13 / 24
第13章「王城の積算」
しおりを挟む
暗い通路を抜けた先は、王城の東翼棟だった。
建吾たちは、約五十人の貴族と共に、ここに逃げ込んでいた。その中には、国王の近衛騎士も数人含まれている。
「ここは安全ですか」
リーゼロッテが、周囲を見回しながら尋ねた。
「今のところはな」
建吾は、通路の構造を確認しながら答えた。
「だが、すぐに追手が来る。ここに留まるのは危険だ」
「では、どうすれば……」
「城内を移動しながら、態勢を立て直す。そして、国王を救出する」
近衛騎士の一人——ガルドという名の屈強な男——が、近づいてきた。
「あなたが、ケンゴ殿か」
「そうだ」
「城内の構造に詳しいと聞いた。私たちを、安全な場所に導いてもらえないか」
建吾は、ガルドを見た。
精悍な顔つきに、鍛え抜かれた体。騎士としての訓練を積んできた男だ。
「導ける。だが、条件がある」
「条件?」
「俺の指示に従ってもらう。戦闘に関しては、お前たちの方が強い。だが、城内の移動に関しては、俺が最善の判断ができる」
ガルドは、少し考えてから頷いた。
「わかった。城内の移動については、あなたに従おう」
「よし。では、まず現状を把握する」
建吾は、壁に背を預けて考え始めた。
頭の中に、王城の構造が浮かび上がる。
公開検証の際に歩き回った時の記憶。配管スペースを通った時の経験。そして、リーゼロッテから聞いた情報。
王城は、本殿を中心に、東西南北に四つの翼棟が広がっている。
現在いるのは、東翼棟。
舞踏会が行われていた大広間は、本殿の一階。
国王が捕らわれているのは、おそらく本殿のどこか。
魔王軍は、全ての出入り口を塞いでいるはずだ。正面突破は不可能。
「配管スペースを使う」
建吾は、決断した。
「城内には、配管用の隠蔽部がある。そこを通れば、敵に見つからずに移動できる」
「配管スペース? そんなものがあるのか?」
ガルドが、驚いた顔をした。
「ある。王城ほどの規模の建物には、必ず裏側の通路がある。給水、排水、暖房用の煙道。それらを通すためのスペースだ」
「そんな場所、聞いたことがない」
「当然だ。隠蔽部は、完成した建物からは見えないようになっている。だが、俺には見える」
建吾は、壁を見つめた。
「この壁の向こうに、煙道用の空間がある。幅は約五十センチ。人が一人、ギリギリ通れるサイズだ」
「どうやって、入るのだ」
「壁を、壊す」
◇ ◇ ◇
建吾の指示で、騎士たちが壁の一部を破壊した。
予想通り、その向こうには細い空間があった。煤で汚れた壁面。上へ上へと続く、狭い通路。
「すごい……」
マルコが、呆然と呟いた。
彼も、宿屋から駆けつけていた。舞踏会の混乱を聞き、リーゼロッテの護衛たちと共に王城に来たのだ。
「壁の向こうに、こんな空間があるなんて……」
「どんな建物にもある」
建吾は、通路を覗き込みながら言った。
「見えないだけだ。建物の裏側には、必ず『隠蔽部』がある。配管、配線、断熱材。それらを通すためのスペースが」
「師匠は、それが見えるんですね」
「見える、というより、わかる。建物の構造を理解していれば、隠蔽部がどこにあるかは推測できる」
建吾は、通路に入った。
「俺が先に行く。足元に気をつけろ。滑りやすい」
狭い通路を、一列になって進む。
暗い。埃っぽい。そして、狭い。
だが、敵に見つかるよりはましだ。
建吾は、頭の中で城の構造を思い描きながら進んだ。
東翼棟から、本殿へ。
一階から、二階へ。
目指すは、国王が捕らわれている場所。
おそらく、玉座の間だ。宰相は、国王を人質にして、正当性を主張するつもりだろう。玉座の間は、王権の象徴だ。そこに国王を置くことで、自分がクーデターの勝者であることを示すことができる。
建吾たちは、煙道用の通路を上へ上へと登っていった。
途中、何度か水平方向に移動し、別の棟に入る。
一時間ほどかけて、本殿の二階に到達した。
「ここだ」
建吾は、壁の一点を指差した。
「この向こうが、玉座の間への回廊だ」
「敵は、いるか」
ガルドが、低い声で尋ねた。
「わからない。音を聞いてみる」
建吾は、壁に耳を当てた。
かすかに、声が聞こえる。
魔王軍の兵士たちが、何かを話している。
「国王は、玉座の間に」
「宰相様が、演説を——」
「門は、すべて封鎖——」
「玉座の間に、国王がいる」
建吾は、小声で報告した。
「宰相が、何かの演説をしているらしい。おそらく、クーデターの正当性を主張している」
「今が、チャンスだ」
ガルドが、剣を抜いた。
「宰相が演説に集中しているうちに、突入する」
「待て」
建吾は、ガルドを止めた。
「正面から突入しても、勝てない。敵の数が多すぎる」
「では、どうする」
「別の方法を考える」
建吾は、壁の構造を見つめた。
玉座の間の構造。天井の高さ。柱の位置。そして——
「シャンデリアがある」
「シャンデリア?」
「玉座の間にも、大きなシャンデリアがあるはずだ。さっきと同じ方法で、混乱を起こせる」
「だが、どうやってシャンデリアまで——」
「天井裏だ」
建吾は、上を指差した。
「この通路を上に登れば、天井裏に出られる。そこから、シャンデリアの固定部分にアクセスできるはずだ」
ガルドは、少し考えてから頷いた。
「わかった。あなたの作戦に従おう」
◇ ◇ ◇
天井裏は、埃と蜘蛛の巣だらけだった。
建吾は、ゆっくりと梁の上を歩きながら、玉座の間の真上を目指した。
後ろには、ゴルドとシルヴァがついてきている。他のメンバーは、壁の穴の近くで待機している。
「見えるか」
建吾は、天井板の隙間から、下を覗き込んだ。
玉座の間。
豪華な装飾が施された広大な空間。その中央に、巨大なシャンデリアが吊り下げられている。
そして、玉座の前に——
宰相ヴェルナーが立っていた。
彼の後ろには、国王が縛られた状態で座らされている。周囲には、数十人の魔王軍兵士。
宰相は、何かの演説をしていた。
「——我が王国は、腐敗した王家によって、衰退の一途を辿ってきた。だが、今日から新しい時代が始まる。魔王様との同盟により、我が国は——」
建吾は、演説を聞き流しながら、シャンデリアの固定部分を確認した。
太いロープが四本。天井の梁に固定されている。
大広間のシャンデリアよりも、頑丈な作りだ。ロープを切っただけでは、落ちないかもしれない。
「固定が頑丈だな」
「俺に任せろ」
ゴルドが、小声で言った。
「金属の接合部がある。あそこを外せば、ロープを切らなくても落とせる」
「できるか」
「ドワーフを舐めるな」
ゴルドは、にやりと笑った。
「金属の加工は、俺たちの得意分野だ」
彼は、腰の道具袋から、小さな鑿(のみ)を取り出した。
音を立てないように、慎重に梁の上を移動する。
シャンデリアの固定部分に近づき、金属の接合部を確認する。
そして——
カチン。
小さな音がした。
「よし」
ゴルドが、親指を立てた。
「後は、この留め金を外せば落ちる」
「合図を送る。俺が壁を叩いたら、外してくれ」
「わかった」
建吾は、天井板の隙間から、再び下を確認した。
宰相の演説は、まだ続いている。
国王は、無表情な顔で座っている。だが、その目は生きていた。まだ、希望を捨てていない。
建吾は、壁の穴まで戻った。
そこには、ガルドと騎士たちが待っていた。
「準備はできた」
建吾は、低い声で言った。
「合図と同時に、シャンデリアが落ちる。その混乱に乗じて、突入する」
「国王陛下の救出が、最優先だ」
「わかっている。俺が宰相の注意を引く。その間に、国王を連れ出してくれ」
「あなたは、どうする」
「俺には、俺のやり方がある」
建吾は、壁の穴に手を伸ばした。
◇ ◇ ◇
パンパンパン。
建吾が壁を叩く音が、天井裏に響いた。
同時に、ゴルドが留め金を外した。
轟音。
巨大なシャンデリアが、玉座の間に落下した。
炎が散り、ガラスが砕け散る。
悲鳴と怒号が入り乱れる。
「今だ!」
建吾は、壁の穴から飛び出した。
同時に、ガルドと騎士たちが回廊から突入する。
混乱した玉座の間。
魔王軍の兵士たちは、落下したシャンデリアに気を取られている。
建吾は、その隙を縫って、宰相に向かった。
「ヴェルナー!」
宰相は、振り返った。
その顔に、驚きと怒りが浮かぶ。
「貴様……! どこから……!」
「お前の計画は、終わりだ」
建吾は、宰相に近づいた。
「王城の構造は、俺が全て把握している。お前がどこに逃げても、追い詰められる」
「ふざけるな! たかが内装工が……!」
宰相は、懐から短剣を抜いた。
だが、その動きは遅かった。
建吾は、宰相の腕を掴み、短剣を叩き落とした。
元の世界で、現場の揉め事を何度も仲裁してきた経験が活きた。酔った職人の暴力を止める程度のことは、何度もあった。
「お前は、建築家じゃない」
建吾は、宰相の顔を睨みながら言った。
「建築家は、壊すんじゃない。作るんだ」
宰相は、歯を食いしばった。
「殺せ……! こいつを殺せ……!」
だが、魔王軍の兵士たちは、もう宰相の命令を聞いていなかった。
ガルドと騎士たちが、国王を救出していた。そして、近衛騎士たちが次々と玉座の間に突入してくる。
形勢は、逆転していた。
「終わりだ、ヴェルナー」
国王の声が、玉座の間に響いた。
「お前のクーデターは、失敗した」
宰相は、ガクリと膝を折った。
彼の野望は、この夜、潰えた。
◇ ◇ ◇
夜明け。
クーデターは、完全に鎮圧された。
宰相ヴェルナーは捕縛され、魔王軍の兵士たちは投降するか、逃亡した。
王城は、国王の手に戻った。
建吾は、疲れ切った体を引きずりながら、王城の庭に立っていた。
空が、少しずつ明るくなっていく。
長い夜だった。
「ケンゴ様」
リーゼロッテが、近づいてきた。
彼女も、疲労の色を隠せていない。だが、その目は輝いていた。
「お疲れ様でした」
「ああ。お前もな」
「ケンゴ様のおかげで、国王陛下を救出できました」
「俺一人の力じゃない。皆が協力したからだ」
建吾は、空を見上げた。
「だが、まだ終わりじゃない」
「はい……」
リーゼロッテの表情が、曇った。
「魔王軍の本隊が、国境に迫っています。この城を守っただけでは、何も解決していません」
「わかっている」
建吾は、頷いた。
「次は、魔王軍と戦わなければならない。……いや、魔王城と戦わなければならない」
「魔王城と……?」
「ああ。城を落とせば、戦争は終わる。問題は、どうやって落とすかだ」
建吾は、東の空を見つめた。
魔王城は、遠い北の荒野にあるという。
人類連合軍は、これまで何度も攻略を試みたが、すべて失敗してきた。
魔王城は、通常の方法では攻略できない。
だが——
建吾には、一つの考えがあった。
内装工として、城の構造を見る目がある。
どんな城にも、弱点がある。
魔王城にも、必ずある。
それを見つけ出すことが、建吾の次の使命になるだろう。
「行くか」
建吾は、リーゼロッテに言った。
「国王陛下に、報告しないと」
「はい」
二人は、王城に向かって歩き始めた。
新しい朝が、始まろうとしていた。
建吾たちは、約五十人の貴族と共に、ここに逃げ込んでいた。その中には、国王の近衛騎士も数人含まれている。
「ここは安全ですか」
リーゼロッテが、周囲を見回しながら尋ねた。
「今のところはな」
建吾は、通路の構造を確認しながら答えた。
「だが、すぐに追手が来る。ここに留まるのは危険だ」
「では、どうすれば……」
「城内を移動しながら、態勢を立て直す。そして、国王を救出する」
近衛騎士の一人——ガルドという名の屈強な男——が、近づいてきた。
「あなたが、ケンゴ殿か」
「そうだ」
「城内の構造に詳しいと聞いた。私たちを、安全な場所に導いてもらえないか」
建吾は、ガルドを見た。
精悍な顔つきに、鍛え抜かれた体。騎士としての訓練を積んできた男だ。
「導ける。だが、条件がある」
「条件?」
「俺の指示に従ってもらう。戦闘に関しては、お前たちの方が強い。だが、城内の移動に関しては、俺が最善の判断ができる」
ガルドは、少し考えてから頷いた。
「わかった。城内の移動については、あなたに従おう」
「よし。では、まず現状を把握する」
建吾は、壁に背を預けて考え始めた。
頭の中に、王城の構造が浮かび上がる。
公開検証の際に歩き回った時の記憶。配管スペースを通った時の経験。そして、リーゼロッテから聞いた情報。
王城は、本殿を中心に、東西南北に四つの翼棟が広がっている。
現在いるのは、東翼棟。
舞踏会が行われていた大広間は、本殿の一階。
国王が捕らわれているのは、おそらく本殿のどこか。
魔王軍は、全ての出入り口を塞いでいるはずだ。正面突破は不可能。
「配管スペースを使う」
建吾は、決断した。
「城内には、配管用の隠蔽部がある。そこを通れば、敵に見つからずに移動できる」
「配管スペース? そんなものがあるのか?」
ガルドが、驚いた顔をした。
「ある。王城ほどの規模の建物には、必ず裏側の通路がある。給水、排水、暖房用の煙道。それらを通すためのスペースだ」
「そんな場所、聞いたことがない」
「当然だ。隠蔽部は、完成した建物からは見えないようになっている。だが、俺には見える」
建吾は、壁を見つめた。
「この壁の向こうに、煙道用の空間がある。幅は約五十センチ。人が一人、ギリギリ通れるサイズだ」
「どうやって、入るのだ」
「壁を、壊す」
◇ ◇ ◇
建吾の指示で、騎士たちが壁の一部を破壊した。
予想通り、その向こうには細い空間があった。煤で汚れた壁面。上へ上へと続く、狭い通路。
「すごい……」
マルコが、呆然と呟いた。
彼も、宿屋から駆けつけていた。舞踏会の混乱を聞き、リーゼロッテの護衛たちと共に王城に来たのだ。
「壁の向こうに、こんな空間があるなんて……」
「どんな建物にもある」
建吾は、通路を覗き込みながら言った。
「見えないだけだ。建物の裏側には、必ず『隠蔽部』がある。配管、配線、断熱材。それらを通すためのスペースが」
「師匠は、それが見えるんですね」
「見える、というより、わかる。建物の構造を理解していれば、隠蔽部がどこにあるかは推測できる」
建吾は、通路に入った。
「俺が先に行く。足元に気をつけろ。滑りやすい」
狭い通路を、一列になって進む。
暗い。埃っぽい。そして、狭い。
だが、敵に見つかるよりはましだ。
建吾は、頭の中で城の構造を思い描きながら進んだ。
東翼棟から、本殿へ。
一階から、二階へ。
目指すは、国王が捕らわれている場所。
おそらく、玉座の間だ。宰相は、国王を人質にして、正当性を主張するつもりだろう。玉座の間は、王権の象徴だ。そこに国王を置くことで、自分がクーデターの勝者であることを示すことができる。
建吾たちは、煙道用の通路を上へ上へと登っていった。
途中、何度か水平方向に移動し、別の棟に入る。
一時間ほどかけて、本殿の二階に到達した。
「ここだ」
建吾は、壁の一点を指差した。
「この向こうが、玉座の間への回廊だ」
「敵は、いるか」
ガルドが、低い声で尋ねた。
「わからない。音を聞いてみる」
建吾は、壁に耳を当てた。
かすかに、声が聞こえる。
魔王軍の兵士たちが、何かを話している。
「国王は、玉座の間に」
「宰相様が、演説を——」
「門は、すべて封鎖——」
「玉座の間に、国王がいる」
建吾は、小声で報告した。
「宰相が、何かの演説をしているらしい。おそらく、クーデターの正当性を主張している」
「今が、チャンスだ」
ガルドが、剣を抜いた。
「宰相が演説に集中しているうちに、突入する」
「待て」
建吾は、ガルドを止めた。
「正面から突入しても、勝てない。敵の数が多すぎる」
「では、どうする」
「別の方法を考える」
建吾は、壁の構造を見つめた。
玉座の間の構造。天井の高さ。柱の位置。そして——
「シャンデリアがある」
「シャンデリア?」
「玉座の間にも、大きなシャンデリアがあるはずだ。さっきと同じ方法で、混乱を起こせる」
「だが、どうやってシャンデリアまで——」
「天井裏だ」
建吾は、上を指差した。
「この通路を上に登れば、天井裏に出られる。そこから、シャンデリアの固定部分にアクセスできるはずだ」
ガルドは、少し考えてから頷いた。
「わかった。あなたの作戦に従おう」
◇ ◇ ◇
天井裏は、埃と蜘蛛の巣だらけだった。
建吾は、ゆっくりと梁の上を歩きながら、玉座の間の真上を目指した。
後ろには、ゴルドとシルヴァがついてきている。他のメンバーは、壁の穴の近くで待機している。
「見えるか」
建吾は、天井板の隙間から、下を覗き込んだ。
玉座の間。
豪華な装飾が施された広大な空間。その中央に、巨大なシャンデリアが吊り下げられている。
そして、玉座の前に——
宰相ヴェルナーが立っていた。
彼の後ろには、国王が縛られた状態で座らされている。周囲には、数十人の魔王軍兵士。
宰相は、何かの演説をしていた。
「——我が王国は、腐敗した王家によって、衰退の一途を辿ってきた。だが、今日から新しい時代が始まる。魔王様との同盟により、我が国は——」
建吾は、演説を聞き流しながら、シャンデリアの固定部分を確認した。
太いロープが四本。天井の梁に固定されている。
大広間のシャンデリアよりも、頑丈な作りだ。ロープを切っただけでは、落ちないかもしれない。
「固定が頑丈だな」
「俺に任せろ」
ゴルドが、小声で言った。
「金属の接合部がある。あそこを外せば、ロープを切らなくても落とせる」
「できるか」
「ドワーフを舐めるな」
ゴルドは、にやりと笑った。
「金属の加工は、俺たちの得意分野だ」
彼は、腰の道具袋から、小さな鑿(のみ)を取り出した。
音を立てないように、慎重に梁の上を移動する。
シャンデリアの固定部分に近づき、金属の接合部を確認する。
そして——
カチン。
小さな音がした。
「よし」
ゴルドが、親指を立てた。
「後は、この留め金を外せば落ちる」
「合図を送る。俺が壁を叩いたら、外してくれ」
「わかった」
建吾は、天井板の隙間から、再び下を確認した。
宰相の演説は、まだ続いている。
国王は、無表情な顔で座っている。だが、その目は生きていた。まだ、希望を捨てていない。
建吾は、壁の穴まで戻った。
そこには、ガルドと騎士たちが待っていた。
「準備はできた」
建吾は、低い声で言った。
「合図と同時に、シャンデリアが落ちる。その混乱に乗じて、突入する」
「国王陛下の救出が、最優先だ」
「わかっている。俺が宰相の注意を引く。その間に、国王を連れ出してくれ」
「あなたは、どうする」
「俺には、俺のやり方がある」
建吾は、壁の穴に手を伸ばした。
◇ ◇ ◇
パンパンパン。
建吾が壁を叩く音が、天井裏に響いた。
同時に、ゴルドが留め金を外した。
轟音。
巨大なシャンデリアが、玉座の間に落下した。
炎が散り、ガラスが砕け散る。
悲鳴と怒号が入り乱れる。
「今だ!」
建吾は、壁の穴から飛び出した。
同時に、ガルドと騎士たちが回廊から突入する。
混乱した玉座の間。
魔王軍の兵士たちは、落下したシャンデリアに気を取られている。
建吾は、その隙を縫って、宰相に向かった。
「ヴェルナー!」
宰相は、振り返った。
その顔に、驚きと怒りが浮かぶ。
「貴様……! どこから……!」
「お前の計画は、終わりだ」
建吾は、宰相に近づいた。
「王城の構造は、俺が全て把握している。お前がどこに逃げても、追い詰められる」
「ふざけるな! たかが内装工が……!」
宰相は、懐から短剣を抜いた。
だが、その動きは遅かった。
建吾は、宰相の腕を掴み、短剣を叩き落とした。
元の世界で、現場の揉め事を何度も仲裁してきた経験が活きた。酔った職人の暴力を止める程度のことは、何度もあった。
「お前は、建築家じゃない」
建吾は、宰相の顔を睨みながら言った。
「建築家は、壊すんじゃない。作るんだ」
宰相は、歯を食いしばった。
「殺せ……! こいつを殺せ……!」
だが、魔王軍の兵士たちは、もう宰相の命令を聞いていなかった。
ガルドと騎士たちが、国王を救出していた。そして、近衛騎士たちが次々と玉座の間に突入してくる。
形勢は、逆転していた。
「終わりだ、ヴェルナー」
国王の声が、玉座の間に響いた。
「お前のクーデターは、失敗した」
宰相は、ガクリと膝を折った。
彼の野望は、この夜、潰えた。
◇ ◇ ◇
夜明け。
クーデターは、完全に鎮圧された。
宰相ヴェルナーは捕縛され、魔王軍の兵士たちは投降するか、逃亡した。
王城は、国王の手に戻った。
建吾は、疲れ切った体を引きずりながら、王城の庭に立っていた。
空が、少しずつ明るくなっていく。
長い夜だった。
「ケンゴ様」
リーゼロッテが、近づいてきた。
彼女も、疲労の色を隠せていない。だが、その目は輝いていた。
「お疲れ様でした」
「ああ。お前もな」
「ケンゴ様のおかげで、国王陛下を救出できました」
「俺一人の力じゃない。皆が協力したからだ」
建吾は、空を見上げた。
「だが、まだ終わりじゃない」
「はい……」
リーゼロッテの表情が、曇った。
「魔王軍の本隊が、国境に迫っています。この城を守っただけでは、何も解決していません」
「わかっている」
建吾は、頷いた。
「次は、魔王軍と戦わなければならない。……いや、魔王城と戦わなければならない」
「魔王城と……?」
「ああ。城を落とせば、戦争は終わる。問題は、どうやって落とすかだ」
建吾は、東の空を見つめた。
魔王城は、遠い北の荒野にあるという。
人類連合軍は、これまで何度も攻略を試みたが、すべて失敗してきた。
魔王城は、通常の方法では攻略できない。
だが——
建吾には、一つの考えがあった。
内装工として、城の構造を見る目がある。
どんな城にも、弱点がある。
魔王城にも、必ずある。
それを見つけ出すことが、建吾の次の使命になるだろう。
「行くか」
建吾は、リーゼロッテに言った。
「国王陛下に、報告しないと」
「はい」
二人は、王城に向かって歩き始めた。
新しい朝が、始まろうとしていた。
0
あなたにおすすめの小説
「俺が勇者一行に?嫌です」
東稔 雨紗霧
ファンタジー
異世界に転生したけれども特にチートも無く前世の知識を生かせる訳でも無く凡庸な人間として過ごしていたある日、魔王が現れたらしい。
物見遊山がてら勇者のお披露目式に行ってみると勇者と目が合った。
は?無理
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日19時に更新予定です。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
お気に入り・感想、宜しくお願いします。
落ちこぼれの【無属性】魔術師、実は属性そのものを定義する「概念魔法」の創始者だった
風船色
ファンタジー
「魔法とは才能(血筋)ではなく、記述されるべき論理(ロジック)である」
王立魔導学院で「万年最下位」の烙印を押された少年、アリスティア・レイロード。属性至上主義のこの世界で、火すら出せない彼は「無属性のゴミ」と蔑まれ、ついに卒業試験で不合格となり国外追放を言い渡される。
しかし、彼を嘲笑う者たちは知らなかった。アリスティアが、既存の属性魔法など比較にならないほど高次の真理――世界の現象を数式として捉え、前提条件から書き換える『概念魔法(コンセプト・マジック)』の使い手であることを。
追放の道中、彼は石ころに「硬度:無限」の概念を付与し、デコピン一つで武装集団を粉砕。呪われた最果ての森を「快適な居住空間」へと再定義し、封印されていた銀嶺竜の少女・ルナを助手にして、悠々自適な研究生活をスタートさせる。
一方、彼を捨てた王国は、属性魔法が通用しない未知の兵器を操る帝国の侵攻に直面していた。「助けてくれ」と膝をつくかつての同級生や国王たちに対し、アリスティアは冷淡に告げる。
「君たちの誇りは、僕の昼寝より価値があるのか?」
これは、感情に流されない徹底した合理主義者が、己の知的好奇心のために世界の理を再構築していく、痛快な魔導ファンタジー。
異世界で目覚めたら、もふもふ騎士団に保護されてました ~ちびっ子だけど、獣人たちの平穏のためお世話係がんばります!!~
ありぽん
ファンタジー
神のミスで命を落とした芽依は、お詫びとして大好きな異世界へ転生させてもらえることに。だが転生の際、またしても神のミスで、森の奥地に幼女の姿で送られてしまい。転生の反動で眠っていた瞳は、気づかないうちに魔獣たちに囲まれてしまう。
しかしそんな危機的状況の中、森を巡回していた、獣人だけで構成された獣騎士団が駆け付けてくれ、芽依はどうにかこの窮地を切り抜けることができたのだった。
やがて目を覚ました芽依は、初めは混乱したものの、すぐに現状を受け入れ。またその後、同じ種族の人間側で保護する案も出たが、ある事情により、芽依はそのまま獣騎士団の宿舎で暮らすことに。
そこで芽依は、助けてくれた獣騎士たちに恩を返すため、そして日々厳しい任務に向かう獣人たちが少しでも平穏に過ごせるようにと、お世話係を買って出る。
そんな芽依に、当初は不安だった獣人たちだったが、元気で明るい瞳の存在は、次第に獣人たちの力となっていくのだった。
これはちびっ子転生者の芽依が、獣人や魔獣たちのために奮闘し、癒しとなっていく。そんな、ほっこりまったり? な物語。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる