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「ついに……ついに、この時が来たわ!」
煌びやかなシャンデリアが輝く、王立学園の大広間。
今夜は学園主催の夜会(ソワレ)。
貴族の生徒たちが着飾り、優雅に談笑するこの場所こそ、私がフリード殿下から「婚約破棄」を突きつけられる運命の断罪ステージだ。
私は壁の花になりながら、ワイングラス片手に震えていた。
恐怖ではない。武者震いだ。
「今日の私は、いつにも増して悪役令嬢(ヴィラン)! 見なさい、このドレスを!」
私が身に纏っているのは、毒々しいまでに鮮やかな真紅のドレス。
メイクも少し濃いめにし、唇には深い赤を乗せた。
鏡を見たときは「あれ、意外と似合う?」と自分でも思ったが、今はそんな感想は捨て置く。
重要なのは、この色が『返り血』や『危険』を連想させるということだ。
「そして、ターゲットは……いたわ!」
広間の中央、控えめに佇む少女。ミナ様だ。
今日の彼女は、私が(匿名で)送りつけた純白のドレスを着ている。
フリルが控えめで、彼女の清楚さを引き立てる完璧なチョイスだ。
「可愛い……! まるで雪の妖精じゃない! 誰よあのドレス選んだの、天才ね!(私だ)」
脳内で自画自賛しながら、私は獲物を狙う猛獣の目つきを作った。
計画はこうだ。
1.ミナ様に近づく。
2.「あら、貧相なドレスね」と難癖をつける。
3.持っている赤ワインを、彼女の白いドレスにぶちまける。
4.「汚らわしい色が似お似合いよ!」と高笑いする。
完璧すぎる。
古典的だが、だからこそ誰もが「なんて酷いことを!」と激昂する、悪役令嬢の必修科目だ。
この蛮行を殿下に見られれば、間違いなく私の首は飛ぶ(比喩的に)。
「よし、行くわよラヴィニア。貴女ならできる。殿下の幸せのために、心を鬼にするのよ!」
私はグラスを強く握りしめ、人混みをかき分けて進んだ。
周囲の生徒たちが、私の殺気(気合)を感じ取って道を空ける。
ミナ様がこちらに気づき、パッと顔を輝かせた。
「あ、ラヴィニア様! ごきげんよう!」
「……ごきげんよう、ミナ様」
私は冷酷な笑みを浮かべ、彼女の目の前に立った。
「随分と楽しそうですわね。身の程もわきまえずに」
「はい! ラヴィニア様がいらっしゃるのを待っていたんです!」
「……(可愛いっ)」
いけない、笑顔が眩しすぎて目が潰れそうだ。
だが、ここで怯んではいけない。
私はグラスを持ち上げ、手首のスナップを効かせる準備をした。
「その白いドレス……汚してやりたくてウズウズしますわ」
「えっ? 汚す……ですか?」
「そうよ。たとえば、こんな風にね!」
私は心の中で「ごめんねミナ様、後で最高級のクリーニング店を紹介するから!」と謝罪しつつ、グラスを傾けようとした。
その瞬間である。
『王太子殿下、ご入場!』
入り口の衛兵が高らかに告げた。
その声に、会場中の視線が一斉に入り口へ向く。私も条件反射で振り向いてしまった。
そこには――神がいた。
「…………ッ!!」
今日のフリード殿下は、夜会の正装である白の礼服に身を包んでいた。
金色の髪は丁寧にセットされ、いつにも増して輝きを放っている。
歩くたびにマントが翻り、その背後には後光が見える(幻覚)。
あまりの尊さに、私の思考回路は一瞬でショートした。
「(白スーツ……! 白スーツは反則よ……! 前髪の流し方も完璧だし、何よりあの冷ややかな瞳が会場を一瞥する仕草……覇王色の覇気か何か!?)」
尊い。無理。好き。
語彙力が消滅し、私はフラフラと足をもつれさせた。
「あっ」
殿下に見惚れたせいで、体幹がブレた。
さらに悪いことに、履き慣れないハイヒールがドレスの裾を踏んづけた。
私の体は物理法則に従い、大きく傾く。
手には、なみなみと注がれた赤ワイン。
「きゃあああっ!?」
「ラヴィニア様!?」
ドシャッ!
派手な音がして、私は床に倒れ込んだ。
そして、視界が真っ赤に染まる。
「……っぷ、はっ!」
顔を上げると、周囲がシンと静まり返っていた。
私の真紅のドレスは、さらに濃いワイン色に濡れそぼり、顔やデコルテからも赤い雫が滴っている。
そう。
私はミナ様にかけるはずのワインを、遠心力で見事に自分自身にぶっかけてしまったのだ。
「ら、ラヴィニア様! 大丈夫ですか!?」
ミナ様が真っ青な顔で駆け寄ってくる。
白いハンカチを取り出し、私の顔を拭おうとする。
「血!? これ、血ですか!? 死なないでくださいラヴィニア様!」
「ち、違うわ……これはワインよ……」
なんて無様な。
悪役令嬢が、自分で自分を断罪してどうする。
これではただのドジな公爵令嬢ではないか。
周囲からは「プッ」という失笑や、「またラヴィニア様が何かやったぞ」という呆れた声が聞こえてくる。
違う。
私が求めているのは『失笑』ではない。『軽蔑』だ!
「……いいえ、まだ終わっていないわ!」
私は濡れた髪をかき上げ、立ち上がった。
ワインまみれの姿は、見ようによっては『返り血を浴びた狂人』に見えなくもない。
むしろ、こっちの方が狂気じみていて悪役っぽいのでは?
私は震える指でミナ様を指差した。
「見なさい、ミナ・サクライ! 貴女にこうしてやるつもりだったのよ!」
「えっ?」
「私のこの姿は、貴女の未来の姿だったの! 私がドジを踏まなければ、今頃貴女がワインまみれになって、恥をかいていたはずなのよ! どう、恐ろしいでしょう!」
会場がざわめく。
「え、どういう論理?」
「自分にかかったのに?」
「未遂の自白?」
困惑する周囲を無視し、私は叫び続けた。
「私は貴女をいじめるためにここに来たの! 貴女のような平民上がりが、殿下の視界に入ること自体が許せなかったから!」
そこへ、静かに人垣が割れた。
氷のような冷気を纏ったフリード殿下が、ゆっくりと歩いてくる。
「……ラヴィニア」
低く、よく通る声。
私はビクリと肩を震わせたが、逃げずに彼を睨みつけた(つもりだが、ワインが目に入って痛い)。
「殿下……! 聞いてくださいましたか!」
私は両手を広げ、濡れた姿を晒した。
「私は、このか弱いミナ嬢に恥をかかせようとした、性根の腐った女です! 先日のクッキーも、ウォーキング指導も、全ては彼女を追い詰めるための布石でした!」
「……そうか」
殿下は無表情のまま、私の目の前まで来た。
そして、懐からハンカチを取り出すと、私の頬についたワインをぬぐった。
「っ!?」
「目が赤いぞ。沁みているんじゃないか?」
「そ、そんなことはどうでもいいのです! 私の心の方が醜く汚れているのですから!」
私は殿下の手を振り払った。
これは賭けだ。
王族の手を振り払うなど、不敬罪にあたる。
これでもう、後戻りはできない。
「殿下! 私は貴方の婚約者として相応しくありません! 嫉妬に狂い、罪のないご令嬢を陥れようとするような女は、貴方の隣にいる資格などないのです!」
一気にまくしたてる。
心臓が早鐘を打つ。
嫌だ。本当は離れたくない。
でも、貴方の隣には、汚れのない美しい人が立つべきだから。
私のような、貴方を見るだけで奇声を上げそうになるオタクではなく、ちゃんと貴方を支えられる人が。
涙がこみ上げてきたが、それはワインのせいにして誤魔化した。
「だから……お願いです。私を捨ててください」
会場が凍りついたように静まり返る。
ミナ様が「ラヴィニア様……」と泣きそうな声を上げる。
フリード殿下は、じっと私を見つめていた。
そのアイスブルーの瞳に、どんな感情が宿っているのか、私には読み取れない。
怒りか、呆れか、それとも軽蔑か。
長い、長い沈黙の後。
殿下はゆっくりと口を開いた。
「……そこまで言うなら」
低い声が、広間に響く。
「望み通りにしてやろう」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸に走ったのは激痛だった。
けれど、それ以上に「ああ、これで殿下は自由になれる」という安堵が広がった。
「婚約は破棄だ、ラヴィニア」
決定的な言葉。
私はガクガクと震える膝に力を入れ、最高の笑顔(のつもり)を作った。
「……感謝いたします、殿下!」
私は濡れたドレスの裾をつまみ、深くカーテシーをした。
「今まで、ご迷惑をおかけしました。……どうか、お幸せに」
顔を上げると、殿下の表情は見えなかった。
私は踵を返し、逃げるように会場の出口へと走った。
背後で誰かが呼び止める声が聞こえた気がしたが、振り返らなかった。
大広間を出て、夜風が吹き抜けるバルコニーに出た瞬間、堪えていた涙が溢れ出した。
「うっ……ううっ……」
成功した。
計画通りだ。
これで私は追放され、殿下はミナ様と結ばれる。
完璧なハッピーエンドだ。
「なのに……なんでこんなに苦しいのよぉ……ッ!」
私は手すりにしがみつき、夜空に向かって号泣した。
推しの幸せを願って身を引くこと。
それがオタクの矜持だと思っていたけれど、やっぱり『推し』じゃなくて『好き』だったんだと思い知らされる。
「大好きでした……フリード様……」
誰もいないバルコニーで、私の初恋は幕を閉じた。
……はずだった。
この時の私はまだ知らなかったのだ。
会場に残された殿下が、この世の終わりみたいな顔でアレク様に八つ当たりし、即座に「ラヴィニア捕獲作戦」を立案し始めたことを。
そして、私の「悪役令嬢演技」が、殿下には「俺を想うあまり身を引こうとする健気な自己犠牲」として、完全にプラスの方向に解釈されていることを。
煌びやかなシャンデリアが輝く、王立学園の大広間。
今夜は学園主催の夜会(ソワレ)。
貴族の生徒たちが着飾り、優雅に談笑するこの場所こそ、私がフリード殿下から「婚約破棄」を突きつけられる運命の断罪ステージだ。
私は壁の花になりながら、ワイングラス片手に震えていた。
恐怖ではない。武者震いだ。
「今日の私は、いつにも増して悪役令嬢(ヴィラン)! 見なさい、このドレスを!」
私が身に纏っているのは、毒々しいまでに鮮やかな真紅のドレス。
メイクも少し濃いめにし、唇には深い赤を乗せた。
鏡を見たときは「あれ、意外と似合う?」と自分でも思ったが、今はそんな感想は捨て置く。
重要なのは、この色が『返り血』や『危険』を連想させるということだ。
「そして、ターゲットは……いたわ!」
広間の中央、控えめに佇む少女。ミナ様だ。
今日の彼女は、私が(匿名で)送りつけた純白のドレスを着ている。
フリルが控えめで、彼女の清楚さを引き立てる完璧なチョイスだ。
「可愛い……! まるで雪の妖精じゃない! 誰よあのドレス選んだの、天才ね!(私だ)」
脳内で自画自賛しながら、私は獲物を狙う猛獣の目つきを作った。
計画はこうだ。
1.ミナ様に近づく。
2.「あら、貧相なドレスね」と難癖をつける。
3.持っている赤ワインを、彼女の白いドレスにぶちまける。
4.「汚らわしい色が似お似合いよ!」と高笑いする。
完璧すぎる。
古典的だが、だからこそ誰もが「なんて酷いことを!」と激昂する、悪役令嬢の必修科目だ。
この蛮行を殿下に見られれば、間違いなく私の首は飛ぶ(比喩的に)。
「よし、行くわよラヴィニア。貴女ならできる。殿下の幸せのために、心を鬼にするのよ!」
私はグラスを強く握りしめ、人混みをかき分けて進んだ。
周囲の生徒たちが、私の殺気(気合)を感じ取って道を空ける。
ミナ様がこちらに気づき、パッと顔を輝かせた。
「あ、ラヴィニア様! ごきげんよう!」
「……ごきげんよう、ミナ様」
私は冷酷な笑みを浮かべ、彼女の目の前に立った。
「随分と楽しそうですわね。身の程もわきまえずに」
「はい! ラヴィニア様がいらっしゃるのを待っていたんです!」
「……(可愛いっ)」
いけない、笑顔が眩しすぎて目が潰れそうだ。
だが、ここで怯んではいけない。
私はグラスを持ち上げ、手首のスナップを効かせる準備をした。
「その白いドレス……汚してやりたくてウズウズしますわ」
「えっ? 汚す……ですか?」
「そうよ。たとえば、こんな風にね!」
私は心の中で「ごめんねミナ様、後で最高級のクリーニング店を紹介するから!」と謝罪しつつ、グラスを傾けようとした。
その瞬間である。
『王太子殿下、ご入場!』
入り口の衛兵が高らかに告げた。
その声に、会場中の視線が一斉に入り口へ向く。私も条件反射で振り向いてしまった。
そこには――神がいた。
「…………ッ!!」
今日のフリード殿下は、夜会の正装である白の礼服に身を包んでいた。
金色の髪は丁寧にセットされ、いつにも増して輝きを放っている。
歩くたびにマントが翻り、その背後には後光が見える(幻覚)。
あまりの尊さに、私の思考回路は一瞬でショートした。
「(白スーツ……! 白スーツは反則よ……! 前髪の流し方も完璧だし、何よりあの冷ややかな瞳が会場を一瞥する仕草……覇王色の覇気か何か!?)」
尊い。無理。好き。
語彙力が消滅し、私はフラフラと足をもつれさせた。
「あっ」
殿下に見惚れたせいで、体幹がブレた。
さらに悪いことに、履き慣れないハイヒールがドレスの裾を踏んづけた。
私の体は物理法則に従い、大きく傾く。
手には、なみなみと注がれた赤ワイン。
「きゃあああっ!?」
「ラヴィニア様!?」
ドシャッ!
派手な音がして、私は床に倒れ込んだ。
そして、視界が真っ赤に染まる。
「……っぷ、はっ!」
顔を上げると、周囲がシンと静まり返っていた。
私の真紅のドレスは、さらに濃いワイン色に濡れそぼり、顔やデコルテからも赤い雫が滴っている。
そう。
私はミナ様にかけるはずのワインを、遠心力で見事に自分自身にぶっかけてしまったのだ。
「ら、ラヴィニア様! 大丈夫ですか!?」
ミナ様が真っ青な顔で駆け寄ってくる。
白いハンカチを取り出し、私の顔を拭おうとする。
「血!? これ、血ですか!? 死なないでくださいラヴィニア様!」
「ち、違うわ……これはワインよ……」
なんて無様な。
悪役令嬢が、自分で自分を断罪してどうする。
これではただのドジな公爵令嬢ではないか。
周囲からは「プッ」という失笑や、「またラヴィニア様が何かやったぞ」という呆れた声が聞こえてくる。
違う。
私が求めているのは『失笑』ではない。『軽蔑』だ!
「……いいえ、まだ終わっていないわ!」
私は濡れた髪をかき上げ、立ち上がった。
ワインまみれの姿は、見ようによっては『返り血を浴びた狂人』に見えなくもない。
むしろ、こっちの方が狂気じみていて悪役っぽいのでは?
私は震える指でミナ様を指差した。
「見なさい、ミナ・サクライ! 貴女にこうしてやるつもりだったのよ!」
「えっ?」
「私のこの姿は、貴女の未来の姿だったの! 私がドジを踏まなければ、今頃貴女がワインまみれになって、恥をかいていたはずなのよ! どう、恐ろしいでしょう!」
会場がざわめく。
「え、どういう論理?」
「自分にかかったのに?」
「未遂の自白?」
困惑する周囲を無視し、私は叫び続けた。
「私は貴女をいじめるためにここに来たの! 貴女のような平民上がりが、殿下の視界に入ること自体が許せなかったから!」
そこへ、静かに人垣が割れた。
氷のような冷気を纏ったフリード殿下が、ゆっくりと歩いてくる。
「……ラヴィニア」
低く、よく通る声。
私はビクリと肩を震わせたが、逃げずに彼を睨みつけた(つもりだが、ワインが目に入って痛い)。
「殿下……! 聞いてくださいましたか!」
私は両手を広げ、濡れた姿を晒した。
「私は、このか弱いミナ嬢に恥をかかせようとした、性根の腐った女です! 先日のクッキーも、ウォーキング指導も、全ては彼女を追い詰めるための布石でした!」
「……そうか」
殿下は無表情のまま、私の目の前まで来た。
そして、懐からハンカチを取り出すと、私の頬についたワインをぬぐった。
「っ!?」
「目が赤いぞ。沁みているんじゃないか?」
「そ、そんなことはどうでもいいのです! 私の心の方が醜く汚れているのですから!」
私は殿下の手を振り払った。
これは賭けだ。
王族の手を振り払うなど、不敬罪にあたる。
これでもう、後戻りはできない。
「殿下! 私は貴方の婚約者として相応しくありません! 嫉妬に狂い、罪のないご令嬢を陥れようとするような女は、貴方の隣にいる資格などないのです!」
一気にまくしたてる。
心臓が早鐘を打つ。
嫌だ。本当は離れたくない。
でも、貴方の隣には、汚れのない美しい人が立つべきだから。
私のような、貴方を見るだけで奇声を上げそうになるオタクではなく、ちゃんと貴方を支えられる人が。
涙がこみ上げてきたが、それはワインのせいにして誤魔化した。
「だから……お願いです。私を捨ててください」
会場が凍りついたように静まり返る。
ミナ様が「ラヴィニア様……」と泣きそうな声を上げる。
フリード殿下は、じっと私を見つめていた。
そのアイスブルーの瞳に、どんな感情が宿っているのか、私には読み取れない。
怒りか、呆れか、それとも軽蔑か。
長い、長い沈黙の後。
殿下はゆっくりと口を開いた。
「……そこまで言うなら」
低い声が、広間に響く。
「望み通りにしてやろう」
その言葉を聞いた瞬間、私の胸に走ったのは激痛だった。
けれど、それ以上に「ああ、これで殿下は自由になれる」という安堵が広がった。
「婚約は破棄だ、ラヴィニア」
決定的な言葉。
私はガクガクと震える膝に力を入れ、最高の笑顔(のつもり)を作った。
「……感謝いたします、殿下!」
私は濡れたドレスの裾をつまみ、深くカーテシーをした。
「今まで、ご迷惑をおかけしました。……どうか、お幸せに」
顔を上げると、殿下の表情は見えなかった。
私は踵を返し、逃げるように会場の出口へと走った。
背後で誰かが呼び止める声が聞こえた気がしたが、振り返らなかった。
大広間を出て、夜風が吹き抜けるバルコニーに出た瞬間、堪えていた涙が溢れ出した。
「うっ……ううっ……」
成功した。
計画通りだ。
これで私は追放され、殿下はミナ様と結ばれる。
完璧なハッピーエンドだ。
「なのに……なんでこんなに苦しいのよぉ……ッ!」
私は手すりにしがみつき、夜空に向かって号泣した。
推しの幸せを願って身を引くこと。
それがオタクの矜持だと思っていたけれど、やっぱり『推し』じゃなくて『好き』だったんだと思い知らされる。
「大好きでした……フリード様……」
誰もいないバルコニーで、私の初恋は幕を閉じた。
……はずだった。
この時の私はまだ知らなかったのだ。
会場に残された殿下が、この世の終わりみたいな顔でアレク様に八つ当たりし、即座に「ラヴィニア捕獲作戦」を立案し始めたことを。
そして、私の「悪役令嬢演技」が、殿下には「俺を想うあまり身を引こうとする健気な自己犠牲」として、完全にプラスの方向に解釈されていることを。
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