あめふりバス停の優しい傘

朱宮あめ

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 顔を上げると、牧さんがいた。牧さんはいつもより少し早口で、私の代わりに弁明する。
「あ、あの! 分かってます、大丈夫です! 葉桜さん、美容室行くって言ってたんですけど、たまたま昨日美容室に行けなくなっちゃっただけなんです。ね? 葉桜さん」
 牧さんの手が私の腕に絡みつく。まるで、私たちは分かり合ってますとでもいうような距離に、強い違和感を感じる。
 ――離して。どうせ、私のことなんてバカにしてるくせに。
「そうなの?」
 学年主任がじろりと私を見る。私は頷くことも否定することもできないまま、目を逸らした。
 沈黙が落ちた。
「あ、そうだ! 前髪、ピンで止めよう? あの、先生、それでいいですよね?」
「まあ、止めるなら……」
「ほら。葉桜さん、私のピン貸すから。それで……」
 牧さんが私の目にかかる前髪をそっと上げようとする。私は咄嗟に、その手をバッと振り払った。
「やめてっ!」
「きゃっ」
 牧さんが小さく声を上げる。
「ちょっと、葉桜さん!」
 学年主任が牧さんに駆け寄る。
「だ、大丈夫です」
 牧さんは苦笑混じりに学年主任に言う。
 沈黙が落ち、ふたりの視線が私に向く。
「……こっちはぜんぜん大丈夫じゃない……」
「葉桜さん?」
「もうやめてよ……いい加減にしてよ。あんたらが心の中で笑ってること、こっちだって察してるんだよ。だからなにも見たくなくて、前髪伸ばしてるんだよ! ぜんぶ……ぜんぶ、あんたらのせいなんだよ!」
 ひといきに吐き出したせいで、呼吸がどうしようもなく早く、苦しくなっていく。
「葉桜さん……ごめん、私なにか気に触るようなことしたかな?」
 牧さんが気遣うような声をかけてくる。胸の中に、じんわりとした罪悪感が広がっていく。
 風船が膨らみ過ぎて、ぱんっと弾けたようだった。

「……あ、ご、ごめん。ごめん、なさい」
 我に返って、いつものじぶんに戻る。
 ――どうしよう。私、今とんでもないことを言ってしまった。それに、牧さんの手を払い除けてしまったし……。
 彼女は、きっと今気分を害している。これまで以上に、私をきらいになったかもしれない。
 ――どうしよう、まだ球技大会の本番が控えているのに。どうせなら、球技大会が終わってからならよかったのに。
「ごめんなさい……でも、私、前髪をいじるのだけはいやです」
「だから、それは校則違反だって言ってるでしょう! ひとりだけ特別扱いなんてできないの。何回言えば分かるの」
 わがままなのは分かっている。でも、それでもいやだ。
 私にとって前髪は、なくてはならないものだ。これがなかったら、きっと外に出る勇気すらなくなってしまう。
 でも、それを分かってくれるひとは、いない。やっぱり、本音を言ったって無駄だったんだ。私には、本音を言う資格すら、ない――……。
 そのときだった。
「あのぉ、すみません」
 すぐ横で声がして、ハッと肩が揺れた。
 振り返るとそこに、椿先輩がいた。その顔を見た瞬間、どうしてか、涙が出そうになるくらい心がホッとした。
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