緑の塔とレオナ

岬野葉々

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 薄暗い空虚な森の中、ヴィーネは何かを探し、必死に走っていた。

(ああ、これは夢……。この森は、まるでエメルディアのような――)

 何処かで冷静に分析する自分がいたが、しかしそれもその森の関連性を思い出した途端、それどころではなくなった。

 あっという間に、ヴィーネの呼び起された記憶により変貌する森――より具体的に視覚的に、重く澱んだ空気が辺りに満ち、空虚で異質な樹々によって取り囲まれる。
 ヴィーネの冷静な部分は、瞬く間に本能的な恐れに飲み込まれ、見えなくなった。

 後に残ったのは、――見知らぬ恐ろしい処に一人取り残され、母を求めて泣きじゃくる幼子が一人。

「かあさま、……どこ? ヴィーは、ここだよ」

 恐ろしさと心細さと寂しさに突き動かされ、絶対的な庇護者である母を求めて呼び、さ迷う幼いヴィーネ。
 その大きな瞳から、涙が途切れることはない。

 馴染んだ美しい森ではなく、不気味で枯れた生命の欠片もない森をさ迷っているうちに、やがてヴィーネの心も重く冷たく沈んできた。

 それでも、母の温もりと安心をひたすらに求め、諦めずに足を動かすヴィーネの元に、淡く銀色に輝く羽が舞い降りてきた。

 薄暗い森の中で、それは驚く程美しく感じた。
 その羽を手にしようと、一生懸命に手を伸ばすヴィーネ。
 しかし、それはするりと暖かい風に乗り、ふわふわと目の前を横切っていく――

「まって、……!」

 ヴィーネは羽に手を伸ばしたまま、懸命に後を追う。
 すると、羽の後を追うにつれ、辺りは段々と様変わりしていった――心地よいそよ風が吹き、澄んだ空気と眩しい生命が満ち、馴染んだ美しい緑の森、ヴィーネの故郷である精霊の森へと。

 その中でも、ヴィーネが大好きだった花が咲き乱れる泉のほとりで、ヴィーネはついに母を見つけた。
 光溢れる森の中で、こちらに大きく手を差し伸べる母の胸に向かって、ヴィーネは思いっきり飛び込んで行った。

「かあさま、……やっと、みつけた!」

「ヴィー、ヴィーネなの? ……何て、幸せな、夢」

 互いにひしと抱きしめ合い、涙を流す母子――互いの胸に、段々と温かい何かが満ちていく――どれくらいの時が経ったのか、やがてどちらともなく顔を上げ、互いの瞳を見つめ合う。

 いつしかヴィーネは自分を取り戻し、今の十四歳の姿に戻っていた。

「ふふ。ヴィー、大きくなったわね」

 リーシアが嬉しそうに目を細めて笑う。

「母様。ずっとずっと、会いたかった」

 またしても潤み始めた青い瞳を見て、リーシアはちょん、とヴィーネの額を愛情を込めてつつく。

「私の大切な、泣き虫さん。――もちろん、私もよ」

 またもやヴィーネはぎゅっと母にしがみつくと、今度は優しく頭を撫でられた。

「――本当に、本当によく頑張ってくれたわね。ありがとう、ヴィー。……いえ、ヴィーネ=レオナと呼ぶべきかしら?」

 穏やかな声で切り出され、ヴィーネは咄嗟に首を振る。

(違う……わたしはずっとずっと、守られていて――それに早く気づいていれば、もっと上手く出来たかも、――わたしがもっともっとしっかりしていれば……)

「あのね、私の頑固なおちびさん。私がよくやった、といえば、それはその通りなの。他の誰にだって、あれ以上のことは出来なかった。決して、ね。本当に、本当にありがとう。貴女は、私の誇りよ」

 母リーシアの偽りのない真摯な心がヴィーネに流れ込んでくる――

「……むしろ、謝らなくてはならないのは、母様の方だわ。沢山隠し事をした挙句、解決までたどり着けず、最後は何も知らなかったヴィーの助けを待つだけだったなんて――――ごめんね」

 激しく首を振ったヴィーネを、リーシアは柔らかく抱きしめた。

「たとえ貴女が何処で何をしていたって、していなくったって、貴女はいつでも私の大事で誇れる娘よ。だから、どうか笑っていて。そうして、貴女らしく自分の望むよう自由に生きて羽ばたいていって――今度は、……今度こそは、私が約束を守るから。いつか、必ず会いに行くわ」

 ヴィーネは顔を上げて、母の緑の瞳を見つめる。

「待ってる。わたし、待ってるから――母様」

「ええ、必ず。母様、頑張るわ」

 そうして、リーシアは花のように笑った。




 母と会えた温かな想いを胸に抱いたまま、ヴィーネは目を開けた。

 目の前には、大事な珠と夢では掴めなかった銀の羽――

「……あれは、夢ではなかったの?」

 二つを大切そうに両手で抱えたヴィーネは、小さく微笑む。
 その眼差しは真っすぐに前を、未来を見つめていた。
 
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