11 / 20
10
しおりを挟む
顔を上げると、牧さんがいた。牧さんはいつもより少し早口で、私の代わりに弁明する。
「あ、あの! 分かってます、大丈夫です! 葉桜さん、美容室行くって言ってたんですけど、たまたま昨日美容室に行けなくなっちゃっただけなんです。ね? 葉桜さん」
牧さんの手が私の腕に絡みつく。まるで、私たちは分かり合ってますとでもいうような距離に、強い違和感を感じる。
――離して。どうせ、私のことなんてバカにしてるくせに。
「そうなの?」
学年主任がじろりと私を見る。私は頷くことも否定することもできないまま、目を逸らした。
沈黙が落ちた。
「あ、そうだ! 前髪、ピンで止めよう? あの、先生、それでいいですよね?」
「まあ、止めるなら……」
「ほら。葉桜さん、私のピン貸すから。それで……」
牧さんが私の目にかかる前髪をそっと上げようとする。私は咄嗟に、その手をバッと振り払った。
「やめてっ!」
「きゃっ」
牧さんが小さく声を上げる。
「ちょっと、葉桜さん!」
学年主任が牧さんに駆け寄る。
「だ、大丈夫です」
牧さんは苦笑混じりに学年主任に言う。
沈黙が落ち、ふたりの視線が私に向く。
「……こっちはぜんぜん大丈夫じゃない……」
「葉桜さん?」
「もうやめてよ……いい加減にしてよ。あんたらが心の中で笑ってること、こっちだって察してるんだよ。だからなにも見たくなくて、前髪伸ばしてるんだよ! ぜんぶ……ぜんぶ、あんたらのせいなんだよ!」
ひといきに吐き出したせいで、呼吸がどうしようもなく早く、苦しくなっていく。
「葉桜さん……ごめん、私なにか気に触るようなことしたかな?」
牧さんが気遣うような声をかけてくる。胸の中に、じんわりとした罪悪感が広がっていく。
風船が膨らみ過ぎて、ぱんっと弾けたようだった。
「……あ、ご、ごめん。ごめん、なさい」
我に返って、いつものじぶんに戻る。
――どうしよう。私、今とんでもないことを言ってしまった。それに、牧さんの手を払い除けてしまったし……。
彼女は、きっと今気分を害している。これまで以上に、私をきらいになったかもしれない。
――どうしよう、まだ球技大会の本番が控えているのに。どうせなら、球技大会が終わってからならよかったのに。
「ごめんなさい……でも、私、前髪をいじるのだけはいやです」
「だから、それは校則違反だって言ってるでしょう! ひとりだけ特別扱いなんてできないの。何回言えば分かるの」
わがままなのは分かっている。でも、それでもいやだ。
私にとって前髪は、なくてはならないものだ。これがなかったら、きっと外に出る勇気すらなくなってしまう。
でも、それを分かってくれるひとは、いない。やっぱり、本音を言ったって無駄だったんだ。私には、本音を言う資格すら、ない――……。
そのときだった。
「あのぉ、すみません」
すぐ横で声がして、ハッと肩が揺れた。
振り返るとそこに、椿先輩がいた。その顔を見た瞬間、どうしてか、涙が出そうになるくらい心がホッとした。
「あ、あの! 分かってます、大丈夫です! 葉桜さん、美容室行くって言ってたんですけど、たまたま昨日美容室に行けなくなっちゃっただけなんです。ね? 葉桜さん」
牧さんの手が私の腕に絡みつく。まるで、私たちは分かり合ってますとでもいうような距離に、強い違和感を感じる。
――離して。どうせ、私のことなんてバカにしてるくせに。
「そうなの?」
学年主任がじろりと私を見る。私は頷くことも否定することもできないまま、目を逸らした。
沈黙が落ちた。
「あ、そうだ! 前髪、ピンで止めよう? あの、先生、それでいいですよね?」
「まあ、止めるなら……」
「ほら。葉桜さん、私のピン貸すから。それで……」
牧さんが私の目にかかる前髪をそっと上げようとする。私は咄嗟に、その手をバッと振り払った。
「やめてっ!」
「きゃっ」
牧さんが小さく声を上げる。
「ちょっと、葉桜さん!」
学年主任が牧さんに駆け寄る。
「だ、大丈夫です」
牧さんは苦笑混じりに学年主任に言う。
沈黙が落ち、ふたりの視線が私に向く。
「……こっちはぜんぜん大丈夫じゃない……」
「葉桜さん?」
「もうやめてよ……いい加減にしてよ。あんたらが心の中で笑ってること、こっちだって察してるんだよ。だからなにも見たくなくて、前髪伸ばしてるんだよ! ぜんぶ……ぜんぶ、あんたらのせいなんだよ!」
ひといきに吐き出したせいで、呼吸がどうしようもなく早く、苦しくなっていく。
「葉桜さん……ごめん、私なにか気に触るようなことしたかな?」
牧さんが気遣うような声をかけてくる。胸の中に、じんわりとした罪悪感が広がっていく。
風船が膨らみ過ぎて、ぱんっと弾けたようだった。
「……あ、ご、ごめん。ごめん、なさい」
我に返って、いつものじぶんに戻る。
――どうしよう。私、今とんでもないことを言ってしまった。それに、牧さんの手を払い除けてしまったし……。
彼女は、きっと今気分を害している。これまで以上に、私をきらいになったかもしれない。
――どうしよう、まだ球技大会の本番が控えているのに。どうせなら、球技大会が終わってからならよかったのに。
「ごめんなさい……でも、私、前髪をいじるのだけはいやです」
「だから、それは校則違反だって言ってるでしょう! ひとりだけ特別扱いなんてできないの。何回言えば分かるの」
わがままなのは分かっている。でも、それでもいやだ。
私にとって前髪は、なくてはならないものだ。これがなかったら、きっと外に出る勇気すらなくなってしまう。
でも、それを分かってくれるひとは、いない。やっぱり、本音を言ったって無駄だったんだ。私には、本音を言う資格すら、ない――……。
そのときだった。
「あのぉ、すみません」
すぐ横で声がして、ハッと肩が揺れた。
振り返るとそこに、椿先輩がいた。その顔を見た瞬間、どうしてか、涙が出そうになるくらい心がホッとした。
9
あなたにおすすめの小説
先生の秘密はワインレッド
伊咲 汐恩
恋愛
大学4年生のみのりは高校の同窓会に参加した。目的は、想いを寄せていた担任の久保田先生に会う為。当時はフラれてしまったが、恋心は未だにあの時のまま。だが、ふとしたきっかけで先生の想いを知ってしまい…。
教師と生徒のドラマチックラブストーリー。
執筆開始 2025/5/28
完結 2025/5/30
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる