58 / 69
57
しおりを挟む
薄暗い空虚な森の中、ヴィーネは何かを探し、必死に走っていた。
(ああ、これは夢……。この森は、まるでエメルディアのような――)
何処かで冷静に分析する自分がいたが、しかしそれもその森の関連性を思い出した途端、それどころではなくなった。
あっという間に、ヴィーネの呼び起された記憶により変貌する森――より具体的に視覚的に、重く澱んだ空気が辺りに満ち、空虚で異質な樹々によって取り囲まれる。
ヴィーネの冷静な部分は、瞬く間に本能的な恐れに飲み込まれ、見えなくなった。
後に残ったのは、――見知らぬ恐ろしい処に一人取り残され、母を求めて泣きじゃくる幼子が一人。
「かあさま、……どこ? ヴィーは、ここだよ」
恐ろしさと心細さと寂しさに突き動かされ、絶対的な庇護者である母を求めて呼び、さ迷う幼いヴィーネ。
その大きな瞳から、涙が途切れることはない。
馴染んだ美しい森ではなく、不気味で枯れた生命の欠片もない森をさ迷っているうちに、やがてヴィーネの心も重く冷たく沈んできた。
それでも、母の温もりと安心をひたすらに求め、諦めずに足を動かすヴィーネの元に、淡く銀色に輝く羽が舞い降りてきた。
薄暗い森の中で、それは驚く程美しく感じた。
その羽を手にしようと、一生懸命に手を伸ばすヴィーネ。
しかし、それはするりと暖かい風に乗り、ふわふわと目の前を横切っていく――
「まって、……!」
ヴィーネは羽に手を伸ばしたまま、懸命に後を追う。
すると、羽の後を追うにつれ、辺りは段々と様変わりしていった――心地よいそよ風が吹き、澄んだ空気と眩しい生命が満ち、馴染んだ美しい緑の森、ヴィーネの故郷である精霊の森へと。
その中でも、ヴィーネが大好きだった花が咲き乱れる泉のほとりで、ヴィーネはついに母を見つけた。
光溢れる森の中で、こちらに大きく手を差し伸べる母の胸に向かって、ヴィーネは思いっきり飛び込んで行った。
「かあさま、……やっと、みつけた!」
「ヴィー、ヴィーネなの? ……何て、幸せな、夢」
互いにひしと抱きしめ合い、涙を流す母子――互いの胸に、段々と温かい何かが満ちていく――どれくらいの時が経ったのか、やがてどちらともなく顔を上げ、互いの瞳を見つめ合う。
いつしかヴィーネは自分を取り戻し、今の十四歳の姿に戻っていた。
「ふふ。ヴィー、大きくなったわね」
リーシアが嬉しそうに目を細めて笑う。
「母様。ずっとずっと、会いたかった」
またしても潤み始めた青い瞳を見て、リーシアはちょん、とヴィーネの額を愛情を込めてつつく。
「私の大切な、泣き虫さん。――もちろん、私もよ」
またもやヴィーネはぎゅっと母にしがみつくと、今度は優しく頭を撫でられた。
「――本当に、本当によく頑張ってくれたわね。ありがとう、ヴィー。……いえ、ヴィーネ=レオナと呼ぶべきかしら?」
穏やかな声で切り出され、ヴィーネは咄嗟に首を振る。
(違う……わたしはずっとずっと、守られていて――それに早く気づいていれば、もっと上手く出来たかも、――わたしがもっともっとしっかりしていれば……)
「あのね、私の頑固なおちびさん。私がよくやった、といえば、それはその通りなの。他の誰にだって、あれ以上のことは出来なかった。決して、ね。本当に、本当にありがとう。貴女は、私の誇りよ」
母リーシアの偽りのない真摯な心がヴィーネに流れ込んでくる――
「……むしろ、謝らなくてはならないのは、母様の方だわ。沢山隠し事をした挙句、解決までたどり着けず、最後は何も知らなかったヴィーの助けを待つだけだったなんて――――ごめんね」
激しく首を振ったヴィーネを、リーシアは柔らかく抱きしめた。
「たとえ貴女が何処で何をしていたって、していなくったって、貴女はいつでも私の大事で誇れる娘よ。だから、どうか笑っていて。そうして、貴女らしく自分の望むよう自由に生きて羽ばたいていって――今度は、……今度こそは、私が約束を守るから。いつか、必ず会いに行くわ」
ヴィーネは顔を上げて、母の緑の瞳を見つめる。
「待ってる。わたし、待ってるから――母様」
「ええ、必ず。母様、頑張るわ」
そうして、リーシアは花のように笑った。
母と会えた温かな想いを胸に抱いたまま、ヴィーネは目を開けた。
目の前には、大事な珠と夢では掴めなかった銀の羽――
「……あれは、夢ではなかったの?」
二つを大切そうに両手で抱えたヴィーネは、小さく微笑む。
その眼差しは真っすぐに前を、未来を見つめていた。
(ああ、これは夢……。この森は、まるでエメルディアのような――)
何処かで冷静に分析する自分がいたが、しかしそれもその森の関連性を思い出した途端、それどころではなくなった。
あっという間に、ヴィーネの呼び起された記憶により変貌する森――より具体的に視覚的に、重く澱んだ空気が辺りに満ち、空虚で異質な樹々によって取り囲まれる。
ヴィーネの冷静な部分は、瞬く間に本能的な恐れに飲み込まれ、見えなくなった。
後に残ったのは、――見知らぬ恐ろしい処に一人取り残され、母を求めて泣きじゃくる幼子が一人。
「かあさま、……どこ? ヴィーは、ここだよ」
恐ろしさと心細さと寂しさに突き動かされ、絶対的な庇護者である母を求めて呼び、さ迷う幼いヴィーネ。
その大きな瞳から、涙が途切れることはない。
馴染んだ美しい森ではなく、不気味で枯れた生命の欠片もない森をさ迷っているうちに、やがてヴィーネの心も重く冷たく沈んできた。
それでも、母の温もりと安心をひたすらに求め、諦めずに足を動かすヴィーネの元に、淡く銀色に輝く羽が舞い降りてきた。
薄暗い森の中で、それは驚く程美しく感じた。
その羽を手にしようと、一生懸命に手を伸ばすヴィーネ。
しかし、それはするりと暖かい風に乗り、ふわふわと目の前を横切っていく――
「まって、……!」
ヴィーネは羽に手を伸ばしたまま、懸命に後を追う。
すると、羽の後を追うにつれ、辺りは段々と様変わりしていった――心地よいそよ風が吹き、澄んだ空気と眩しい生命が満ち、馴染んだ美しい緑の森、ヴィーネの故郷である精霊の森へと。
その中でも、ヴィーネが大好きだった花が咲き乱れる泉のほとりで、ヴィーネはついに母を見つけた。
光溢れる森の中で、こちらに大きく手を差し伸べる母の胸に向かって、ヴィーネは思いっきり飛び込んで行った。
「かあさま、……やっと、みつけた!」
「ヴィー、ヴィーネなの? ……何て、幸せな、夢」
互いにひしと抱きしめ合い、涙を流す母子――互いの胸に、段々と温かい何かが満ちていく――どれくらいの時が経ったのか、やがてどちらともなく顔を上げ、互いの瞳を見つめ合う。
いつしかヴィーネは自分を取り戻し、今の十四歳の姿に戻っていた。
「ふふ。ヴィー、大きくなったわね」
リーシアが嬉しそうに目を細めて笑う。
「母様。ずっとずっと、会いたかった」
またしても潤み始めた青い瞳を見て、リーシアはちょん、とヴィーネの額を愛情を込めてつつく。
「私の大切な、泣き虫さん。――もちろん、私もよ」
またもやヴィーネはぎゅっと母にしがみつくと、今度は優しく頭を撫でられた。
「――本当に、本当によく頑張ってくれたわね。ありがとう、ヴィー。……いえ、ヴィーネ=レオナと呼ぶべきかしら?」
穏やかな声で切り出され、ヴィーネは咄嗟に首を振る。
(違う……わたしはずっとずっと、守られていて――それに早く気づいていれば、もっと上手く出来たかも、――わたしがもっともっとしっかりしていれば……)
「あのね、私の頑固なおちびさん。私がよくやった、といえば、それはその通りなの。他の誰にだって、あれ以上のことは出来なかった。決して、ね。本当に、本当にありがとう。貴女は、私の誇りよ」
母リーシアの偽りのない真摯な心がヴィーネに流れ込んでくる――
「……むしろ、謝らなくてはならないのは、母様の方だわ。沢山隠し事をした挙句、解決までたどり着けず、最後は何も知らなかったヴィーの助けを待つだけだったなんて――――ごめんね」
激しく首を振ったヴィーネを、リーシアは柔らかく抱きしめた。
「たとえ貴女が何処で何をしていたって、していなくったって、貴女はいつでも私の大事で誇れる娘よ。だから、どうか笑っていて。そうして、貴女らしく自分の望むよう自由に生きて羽ばたいていって――今度は、……今度こそは、私が約束を守るから。いつか、必ず会いに行くわ」
ヴィーネは顔を上げて、母の緑の瞳を見つめる。
「待ってる。わたし、待ってるから――母様」
「ええ、必ず。母様、頑張るわ」
そうして、リーシアは花のように笑った。
母と会えた温かな想いを胸に抱いたまま、ヴィーネは目を開けた。
目の前には、大事な珠と夢では掴めなかった銀の羽――
「……あれは、夢ではなかったの?」
二つを大切そうに両手で抱えたヴィーネは、小さく微笑む。
その眼差しは真っすぐに前を、未来を見つめていた。
0
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】魔法大戦 〜失われた古代魔法で無双する!〜
加瀬 一葉
ファンタジー
王立魔法学校。高等部に編入してきた冴えない生徒ラフィト。エリートが集うこの学校で、辺境出身のラフィトは落ちこぼれの劣等生なのだが……。
実は彼は、失われたはずの古代魔法を操る一族の末裔。魔族の脅威が増す時代に、ラフィトは人類を救うことができるのか?
過去と現在が交錯する、魔法ファンタジー。
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる