緑の塔とレオナ

岬野葉々

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 シリウスは、うんざりしていた。

 押しの強い周囲の反応で、この娘が一族秘蔵の切り札であることは、一目瞭然だった。
 何とか縁談までこぎつけようと、あの手この手で迫ってくる集団――

(身の程知らずどもが! 一体、どうしてくれようか)

 表面上はにこやか過ぎるほどにこやかに接し、巧みに言質を取られぬようにしつつも、密かに復讐を誓うシリウス。

 その時、大広間の片隅に、馴染みある緑の輝きが走ったことに気付いた。

(――何だ? 何が起こった? ……確かめねば)

 瞬時に判断し、

「ちょっと、失礼」

 にこやかに、だが有無を言わせぬようにきっぱりと言い切り、急いでその方角へ向かう。

 視界の端で、ロッドが慌ててついてくるのが分かった。

 目指す方向には、例の兄弟達がいた。
 それと、まだ幼い白い衣装の少女――可憐であどけない、無邪気な年頃だ。
 その少女が手にし、今にも手渡そうとした包みが輝きを放っている――

「やあ、ロシアン、アンソニー」

 兄弟と少女が会話に気を取られている隙に、シリウスは素早く身体を割り込んで会話に加わった。

 驚いて咄嗟に会話の出来ない兄弟に、なお言葉を重ねる。

「今回は、君たちにとても世話になった。――急な訪問だというのに、このような宴まで開いてもらって――」

 意味ありげに言葉をそこで切り、おや、と今気づいたように少女の方へ身体を向けた。
 そして、兄弟と同じく、驚きのあまり石のように固まってしまった少女に、優しく声をかける。

「初めまして。――私は、シリウス。君は?」

 腰を屈めて少女の視線と合わせると、少女の頬はたちまち赤くなった。
 だが、少女は気丈だった。
 即座に優雅にお辞儀をして、自ら名乗る。

「はじめまして、シリウス様。リチャードの次女、ルシアーナと申します」

「こんなに愛らしい妹君がいることを、誰も教えてくれなかったな。どうして?」

 シリウスの軽口に、ルシアーナの頬はさらに赤くなったが、後ろからシリウスに追いついてきた姉に気付くと、はっと今度は青ざめた。

 ルシアーナは姉マリアーナに物凄い目つきで睨まれたので、思わず兄ロシアンに手渡そうとしていた包みを握りしめてしまった――

 すると今度は、

「おや? それは、何?」と横からシリウスがさっと手を伸ばし、目当ての包みを優しくルシアーナから取り上げた。

 包みの中からは、ルシアーナの作った護符と焼き菓子が出てくる――

(これは、まさしく彼の者の波動。――間違いない)

 シリウスは改めて、幼い少女ルシアーナを観察する。

 簡素だが上品な白の衣装の少女は、穏やかな空気を纏っていた。
 生来の心根の優しさが伝わってくる――

(姉よりよほど好ましいな。彼の者に繋がるのは、こちらだ)

 直感したシリウスは、満面の笑みで問う。

「素晴らしい出来栄えの護符だ。――これは、何処で手に入れたのかな?」

 思いがけない展開に、呆然としているルシアーナに代わり、アンソニーが答えた。

「これは妹が、ルシアーナが兄ロシアンのために、心を込めて作ったものです」

「このような素晴らしい護符を、――まさか一人で?」

 その問いに、ルシアーナの頭には手伝ってくれたヴィーネが浮かんだ。
 正直にヴィーネの名を告げようと口を開いた瞬間、様子を窺っていたマリアーナが身を乗り出した。

「いいえ!……実は、兄を驚かせようと、わたしがほとんど仕上げましたの」

 おおーっと、いつの間にか周りで固唾を呑んで見守っていた人々から、感嘆の声が上がった。
 
 自分のために、と感動したロシアンの目は、早くも潤んでいる……。

 姉の偽りの言葉を耳にした瞬間、ルシアーナはシリウスの問いに答えられなくなった。

 皆の前で、姉を非難する訳にはいかないし、嘘もつきたくはない……。

 そのまま、否定も肯定もせずに黙り込んでしまったルシアーナを見て、シリウスは機を失したことを悟った。
 邪魔な彼女の姉が自分に張り付いている以上、ここまでだ。
 ここから立ち去り、別の手を打つしかあるまい。

「――それは、大変感動しました。どうかその護符のお話を、あちらで是非とも聞かせて頂きたい」

 出来るものならばしてみろ、と内心舌打ちしながら、マリアーナの手を引き、誘導する。
 そして、通りすがり、ロッドに低く耳打ちした。

「あの娘――ルシアーナが本命だ。張り付いて、護符の関係者を洗え」

 命じ終わると、思いついたように振り返って、シリウスは誘った。

「ロシアン、アンソニー。あちらで君たちの優しい妹君の話を聞こうではないか?」

 喜色満面の笑顔のロシアンに対し、アンソニーの顔は怒りで硬く強張っていた。

「いえ、ルシアーナを一人にするわけには参りません。私のことは、どうか構わず……」

 最後まで言い終える前に、ロッドがずいっと前に出た。

「アンソニー、シリウス閣下の御呼びです。――私が妹君、ルシアーナ嬢を見ていましょう。早く行きなさい」

 上司の言葉にそれ以上返す言葉のないアンソニーは、その場に立ち尽くした。
 兄の葛藤をいち早く察したルシアーナは、兄の背を押しながら言った。

「お兄様、わたしは大丈夫! もうお部屋に戻るから――連れてきてくれて、本当にありがとう。嬉しかった。さあ、早く行って!」

 何度も振り返りながら、シリウスの後についていく兄を見送って、ルシアーナは赤毛の騎士にお辞儀した。

「兄を説得して下さって、ありがとうございました。わたしは、部屋へ戻ります。どうか騎士様、宴を楽しんでくださいね」

 にこっと笑ったルシアーナを見て、ロッドは目を細めた。

(うーん、同じ姉妹でも、こちらといる方が裏表がなくて断然楽しいな。……色仕掛けもなしだし、本当に楽しめそうだ)

 そこで、わざと情けない顔を作って、哀れを誘う。

「実は、……閣下のお供でろくなものを食べていないんです。私を助けると思って、一緒にいてくれませんか?お嬢さんと一緒なら、閣下もお目こぼしして下さるでしょうし……」

 いたずらっぽく笑った騎士に、ルシアーナは呆気にとられたようだった。
 しかし、直ぐに立ち直り、妙に嬉しそうにロッドの手を引く。

「それなら、とっても良い場所があるの!」

 そうして、先程までアンソニーと一緒に御馳走を運んで楽しんでいた、少し奥まって目立たない場所へ案内する。
 やがて、両手一杯に御馳走を抱えて戻って来たロッドを見て、ルシアーナは手を叩いて喜んだ。

(可愛いな。くっ、癒される……。やった! 俺、今日はほんとついてる――)

 裏表のある行動が不得意であるロッドは、今回の主の命に心底救われる思いだった。

 海千山千の輩を相手取らずに済み、しかも可愛い子供と御馳走を食べながら仲良く話をするだけなんて、……幸せすぎる。
 

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