婚約破棄された「毒殺未遂」の悪役令嬢ですが、それ滋養強壮スープですけど?

恋の箱庭

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一方、その頃の王都。


メリアナたちが去ってから数週間。
王城は、表向きは平穏を取り戻していた。聖女リリィの体調も回復し、政務も滞りなく行われている。


しかし。
水面下では、深刻な事態が進行していた。


「……足りない」


『白薔薇の離宮』の寝室で、聖女リリィはクッションに顔を埋めて呻いていた。


「メリアナ様のレシピ通りに作らせたスープ……味は美味しいの。でも、何かが決定的に足りないのよ……!」


彼女の目の前には、空になったスープ皿がある。
王宮料理長ステファンが、プライドを捨てて泥付き野菜と格闘し、再現した「滋養強壮スープ・改」だ。
味の再現度は高い。栄養価も満点だ。


だが、リリィの体(というより野生化した本能)は満足していなかった。


「やっぱり、素材の『鮮度(ワイルドさ)』が違うんだわ……! 王都の温室育ちのマンドラゴラじゃ、叫び声に悲壮感が足りないのよ!」


リリィはガバッと起き上がった。
彼女の瞳は、肉食獣のようにギラギラと輝いている。


「もう我慢できない。……行くしかないわ」


彼女はベッドの下から、旅行用のトランクを引きずり出した。
中にはドレスではなく、動きやすい冒険者風の服と、Myスプーン&フォークセットが詰め込まれている。


「待っていてね、メリアナ様。そしてドラゴンのステーキ……!」


リリィは窓を開け、夜の庭へと飛び降りようとした。
聖女にあるまじき「夜逃げ」である。


「……どこへ行くつもりだ、リリィ」


背後から声をかけられ、リリィはビクリと固まった。
恐る恐る振り返ると、そこには第一王子アレクセイが立っていた。


「で、殿下……! こ、これはその、夜風に当たりに……」


「嘘をつくな。その格好、そしてそのトランク。……ヴォルグ辺境伯領へ行くつもりだろう」


図星を突かれ、リリィは観念した。


「……ごめんなさい、殿下。私、どうしても行きたいの。メリアナ様の結婚式があるのよ。……それに、あそこに行けば『本物』が食べられる気がするの」


リリィは必死に訴えた。止められるなら、力尽くでも振り切る覚悟だ。
しかし、アレクセイは意外な反応を見せた。


「……はぁ」


彼は深いため息をつき、そして自分の背後に隠していた『大きなリュックサック』を見せた。


「え?」


「一人で行かせるわけにはいかない。……私も行く」


「殿下!?」


アレクセイは少しバツが悪そうに、視線を逸らした。


「実は……私もだ。ここ数日、夢に見るのだ。あの茶色い『親子煮込み』の味が……。王宮の料理は上品すぎて、どうも力が出ない」


王子もまた、メリアナの「辺境メシ」に胃袋を掴まれた被害者(信者)だったのだ。


「それに、兄上(ギルバート)の結婚式だ。弟として祝ってやるのが筋だろう? ……まあ、ついでに美味いものが食えればラッキーだが」


「殿下……! なんて食い意地……いえ、兄弟愛!」


リリィは感動した。


「ですが、どうやって抜け出しますか? 正門は近衛兵が見張っていますわ」


「ふっ、抜かりはない」


アレクセイはニヤリと笑い、指笛を吹いた。


バサバサバサッ!


夜空から、一台の黒塗りの馬車が舞い降りてきた。
牽いているのは、王家直属の『飛竜(ワイバーン)』だ。


「父上(国王)から借りてきた。『王都の視察(という名の食べ歩き)』に行ってくると言ったら、二つ返事で貸してくれたぞ」


「国王陛下公認の脱走!? さすがですわ!」


二人は手早く馬車に乗り込んだ。


「急げ! 料理長たちに見つかったら『夜食の試食をお願いします』と引き止められる!」


「了解です! 目指すは北の果て、美食の楽園(ヴォルグ領)!」


「「出発(テイクオフ)!!」」


ヒヒィィィン!(ワイバーンの鳴き声)


王家の紋章が入った馬車が、夜の王都から飛び立った。
それは「王都脱出」というより、「食欲による集団移住」の始まりだった。


***


一方その頃。
ヴォルグ辺境伯領の入り口。


ズズズズズズズズ……ッ!!!


地鳴りと共に、街道を塞ぐ巨大な「山」が移動していた。


「オーライ! オーライ! そこのカーブ、尻尾が引っかかりますわよ!」


先頭で指示を出しているのは、もちろんメリアナだ。
彼女の後ろでは、ギルバートと騎士団、そして急遽雇われた冒険者たちが総出で、台車に乗せられた『古代炎竜』の巨体を運搬していた。


「重い……! とんでもなく重いぞ!」
「弱音を吐くな! これは肉だ! 肉塊だと思えば力も湧くだろう!」
「うおおお! 今夜はドラゴン祭りだァァァ!」


騎士たちは「空腹」をガソリンにして、限界を超えた怪力を発揮していた。


「メリアナ様! 屋敷が見えてきました!」


「ナイスです! さあ皆さん、ラストスパートですわよ!」


一行が屋敷の正門に近づくと、そこにはすでに人だかりができていた。
留守を守っていた使用人や、噂を聞きつけた領民たちだ。


「お、おい見ろ! 殿様が帰ってきたぞ!」
「後ろのあれは何だ!? 山か!?」
「イヤァァァッ! ドラゴンよ! ドラゴンが攻めてきたわ!」


一時パニックになりかけたが、メリアナが台車の上(ドラゴンの鼻先)に立ち上がり、ミートハンマーを掲げて叫んだ。


「ご安心ください、領民の皆さん! これは敵ではありません! 明日の結婚式の『メインディッシュ』です!」


「……は?」


領民たちがポカンとする。


「この『古代炎竜』、脂の乗りは最高! 鮮度も抜群! 明日の式では、皆さんに振る舞いますから、お腹を空かせて待っていてくださいね!」


一瞬の静寂。
そして。


「「「うおおおおおおおッ!! ご馳走だァァァァッ!!」」」


歓声が爆発した。
さすが辺境の民。たくましい。
「ドラゴンの襲来」という恐怖は、「タダで高級肉が食える」という欲望にあっさりと上書きされた。


「……ふぅ。なんとか着いたな」


ギルバートは汗を拭い、隣のメリアナを見た。


「メリアナ。これで食材は揃った。あとは……」


「はい。調理(しき)の準備ですね」


メリアナは屋敷を見上げた。
ボロボロだった外壁は、商人のトマスや領民たちの協力で修復され、今は立派な領主の館として蘇っている。
庭には、サラマンダーの熱源を利用したビニールハウスが並び、青々とした野菜が育っている。


「ここが、私たちの城(レストラン)……」


メリアナは感慨深げに呟いた。


「ああ。そして明日からは、お前がここの正真正銘の女主人だ」


ギルバートが彼女の手を取る。


「準備はいいか? 明日は忙しくなるぞ。……式の最中に解体ショーをやる花嫁など、前代未聞だからな」


「望むところですわ! 純白のドレスを返り血(肉汁)で染めてみせます!」


「……そこは魔法で防いでくれ」


二人が笑い合っていると、空からバサバサという音が聞こえてきた。


「ん? また伝書鳩か?」


見上げると、そこには鳩ではなく、王家の紋章が入ったワイバーンが着陸態勢に入っていた。


「おーい! 兄上ー! メリアナー!」
「間に合いましたわー! お腹空きましたー!」


馬車の窓から、アレクセイとリリィが手を振っている。


「……げっ」


ギルバートが顔をしかめた。


「あの馬鹿ども、本当に来やがったのか」


「あら、嬉しい! 優秀な『下処理スタッフ』が増えましたわ!」


メリアナは歓迎モードだ。


「リリィ様には野菜の洗浄を、殿下には……そうね、ドラゴンの鱗剥ぎを手伝っていただきましょう!」


「王族をこき使う気か」


「働かざる者、食うべからず。辺境の掟ですわ」


着陸した馬車から、王子と聖女が転がり落ちるように出てきた。


「肉! 肉の匂いがするぞ!」
「ハァハァ……ここが楽園……!」


二人の目は完全にキマっていた。
王都での禁欲生活(上品な食事)の反動で、食欲のリミッターが外れているようだ。


「いらっしゃいませ、殿下、リリィ様。ちょうど今、ドラゴンの搬入が終わったところです」


メリアナが笑顔で迎える。


「ど、ドラゴン!? あの後ろの山みたいなやつか!?」


「ええ。明日の結婚式用です。……お二人とも、試食されます?」


「「する!!」」


即答。


「では、前夜祭と行きましょう! 今日は『ドラゴンのタン塩』と『ハラミの壺漬け』です!」


「うおおおおッ!!」


王都からの脱走者たちを加え、ヴォルグ辺境伯邸の夜は更けていく。
明日は結婚式。
そして、メリアナ・ベルトルが「悪役令嬢」から「伝説の辺境伯夫人」へとクラスチェンジする、運命の日である。
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