろ!」

「えっ、あ、はい……申し訳ありません、父上! ……じゃなくて王よ!」

アリスター殿下が素に戻って謝るという失態。
会場に失笑が広がろうとした、その時。
私は「闇の皇妃」として、ゆっくりと玉座の背後から歩み出しました。

「……やかましいですわね、血の繋がっただけの無能な男たち」

私は、陛下、殿下、レオナード様の三人を、まるで見捨てられた仔犬を見るような冷たい目で見下ろしました。
扇をパチンと閉じ、その先端で陛下の肩を軽く叩きます。

「王よ。貴方の言葉は正しい。……ですが、貴方もまた老い、瑞々しさを失った過去の遺物に過ぎません。……この国の舵を取るのは、男たちの意地ではなく、私という名の『真実』ですわ」

私は陛下の膝の上に、傲慢にも片足をかけ、彼の顎をクイッと持ち上げました。
不敬、不敬、最大級の不敬です。
ですが、これが「悪役令嬢ヨレン」の真骨頂。

「さあ、選びなさいな。私に跪くか、それともこの舞台から永久に退場するかを……!」

私が高笑いを上げると、舞台の照明が一気に真っ赤に染まりました。
その瞬間、陛下、殿下、そしてレオナード様が、打ち合わせ通り(あるいは本能的に)、私の足元に同時に膝をつきました。

「「「……ブラボー!!」」」

……あ、いけない。彼ら、台詞ではなく喝采を口にしてしまいました。
客席からも、もはや誰が味方で誰が敵かも忘れたような、爆発的なスタンディングオベーションが巻き起こります。

「はっはっは! 見たか! 私すらもひれ伏させる、この悪のカリスマ! ヨレンよ、貴様こそが我が隣国の『影の女王』にふさわしい!」

フレデリック陛下が、役を忘れて大声で私の実力を称賛し始めました。
アリスター殿下も「ヨレン、今の足の置き方、最高に痺れたよ!」と興奮気味に詰め寄ってきます。

(……皆様、まだ幕は降りていませんわよ? 完全にプライベートな感想タイムになっていませんこと?)

私は冷や汗を流しながらも、表情は「邪悪な微笑」を崩しませんでした。
舞台袖では、掃除をしていたセラフィーナさんが「もう、この国、終わりましたわ……」と、バケツを抱えて絶望しているのが見えます。

こうして、国王と王子二人を手玉に取った前代未聞の「世継ぎ争い劇」は、一人の悪役令嬢の完全勝利という、あまりに現実味を帯びた結末で幕を閉じたのでした。

「……お師匠様。……あそこに、教会の枢機卿様がハンカチを握りしめて号泣しているのが見えますわ……」

リゼが震える声で教えてくれました。
どうやら、私の「悪」は、ついに宗教すらも感動で凌駕してしまったようです。

ですが、物語はまだ終わりません。
公演後の楽屋に、レオナード様の「本当の婚約者」を名乗る、隣国の超絶清楚な王女が「果たし状」を持って現れるのは、このわずか十分後のことでした。
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