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「いいこと、ラヴィニア。今日の夜会はただのパーティではない」
夜会当日。
王宮の衣装部屋で、フリード殿下は鏡の前に立つ私の背後から、真剣な眼差しで告げた。
「隣国からチェルシー王女が来訪される。彼女は『西の至宝』と呼ばれるほどの美貌と、計算高い知性を持った女性だ」
「はい、存じております(ファンブックで読んだので)」
「彼女は俺を狙っている。……おそらく、俺の婚約者の座を奪いに来るだろう」
「(来たわ! 略奪愛イベントの発生ね!)」
私は心の中でガッツポーズをした。
やはり殿下の読み通りだ。
完璧なチェルシー王女が、殿下にアプローチをかける。
そこで私が『悪役令嬢』として無様に振る舞えば、殿下は「やはり君しかいない!」と王女の手を取る。
これぞ王道。これぞ黄金のシナリオ!
「お任せください、殿下! 私がその『踏み台』として、最高の仕事をしてご覧に入れます!」
「……踏み台?」
殿下が怪訝な顔をした。
「ええ! 王女様の美しさを引き立てるための、黒い染みとしての役割ですよね? 承知しております!」
私はクローゼットに走り寄り、一着のドレスを引っ張り出した。
「見てください、このドレス! 毒々しい紫色に、無駄にギラギラしたスパンコール! そして背中には謎の巨大な羽根!」
「……なんだそれは。孔雀の化け物か?」
「これぞ『悪趣味な成金令嬢』を演出する最強装備です! これを着て王女様の隣に立てば、彼女の清楚さは五割り増しで輝いて見えるはず!」
「却下だ」
殿下は即座に切り捨てた。
「燃やしてこい」
「ええっ!? 自信作なのに!」
「俺のパートナーがそんな珍妙な格好で歩くのは許さん。……こっちを着ろ」
殿下が指パッチンをすると、メイドたちがうやうやしくワゴンを運んできた。
そこにかかっていたのは、夜空を切り取ったような、深く美しいミッドナイトブルーのドレスだった。
散りばめられたダイヤモンドが星のように煌めき、シックでありながら圧倒的な高級感を放っている。
「うわぁ……素敵……」
私は思わず見惚れてしまった。
「でも殿下、これでは地味すぎませんか? もっとこう、私が『悪目立ち』しないと……」
「地味ではない。俺の瞳の色に合わせた色だ」
「へ?」
「俺の瞳の色を纏うということは、お前が『俺のもの』であるという何よりの証明になる」
殿下は私の耳元で囁いた。
「マーキングだ」
「ひぃっ!?」
私は飛び上がった。
「マ、マーキング!? 殿下、それはさすがに独占欲が強すぎというか、王女様への牽制にしてはやりすぎでは!?」
「牽制だ。チェルシー王女に『俺にはすでに最愛の相手がいる』と分からせるためのな」
殿下はニヤリと笑った。
「だから、お前は黙って俺の横で笑っていればいい。……最高に美しく着飾ってな」
なるほど。
私はハッと気づいた。
(そういうことか……! 殿下はあえて私を美しく着飾らせることで、『こんなに金のかかる女と付き合っているんです』という浪費家アピールをする気ね!)
あるいは、『見た目はいいけど中身は残念な女』というギャップを見せつける作戦か。
どちらにせよ、私がやるべきことは一つ。
「分かりました! このドレスを着て、精一杯『高飛車な女』を演じます!」
「……まあ、好きにしろ」
殿下は諦めたように肩をすくめた。
◇
数時間後。
私たちは夜会の会場となる大広間の前に立っていた。
重厚な扉の向こうからは、華やかな音楽と人々のざわめきが聞こえてくる。
私の心臓は早鐘を打っていた。
「(緊張する……! 久しぶりの表舞台だわ)」
ここ数日、監禁生活(VIP待遇)でぬくぬくと過ごしていたせいか、社交界の空気が肌に刺さる。
しかも、今日の私は『殿下のパートナー』としての参加だ。
失敗は許されない。
「ラヴィニア」
殿下がスッと腕を差し出した。
「掴まれ」
「は、はい」
私が恐る恐る腕に手を添えると、殿下は私の手をギュッと引き寄せ、腕を組ませた。
「離れるなよ。迷子になるからな」
「子供扱いしないでください! これでも元・社交界の華(自称)ですよ!」
「ほう。なら、その実力を見せてもらおうか」
「フリードリヒ王太子殿下、ならびにラヴィニア・クロック公爵令嬢、ご入場!」
衛兵の声が高らかに響き、扉が開かれた。
その瞬間、会場中の視線が一斉に私たちに注がれた。
「キャーッ! フリード殿下よ!」
「なんて麗しいの……!」
「あのお召し物、殿下の瞳と同じ色だわ……」
「隣にいるのは……ラヴィニア様?」
「追放されたって噂だったけど、戻ってきたのか?」
「しかも、殿下とペアルックじゃないか……?」
ざわめきが波のように広がる。
私は背筋を伸ばし、扇子で口元を隠して優雅に微笑んだ。
(ふふふ、見なさい愚民ども! 私が帰ってきたわよ! 地獄の底から這い上がってきた悪役令嬢がね!)
心の中で悪態をつきながら、殿下のエスコートで階段を降りる。
その時だった。
「まあ、フリード様!」
鈴を転がすような、甘く澄んだ声が響いた。
人垣が割れ、一人の女性が進み出てくる。
燃えるような赤い髪、豊満なプロポーション、そして自信に満ちた翠緑の瞳。
間違いない。
『西の至宝』、チェルシー王女だ。
「(で、出たぁぁぁ! 本物だぁぁぁ!)」
私は内心で絶叫した。
美しい。
圧倒的に美しい。
私が『清楚な美しさ』だとしたら、彼女は『妖艶な美しさ』だ。
大人の色気が凄まじい。
「お久しぶりですわ、フリード様。相変わらずお美しいこと」
チェルシー王女は殿下の前まで来ると、優雅にカーテシーをした。
その胸元が大胆に開いていて、殿下の視線を釘付けにしようという意図が見え見えだ。
「(やるわね……! これぞ肉食系ヒロイン!)」
殿下は涼しい顔で頷いた。
「久しぶりだな、チェルシー王女。遠路はるばるようこそ」
「ええ、貴方に会いたくて飛んできましたのよ?」
王女は扇子で殿下の胸元をツンとつついた。
「お手紙のお返事もいただけないから、寂しくて死んでしまいそうでしたわ」
「公務が多忙でな」
「嘘おっしゃい。……そちらの『地味な方』にかかりきりだったのではなくて?」
王女の鋭い視線が、私に向けられた。
バチバチと火花が散るのが見える。
来た。
宣戦布告だ。
「あら、ごきげんよう。……どなたでしたかしら?」
王女は私を見下すように鼻で笑った。
「確か、一度婚約破棄されたとかいう噂の……出戻り令嬢さん?」
会場が凍りついた。
なんてストレートな侮辱。
これぞ悪役令嬢(ライバル)の鏡!
私は感動で震えた。
「(すごい! 初対面でここまで煽れるなんて才能だわ!)」
ここで私が怯んではいけない。
私は悪役令嬢ラヴィニア。
売られた喧嘩は、倍の値段で買って差し上げるのが礼儀だ。
私は扇子をバッと開き、高笑いをした。
「オーッホッホッホ! ごきげんよう、チェルシー王女殿下!」
「……っ?」
王女が眉をひそめる。
「ええ、その通りですわ。私は一度捨てられ、そして舞い戻ってきましたの。まるでブーメランのように!」
「ブ、ブーメラン……?」
「殿下は私のことが忘れられなかったようですのよ。私のこの『地味な』魅力に、骨抜きにされてしまったのですわ!」
私は殿下の腕にギュッと抱きついた。
「ねえ、フリード様? 私がいなくて寂しくて泣いていたんですものね?」
これは挑発だ。
「こんな痛い女に好かれている王子」というレッテルを貼り、王女に「うわぁ」と思わせる作戦だ。
しかし。
「ああ、そうだな」
殿下は私の腰に手を回し、王女の前で見せつけるように私を引き寄せた。
「ラヴィニアがいない三日間は、地獄だった。……もう二度と離すつもりはない」
「へ?」
殿下の瞳が、王女を射抜くように冷たく光った。
「チェルシー王女。紹介しよう。これが俺の最愛の婚約者、ラヴィニアだ。……彼女を『地味』と呼んでいいのは、彼女の美しさを理解できない節穴だけだ」
「っ!?」
王女の顔が引きつった。
「ふ、フリード様……? 冗談がお上手ですこと。そのような……一度捨てた女を?」
「捨ててなどいない。少しばかり、愛が重すぎてすれ違っただけだ」
殿下は私の髪に口付けた。
「俺にとって、世界で一番美しいのはラヴィニアだ。他の誰でもない」
会場から「キャーッ!」という悲鳴にも似た歓声が上がる。
私は顔から火が出そうだった。
(ち、違う! そうじゃないのよ殿下! そこは「いやぁ、腐れ縁でね」とか言って王女に乗り換える流れでしょう!?)
なんでノロケてるんですか!
チェルシー王女は扇子を握りしめ、ギリギリと音を立てていた。
その目は、私への明確な敵意(嫉妬)で燃え上がっている。
「……そうですの。よく分かりましたわ」
王女はニッコリと、しかし目が笑っていない笑顔を作った。
「フリード様がそこまで仰るなら……よほど素晴らしい女性なのでしょうね。ぜひ、後でゆっくりとお話しさせていただけますかしら?」
「ええ、喜んで!」
私は元気よく答えた。
「(やったわ! 裏呼び出しフラグが立った! きっとトイレかどこかで『殿下から離れなさいこの泥棒猫!』って水をかけられるんだわ!)」
楽しみすぎる。
そのイベントこそ、私が求めていた『悪役令嬢としての断罪』への第一歩だ。
「では、後ほど」
王女は翻って去っていった。
殿下はため息をつき、私の頬をつねった。
「……ラヴィニア。なぜ嬉しそうなんだ」
「え? だって、王女様とお友達になれそうなので」
「お前な……。あれはどう見ても殺害予告だぞ」
「まさか! あんなお美しい方がそんな野蛮なことをするはずがありません(物理攻撃も悪役の華ですけどね!)」
私はウキウキしながら、次の展開(王女からの嫌がらせ)を待つことにした。
しかし、私の予想は少しだけ外れていた。
チェルシー王女の「誘惑」は、もっと直接的で、そして私のオタク心を激しく揺さぶるものだったのだ。
夜会当日。
王宮の衣装部屋で、フリード殿下は鏡の前に立つ私の背後から、真剣な眼差しで告げた。
「隣国からチェルシー王女が来訪される。彼女は『西の至宝』と呼ばれるほどの美貌と、計算高い知性を持った女性だ」
「はい、存じております(ファンブックで読んだので)」
「彼女は俺を狙っている。……おそらく、俺の婚約者の座を奪いに来るだろう」
「(来たわ! 略奪愛イベントの発生ね!)」
私は心の中でガッツポーズをした。
やはり殿下の読み通りだ。
完璧なチェルシー王女が、殿下にアプローチをかける。
そこで私が『悪役令嬢』として無様に振る舞えば、殿下は「やはり君しかいない!」と王女の手を取る。
これぞ王道。これぞ黄金のシナリオ!
「お任せください、殿下! 私がその『踏み台』として、最高の仕事をしてご覧に入れます!」
「……踏み台?」
殿下が怪訝な顔をした。
「ええ! 王女様の美しさを引き立てるための、黒い染みとしての役割ですよね? 承知しております!」
私はクローゼットに走り寄り、一着のドレスを引っ張り出した。
「見てください、このドレス! 毒々しい紫色に、無駄にギラギラしたスパンコール! そして背中には謎の巨大な羽根!」
「……なんだそれは。孔雀の化け物か?」
「これぞ『悪趣味な成金令嬢』を演出する最強装備です! これを着て王女様の隣に立てば、彼女の清楚さは五割り増しで輝いて見えるはず!」
「却下だ」
殿下は即座に切り捨てた。
「燃やしてこい」
「ええっ!? 自信作なのに!」
「俺のパートナーがそんな珍妙な格好で歩くのは許さん。……こっちを着ろ」
殿下が指パッチンをすると、メイドたちがうやうやしくワゴンを運んできた。
そこにかかっていたのは、夜空を切り取ったような、深く美しいミッドナイトブルーのドレスだった。
散りばめられたダイヤモンドが星のように煌めき、シックでありながら圧倒的な高級感を放っている。
「うわぁ……素敵……」
私は思わず見惚れてしまった。
「でも殿下、これでは地味すぎませんか? もっとこう、私が『悪目立ち』しないと……」
「地味ではない。俺の瞳の色に合わせた色だ」
「へ?」
「俺の瞳の色を纏うということは、お前が『俺のもの』であるという何よりの証明になる」
殿下は私の耳元で囁いた。
「マーキングだ」
「ひぃっ!?」
私は飛び上がった。
「マ、マーキング!? 殿下、それはさすがに独占欲が強すぎというか、王女様への牽制にしてはやりすぎでは!?」
「牽制だ。チェルシー王女に『俺にはすでに最愛の相手がいる』と分からせるためのな」
殿下はニヤリと笑った。
「だから、お前は黙って俺の横で笑っていればいい。……最高に美しく着飾ってな」
なるほど。
私はハッと気づいた。
(そういうことか……! 殿下はあえて私を美しく着飾らせることで、『こんなに金のかかる女と付き合っているんです』という浪費家アピールをする気ね!)
あるいは、『見た目はいいけど中身は残念な女』というギャップを見せつける作戦か。
どちらにせよ、私がやるべきことは一つ。
「分かりました! このドレスを着て、精一杯『高飛車な女』を演じます!」
「……まあ、好きにしろ」
殿下は諦めたように肩をすくめた。
◇
数時間後。
私たちは夜会の会場となる大広間の前に立っていた。
重厚な扉の向こうからは、華やかな音楽と人々のざわめきが聞こえてくる。
私の心臓は早鐘を打っていた。
「(緊張する……! 久しぶりの表舞台だわ)」
ここ数日、監禁生活(VIP待遇)でぬくぬくと過ごしていたせいか、社交界の空気が肌に刺さる。
しかも、今日の私は『殿下のパートナー』としての参加だ。
失敗は許されない。
「ラヴィニア」
殿下がスッと腕を差し出した。
「掴まれ」
「は、はい」
私が恐る恐る腕に手を添えると、殿下は私の手をギュッと引き寄せ、腕を組ませた。
「離れるなよ。迷子になるからな」
「子供扱いしないでください! これでも元・社交界の華(自称)ですよ!」
「ほう。なら、その実力を見せてもらおうか」
「フリードリヒ王太子殿下、ならびにラヴィニア・クロック公爵令嬢、ご入場!」
衛兵の声が高らかに響き、扉が開かれた。
その瞬間、会場中の視線が一斉に私たちに注がれた。
「キャーッ! フリード殿下よ!」
「なんて麗しいの……!」
「あのお召し物、殿下の瞳と同じ色だわ……」
「隣にいるのは……ラヴィニア様?」
「追放されたって噂だったけど、戻ってきたのか?」
「しかも、殿下とペアルックじゃないか……?」
ざわめきが波のように広がる。
私は背筋を伸ばし、扇子で口元を隠して優雅に微笑んだ。
(ふふふ、見なさい愚民ども! 私が帰ってきたわよ! 地獄の底から這い上がってきた悪役令嬢がね!)
心の中で悪態をつきながら、殿下のエスコートで階段を降りる。
その時だった。
「まあ、フリード様!」
鈴を転がすような、甘く澄んだ声が響いた。
人垣が割れ、一人の女性が進み出てくる。
燃えるような赤い髪、豊満なプロポーション、そして自信に満ちた翠緑の瞳。
間違いない。
『西の至宝』、チェルシー王女だ。
「(で、出たぁぁぁ! 本物だぁぁぁ!)」
私は内心で絶叫した。
美しい。
圧倒的に美しい。
私が『清楚な美しさ』だとしたら、彼女は『妖艶な美しさ』だ。
大人の色気が凄まじい。
「お久しぶりですわ、フリード様。相変わらずお美しいこと」
チェルシー王女は殿下の前まで来ると、優雅にカーテシーをした。
その胸元が大胆に開いていて、殿下の視線を釘付けにしようという意図が見え見えだ。
「(やるわね……! これぞ肉食系ヒロイン!)」
殿下は涼しい顔で頷いた。
「久しぶりだな、チェルシー王女。遠路はるばるようこそ」
「ええ、貴方に会いたくて飛んできましたのよ?」
王女は扇子で殿下の胸元をツンとつついた。
「お手紙のお返事もいただけないから、寂しくて死んでしまいそうでしたわ」
「公務が多忙でな」
「嘘おっしゃい。……そちらの『地味な方』にかかりきりだったのではなくて?」
王女の鋭い視線が、私に向けられた。
バチバチと火花が散るのが見える。
来た。
宣戦布告だ。
「あら、ごきげんよう。……どなたでしたかしら?」
王女は私を見下すように鼻で笑った。
「確か、一度婚約破棄されたとかいう噂の……出戻り令嬢さん?」
会場が凍りついた。
なんてストレートな侮辱。
これぞ悪役令嬢(ライバル)の鏡!
私は感動で震えた。
「(すごい! 初対面でここまで煽れるなんて才能だわ!)」
ここで私が怯んではいけない。
私は悪役令嬢ラヴィニア。
売られた喧嘩は、倍の値段で買って差し上げるのが礼儀だ。
私は扇子をバッと開き、高笑いをした。
「オーッホッホッホ! ごきげんよう、チェルシー王女殿下!」
「……っ?」
王女が眉をひそめる。
「ええ、その通りですわ。私は一度捨てられ、そして舞い戻ってきましたの。まるでブーメランのように!」
「ブ、ブーメラン……?」
「殿下は私のことが忘れられなかったようですのよ。私のこの『地味な』魅力に、骨抜きにされてしまったのですわ!」
私は殿下の腕にギュッと抱きついた。
「ねえ、フリード様? 私がいなくて寂しくて泣いていたんですものね?」
これは挑発だ。
「こんな痛い女に好かれている王子」というレッテルを貼り、王女に「うわぁ」と思わせる作戦だ。
しかし。
「ああ、そうだな」
殿下は私の腰に手を回し、王女の前で見せつけるように私を引き寄せた。
「ラヴィニアがいない三日間は、地獄だった。……もう二度と離すつもりはない」
「へ?」
殿下の瞳が、王女を射抜くように冷たく光った。
「チェルシー王女。紹介しよう。これが俺の最愛の婚約者、ラヴィニアだ。……彼女を『地味』と呼んでいいのは、彼女の美しさを理解できない節穴だけだ」
「っ!?」
王女の顔が引きつった。
「ふ、フリード様……? 冗談がお上手ですこと。そのような……一度捨てた女を?」
「捨ててなどいない。少しばかり、愛が重すぎてすれ違っただけだ」
殿下は私の髪に口付けた。
「俺にとって、世界で一番美しいのはラヴィニアだ。他の誰でもない」
会場から「キャーッ!」という悲鳴にも似た歓声が上がる。
私は顔から火が出そうだった。
(ち、違う! そうじゃないのよ殿下! そこは「いやぁ、腐れ縁でね」とか言って王女に乗り換える流れでしょう!?)
なんでノロケてるんですか!
チェルシー王女は扇子を握りしめ、ギリギリと音を立てていた。
その目は、私への明確な敵意(嫉妬)で燃え上がっている。
「……そうですの。よく分かりましたわ」
王女はニッコリと、しかし目が笑っていない笑顔を作った。
「フリード様がそこまで仰るなら……よほど素晴らしい女性なのでしょうね。ぜひ、後でゆっくりとお話しさせていただけますかしら?」
「ええ、喜んで!」
私は元気よく答えた。
「(やったわ! 裏呼び出しフラグが立った! きっとトイレかどこかで『殿下から離れなさいこの泥棒猫!』って水をかけられるんだわ!)」
楽しみすぎる。
そのイベントこそ、私が求めていた『悪役令嬢としての断罪』への第一歩だ。
「では、後ほど」
王女は翻って去っていった。
殿下はため息をつき、私の頬をつねった。
「……ラヴィニア。なぜ嬉しそうなんだ」
「え? だって、王女様とお友達になれそうなので」
「お前な……。あれはどう見ても殺害予告だぞ」
「まさか! あんなお美しい方がそんな野蛮なことをするはずがありません(物理攻撃も悪役の華ですけどね!)」
私はウキウキしながら、次の展開(王女からの嫌がらせ)を待つことにした。
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