尊すぎて「悪役令嬢」を演じて婚約破棄されましたが、お構いなく!

恋の箱庭

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「さて、私の『悪役令嬢計画』を実行に移すには、何が必要か」

王立学園の裏庭。

昼休みの喧騒から離れたベンチで、私は一人、作戦会議(脳内)を開いていた。

手元には愛用のメモ帳。

表紙には『打倒! 私!』という勇ましいスローガンが書き殴られている。

「まずは、殿下の隣に立つに相応しい『真のヒロイン』の発掘よ」

私は羽ペンをくるくると回しながら、熱弁を振るう(観客は木々の小鳥だけだ)。

「いい? 悪役令嬢というのは、光り輝くヒロインがいてこそ成立する影の存在。ヒロインがいなければ、私はただの性格の悪い女で終わってしまうわ」

それは美しくない。

私のシナリオでは、私が殿下に婚約破棄された直後、傷心の殿下を優しく癒やす女神のような少女が現れる手はずになっているのだ。

いわゆる『ざまぁ』展開の後の、ハッピーエンド要員である。

「条件は……そうね、まずは『守ってあげたくなる』こと。これは絶対よ」

殿下は完璧超人だ。

何でも一人でできてしまう彼には、つい手を差し伸べたくなるような、庇護欲をそそるタイプが相性がいいはず。

私のように、遠くから双眼鏡で監視したり、庭木に擬態したりする不審者は論外である。

「次に『素直さ』。殿下の言葉を疑わず、真っ直ぐに受け止められる純真な心が必要ね」

殿下はたまに言葉足らずなところがあるから、深読みしすぎる令嬢だとすれ違いが起きてしまう。

「あとは……やっぱり『逆境に負けない強さ』かしら」

悪役令嬢(私)からの嫌がらせにもめげず、健気に立ち向かう姿。

それを見れば、殿下も「なんてけなげな娘なんだ」と恋に落ちるに違いない。

「よし、ターゲット層は定まったわ。あとは実地調査あるのみ!」

私はメモ帳を閉じると、気合を入れて立ち上がった。

午後の授業が始まるまであと三十分。

この短時間で、学園内に潜む原石を見つけ出してみせる。

私はハンターのような鋭い眼差しで、校舎へと向かった。

          ◇

「違う……あの方ではないわ」

食堂のテラス席を一瞥し、私は即座に判定を下す。

あそこで高笑いしている伯爵令嬢は、扇子の仰ぎ方が強すぎる。

あんな強風を浴びせられたら、殿下の美しい金髪が乱れてしまうではないか。却下だ。

「あの子も違うわね」

廊下ですれ違った子爵令嬢。

可愛らしいけれど、香水の匂いがキツすぎる。

殿下は五感も鋭いから、あのような人工的な香りは好まないはず。

やはり石鹸の香りが似合うような、清楚系でなければ。

「うーん、なかなかいないものね……」

私は図書室、中庭、温室と渡り歩いたが、眼鏡にかなう人材は見つからなかった。

この学園には良家の子女がたくさんいるけれど、どの子も帯に短し襷に長し。

というか、私の『殿下への愛(フィルター)』が分厚すぎて、並大抵の女性では合格点を出せないだけかもしれない。

「殿下の隣に並ぶのよ? そこらの美女じゃ解釈違いもいいところだわ」

難航する捜索に、私がため息をつきかけたその時だった。

「ひゃうっ!?」

渡り廊下の曲がり角から、妙な悲鳴が聞こえてきた。

「……ひゃう?」

なんだ今の、小動物が踏まれたような鳴き声は。

私は吸い寄せられるように角を曲がった。

そこには――運命が転がっていた。

いや、正確には少女が転がっていた。

「あたた……また転んじゃった……」

石畳の上にぺたりと座り込んでいるのは、小柄な少女だ。

栗色のふわふわとした髪は、計算された無造作ヘアではなく、本当に寝癖がついているように見える。

制服のリボンは少し曲がっていて、スカートの裾には枯れ葉がついていた。

そして何より、彼女の周りに散らばっている教科書の数!

「あわわ、どうしよう……拾わなきゃ……」

少女は涙目で慌てふためき、教科書を拾おうとして、また別の教科書を肘で落としてしまった。

ドジだ。

圧倒的なドジっ子だ。

「…………!」

私は雷に打たれたような衝撃を受けた。

これだ。

この、放っておけない危なっかしさ!

あざとさのない、天然由来のポンコツ感!

「見つけた……! これぞ王道ヒロインの原石……!」

私のオタクセンサーが激しく反応している。

彼女なら、完璧すぎる殿下の日常に、予測不能なハプニング(ときめき)をもたらしてくれるに違いない。

私は深呼吸をして表情を引き締めると、優雅な足取りで彼女に近づいた。

「そこの貴女」

「ひっ!?」

声をかけると、少女はビクリと肩を跳ねさせ、怯えたようにこちらを見上げた。

私と目が合うなり、彼女の顔から血の気が引いていく。

「こ、公爵家の……ラヴィニア様……!?」

「ええ、そうよ。名前を知ってくれているなんて光栄だわ」

私は内心でガッツポーズをした。

私の名前を知っているということは、私が王太子の婚約者であることも知っているはず。

つまり、私が話しかけるだけで『身分差によるプレッシャー』という演出ができる。

「あ、あの、ごごご、ごめんなさい! 邪魔でしたよね!? すぐ退きますから……!」

少女は半泣きになりながら、必死に教科書をかき集め始めた。

その手はプルプルと震えていて、まるで捕食者を前にしたハムスターのようだ。

「……(可愛い)」

いけない、うっかり愛でそうになってしまった。

私は悪役令嬢。

ここは高圧的にいかなければ。

「貴女、お名前は?」

私は冷ややかに(見えるように努力して)見下ろした。

少女は本を抱きしめたまま、蚊の鳴くような声で答える。

「ミ、ミナ……ミナ・サクライです……男爵家の……」

「ミナ・サクライ……」

名前まで完璧じゃないか。

響きが可愛いし、カタカナで書いても字面が良い。

これはグッズ化しやすい名前だ。

「そう、ミナ様ね。……随分と散らかしたようだけれど、怪我はない?」

「は、はいっ! 大丈夫です! すみません!」

「謝る必要はないわ。ただ、リボンが曲がっているわよ」

私はしゃがみ込むと、彼女の胸元のリボンに手を伸ばした。

ミナ様は「殺される!」とでも言いたげに目を固く瞑ったが、私は丁寧にリボンを直し、ポンと肩を叩く。

「……あ?」

目を開けたミナ様が、呆然と私を見ている。

「身だしなみは淑女の基本よ。次からは気をつけることね」

それだけ言い残し、私は颯爽と背を向けた。

本当は「大丈夫? 痛くない?」と撫で回したいところだが、それではただの親切なお姉さんになってしまう。

今は『気まぐれで高飛車な公爵令嬢』という印象を植え付けるのが重要なのだ。

「あ、あの……! ラヴィニア様……!」

背後から、おずおずとした声がかかる。

「……何かしら?」

振り返ると、ミナ様は頬を赤らめ、もじもじしながら言った。

「あり……ありがとうございました……!」

その笑顔の、なんと破壊力のあることか。

守りたい、この笑顔。

いや、守るのは私ではない。フリード殿下だ。

「……ふん。お礼を言われるようなことではないわ」

私は素っ気なく鼻を鳴らし、今度こそその場を去った。

角を曲がってミナ様の視界から消えた瞬間、私は壁に手をついて崩れ落ちた。

「決定……! あの子よ! あの子しかいない!」

心の中でファンファーレが鳴り響く。

あのおどおどした態度、地味ながらも愛らしい顔立ち、そして何より『いじめがいがありそうな雰囲気』。

彼女こそ、私が探し求めていた逸材だ。

「ミナ・サクライ男爵令嬢……。貴女を、私がプロデュースして差し上げるわ」

まずは彼女と殿下の接点を作らなければならない。

そして同時に、私が彼女を虐げることで、殿下の正義感を刺激するのだ。

「うふふ、忙しくなりそうね」

私はメモ帳を開き、『候補者リスト』の白紙ページに大きく『ミナ様』と書き込んだ。

その文字の横に、二重丸と花丸を添えて。

こうして、役者は揃った。

次は、いよいよ『悪役令嬢』としてのデビュー戦だ。

私はこれからの計画を思い描き、廊下で一人、不気味な笑みを浮かべるのだった。

「待っていてね、殿下。貴方のための最高の恋物語(ラブロマンス)、私が脚本を書いて差し上げますから!」

通りかかった男子生徒が「うわ、ラヴィニア様がまた何か企んでる……」と引いていたが、私には賞賛の言葉にしか聞こえなかった。
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