尊すぎて「悪役令嬢」を演じて婚約破棄されましたが、お構いなく!

恋の箱庭

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「さあ、音楽を! この私が『西の至宝』たる所以、見せて差し上げますわ!」

チェルシー王女がパチンと指を鳴らすと、楽団が優雅なワルツを奏で始めた。

王宮の大広間、その中央がぽっかりと空けられ、ダンスバトルの舞台となる。

ルールは簡単。

フリード殿下と踊り、どちらがより殿下を輝かせ、観衆を魅了できるか。

先行は、自信満々のチェルシー王女だ。

「フリード様、一曲お相手願えますわよね?」

「……勝負だからな。仕方ない」

殿下が渋々といった様子で手を取る。

私は腕組みをして(心の中でペンライトを振り回しながら)、フロアの端から二人を凝視した。

「(さあ、お手並み拝見よ。殿下の美しさを損なうような真似をしたら、即座に『マナー違反です!』って叫んで乱入してやるわ!)」

音楽が高まる。

チェルシー王女が動き出した。

「すご……っ!?」

私は思わず息を飲んだ。

上手い。悔しいけれど、抜群に上手い。

王女のステップは滑らかで、まるで氷の上を滑るよう。

そして何より、その踊り方は『情熱的』だった。

殿下の体に蛇のように絡みつき、顔を近づけ、情熱的な瞳で見つめ合う(殿下は無表情だが)。

回転するたびに赤いドレスが花のように開き、その華やかさに会場中が溜息を漏らす。

「素晴らしい……まるで恋人同士のようだ……」
「やはりお似合いなのでは?」
「大人の魅力だなぁ……」

観衆の称賛の声が聞こえる。

だが、私の感想は違った。

「(……解釈違いだわ!!!)」

私はギリリと奥歯を噛み締めた。

違う。そうじゃない。

殿下の魅力は、あんな風にベタベタと密着することで発揮されるものではない。

殿下は『孤高の月』なのだ。

誰も触れられない高みで、冷たく輝いてこそ美しい。

なのに、あの王女は!

あろうことか殿下の胸に手を這わせ、あまつさえ耳元で何か囁いて、殿下の『聖域(パーソナルスペース)』を土足で踏み荒らしている!

「(許せない……! 私の殿下が汚されている!)」

胸の奥がカッと熱くなる。

イライラする。叫び出したい。

あの赤い髪を引き剥がして、殿下の周りを消毒液で拭き清めたい!

「(これが……義憤! そうよ、これはファンとしての正当な怒りよ!)」

私は自分の感情にラベルを貼った。

嫉妬? まさか。

これは、原作レイプに対する古参ファンの怒りに近い。

「あんなのフリード様じゃないわ……! ただの『色男』扱いじゃない! 殿下の本質はもっとこう、冷徹で高潔で、禁欲的な美しさにあるのよ!」

私がプルプルと震えている間に、曲が終わった。

チェルシー王女は、殿下の胸に倒れ込むようなポーズでフィニッシュを決めた。

会場から割れんばかりの拍手が起こる。

「ふふっ……どうかしら?」

王女は勝ち誇った顔で、殿下の腕の中から私を見下ろした。

「フリード様の『男としての魅力』を、最大限に引き出してみせましたわ。……貴女にこれができて?」

挑発だ。

完全に私を煽っている。

私はカツカツとヒールを鳴らして進み出た。

「ええ、できますとも! というか、貴女の解釈は古いです!」

「は? 解釈?」

「殿下を『情熱的な恋人』として描くなんて、二次創作でもありふれた設定です! 公式(私)が見せたいのは、そんな手垢のついた殿下ではありません!」

私はバッと殿下の前に立ち、その手を取った。

「お待たせしました、殿下。お口直し(・・・・・)の時間です」

「……随分と待たされたな」

殿下は王女の時とは打って変わって、ホッとしたような、それでいて楽しげな表情を浮かべた。

「見せてくれ、ラヴィニア。お前の『解釈』とやらを」

「はい! 振り落とされないでくださいね!」

楽団に合図を送る。

曲は、テンポの速いウィンナ・ワルツ。

「行きます!」

タンッ!

私は床を蹴った。

私のダンスのテーマは『絶対不可侵領域(ATフィールド)』の展開だ。

殿下の周囲に結界を張るように、高速で旋回する。

殿下の手を取り、一定の距離(ソーシャルディスタンス)を保ちながら、衛星のようにくるくると回る。

「速いっ!?」
「なんだあの動きは!」

周囲がざわめく。

私は止まらない。

殿下を中心に、私が残像が見えるほどのスピードで回転することで、殿下をあらゆる邪念(王女の視線など)からガードするのだ!

「見てください! これが『孤高の君』スタイルです!」

私は叫んだ。

密着しない。触れ合うのは手と手だけ。

だが、互いの視線は一度も外さない。

遠心力でドレスの裾が円盤のように広がり、その中心で殿下が凛と立っている。

これぞ、惑星と恒星の関係!

「くくっ……あははは!」

殿下が笑い出した。

ダンスの最中だというのに、肩を震わせて笑っている。

「すごいな、ラヴィニア。目が回りそうだ」

「耐えてください! 今、殿下の周りの空気を浄化していますから!」

「浄化か。……確かに、清々しい気分だ」

殿下は私のリードに合わせて(というより、私の暴走を完璧に制御して)、優雅にステップを踏んだ。

私がどんなにトリッキーな動きをしても、殿下は涼しい顔でついてくる。

それどころか、私の動きを利用して、ご自分のマントを翻し、より一層輝いて見せる。

「(さすが殿下! 私の奇行すら演出に変えてしまうなんて!)」

私たちはフロアを縦横無尽に駆け巡った。

チェルシー王女の前を通過する際、私はあえて高速スピンを決めた。

「ふんっ!」

「キャッ!?」

ドレスの風圧で、王女の前髪が乱れる。

ざまぁみろ! これが推しを守るファンの風圧よ!

曲がクライマックスに差し掛かる。

「最後です、殿下!」

私は殿下の手を離し、遠心力を利用して大きく後ろへ反った。

そして、再び引き寄せられる瞬間に――。

殿下が、私の腰をガシッと掴んだ。

「!?(予定と違う!)」

本来なら、ここでお辞儀をして終わるはずだった。

だが、殿下は私を抱き上げ、空中で一回転させたあと、ご自分の胸の中に強く抱きしめたのだ。

ダンッ!

曲が終わるのと同時に、私たちは密着状態で静止した。

「……捕まえた」

耳元で、殿下の吐息が聞こえる。

「……え、あ、あの……?」

「『触れない美学』もいいが、俺はやっぱり触れたいんだ」

殿下は汗ばんだ私の額に、観衆の目の前で口付けた。

「勝者、ラヴィニア・クロック」

殿下が自分勝手に宣言した。

一瞬の静寂の後、会場が爆発したような歓声に包まれた。

「うおおおおお!」
「すげええええ!」
「あんな激しいダンス初めて見た!」
「愛だ! あれは愛の嵐だ!」

どうやら私の「高潔なダンス」は、「情熱的な愛のダンス」として誤解されたらしい。

私は殿下の腕の中で、ハァハァと息を切らしながらチェルシー王女を見た。

王女は、口をあんぐりと開けて固まっていた。

「(……勝った)」

私は勝利を確信し、王女に向かってニカッと笑って見せた。

「見ましたか、王女殿下! これが『推しを輝かせる』ということです! 貴女のように自分の色気で塗りつぶすのではなく、相手を引き立ててこそのファン(婚約者)なのです!」

「……」

王女はプルプルと震え出し、やがて叫んだ。

「……意味が分かりませんわーッ!!」

王女は真っ赤な顔で踵を返し、会場から走り去っていった。

「あ、逃げた」

「深追いはするな」

殿下は私を降ろさず、そのまま抱きしめ続けた。

「……よくやった、ラヴィニア。お前の『嫉妬』、最高に可愛かったぞ」

「だ、だから嫉妬じゃありません!」

私は殿下の胸をポカポカと叩いた。

「解釈違いへの抗議です! 殿下があんなふうに安売りされるのが我慢ならなかっただけです!」

「それを世間では嫉妬と言うんだ」

殿下は満足げに笑い、私を抱えたまま退場口へと歩き出した。

「え、ちょっと殿下? どこへ?」

「勝負に勝った褒美をやらんとな」

「褒美?」

「ああ。バルコニーで涼もうか。……二人きりで」

殿下の瞳が、妖しく光っている。

あ、これヤバい。

さっき王女がやろうとしていた『密会』を、今度は私とやる気だ。

「ま、待ってください! 心の準備が! 拝観料を払っていません!」

「体で払えばいい」

「ギャー! R指定ー!!」

私の悲鳴は歓声にかき消され、そのまま夜のバルコニーへと連行されていくのだった。

結局、私の『義憤』は殿下の『独占欲』の火に油を注いだだけで終わったようである。
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