尊すぎて「悪役令嬢」を演じて婚約破棄されましたが、お構いなく!

恋の箱庭

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「暇ね……」

白の離宮、最上階の『牢獄(VIPスイート)』。

私は窓際に置かれた高級な長椅子(シェーズ・ロング)に寝そべり、天井のフレスコ画を眺めていた。

監禁生活二日目。

ここでの生活は、恐ろしいほどに退屈で、そして快適だった。

朝は小鳥のさえずりで目覚め、昼は極上のランチ、夜はふかふかのベッド。

唯一の『拷問』といえば、朝晩必ずやってくるフリード殿下による過剰なスキンシップと、「愛してる」「逃がさない」という甘い囁き(精神攻撃)くらいだ。

「このままでは駄目だわ。人間として堕落してしまう……」

私は起き上がり、テーブルの上にあった刺繍セットを手に取った。

「囚人らしく、労働をしましょう」

私は針に糸を通し、無心で布に刺し始めた。

目指す図案は『鉄格子の向こうで泣く少女』。今の私の心境を表した芸術作品になるはずだ。

チクッ。

「いった!」

指を刺した。

「……労働、向いてないわね」

私が指を舐めながらため息をついた時、重厚な扉がノックされた。

「ラヴィニア様、面会人がいらっしゃいました」

「面会人?」

殿下以外の人間がここに来るなんて珍しい。

アレク様かしら? それとも実家の両親が泣きついてきたのかしら?

「通してちょうだい」

私が許可を出すと、重い扉がゆっくりと開いた。

そこに立っていたのは、予想外の人物だった。

「ラヴィニア様ぁぁぁ……ッ!」

「ミ、ミナ様!?」

涙目で飛び込んできたのは、私が「真のヒロイン」と認定している男爵令嬢、ミナ・サクライだった。

          ◇

「ううっ、ラヴィニア様ぁ……ご無事でしたかぁ……!」

ミナ様は私の手を取り、ブンブンと上下に振った。

その瞳からはポロポロと涙がこぼれ落ちている。

「ミナ様、落ち着いて。一体どうしたの? どうしてここに?」

「殿下に頼み込んで、特別に入れていただいたんです……! ラヴィニア様が王宮に連れ戻されたって聞いて、心配で心配で……」

なんていい子なんだろう。

自分をいじめていた(つもりの)悪役令嬢を、こんなに心配してくれるなんて。

やはり彼女こそがヒロイン。光属性の申し子だわ。

「私は大丈夫よ。見ての通り、五体満足だわ」

私は優雅に微笑んでみせた。

「ただ、少しばかり……殿下の逆鱗に触れてしまって、ここで謹慎しているだけよ」

「謹慎……やっぱり、あの『別荘送り』は本当だったんですね……」

ミナ様はハンカチで鼻をかんだ。

「私、ラヴィニア様がいなくなってから、ずっと寂しかったんです。誰も私にウォーキングを教えてくれないし、誰も『パンがないならお菓子を食べろ』ってケーキをくれないし……」

「……あ、うん。そうね」

その思い出、美化されすぎてない?

「でも、ミナ様。貴女には殿下がいらっしゃるでしょう?」

私は本題を切り出した。

私が身を引いた今、障害物はなくなったはずだ。

二人は愛を育み、幸せな日々を送っているはず。

「殿下と二人きりの学園生活、楽しんでいるのでしょう? 正直に言いなさいな」

私が水を向けると、ミナ様の顔色がサァッと青ざめた。

そして、ブルブルと小刻みに震え出したのだ。

「……いえ。……地獄です」

「はい?」

「殿下がいらっしゃる学園は、今、氷河期なんです……!」

ミナ様は私の肩を掴み、悲痛な声で訴えた。

「ラヴィニア様がいなくなってからの殿下、すっごく怖いんです! 廊下ですれ違うだけで気温が下がるし、笑顔は完全に消えてるし、目が合った生徒が次々と『ひぃっ』て言って気絶していくんです!」

「ええっ!?」

私は驚愕した。

あの爽やかで国民的な人気を誇る殿下が?

歩く空気清浄機と呼ばれた殿下が?

「嘘でしょう? だって、邪魔な私が消えたのよ? 殿下は清々しい気分で、貴女とのロマンスを楽しんでいるはずじゃ……」

「ロマンスどころじゃありません! サバイバルです!」

ミナ様が叫んだ。

「私なんて、この前殿下に話しかけようとしたら、視線だけで『俺の半径五メートル以内に入るな』っていう圧をかけられて、足がすくんで動けなくなりました……!」

「……え?」

話が違う。

私のシナリオでは、殿下はミナ様を優しくエスコートし、「君を守るよ」と微笑むはずなのに。

「アレク様も死にそうな顔をしてました。『胃薬が足りない……ラヴィニア嬢、早く戻ってきてくれ……』って、うわ言のように呟いていて……」

「アレク様……」

「王宮の使用人たちも怯えています。殿下が通るたびに、廊下の花が枯れるって噂まで立ってるんです!」

ミナ様は私の手を強く握り締めた。

「お願いです、ラヴィニア様! 早く殿下の機嫌を直してください! このままだと、国が凍りつきます!」

「そ、そんなことを言われても……」

私は困惑した。

殿下が不機嫌?

私がいないせいで?

(……あ、そうか!)

私はポンと手を打った。

「分かったわ。殿下は『恋煩い』をしているのね!」

「こ、恋煩いですか?」

「ええ。貴女との仲がなかなか進展しないことに、焦れていらっしゃるのよ!」

私の名推理が炸裂した。

殿下は完璧主義者だ。

きっと、「ラヴィニアを追放したのに、なぜミナとの距離が縮まらないんだ!」と自分自身に腹を立てているに違いない。

あるいは、私という『共通の敵』がいなくなったせいで、吊り橋効果が消え、どうアプローチしていいか分からなくなっているのかも。

「なるほどね……。殿下ったら、意外と奥手なんだから」

「え? あの、ラヴィニア様? なんか解釈がズレているような……」

「安心して、ミナ様。私がなんとかするわ!」

私は立ち上がり、拳を握りしめた。

「殿下の機嫌が悪いなら、直せばいい。そして、貴女がそのきっかけを作ればいいのよ!」

「私が……ですか?」

「そう! 不機嫌な男性の心を溶かすのは、いつだって健気なヒロインの手作りプレゼントと相場が決まっているわ!」

私はビシッとミナ様を指差した。

「クッキーよ、ミナ様。手作りクッキーを焼くのよ!」

「クッキー……?」

「殿下は甘いものがお好き(だと思われる)よ。貴女が愛情を込めて焼いたクッキーを差し出せば、あの氷の王子もメロメロになるはずだわ!」

かつて私がミナ様に貰ったクッキー。

あれは美味しかったし、何より形が不揃いなところが「一生懸命さ」を演出していて最高だった。

あれを殿下に食べさせれば、イチコロだ。

「で、でも私、お菓子作りは苦手で……」

「大丈夫、私が指導するわ! ここにはキッチンはないけれど……」

私は部屋を見回した。

当然、牢獄(スイート)にキッチンはない。

「……仕方ないわね。看守(メイド)に頼んで、材料と道具を持ってこさせましょう。私が特別講師として、貴女に『殿下を落とす最強のクッキー』の作り方を伝授してあげる!」

「ラ、ラヴィニア様……!」

ミナ様が尊敬の眼差しで私を見た。

「やっぱりラヴィニア様はすごいです! ご自分の立場も危ういのに、殿下と私のためにそこまで……!」

「ふふん、当然よ。私は悪役令嬢だもの。物語を面白くするためなら、手段は選ばないわ!」

(本当は、殿下が機嫌を直してくれれば、私の『終身刑』も『執行猶予』くらいに減刑されるかもしれないしね!)

下心満載で、私はニヤリと笑った。

「さあ、善は急げよ! すぐに準備に取り掛かるわ!」

私はベルを鳴らし、やってきたメイドに無茶振りを開始した。

「小麦粉とバターと砂糖、あとオーブンを持ってきてちょうだい! 今すぐここでクッキーを焼くわよ!」

「は、はい!? ここで、ですか!?」

「殿下の許可なら後で取るわ! 『これは国益に関わる重要任務だ』と言っておきなさい!」

こうして、私の牢獄生活に新たなミッションが加わった。

『ミナ様プロデュース作戦・第二弾』。

ターゲットは不機嫌な魔王と化したフリード殿下。

まさかこの作戦が、さらなる誤解と、殿下の愛の暴走を招くことになるとは、この時の私は(いつものように)全く気づいていなかったのである。
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