召喚聖女の返礼

柴犬

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 目が覚めた時、私は真っ白い布に四方を囲まれていた。天蓋付きベッドの中でふかふかお布団に包まっている。

 ……私、なんでこんなところにいるんだっけ?

 ああ……そうだった。日本の様子を界渡りで見て、もう帰れないことを知って泣き叫んで笑って、そこで記憶が途切れている。気を失ったんだろう。体の中が冷たくなって何かが凍ってしまった気がする。

「ふふっ。ふふふふっ」

 こういう時は見知らぬ天井が――ってのがセオリーだと思うのに、天蓋付きベッドの中にいる私は天井すら見えない。

「聖女様、お目覚めでございますか」

 不躾にカーテンを開けるようなことはせずに、すぐそばまで来た女性から声をかけられた。声の感じからして結構年配のようだ。

「ああ、うん。ここどこ?」
「聖女様が元いらした部屋よりも奥まった場所にございます客室になります。元のお部屋は、もう使えない状態でございましたから」

 え、なんで?

「聖女様が結界を張られた状態のお部屋でお倒れになったことは憶えていらっしゃいますか?」
「うん」
「魔導士長様はじめ幾人もの方が結界を壊そうとしたのですが出来ずに……」
「出来ずに?」
「壁を壊しました」
「壁!?」
「さようにございます。幸い……と言ってはなんでございますが、結界を張られていたのはドアや窓のみでございましたから、ようございました」

 確かに。部屋全体に結界を張ったのではなく、出入り口が開かないようにしていた覚えがある。
 そっかぁ……壁を壊しちゃったかぁ。それって、私に賠償責任とかあるんだろうか。お金なんて持っていないんだけど。

「聖女様がお倒れになって三日たちます。お加減はいかがでございましょう」
「三日!」
「さようにございます。まず典薬寮医師を呼んでまいりますのでそのままお休みになって下さいませ」
「典薬寮医師ってなに」
「御典医にございます」
「それって、王様とか診るお医者さんだよね!?いや、いい。もう大丈夫だから、呼ばなくていい」

 自分のことは分かっている。ショックを受けて昏倒しただけで病気などではない。

「……聖女様、お部屋の外からでもわかるほど混乱されていたと伺いました。いったい何がございましたのか」

「なんでもない。ごくごく個人的なことでもう体調に問題はない。……ありがとう」

 うん。調問題ない。
 なにもかもどうでもいい。どうにでもなれという心持ちは自分でどうにかするしかない。

 私は誘拐された被害者だけど、亮君だって被害者だ。結婚式の一週間前に花嫁になる人が行方不明になっただなんて、事故や事件よりも私の逃亡が疑われ彼は逃げられた男として扱われたに違いない。
 事故ならば早々に発見されただろうし、一人でいた自室から掻き消えたなんて事件の痕跡が何もないのだから。

 亮君がいま幸せならば、それでいいではないか。私はそれを確認できただけ恵まれている。彼や家族や友人たちは私がどうしているのかも分からないままなのだ。

 この先どうしようか。

 もう、聖女のお役目は終わったのだからここにいる必要はない。それどころか私は厄介者だろう。能力は高いがもう必要とされなくなったものであるし、城の人間からは押しなべて嫌われている。それはこの世界に所縁を作りたくなくてわざとやったことだし、後悔はない。

 亮君が幸せなんだから、私なんかもうどうでもいい。

 考え込んでいて気が付かなかったが、先ほどの女性の気配がいつの間にか消えていた。

 王子やらなんやらに私が起きたことを報告でもしに行ったか。


 私の人生は終わった。これからどれだけ長生きしようと、それはもうすべて余生だ。

 私はベッドサイドに置いてあった水差しにそのまま口をつけて水分を取った後、趣味の悪い天蓋付きのベッドに横になり目をつむった。
 もう、何も考えたくない。

 うとうとと微睡んでいたら突然に天蓋のカーテンが開かれて驚いた。

「なんだ、まだ寝ていたのか」

 実行犯だった。

「魔導士長どの、淑女の寝台をのぞき込むなど許されることではございません」

 先ほど会話した女性の声が実行犯を咎める。魔導士長様ではなく魔導士長どのと呼んだということは、この女性はそれなりに高い身分か地位を持っているに違いない。

「淑女などどこにも見当たりませんよ?」

 茶化したように言われたが、確かにこのベッドに淑女などいない。いるのは元は聖女だった異世界人の抜け殻だけだ。
 私が何も反応しないことを不審がったか、実行犯は横になっている私をのぞき込んで眉間に皺を寄せている。もう、聖女としてのお役目は済んだから放っておいてほしいが、式典でお披露目されるまではとりあえず無事でいなくては困るのだろう。

「本当に具合が悪いようだな」

 心配しなくてもいいよ。
 どうせ、何もかもどうでもいい。式典に出ろと言うなら出よう。挨拶しろというならしよう。それさえ終われば縁が切れるのだ。

「見舞いだ。早く体を治せ」

 乱暴に花束をベッドに投げ、やましい気持でもあるのかバツの悪い顔をして実行犯は性急に部屋を出ていった。

「何しに来たんだか」

 独り言だったのに、女性から返事が返ってくる。

「お見舞い……らしゅうございますが」

 口を濁すあたり、彼女も実行犯の態度が不審だったんだろう。

「要らないから持って行って」
「畏まりました」

 私が花束を指さすと、せっかくのお見舞いがとかいうお為ごかしな発言もなく花を持ち去ってくれる。

「こんな香りのきつい花を見舞いに持ってくるなど……魔導士長どのはマナーもなければ気遣いもない。困った男だこと。ああ、聖女様、申し遅れました。私、女官長を拝命しておりますミゼラと申します。聖女様のお世話を申し付かりましたので、不自由がございましたら何なりとお申し付けくださいませ」

 それなりに――どころではなかったようだ。女官長って偉い人だよね?
 年齢差がそれなりにあるとはいえ、魔導士長とかいう地位にいる実行犯を子ども扱いだ。

「聖女様、ただいまおなかに優しい食事を用意させております。三日も飲まず食わずでございましたからね。ゆっくりと少しずつお召し上がりくださいませ」

 用意してもらった食事は、今までのような贅を凝らした豪華なものではなくシンプルなポタージュスープだったが美味しかった。

 こちらの世界に来てから初めて食事を美味しいと感じた。
 心が空っぽになって凍った今になって初めて。

 なぜだか涙がこぼれたが、女官長は何も言わずただそばにいてくれた。




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