婚約破棄された「毒殺未遂」の悪役令嬢ですが、それ滋養強壮スープですけど?

恋の箱庭

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「……メリアナ様。本当に、それを身につけるのですか?」


ヴォルグ辺境伯邸の控室。
純白のウェディングドレスに身を包んだメリアナを見て、聖女リリィが引きつった笑顔で尋ねた。


鏡の前に立つメリアナは、息を呑むほど美しかった。
王都の職人が総力を挙げて仕立てたシルクのドレスは、彼女の透き通るような肌を引き立て、繊細なレースには防御魔法と『防汚(ソース弾き)加工』が施されている。


しかし。
その美しいドレスのスカートをめくると――。


「当然ですわ。花嫁の嗜み(たしなみ)ですもの」


太ももには、ホルスターに装着された『ミスリルの包丁セット』。
背中のリボンの裏には、『トング』と『お玉』。
そして腰には、違和感バリバリの『炎竜のフライパン』が吊り下げられていた。


「いざという時、すぐに調理に移れるようにしておかないと。今日の披露宴は『ライブキッチン形式』ですからね」


「花嫁がライブキッチンをする結婚式なんて、歴史上初めてですよ……」


リリィはため息をつきつつ、最後のお直しとしてヴェールを整えた。


「でも……綺麗ですよ、メリアナ様。世界一、強くて美しい花嫁さんです」


「ありがとう、リリィ様。……さあ、行きましょうか。『メインディッシュ』が待っていますわ」


メリアナはニッコリと笑い、扉を開けた。


***


屋敷の庭園は、華やかな装飾で彩られていた。
しかし、普通の結婚式と決定的に違うのは、漂う香りが「花の香り」ではなく「炭火とスパイスの香り」であることだ。


参列席には、辺境の騎士団、領民たち、そして王都から来たアレクセイ王子や商人のトマスなどがズラリと並んでいる。
彼らの手には、聖書やハンカチの代わりに『ナイフとフォーク』が握られていた。


「新郎新婦の入場です!!」


バランの司会と共に、音楽が鳴り響く。


ヴァージンロード(レッドカーペット)の上を、ギルバートとメリアナが腕を組んで歩いてくる。


ギルバートは純白のタキシード姿。
普段の軍服姿も凛々しいが、正装した彼は「氷の将軍」の名に恥じぬ美丈夫ぶりで、参列した女性客たちからため息が漏れた。
ただし、その腰には愛剣『氷狼剣』が差さっている。


そしてメリアナ。
フライパンをぶら下げた花嫁姿はシュールだが、彼女の溢れ出る幸福オーラが全てをねじ伏せて「可愛い」と思わせていた。


二人は祭壇(という名の巨大なまな板の前)に立った。


神父役を務めるのは、なぜか王宮料理長ステファンだ。彼は王都での敗北後、メリアナに心酔し、わざわざ休暇を取って駆けつけてきたのだ。


「えー、新郎ギルバート・ヴォルグ。汝は、この女性を妻とし、健やかなる時も病める時も、空腹なる時も満腹なる時も、共に食卓を囲むことを誓いますか?」


「……誓います」


ギルバートは力強く頷いた。


「新婦メリアナ・ベルトル。汝は、この男性を夫とし、どんなゲテモノ食材も美味しく調理し、彼の胃袋を一生掴んで離さないことを誓いますか?」


「誓います! 死ぬまで餌付けします!」


「では、誓いのキスの代わりに……『ファースト・クッキング』を行います!」


ステファンが高らかに宣言すると、背後の幕がバサァッ! と振り落とされた。


「おおおおおおッ!!」


会場からどよめきが起きる。


そこに鎮座していたのは、氷室で熟成され、完璧な下処理を施された『古代炎竜(エンシェント・フレイムドラゴン)』のサーロイン肉(巨大な岩サイズ)だった。


「出たあぁぁぁ! 伝説のドラゴン肉だ!」
「なんて美しいサシなんだ……!」
「見ろ! 肉自体が微かに発光しているぞ!」


メリアナはドレスの裾をまくり上げ、フライパンを構えた。
ギルバートも剣を抜く。


「さあ、閣下。私たちの初めての共同作業ですわ!」


「ああ。……最高の焼き加減にしてやろう」


これが、ヴォルグ辺境伯家の「ケーキ入刀」ならぬ「ステーキ入刀」である。


「『火力最大(マキシマム・ヒート)』ッ!!」


メリアナがフライパンに魔力を込めると、紅蓮の炎が立ち上った。
同時に、ギルバートが剣から冷気を放つ。


「『氷結結界(アイス・フィールド)』!」


熱と冷気。相反する二つの力が、肉塊を包み込む。
これはただ焼いているのではない。
表面を一瞬で超高温で焼き固めて旨味を閉じ込めつつ、内部には冷気を通して熱の通り過ぎを防ぐ。
「超・低温真空調理」と「直火焼き」を同時に行う、人間業を超えた調理法だ。


ジュウウウウウウウッ!!!!


凄まじい音と共に、白煙と香ばしい匂いが爆発的に広がる。


「くっ……! 匂いだけでご飯三杯はいける!」
「まだか! まだ焼けないのか!」


参列者たちが暴動寸前になる中、メリアナは真剣な眼差しで肉を見つめていた。


「まだです……。ドラゴンの肉は、ただ焼いただけでは『幻』とは呼ばれません」


「どういうことだ、メリアナ?」


ギルバートが剣を維持しながら尋ねる。


「この子(ドラゴン)の肉には、一万年分の魔力が宿っています。中途半端な加熱では、その魔力が『臭み』になってしまう。……魔力を『旨味』に変換する瞬間(タイミング)があるんです!」


メリアナの目は、肉の繊維一つ一つを見極めていた。
彼女の「食材への愛」が、スキルの限界を超えて『食材の声』を聞いていた。


(……今よ! 脂が溶けて、魔力が黄金のスープに変わる瞬間!)


「閣下! 今です! 同時に斬り込みを!」


「承知ッ!!」


ギルバートの剣と、メリアナのフライパン(の縁)が、同時に肉塊へと振り下ろされた。


ザンッ!!!!


肉塊が、空中で美しいサイコロステーキへと解体された。


その瞬間。


ボウッ……!!


切り分けられた肉片の一つ一つから、虹色の光が溢れ出した。


「な、なんだ!?」
「肉が……光っている!?」


「これこそが『幻の食材』たる所以(ゆえん)……『ドラゴンのオーロラ現象』ですわ!」


メリアナが叫ぶ。


「魔力が完全に旨味と同化した時、肉は光を放つのです! さあ皆さん、この光が消えないうちに召し上がれ!!」


「「「いただきまーすッ!!!」」」


合図と共に、参列者たちが猛然と襲いかかった。
もはや結婚式ではない。戦場だ。


アレクセイ王子も、フォークを武器に突撃した。


「こ、これは私の分だ! リリィ、そっちは譲る!」
「ダメです殿下! 脂の乗ったところは早い者勝ちです!」


二人が一つの肉を奪い合い、口に放り込む。


「……ッ!!!!」


アレクセイの動きが止まった。
リリィの目から、閃光のような涙が噴き出した。


「あ……あぁ……」


「なんという……味だ……」


口に入れた瞬間、肉は消えた。
噛む必要などない。舌の体温で脂が溶け、濃厚なクリームのようなコクと、野性味溢れる肉の旨味が、ビッグバンのように口内で爆発したのだ。


「甘い……! 砂糖菓子より甘いのに、肉なんだ!」
「飲み込んだ後も、喉の奥から香りが戻ってくる!」
「体が……体が燃えるように熱い! 力が無限に湧いてくるぞ!」


会場のあちこちで、食べた人々が次々とマッスルポーズをとったり、感動のあまり気絶したりしている。


「ふふふ。大成功ですわね」


メリアナは満足げに、ギルバートと顔を見合わせた。
二人の皿には、一番美味しい『中心部分(シャトーブリアン)』が取り分けられている。


「さあ、閣下。私たちもいただきましょう」


「……ああ」


ギルバートは肉を一切れフォークに刺し、そしてメリアナの口元へ差し出した。


「あーん」


「えっ!? か、閣下!?」


公衆の面前での「あーん」。
メリアナは真っ赤になった。


「……誓いのキスの代わりだと言っただろう。ほら、口を開けろ」


「うぅ……恥ずかしいですけど……いただきます!」


メリアナはパクッと肉を食べた。


「ん~っ!! 美味しいぃぃッ!!」


彼女は頬を押さえて悶絶した。
自分で作った料理だが、好きな人に食べさせてもらうと、その味は格別だった。


「次は私の番ですわ!」


メリアナも震える手で肉を刺し、ギルバートの口へ。


「はい、あーん!」


ギルバートも少し照れくさそうに、しかししっかりと食べた。


「……美味い」


彼は静かに、しかし深く感動していた。


「世界一だ。……お前も、この肉も」


その言葉に、会場中からヒューヒューと冷やかしの口笛が飛んだ。


「熱いねぇ!」
「ドラゴンより熱々だ!」
「末長く爆発しろ!」


笑い声と、咀嚼音と、称賛の声。
ヴォルグ辺境伯邸の庭は、世界で一番幸せな喧騒に包まれていた。


しかし。
この結婚式は、ただ食べて終わりではなかった。


ドラゴンの肉が持つ「滋養強壮効果」は、彼らの想像を遥かに超えていたのだ。


「うおおおおッ! なんかムラムラしてきたぞ!」
「走りてぇ! 雪山を一周してくる!」
「おい、ダンスだ! 朝まで踊るぞ!」


食べた人々が、次々と暴走(ハイテンション化)し始めた。
老人だったトマスがブレイクダンスを始め、騎士たちは組手を始め、リリィは杖を振り回して魔法の花火を打ち上げ始めた。


「あ、あらら……。ちょっと刺激が強すぎたかしら?」


メリアナが冷や汗をかく。


「……まあ、いいだろう」


ギルバートは、騒がしい庭を眺めながら、愛する妻の肩を抱いた。


「静かな結婚式など、お前には似合わん」


「ふふ。そうですわね」


二人は寄り添い、カオスな宴を見守った。


日が暮れても、宴は終わらない。
幻の食材「ドラゴン」は、人々の記憶と胃袋に、永遠に消えない伝説を刻み込んだのだった。


そして、夜。
喧騒を抜け出した二人は、屋敷のバルコニーで静かな時間を過ごしていた。


「……メリアナ」


「はい、あなた」


呼び方が「閣下」から「あなた」に変わった。
それだけで、メリアナの心臓はドラゴンの心臓のように高鳴る。


「これからも、色々なことがあるだろう。……また追放されるかもしれんし、もっとヤバい魔物が出るかもしれん」


「ええ。望むところです」


「だが、約束する。……食いっぱぐれだけは、絶対にさせない」


「ふふっ。最高のプロポーズの言葉ですわ」


メリアナは背伸びをして、ギルバートの唇にキスをした。
今度は、肉の味ではなく、甘い愛の味がした。


物語はここで大団円……ではない。
彼らの食卓は、これからも続いていく。


「さて、あなた。明日の朝ごはんはどうします?」


「……まだ食うのか」


「当然です! ドラゴンのガラでラーメンを作る予定ですわ!」


「……付き合うよ、一生な」


月明かりの下、二人の影が重なる。
その横には、しっかりと『炎竜のフライパン』が立てかけられていた。
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