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「……いいですか、タワシさん。あたくしたちの目的は一致していますわ。あの傲慢なヨレン・ド・マニエールを舞台上で完膚なきまでに叩きのめし、レオナード様の目を覚まさせることですわ!」
劇場の地下、掃除用具が並ぶ薄暗い資材置き場で、シルヴィア様が力強く拳を握りしめました。
「……ええ、ええ。分かっておりますわよ、王女様。私もあんな女の元で毎日トイレを磨くのはもう限界ですわ。……あ、そこのバケツ、動かさないで。今、黄金比で配置したばかりなんですから」
セラフィーナさん――現・タワシさんも、雑巾を絞りながら不敵な笑みを浮かべています。
没落した聖女と、居場所を奪われかけた王女。
本来なら相容れない二人が、今、「ヨレン打倒」という共通の目的の下で奇跡の結託を果たそうとしていました。
「あたくしたちで『真のヒロイン二重奏』を披露するのです。彼女の邪悪なオーラを、あたくしたちの清純な輝きで塗りつぶして……」
「あら、その『密談』のシーン。照明の角度が甘いですわよ?」
不意に天井から降ってきた声に、二人は「ひいっ!?」と情けない悲鳴を上げました。
見上げれば、キャットウォーク(舞台上部の通路)から、扇を片手に持った私と、メモ帳を構えたレオナード様が見下ろしていました。
「ヨ、ヨレン様! なぜここに!?」
「私の劇場で、私の許可なく新作のプロットを練っている不届き者がいると聞きまして。……セラフィーナさん、その『悪巧みをする時の口角の歪め方』。少し左右のバランスが悪いですわね。卑屈さが勝っていて、悪役としての華が足りませんわ」
私は軽やかに飛び降り、二人の前に立ちました。
「そしてシルヴィア様。貴女の『正義を信じて疑わない王女』という役作り。あまりに一辺倒で退屈です。もっと内面にドロドロとした独占欲を滲ませなさい。そうしなければ、観客(レオナード様)の視線は一秒も持ちませんわよ」
「な、何を勝手なことを! あたくしたちは貴女を追い出す相談をしていたのですわよ!」
シルヴィア様が顔を真っ赤にして叫びますが、レオナード様が興奮気味に割って入りました。
「……素晴らしい! ヨレン君、君が言った通りだ! 聖女と王女、光と光が混ざり合って生まれる『嫉妬の陰影』……! これは新しい! 今すぐ台本を書き換えよう。タイトルは『光の乙女たちの泥沼闘争劇 ~泥を塗るのは貴女の顔よ~』だ!」
「レオナード様、タイトルがまた少し品性を疑われますわ。……ですが、方針は決まりました。シルヴィア様、セラフィーナさん。貴女たちのその『反逆のエネルギー』、そのまま次の舞台の糧にして差し上げますわ」
私は二人を左右の腕で抱え込み、逃げられないようにホールドしました。
「さあ、稽古場へ行きましょう。……今日から三日間、一睡もさせませんわよ? 貴女たちが本物の『光のライバル』になれるまで、私という名の『闇』が徹底的に磨き上げて差し上げますわ!」
「「い、嫌ああああああ!!」」
それからの三日間は、まさに地獄でした。
「セラフィーナ! 聖女時代のあの『嘘くさい微笑み』を出しなさい! その裏で、シルヴィア様のドレスに毒針を刺そうとする瞬間の『瞳の濁り』を表現するのよ!」
「はいっ! お師匠様! こう、こうですか!?」
「シルヴィア様! 貴女はそれを見て見ぬふりをしながら、さらに高潔な台詞で彼女を精神的に追い詰めるの! 聖女を慈悲で殺す王女を演じるのですわ!」
「……分かりましたわ! この……この泥棒猫! 貴女の罪を、あたくしの愛で浄化してあげますわーーっ!!」
リゼが脇で太鼓を叩き、レオナード様が「ブラボー! もっと殺気を! 互いの喉元を狙うような発声を!」と叫び続ける異常な空間。
アリスター殿下は「……怖い。今のヨレン、本物の魔王に見える……」と、部屋の隅でガタガタと震えていました。
しかし、不思議なことが起こりました。
最初はヨレンを倒すために手を組んでいたはずの二人が、稽古を重ねるごとに、妙な一体感を持ち始めたのです。
「……王女様、今の台詞の間、完璧でしたわ」
「タワシさんこそ、今の『悔しげな唇の噛み方』、本物の聖女よりも聖女らしかったですわよ」
稽古最終日の夜。
床に倒れ込み、汗だくになりながらも、二人は互いの健闘を称えて手を握り合っていました。
「……ふふ。いい表情(カオ)になりましたわね、お二人とも」
私は満足げに扇を閉じました。
復讐心から始まった演技が、いつの間にか「プロの誇り」へと昇華された瞬間です。
「さあ、明日は本番ですわ。……観客席には国王陛下も、隣国の使節も、そして王都中の野次馬たちも揃っています。……貴女たちの力で、主役(私)を喰ってみなさいな!」
「「……ええ、望むところですわ!!」」
二人の気合に満ちた叫びが、深夜の劇場に響き渡りました。
私は確信しました。明日の公演は、これまでのどんな舞台よりも「残酷で、美しく、そして愉快なもの」になるだろうと。
……まあ、レオナード様が「二人の友情に感動したから、クライマックスに爆発(魔法)の演出を加えよう」と言い出したのを止めるのに、さらに一時間かかりましたけれど。
劇場の地下、掃除用具が並ぶ薄暗い資材置き場で、シルヴィア様が力強く拳を握りしめました。
「……ええ、ええ。分かっておりますわよ、王女様。私もあんな女の元で毎日トイレを磨くのはもう限界ですわ。……あ、そこのバケツ、動かさないで。今、黄金比で配置したばかりなんですから」
セラフィーナさん――現・タワシさんも、雑巾を絞りながら不敵な笑みを浮かべています。
没落した聖女と、居場所を奪われかけた王女。
本来なら相容れない二人が、今、「ヨレン打倒」という共通の目的の下で奇跡の結託を果たそうとしていました。
「あたくしたちで『真のヒロイン二重奏』を披露するのです。彼女の邪悪なオーラを、あたくしたちの清純な輝きで塗りつぶして……」
「あら、その『密談』のシーン。照明の角度が甘いですわよ?」
不意に天井から降ってきた声に、二人は「ひいっ!?」と情けない悲鳴を上げました。
見上げれば、キャットウォーク(舞台上部の通路)から、扇を片手に持った私と、メモ帳を構えたレオナード様が見下ろしていました。
「ヨ、ヨレン様! なぜここに!?」
「私の劇場で、私の許可なく新作のプロットを練っている不届き者がいると聞きまして。……セラフィーナさん、その『悪巧みをする時の口角の歪め方』。少し左右のバランスが悪いですわね。卑屈さが勝っていて、悪役としての華が足りませんわ」
私は軽やかに飛び降り、二人の前に立ちました。
「そしてシルヴィア様。貴女の『正義を信じて疑わない王女』という役作り。あまりに一辺倒で退屈です。もっと内面にドロドロとした独占欲を滲ませなさい。そうしなければ、観客(レオナード様)の視線は一秒も持ちませんわよ」
「な、何を勝手なことを! あたくしたちは貴女を追い出す相談をしていたのですわよ!」
シルヴィア様が顔を真っ赤にして叫びますが、レオナード様が興奮気味に割って入りました。
「……素晴らしい! ヨレン君、君が言った通りだ! 聖女と王女、光と光が混ざり合って生まれる『嫉妬の陰影』……! これは新しい! 今すぐ台本を書き換えよう。タイトルは『光の乙女たちの泥沼闘争劇 ~泥を塗るのは貴女の顔よ~』だ!」
「レオナード様、タイトルがまた少し品性を疑われますわ。……ですが、方針は決まりました。シルヴィア様、セラフィーナさん。貴女たちのその『反逆のエネルギー』、そのまま次の舞台の糧にして差し上げますわ」
私は二人を左右の腕で抱え込み、逃げられないようにホールドしました。
「さあ、稽古場へ行きましょう。……今日から三日間、一睡もさせませんわよ? 貴女たちが本物の『光のライバル』になれるまで、私という名の『闇』が徹底的に磨き上げて差し上げますわ!」
「「い、嫌ああああああ!!」」
それからの三日間は、まさに地獄でした。
「セラフィーナ! 聖女時代のあの『嘘くさい微笑み』を出しなさい! その裏で、シルヴィア様のドレスに毒針を刺そうとする瞬間の『瞳の濁り』を表現するのよ!」
「はいっ! お師匠様! こう、こうですか!?」
「シルヴィア様! 貴女はそれを見て見ぬふりをしながら、さらに高潔な台詞で彼女を精神的に追い詰めるの! 聖女を慈悲で殺す王女を演じるのですわ!」
「……分かりましたわ! この……この泥棒猫! 貴女の罪を、あたくしの愛で浄化してあげますわーーっ!!」
リゼが脇で太鼓を叩き、レオナード様が「ブラボー! もっと殺気を! 互いの喉元を狙うような発声を!」と叫び続ける異常な空間。
アリスター殿下は「……怖い。今のヨレン、本物の魔王に見える……」と、部屋の隅でガタガタと震えていました。
しかし、不思議なことが起こりました。
最初はヨレンを倒すために手を組んでいたはずの二人が、稽古を重ねるごとに、妙な一体感を持ち始めたのです。
「……王女様、今の台詞の間、完璧でしたわ」
「タワシさんこそ、今の『悔しげな唇の噛み方』、本物の聖女よりも聖女らしかったですわよ」
稽古最終日の夜。
床に倒れ込み、汗だくになりながらも、二人は互いの健闘を称えて手を握り合っていました。
「……ふふ。いい表情(カオ)になりましたわね、お二人とも」
私は満足げに扇を閉じました。
復讐心から始まった演技が、いつの間にか「プロの誇り」へと昇華された瞬間です。
「さあ、明日は本番ですわ。……観客席には国王陛下も、隣国の使節も、そして王都中の野次馬たちも揃っています。……貴女たちの力で、主役(私)を喰ってみなさいな!」
「「……ええ、望むところですわ!!」」
二人の気合に満ちた叫びが、深夜の劇場に響き渡りました。
私は確信しました。明日の公演は、これまでのどんな舞台よりも「残酷で、美しく、そして愉快なもの」になるだろうと。
……まあ、レオナード様が「二人の友情に感動したから、クライマックスに爆発(魔法)の演出を加えよう」と言い出したのを止めるのに、さらに一時間かかりましたけれど。
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