召喚聖女の返礼

柴犬

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 私が御者台との間の窓を開けて叫んでも馬車は止まらない。ならばと実行犯を見ると首を横に振られた。

「ここで瘴気を浄化しても大本を処置しなければすぐまた瘴気に覆われる。あの者たちを思うなら……」
「そうじゃないっ!アンタあれが見えないの!?ここには魔獣はいないって言ってたけど、あれが魔獣なんじゃないの!?」

 この世界の動物を知らないから、私の指さした先にいる生き物はもしかしたらただの野生動物かもしれない。だからと言って安全というわけじゃないだろう。

 見た目は正直言っておぞましい。

 爬虫類のような頭をしているのにライオンのような鬣、背中にとげが生えている。蛇?トカゲ?そんな感じの尻尾を持っているその生き物は、街道から離れた木立からその姿を見せたかとおもうと、座り込んでいる人々に悠々と近づいてきた。

 あれって、人間を獲物として見ているんじゃないの!?スピードを出せそうなのに疾走していないあたり、人間を舐めている。なぜ舐めているかといえば、おそらくアレは人を襲ったことがあり、弱い生き物だと承知しているからだ。

「ペルーダ……なぜ、こんなところに」

 実行犯は言うけれど、なぜも何もない。アンタらが言ったんでしょうが、瘴気の異常発生で魔獣が溢れてるって。というか、やっぱり魔獣なんだ、あれ。

 侍女たちは喉の奥で声を漏らすも叫んだりしない。青い顔しているけど冷静なようだ。ただ単に硬直しているだけかもしれないけど。

「馬車を止めて!」
「ですが、聖女殿」
「いいから止めろっ!止めないなら飛び降りる!」

 説得する時間的余裕なんてない。脅迫上等だ。
 実行犯は私の本気を見て取り、馬車を止めるように御者に指示を出した。私が行ったときは聞かなかったのに、実行犯の一言で御者は了承する。聖女様の権限なんてこんなもん。

 馬車が止まりきるのを待てずに扉を開けて私は飛び出す。ワンピースの長い裾をからげて走り出し、ああ、この半年ほとんど運動なんてしていないから体力落ちてるな、なんて考える。実行犯は私についてきたが、侍女たちは馬車の中から動かない。それで結構。来られても邪魔になる。

 弱い人間ごときが自分に向かって走ってきても、獲物が増えたくらいにしかアレは考えていないのか。
 逃げるどころか、速度を上げて襲い掛かることもなくゆったりと近づいてくる。その余裕綽々なところが憎たらしい。弱い人間様が何をできるか見てろよっ魔獣めっ!

 街道に座り込んでいる人々に動きはない。立ち向かう様子も逃げようとする雰囲気もない。自分が食われれば誰かが助かるし、誰かが食われれば自分が助かる。けれどそれは順番の後先はあってもやがて来る終幕。そんな思いだろうか。

「障壁!」

 とりあえずの足止め。魔獣を囲むように円柱型の障壁を展開する。大した距離でもなかったのに、久しぶりの全力疾走で足がガタガタだし息が切れている。やはり体も鍛えなくちゃだめだ。

 魔獣が止まっても人々に何の反応もない。私を見るうつろな瞳が辛い。キャスリーンの言う「持てる者の義務」とやらが私を苛んでいる。いや、考えるな。考えたら足が止まる。心が折れる。

「聖女殿、止めは俺が――」

「いや、結構」

 なんで美味しいところを持っていこうとすんの。私がやるよ。

「だが、聖女殿」

 まだ言い募る実行犯を無視して、私は魔獣に向かって圧縮の魔法を撃つ。障壁を張るときはとっさに声が出ちゃったけど、今度は落ち着いて無詠唱で。圧縮は教わった魔法じゃなく、私独自のもの。圧縮という概念がこちらにあるのかないのかは知らない。少なくとも私が城で読んだ魔法の本には載っていなかった。

 実行犯に教わったのは各属性の魔法の基礎をちょっととあとは聖魔法。聖女として働かせたいんだから、そりゃ聖魔法がメインだよな。
 でも、私はいざという時の為に敵を屠る魔法を欲した。自室にこもって、教わった聖魔法で部屋に結界を張り、誰にも知られぬように本で学んだ魔法を行使した。更には日本で読んだ本や見たアニメを参考にこちらには無いであろう魔法も構築した。

 見る見るうちに魔獣が潰れていくがまだちょっと弱いか。もいっちょ圧縮。
 圧縮袋に入れられて空気を抜かれた布団のように、魔獣はぺちゃんこになった。

 実行犯が何か言いたげにこちらを見ているが無視だ。

 無詠唱で浄化の魔法を行使すると、黒い靄が徐々に薄れていってやがて消えた。それでも人々の様子は変わらない。瘴気を目で見ることができるのはレアらしいので当然か。

 見る限り大きなけがをしている者がいる様子はないが、食料が無いのだろう、やせ細って血色も悪い。

 瘴気がなければそれで良しというわけにはいかない。
 城を出るときに貰ってきた種を街道沿いに植えて、促進魔法をかける。見る見るうちに育った木々には、果実がたわわに実っている。タラスと言う名のリンゴのような見た目で味は柿に近いこの果実は、栄養豊富で生食で良し干せば日持ちがするし加熱してもいいらしい。

 木登りは出来ないので、立っている場所の地面を盛り上げて果実を収穫する。目いっぱい収穫して地面に降り、周囲にいる人々のうち幼い子どもから配っていく。

「おねえちゃん、ありがと……」

 向こうでいうところの幼稚園の年長さんくらいの女の子が、目に涙をためてお礼を言ってくれた。

「父ちゃんと母ちゃんの分も欲しい。動けないから持っていきたい」

 果実を渡すと顔をくしゃくしゃにして、それでも涙をこらえている小学校高学年くらいのの男の子が、深く深く頭を下げてくる。

 ああ、この世界の人間に関わるつもりはなかったのに。

 果実からさらに種を抽出して植える。そして促進魔法。それを繰り返し。この人たちが気に上るのは大変だろう。土を固めて階段状にする。

 小規模な果樹園といった風情になった一帯を結界で囲み、浄化する。

「ここは安全だから、近くにいる人たちにここに集まるよう言ってくれる?」

 ここにいる人の中では比較的動けそうな男の人に言って頭を下げると、男の人は慌てたように手を横に振り、何度も何度も感謝の言葉を重ねて走っていった。そんなに急がなくていいのに。体力のほうが心配だ。

 実行犯が私に向かって口を開こうとしたので目を逸らす。手札を敵にさらすような真似はしない。

 冷静になって考えれば、聖魔法以外は自室でこっそり訓練していただけで実践は初めてなのに、私はよくもまぁ自信満々に魔法を使ったもんだと思う。失敗する気はまるでしなかった。失敗するかもとか成功しますようにとかは、チラリとも浮かばなかった。

 ただ「出来る」ことが分かっていた。

 人を脅かす魔獣とはいえ、生き物の命を奪ったことに対する動揺や後悔の念も浮かばない。

 ちょっと、自分がおかしくなっている気がする。おかしいのではと思える分だけまだ正気であるだろうか?


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