彼女のなまえ

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彼女のなまえ

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彼女はきっと僕の事を忘れるだろう
だけど僕は君のことをずっと忘れない





「○○くん」
不意に背中から僕の名前を呼ぶ声が聞こえた。

今日で彼女に会うのは2回目
僕は彼女の名前を知らない。

初めて彼女と出会ったのは3日前
場所はいつも通学で使っている駅のホーム
何かの恋愛小説やドラマでありがちなパターンだが、自分がそのありがちな主人公になるとは思ってもみなかった。

僕は某大学に通う4年生
偏差値は可もなく不可もなく至って普通と言える程度
周りの友人や同級生が就職の内定を決めていくなか、自分が何をしたいのか分からない事に焦りを感じていた。
だが焦りとは裏腹に「なにもそんなに焦って決めることではない」と言い聞かせている自分もいた

今日もどこか冴えない朝、テンションも上がらないままいつものように駅に向かいホームで電車を待っている時に彼女と出会った
列に並んだ時、たまたま自分の前に並んでいたのが彼女だった、もちろんこの時は互いのことを知らない
予定通り電車が着き乗り込もうとしたところ、彼女の隣に並んでいたサラリーマンの男が彼女を押すような状態になってしまい彼女はバランスを崩し、自分が持っていたバッグを落としてしまった。
サラリーマンの男は気付いたのか、それとも無視したのかは分からないがそのまま人に流されるように乗ってしまった
「なんだよあいつ」そう思いながら僕は彼女のバッグを拾い、大丈夫ですか、と声をかけて彼女に渡した
少し動揺した表情を残しつつ、ありがとうございます、と彼女に言われそのまま僕と彼女は電車に乗った。
通勤・通学時間もあってか、いつも電車は混んでいる。普段なら知らないおじさんに挟まれ、なんとなく不快を感じながら乗っているこの時間だが、今日は彼女が隣に立っていた。

「さっきはありがとうございました、助かりました」彼女は改めて僕に礼を言ってきた。
「いえ、それより怪我とかありませんか?」普段そんなに女の子と会話をしない僕にとっては上出来な返事だ。
「はい、大丈夫です。わたし結構ドジなんで」彼女はそう言って僕に笑顔を見せた。
彼女はスーツ姿ではない、私服だ。
歳は同じくらいだろうか、もしかしたら同じ大学かもしれない。
降りる駅までは約20分、なんとなく出会った彼女と僕は降りるまで会話をした。
そんなたいした会話ではない、最近観た映画の話・この前行った居酒屋で食べた料理が美味しかった話、女子がするような会話を互いに話していた。
「良かった、さっきの事はもう気にしていないな」彼女のリラックスした表情を見て僕も安心していた。
「それじゃ、私はここで。本当にありがとうございました」僕が降りる1つ前の駅で彼女は降りた、同じ大学じゃなかったか。少し残念な気持ちを残しながら次の駅で僕も電車を降りた。
大学に着くまでの間、彼女の事を思い出していた。
僕が人を評価するほどの人間でないことは重々承知だが、彼女はみんなが認めるような絶世の美女ではない、どちらかといえば普通の女の子だ。
身長も少し低め、だけど彼女の肌は白く、見ているこっちも笑顔になるような屈託のない笑顔、相手を疑わない真っ直ぐな眼差し

そんな彼女に僕は恋をしていた

その3日後、駅のホームで彼女に名前を呼ばれた。
互いに挨拶をして、この3日の間であった出来事を彼女が話し始めた。
あれ?俺、名前なんか言ったっけ?彼女の話しを聞きながら心の中で疑問が湧いた
だが聞けなかった、いや、聞いてはいけないとなぜかそんな考えが頭をよぎった
今日の彼女は話が止まらない。凄く楽しそうに話しをする彼女を見ていたら、完全に聞くタイミングを失ってしまった。
また会った時に聞けばいい。その時はそう自分に言い聞かせて彼女と別れた。

でもやっぱり気になる
なぜ彼女は俺の名前を知ってるんだ
小学生みたいに名札を付けているわけでもないし
彼女の友達が俺と同じ大学に通っていてそれで聞いたのか
いや、それなら会話の中でその友達の話が出てもおかしくはない
色々な疑問を抱えたまま1日を過ごした

また必ず会える
その時の俺は勝手にそう思っていた

思いの外、不安を抱きながらも予想通り2日後にまた彼女に会うことができた
というより見たと言ったほうが正しい
彼女は別の男と一緒に駅のホームにいた

背が高く、顔は俺が言うまでもない、男前だ
2人はとても楽しそうに会話をしている
その男前と話してるんだから、当然彼女が俺に気がつくわけがない
なんだ、彼氏いたのか…
胸が詰まる・イライラする・モヤモヤする、様々な感情を抱えながらしばらく2人を遠くから見ていた
電車に乗り込もうとした時、不意に彼女と目が合ってしまった
何か俺に言いたげな表情を見せる彼女を凝視できるわけがなく、俺は視線をずらし乗り込んだ


それから何日かその状態が続いた
彼女はいつも例の男前と一緒にいる
やっぱり2人はそういう関係なんだ、自分の中でそう解釈し理解させた
今更本人に確認する必要もない。いや、むしろ俺は確認する資格もなければ、訊く勇気すら残っていない
本人の口からそれを訊くのが怖かった
彼女が独りの時もあった
俺に気を使っているのか、彼女から声を掛けてくる事もなくなってしまった

あぁ・・・終わったな
俺の恋なんて所詮その程度
上手くいった試しがない
自分からいく事もしないような人間だ、上手くいくはずがない
ただただ自分の不甲斐なさに失望するだけの、悲劇のヒロインを演じ、そんな自分に酔いしれていた

だけどあの日
あの日を堺に僕と彼女の距離が縮まっていく

悲劇のヒロインを演じてかれこれ2週間は経とうとしていた
いい加減立ち直れよ、そもそも何も始まってもなかったし終わってもないんだ
始めからなかった事にすればいい

いつもの駅のホーム、頭の中でそんな女々しい思考にふけっている時、「○○くん」。また背中から名前を呼ばれた。
聞き覚えのある声
俺の名前を呼んだのは彼女だった


怖い

その感情しかなかった
「うん、何?」
「いや、別に。久しぶりだね、話すの」
「そうだね」
「元気にしてた?ここ最近なんだか元気がないように見えたけど」
「うん、まぁ・・・ね。元気だよ」
「そっか・・・それならいいけど。でも、ほんとに大丈夫?」
「何が?」
「・・・いや、なんでもない。ごめんね、話しかけちゃったりして。じゃあ。」

最低だ俺は
勇気を出して話しかけてくれた彼女に対して、なんて素っ気ない態度をとってしまったんだ
今更呼び止めて弁解する事もできない
最低な自分を責めながら、俺は彼女の背中を目で追うことしかできなかった
涙も出やしない
ほんと、最低だよ、俺ってやつは

自暴自棄になりながら俯いている時、2人組の女性の会話が耳に入ってきた
「ねぇねぇ、〇〇くんっているじゃん?あの背が高くてイケメンの」
「あー、〇〇くんね、どうかしたの?」
「そうそう、それがさぁ、最近いつも女の子と一緒にいたじゃん?なんかその子の事気に入ってたみたいでさぁ、この前ご飯に誘ったんだって。そしたら「気になってる人がいるから、ごめんなさい」って断られちゃったんだって。可哀相だよねー、私が慰めてあげようかなぁ」
「そうなんだ、っていうかあんた〇〇くんと話した事あんの?」
「いや、ないけど」 
「じゃあだめじゃん、それにあんた〇〇くんとは合わないよ?そんなに大して可愛くないんだから」
「うわっ、酷ぉい。あんたに言われると余計に傷付くし。でもその子見たことある?ほら、あそこにいるあの子、私とそんなに変わらなくない?あの子がOKなら私もOKじゃない?勇気でるわー」
「あんたも何気に酷いこと言ってるよ」

この2人は彼女の事を言っていた
気が付いたら俺はその2人を睨みつけていた
お前らに彼女の何が分かる
彼女の良さは俺は知ってる

無論、俺はその2人に意見する勇気もなく、怒りを抑えながら彼女に視線を戻す
もう俺は男前の事は気にも止めていない
気になっている人
誰なんだろう
別の誰か
彼女の心を揺さぶる人
きっと俺なんかよりも遥かに彼女の事を知っている人
多分彼女のなまえも知っている人

まだ彼女に対する気持ちが残っていた事を実感した
彼女の事が好きだ
もっと話したい
笑う顔を見たい
触れたい
なまえを知りたい

普通の男からしたら気持ち悪いと言われそうな、純粋な気持ちと恋心を心臓と頭の中で巡らせていた


その時だった


あの日、彼女を助けたあの日
あの日と同じ状況がまた彼女の身に降り掛かってきた
しかもあの日より状況が悪い
彼女はホームの床に倒れていた
ぼーっとしていたのだろうか
倒れた彼女の顔を見ると、放心状態だった

気が付くと、僕は倒れた彼女の元へ走っていた

腕を掴み、彼女を起こした

大丈夫?
うん、ありがとう。大丈夫。
怪我は?
うん、ないよ、ありがとね
作ったような笑顔を僕に見せた
不安な気持ちが残る中、彼女はこう言ったんだ


また助けてくれたね、2回も私を助けてくれた
でもね〇〇くん
私はあなたを助けたい
お願いだから
私に笑顔を見せて
私の笑顔はあなたに見せるためにあるの
だからお願い
私はあなたの笑顔を見たい
私はあなたを忘れない



・・・・・・・・・。



僕は気付いた


やっと


僕は・・・


そっか


そういう事だったんだ


なぜ彼女が僕の名前を


知っていたのか


僕がいるのは・・・


彼女が目の前にいない時も


いつも彼女の僕を呼ぶ声が聞こえていた


気のせいだと思っていた


だけど違ったんだ


彼女はいつも


僕のそばにいてくれてたんだ


・・・。



目覚めの悪い朝

雨が降っていた

直接は見ていない

遠くから雨の音が聞こえる


目を開けると彼女は顔を覗き込むような状態で僕を見ていた


あの日も雨だった

僕が初めて彼女と出会ったあの日

彼女を助けたあの日

あの日

人身事故が起きた

被害者は20代男性

駅を通過する電車に跳ねられ頭を強く打った

幸い、命に別状はなかったが意識が戻らず昏睡状態にあった

ホームの線ギリギリに立っていた女性が眩暈を起こし、助けようとしたところバランスを崩し跳ねられたという

その被害者が僕だった

3ヶ月が経とうとしている頃だった

意識が戻らないかもしれないと医師からの診断を受け、助けられた女性は絶望の淵に立たされていた

自分のせいでこの人の人生を台無しにしてしまった

私を助けてくれた人

お願い

目を開けて

目を開けてあなたにありがとうと伝えたい

彼女は毎日彼の病室を訪れ声をかけていた

○○くん、おはよう

昨日はこんな事があったんだよ

友達に誘われて行った居酒屋さんの料理が美味しかった

○○くんが元気になったら一緒に乾杯しようね

今日、私が来たら大学の先生がお見舞いに来てくれてたよ

早く起きて就職活動しなきゃ

私も手伝ってあげる

あなたの、人を助ける優しい心を活かせる仕事

私が見つけてあげる

私ばっかり話して

ずるいよ

あなたの話しも聞きたい

あなたの事

まだ名前しか知らないんだから

でも私には分かるの

あなたは私を大事にしてくれる人だって事

すごく優しそうなあなたの寝顔

あなたを助けたい

あなたが好き

だから


もう目を開けないかもしれないと言われていた男性は

奇跡的に意識を取り戻した

いつも誰かが僕の名前を呼んでくれていた

あぁ、そうだったんだ

あの日僕が助けた彼女

僕が恋い焦がれていた彼女

話した事さえない

名前も知らない彼女

彼女が僕を救ってくれた



長い間夢を見ていた

あの日から。

僕の彼女に対する想いが

夢となって出てきていた

彼女と話したい

名前はなんて言うのかな

彼女の事をもっと知りたい

彼女の声を聞いてみたい


彼女の優しい声とその想いが

僕の目を開けさせた

まだ上手く喋れない僕に

彼女は優しく微笑みかける

なまえは?

・・・・・。

素敵な名前だった

僕は今自分ができる精一杯の笑顔を

彼女に見せた



僕はもう一度
彼女に恋をした
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