あめふりバス停の優しい傘

朱宮あめ

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 球技大会の放課後練習が終わり、渡り廊下に出ると、ひとつだけ空き教室の窓が開いている。そこにはやはり、椿先輩の姿が見えた。
 彼女が『雪女センパイ』だと知って、分かったことがある。
 椿先輩がいつもいるあの空き教室。
 あそこは、スキー部の部室だったのだ。
 彼女はいつもあの場所で、たったひとり、亡くなった部員たちを想っているのだろう。
 事故から一年が経った今も、あの部室で。
「――ちょっと、あなた!」
 渡り廊下を見上げていたときだった。
 運悪く、以前の全校総会で指導を受けた学年主任に遭遇した。
 長い前髪の隙間から目が合って、まずい、と思ったときにはもう遅かった。
「あなた! 検査で前髪切りなさいと指導したわよね? なんで変わってないの?」
 いらいらした口調で、学年主任は私に詰め寄る。
「あ……あの」
 まずい。
 私はどうしようと内心焦る。焦れば焦るほど、頭が真っ白になってなにも思いつかない。
 こんなところで、こんなにたくさんのひとがいる前で注意されたら注目されてしまう。
 だれにも見られたくないのに。だれの視界にも入りたくないのに……。
 なんでこのタイミングで見つかってしまったんだろう。今すぐどこかに逃げ出したい衝動に駆られる。
「ちょっと聞いてるの?」
「……す、すみません」
 言いながら、ふと椿先輩の言葉が脳裏を掠めた。
『それ、クセ?』
 また、謝ってしまった。
 ……そうだ。これは、私のクセだ。
 だって、私は存在自体がだれかを苦しめるものだから。そう言われ続けて育ったから。
 手をギュッと握り込む。
 いつもこうだ。私は。
 大人の言いなりになって、振り回されて。
 そんなじぶんがいやで、変わりたいのに変われない。こうしていつも、俯いたまま時が過ぎるのを待つだけで。
「眉毛の上まで、前髪を切りなさいと言ったでしょう。なんでそれができないの?」
 ねっとりとしたいやな視線を感じる。
「すみません……」
「謝ってもだめ。親がいないことも、いじめられてきたことも理由にはなりませんからね」
 ――……なにそれ。なんで今、そんな話を持ち出すの?
「あなたのお母さんの話は聞いてるけど、親が親なら子どもも子どもね。言っておくけど、私は今までの教師のように甘くはしませんからね」
 怒りか虚しさか、全身がぶるぶると震え出す。
 そんな私の様子を見ても、学年主任は私を親の仇のような鋭い眼差しを向けて、責め続ける。わざとみんなに聞こえるように、大きな声で。
「泣いたって無駄よ。校則なんだから、特別扱いはしませんからね。明日切って来なかったら……」
 べつに、特別扱いしてほしいわけじゃない。そんなこと望んでない。
 なんで分かってくれないんだろう。
 周りはいつも、いつまでそうすねているのとでも言うような目で私を見る。
 事実は変わらないんだから、どうしようもないことなんだから、いい加減大人になれとでもいうような。
 なんで?
 なんで、私がそっち側に変わらなきゃいけないの。
 私が悪いの?
 前髪が長いことの、なにがいけないの?
 頭がくらくらする。
 いよいようずくまりかけたそのとき。
「先生っ!」
 だれかがやってきた。
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