緑の塔とレオナ

岬野葉々

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「シリウス様? 誰か、シリウス様を見かけなかったか?」

 両腕一杯に書類を抱えて入って来たガイは、側にいた導師達一行に声をかけた。

「あれ? さっきまで、そこに居た、……いや、いらっしゃったけどな?」

「そうね。……ああ、ついさっきここから出ていくのを見かけた気がする」

「今から追いかければ、追いつくんじゃないか?」

 教えてくれたディン、シャールとキールに礼をいい、ガイは近くの机の上にどさっと書類を積み上げ、踵を返した。

「うえ~すげえ量の書類」

「ほらっ、ディン。よそ見をしてる場合か?」

「その通りじゃ。もう一度、採取の手順をさらうぞ」

 いつ見ても賑やかな導師達一行のやり取りを聞きながら、ガイは足早に部屋から出ていくと、今まさに左へ曲がろうとしている主の後姿を発見した。

 引き離されぬよう慌てて後を追ったガイは、廊下を曲がった先に主と銀の癒し手リアスの姿を見て取り、ほっと安堵の息を吐いた。

(明後日に到着予定の応援部隊、第一陣の配置予定もまだなのだ。主の決裁を仰がねばならぬことが多すぎる――逃すか! ……うん? 相変わらず、癒し手殿とは険悪なご様子で……。余程相性が悪いのだな)

 常ならば、機嫌の悪い主には近づきたくないのだが、如何せん今は余裕がない。
 近づき逃さぬよう主の側に控えるのも側近の務めと割り切り、会話中の主の邪魔をせぬよう、近づいて側に控えた。

 リアスは近づいてくるガイにちらっと視線を寄越したが、主のシリウスは馴染んだ配下の気配に振り向きもしない。
 それどころか、リアスをひたと見据え、冷たく低い声で問いただした。

「――――それで? その状態のヴィーネを一人、部屋に置き去りにしたというのか?」

「人聞きの悪い言い方をするな。彼女は安静にしていなくてはならない身だ。部屋にいるのは、当然だろう。無論、彼女が起き上がり床に足を着けた瞬間、こちらに伝わるようきちんと細工してある。決して、放置などしていない」

 さも心外だ、と訴えるリアスに、シリアスは珍しく感情露わに舌打ちをした。

「貴殿は、身体さえ癒せば良い、という考えか? ――――分かった。では、今から私に面会の許可を」

「何が分かったのか、皆目見当もつかないな。理解できなかったのか? ヴィーネは絶対安静が必要だ。当然、面会など、以ての外」

「彼女の心身を損なうことなど、する筈もない。彼女が疲れぬ範囲で、話をするだけだ。その時は、勿論、起き上がる必要もない。――彼女が意識を取り戻したのならば、一刻も早く決めておかねばならぬことがあるのだ」

 風の精霊達の報告を受け動き出したシリウスだったが、リアスからヴィーネが目覚めて以降の話を聞き、あまりの配慮の無さに憤りを感じていた。

(ヴィーネ自身が絶対安静の状態で、意識のない母君に会わせ、かつ心身ともにいつ元に戻るか分からない程重症だと告げた、だと。なお、それでも母君の側にいて看病したいと申し出たヴィーネに対し、今度は母に代わり生命の賢者として役目を果たせ、と励ました、だと?! これで癒し手を名乗るとは、片腹痛い……!)

 精霊の告げた、緑の子、泣いてる、という言葉が改めてシリウスの胸に刺さった。
 一刻も早くヴィーネのところへ、と焦り心配する気持ちを押し込めながら、シリウスは慎重に自らの望みを叶えようと交渉を始める。
 
 一方、リアスとて、それは全て愛しい女性の娘を大事に思い、労わっての行動だった。
 リーシアが自分を訪ねて来、再会して以来ずっと、事あるごとに娘のヴィーネについて何度も話を聞いた。
 やがて、リアスの心の中で、生き生きと娘が動き出すまでに――
 実際会って話したのはごく短いあの時間のみだが、リーシアの話通り優秀で気丈な娘でリアスの心の中の娘とぴたりと重なった――まるで自分の本当の娘であるかのように。

 だからこそ、回りくどいことは一切せず、真実を述べた。
 この二年間、恐らくヴィーネは沢山の真実から遠ざけられてきただろう、ということが予測できたからこそ――

 それにはそうしなければならなかった理由があったのも、理解できている。
 しかし、リーシアの娘ヴィーネは、真実を知りたい筈だ――いつでも真実を好む自分のように、とリアスはいつの間にか育まれていた父性の赴くまま行動した。
 そうして、ヴィーネが自らを立て直せるよう、一人になれる時間と空間を確保した。

 シリウスとリアスのこれは、もう主義主張の違い、考え方の違いに他ならない。

 どちらがどうともいえない筈だが、互いに互いを気にくわない相手と認識し、そうして、……互いの主義主張をかけた駆け引きが始まった。
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