9 / 11
第8話
しおりを挟む
奏の声には、覇気がなかった。たぶん奏は、死のうとしている。突然の事故で足を失い、なにより大好きだったサッカーがもう一生できないと言われている。絶望するには十分だ。
「ねぇ奏、今どこにいるの?」
『どこって……病院だよ。入院してるんだから』
それはそうだ。だけど……。
『じゃあ、もう切るよ。またな』
奏が通話を切ろうとする。
やだ……やだ。待って。行かないで。
私は必死に奏に呼びかける。
「奏! 私ね、私……やっと気付いたんだよ」
奏に訴えながら、私は病院へ向かって走る。
「私、お母さんが退院した日、言ったんだ。一緒に京都に帰りたいって」
そう言うと、スマホの向こうでひゅっと息を呑むような音がした気がした。
「そうしたら、大人になりなさいって言われたんだ。でも私……その意味がずっと分からなかった。だけどね、さっきようやく分かったんだ」
奏はなにも言わず、私の言葉に耳を傾けてくれている。
「私ね、お母さんのために一緒に帰りたかったんじゃなかった。私が京都に帰りたいのは、ぜんぶ私のためだったの」
『え……?』
「私がただ、お母さんと離れるのが怖かったんだ。ひとりになるのが怖くて、寂しいだけだった」
お母さんに恩返しをしたいからなんて都合のいいことを言っておきながら、本当はただ、私がお母さんと離れる勇気がなかっただけ。
「私……これまで、お母さんがいなくなっちゃうことなんて一度も考えたことなかった。卒業しても、大人になっても、ずっとこのまま、お母さんや奏たちと一緒にいられると思ってた」
でも、違う。そんなわけはないのだ。
転んで泣いたとき、優しく抱き起こしてくれるお母さんはいつまでもいるわけではない。
赤信号で立ち止まり、その間に息を整える。すぐに信号が変わり、再び走り出す。ようやく、病院が見えてきた。
「私……最低だよね。お母さんが倒れたあとも、まだお母さんに頼ろうとしてたの」
『ことり……』
病院のベッドで眠るお母さんを見て、急に現実が押し寄せてきたような気がした。
「当たり前だけど、お母さんは私より先に死んじゃう。どんなに願ったって、ずっと一緒にいることはできないんだ」
『……うん』
この身体は、私の意志を無視してどんどん大きくなっていく。ならば同じように、私たちは心も成長しなければならないのだ。
院内に入り、エスカレーターを駆け上がる。奏の病室は、もうすぐそこだ。
扉に手をかけ、勢いよく開く。ベッドに座り、窓の向こうへ身体を向けていた奏が驚いたように振り向いた。
奏がいる。そのことにホッとしながら、私は続けた。
「だからね、私はいつまでも幼い子どもみたいに甘えているわけにはいかないんだ。それで私、お母さんになにをしたらいいのかって一生懸命考えたの」
そして分かった。
「私がお母さんにできる一番の親孝行……それは、私が夢を追いかけること」
でも、私は弱いから、ひとりじゃ頑張れない。
だから、
「大好きな人と、一緒に」
奏が目を瞠る。
「大好きな……人?」
「そうだよ。大好きな人」
私は奏をまっすぐに見つめ、頷く。
「ねぇ奏、今どこにいるの?」
『どこって……病院だよ。入院してるんだから』
それはそうだ。だけど……。
『じゃあ、もう切るよ。またな』
奏が通話を切ろうとする。
やだ……やだ。待って。行かないで。
私は必死に奏に呼びかける。
「奏! 私ね、私……やっと気付いたんだよ」
奏に訴えながら、私は病院へ向かって走る。
「私、お母さんが退院した日、言ったんだ。一緒に京都に帰りたいって」
そう言うと、スマホの向こうでひゅっと息を呑むような音がした気がした。
「そうしたら、大人になりなさいって言われたんだ。でも私……その意味がずっと分からなかった。だけどね、さっきようやく分かったんだ」
奏はなにも言わず、私の言葉に耳を傾けてくれている。
「私ね、お母さんのために一緒に帰りたかったんじゃなかった。私が京都に帰りたいのは、ぜんぶ私のためだったの」
『え……?』
「私がただ、お母さんと離れるのが怖かったんだ。ひとりになるのが怖くて、寂しいだけだった」
お母さんに恩返しをしたいからなんて都合のいいことを言っておきながら、本当はただ、私がお母さんと離れる勇気がなかっただけ。
「私……これまで、お母さんがいなくなっちゃうことなんて一度も考えたことなかった。卒業しても、大人になっても、ずっとこのまま、お母さんや奏たちと一緒にいられると思ってた」
でも、違う。そんなわけはないのだ。
転んで泣いたとき、優しく抱き起こしてくれるお母さんはいつまでもいるわけではない。
赤信号で立ち止まり、その間に息を整える。すぐに信号が変わり、再び走り出す。ようやく、病院が見えてきた。
「私……最低だよね。お母さんが倒れたあとも、まだお母さんに頼ろうとしてたの」
『ことり……』
病院のベッドで眠るお母さんを見て、急に現実が押し寄せてきたような気がした。
「当たり前だけど、お母さんは私より先に死んじゃう。どんなに願ったって、ずっと一緒にいることはできないんだ」
『……うん』
この身体は、私の意志を無視してどんどん大きくなっていく。ならば同じように、私たちは心も成長しなければならないのだ。
院内に入り、エスカレーターを駆け上がる。奏の病室は、もうすぐそこだ。
扉に手をかけ、勢いよく開く。ベッドに座り、窓の向こうへ身体を向けていた奏が驚いたように振り向いた。
奏がいる。そのことにホッとしながら、私は続けた。
「だからね、私はいつまでも幼い子どもみたいに甘えているわけにはいかないんだ。それで私、お母さんになにをしたらいいのかって一生懸命考えたの」
そして分かった。
「私がお母さんにできる一番の親孝行……それは、私が夢を追いかけること」
でも、私は弱いから、ひとりじゃ頑張れない。
だから、
「大好きな人と、一緒に」
奏が目を瞠る。
「大好きな……人?」
「そうだよ。大好きな人」
私は奏をまっすぐに見つめ、頷く。
3
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
痩せたがりの姫言(ひめごと)
エフ=宝泉薫
青春
ヒロインは痩せ姫。
姫自身、あるいは周囲の人たちが密かな本音をつぶやきます。
だから「姫言」と書いてひめごと。
別サイト(カクヨム)で書いている「隠し部屋のシルフィーたち」もテイストが似ているので、混ぜることにしました。
語り手も、語られる対象も、作品ごとに異なります。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる