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「行ったか」とシリウスは、導師達一行を見送るヴィーネを見守りながら、呟いた。
ヴィーネからルルス一帯の樹海を統べる精霊――恐らく、初めに遭遇した大樹へ力を分け与える珠を贈りたい、と相談を受けたとき、シリウスは一も二もなく了承した。
古の星々と結びついた、あの辺り一帯の重要性は増している。
シリウス側にとっても、願ってもない話だった。
ただその珠を届ける人材が問題だった。
シリウスがいくら礼を尽くしても、心を開かなかったあの大樹とその周りの精霊達だ。
こちらが使者を立てても、受け入れられるかどうか――そもそも標のない今、其処へたどり着けるのか?
その問題は、ヴィーネのそれからの取り組みによって、解決した。
自分の体調を考えた上で、ぎりぎりの線を見極め、ひたすら珠に力を注いだヴィーネ。
常時とは程遠い体調だろうに、こちらが驚く程の速さで珠を染め上げていった。
そして、ヴィーネの新たな一面、その才能と想いの強さを垣間見て、シリウスはさらに魅了されていくことになる。
ならば、珠の使者は導師がなれば良い。
それが、薬草の件と絡めたとしても、最速で最善だった。
シリウスは、こちらへと呼び寄せる途中の薬師カーレルの日程を、ヴィーネの進度に合わせ調整した。
そして、今日、無事導師を珠の使者として、愛弟子達と共にルルスへ旅立たせることが出来た。
(――本当に、よくやった。ヴィーネ、君と出会ってから、私は驚かされることばかりだ。……導師達との別れを悲しむ必要がないほど、これからは私が君を支えよう)
シリウスは、導師達との別れに涙をこらえ、見送るヴィーネにそっと寄り添い、慰めるかのように肩を抱く。
その様子を振り返ったディンが見て、大きく目を見開いた。
しかし、動きの止まったディンは、周りにどやされたのか、またゆっくりと遠ざかって行った――
導師達一行がルルスへと旅立って、三日目。
ちょうど旅路の半分を過ぎた頃のことである。
騎士達が野営地に天幕を張っている最中、シャールは食事担当で簡単な調理をしながら、双子の弟キールに相談していた。
「……何か、ディンの様子が変なのよね。いつも考え込んで、ぼーっとしてるし、食欲もないみたいなの。大丈夫かしら?」
「……大丈夫だろう。あれは、どうみても――」
しかし、キールがシャールに答えかけたところに、柔らかな声が割って入った。
「ディンさんが、どうかされたのですか?」
それは、さらさらとした茶色の長髪を後ろで緩く三つ編みにし、物柔らかな物腰の薬師カーレルだった。
出立の時に挨拶を交わして以来、一行はルルスへの旅路を急いでいたため余裕がなく、特にそれからの接触はなかったのだが、もの言いたげな彼の視線は常に感じていた。
その人物の唐突な登場に動揺したシャールは、珍しいことに手元を誤り飛び跳ねた汁がかかって、あちっと声をあげる。
「大丈夫ですか?! 私が急に声をかけてしまったからですね。……申し訳ありません」
カーレルは謝罪しながらも、素早くシャールの手を取り、近くに汲んであった水で冷やす。そして、そのままシャールを誘導し、近くに腰かけさせると自分は跪き、懐から軟膏を取り出して塗り始めた。
一連の流れるような動作に驚きながら、何となくシャールがカーレルを眺めていると、俯いた彼の額に巻いてあった布がずれて、下に隠れていた色鮮やかな緑の円紋が目に入った。
「な、……?! 緑の、賢者紋?」
驚きのあまり、声を出してしまったシャールに、はっと額当てに手をやったカーレルだったが、やがて苦笑してそっと唇に手を当てた。
「内緒にしておいてくださいね。紋こそ額にありますが、私は薬師を志し、塔には属していないのです。……薬師や医師を志す者に紋があることは、珍しいことではありませんが、あの緑の塔の事件以来、緑の紋を持つ者が外に在るのは、稀なこと。かくいう私もつい最近までは、保護対象として王都で隔離されておりました」
こくこくっと頷くシャールと隣で目を見開くキールを見て、カーレルは話を続けた。
「今回、解決の目途がついたとのことで、薬師本来の依頼を公爵様より賜り、私は本当に嬉しかったのです。――まして、その依頼が一生に一度、扱うことの出来たら幸運と言われる、薬師の夢の一つである『プレケス』についての依頼だったのですから、これにかける私の意気込みもお分かり頂けるでしょう?」
薄茶色の瞳を輝かせながら熱く語るカーレルは、だから『プレケス』についてどんな些細なことでも聞きたいと願い、三人を探していたと述べた。
その勢いに呑まれ、キールとシャールはカーレルに請われるまま、花にまつわる事を話していった。
カーレルは熱心に相槌を打って聞いていたが、やがてふとキールとシャールにきいた。
「有難うございます。どれも皆、とても興味深いお話です。……『プレケス』が栽培されているのも信じがたいことですが、希少な薬草であることを知らなくても、あの花は見れば必ず心惹かれ、手に入れたくなるものだ、と聞いています。その結果、花は失われていくことになるのですが、……あなた方は何故、一度も花に手を伸ばそうと、手折ろうとなさらなかったのですか?」
ヴィーネからルルス一帯の樹海を統べる精霊――恐らく、初めに遭遇した大樹へ力を分け与える珠を贈りたい、と相談を受けたとき、シリウスは一も二もなく了承した。
古の星々と結びついた、あの辺り一帯の重要性は増している。
シリウス側にとっても、願ってもない話だった。
ただその珠を届ける人材が問題だった。
シリウスがいくら礼を尽くしても、心を開かなかったあの大樹とその周りの精霊達だ。
こちらが使者を立てても、受け入れられるかどうか――そもそも標のない今、其処へたどり着けるのか?
その問題は、ヴィーネのそれからの取り組みによって、解決した。
自分の体調を考えた上で、ぎりぎりの線を見極め、ひたすら珠に力を注いだヴィーネ。
常時とは程遠い体調だろうに、こちらが驚く程の速さで珠を染め上げていった。
そして、ヴィーネの新たな一面、その才能と想いの強さを垣間見て、シリウスはさらに魅了されていくことになる。
ならば、珠の使者は導師がなれば良い。
それが、薬草の件と絡めたとしても、最速で最善だった。
シリウスは、こちらへと呼び寄せる途中の薬師カーレルの日程を、ヴィーネの進度に合わせ調整した。
そして、今日、無事導師を珠の使者として、愛弟子達と共にルルスへ旅立たせることが出来た。
(――本当に、よくやった。ヴィーネ、君と出会ってから、私は驚かされることばかりだ。……導師達との別れを悲しむ必要がないほど、これからは私が君を支えよう)
シリウスは、導師達との別れに涙をこらえ、見送るヴィーネにそっと寄り添い、慰めるかのように肩を抱く。
その様子を振り返ったディンが見て、大きく目を見開いた。
しかし、動きの止まったディンは、周りにどやされたのか、またゆっくりと遠ざかって行った――
導師達一行がルルスへと旅立って、三日目。
ちょうど旅路の半分を過ぎた頃のことである。
騎士達が野営地に天幕を張っている最中、シャールは食事担当で簡単な調理をしながら、双子の弟キールに相談していた。
「……何か、ディンの様子が変なのよね。いつも考え込んで、ぼーっとしてるし、食欲もないみたいなの。大丈夫かしら?」
「……大丈夫だろう。あれは、どうみても――」
しかし、キールがシャールに答えかけたところに、柔らかな声が割って入った。
「ディンさんが、どうかされたのですか?」
それは、さらさらとした茶色の長髪を後ろで緩く三つ編みにし、物柔らかな物腰の薬師カーレルだった。
出立の時に挨拶を交わして以来、一行はルルスへの旅路を急いでいたため余裕がなく、特にそれからの接触はなかったのだが、もの言いたげな彼の視線は常に感じていた。
その人物の唐突な登場に動揺したシャールは、珍しいことに手元を誤り飛び跳ねた汁がかかって、あちっと声をあげる。
「大丈夫ですか?! 私が急に声をかけてしまったからですね。……申し訳ありません」
カーレルは謝罪しながらも、素早くシャールの手を取り、近くに汲んであった水で冷やす。そして、そのままシャールを誘導し、近くに腰かけさせると自分は跪き、懐から軟膏を取り出して塗り始めた。
一連の流れるような動作に驚きながら、何となくシャールがカーレルを眺めていると、俯いた彼の額に巻いてあった布がずれて、下に隠れていた色鮮やかな緑の円紋が目に入った。
「な、……?! 緑の、賢者紋?」
驚きのあまり、声を出してしまったシャールに、はっと額当てに手をやったカーレルだったが、やがて苦笑してそっと唇に手を当てた。
「内緒にしておいてくださいね。紋こそ額にありますが、私は薬師を志し、塔には属していないのです。……薬師や医師を志す者に紋があることは、珍しいことではありませんが、あの緑の塔の事件以来、緑の紋を持つ者が外に在るのは、稀なこと。かくいう私もつい最近までは、保護対象として王都で隔離されておりました」
こくこくっと頷くシャールと隣で目を見開くキールを見て、カーレルは話を続けた。
「今回、解決の目途がついたとのことで、薬師本来の依頼を公爵様より賜り、私は本当に嬉しかったのです。――まして、その依頼が一生に一度、扱うことの出来たら幸運と言われる、薬師の夢の一つである『プレケス』についての依頼だったのですから、これにかける私の意気込みもお分かり頂けるでしょう?」
薄茶色の瞳を輝かせながら熱く語るカーレルは、だから『プレケス』についてどんな些細なことでも聞きたいと願い、三人を探していたと述べた。
その勢いに呑まれ、キールとシャールはカーレルに請われるまま、花にまつわる事を話していった。
カーレルは熱心に相槌を打って聞いていたが、やがてふとキールとシャールにきいた。
「有難うございます。どれも皆、とても興味深いお話です。……『プレケス』が栽培されているのも信じがたいことですが、希少な薬草であることを知らなくても、あの花は見れば必ず心惹かれ、手に入れたくなるものだ、と聞いています。その結果、花は失われていくことになるのですが、……あなた方は何故、一度も花に手を伸ばそうと、手折ろうとなさらなかったのですか?」
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