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会長様のお話中は、お静かに!

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「皆さん、本日はこの五月雨学園にご入学おめでとうございます。私は2-1Aに属する紅雨 凛と申します。今年度の生徒会長を務めさせて頂きます」

 澄んだ鈴の音のように心地よい声が美月の耳に広がっていくと同時に、美月の視線はもう彼女に釘付けで、うっとりとただ彼女を見つめ続けた。

 先程のどよめきは嘘のように辺りはしんと静まり返り、周りは美月同様、麗しき生徒会長に夢中となっている模様だ。
 
 一方、新入生達の熱い眼差しをものともせず、紅雨会長は涼やかに学園生活のすすめ等を語っていく――美月は先輩の言葉を一言も聞き逃すまいとさらに身を乗り出したが、その時、ふと静かなはずの講堂内にぼそぼそと話す声に気がついた。

 もうっ先輩の声が聞こえないじゃない!

 美月の視線は紅雨会長に釘付けのままだが、一度ぼそぼそ声が気になると、何故か聞きたくもないその話のみが耳に飛び込んでくる。

(ちっ今年度の会長は、女か)
(……と、なると、この後は期待できないな)
(あ~あ、僕、肉ががっつり食べたかった……)
(おーおー、張り切って……××××××……、使ってんな!)
(今年度は、……×××……系?ま、彼女もお披露目と力試しを兼ねてるんだから、仕方ないね)
(おー、かもな)

 美月はイライラして、私語に興ずる不届き者達を睨みたいと思ったが、何故だか視線は紅雨会長に固定されたまま――すぐに先輩を見つめ続けたい欲求に負ける。

 うん、そうよね。せめて先輩の姿をこの目に焼き付けなくっちゃ。

 ……謎の欲求である。しかも、不届き者達の私語の一部がよく聞き取れないのも、美月のイライラが増す原因だった。
 本当に聞きたいはずの紅雨会長の話は聞けず、延々と続く一部欠けた意味不明の私語を強制的に聞かされるストレス――己の訳の分からない状態に、表面上は静かなまま、美月のイライラがマックスになったとき――

(おっ!やっと終わるか?)

 この言葉と共に全てが唐突に終わった。

 美月は気がつけば、熱狂的に拍手する周りと同じく、紅雨会長に拍手を送っていた……。

 身体の主導権?を取り戻した、と無意識化でほっとした美月は、本能的に周りを見回す。
 すると、美月の周りは皆未だうっとりと壇上の紅雨会長を見つめ熱心に拍手を送っている中、席の最後尾に固まっている妙に目立つ連中がいた。
 
 彼らは会長の話に感銘を受けた風もなく、冷めた態度で早々と席を立ち上がり、どこかへと移動を始めている。
 その様子は、各々伸びをして欠伸をしたり、お互い話し合ったり、とまさに自由気まま。

 そして、そんな彼らを彼らの近くに座った者達はちらちらと気にして囁き合っている。

 やがて、美月の周りの者達にも彼らを気にしだす者達が現れ、口々に話し出した。

「見て、神立家と飛雨家の方々よ」
「秋霖 湊様もいらっしゃるわ!」
「きゃーっ!天泣 涙様、澪様まで」
「あそこを見て?時雨家や氷雨家の方々まで……!」

 ……どうやら、彼らはかなりの有名人らしい。
 あっという間に広がっていく囁きに美月が呆気に取られていると、隣から袖を引かれた。

「何、ぼーっとしてるの?ほら、行くよ」
「翠ちゃん。……行くって、どこに?」

 美月の問いに、翠はくわっと目を見開いた。

「何?あの麗しの紅雨会長のお話を聞いてなかったの?!先輩がおっしゃってたでしょ?私達新入生入学のささやかなお祝いに、隣の迎賓館でイレブンシス、だっけ……?とにかく!軽食を準備してあるって」
「そうなの?!全員分の軽食を用意してくれるなんて、何って太っ腹!流石、五月雨学園様~早く行こう、行こう!」

 もう何度目になるか分からない流石、を今度は口に出し、小腹の空いていた美月は、ご機嫌で翠の後を歩き出した。

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